一匹狼と妖精さん

佐香イコ

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あおはる、みたいな…

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 『今から屋上に向かいます』

 ポップアップに一文が表示された後、続けてヘンテコなスタンプが届く。
それに俺がガラにもないスタンプで返す。
水澄と連絡先を交換してから、昼休みはメッセージアプリで待ち合わせをするようになった。
先に準備ができた方が連絡を寄越す。
合流すれば昼メシを食いながら他愛のない話をして過ごす。
天気の良い日は屋上で、雨の日は二人で程好い場所を探した。
時々、水澄がおかずのお裾分けをしてくれたり、俺がコンビニで新作のお菓子を調達しては分け合ったりする。
数学が苦手な水澄に教えたりすることもしばしば。
図書委員の当番期間も終わり、図書室への足も遠退いていた。
 カラリと爽やかな五月が終わり六月に入ると、不安定な天気の日も少なくない。
今日は正にその不安定な天気の日のようだ。
朝の晴天とは打って変わって、午後の授業が終わる頃には空は暗雲に支配された。
ホームルームが終わり昇降口へ来た頃にはどしゃ降りの雨。
多くの生徒が傘もなく立ち往生していた。
幸い俺はコンビニのビニール傘を置き傘していたので、多少は凌げそうだ。
さすがに俺の置き傘を盗もうって奴がいないのは、この見た目のお陰だろう。
ガラの悪さも時には役に立つのだと自嘲する。
 しかしいくら傘があるとはいえビニール傘ではサイズが小さく、腕や足元が濡れるのは避けられなかった。
そんな調子で歩いてる俺を、ずぶ濡れになりながら走って追い抜いていく生徒がいた。
駅の方に向かっているのだろうその生徒が、水澄であることはすぐに見分けられた。

「水澄!」

俺の声に立ち止まり振り返る水澄は、濡れた髪が額に張り付き、眼鏡も湿気で曇り、シャツも肌が透けるくらいに濡れている。
酷い有り様だ。
慌てて駆け寄り傘を着せる。

「傘、持ってなかったのか?」
「…折り畳みが…鞄に入ってると思ってたら、前に使って乾かしたまま忘れてたみたいで……」
「マジか…ついてなかったな」
「朝はあんなに晴れてたのに…」
「とりま、入ってけ
コンビニのビニ傘だからちっせーけど」
「で、でも、それだと国分さんが濡れてしまう…
それに、駅ももうすぐそこですし」

傘から出ようとしたところで腕を掴んで引き留める。

「ばか!!
こんな濡れたまんまで一時間も電車乗ってたら、確実に風邪引くだろ?」
「で…でも……」
「とにかく、俺ん家こっから十分かからねーくらいだし、着替えくらい貸してやるから」

半ば強引に傘に引き入れ家へと向かう。
目を離すとすぐに気を遣って傘の端へと離れようとするから肩を引き寄せて傘の中に留める。
相合傘…なんて今は意識しないことにした。

 「ただいま」
「お…お邪魔します……」

家に着いて水澄を招き入れると、母親に出迎えられた。

「あら?嵐がお友達なんて珍しいわね」
「船木…水澄です。
突然押し掛けてしまって、すみません」
「全然いいのよ…って、大変、ずぶ濡れじゃない!」
「傘忘れて濡れてたからな…
タオルと着替えくらい貸してやるって、連れてきたんだ」
「…そうねぇ、ちょうど今いおりをお風呂に入れたところだからお湯も温かいし、お風呂使ってもらっていいわよ。
嵐、案内してあげて」

母親に促されるままに水澄を風呂に行かせ、俺のTシャツとスウェットを着替えとして用意した。
水澄の濡れた制服は母親が洗濯し、濡れたリュックも一緒に浴室乾燥にかけた。
風呂から出た水澄は弟のいおりと一緒に絵本を見ている。
いおりは水澄にすっかり懐いてしまったようだ。

「制服が乾くまでまだしばらくかかりそうだし、夕食も食べてってもらったら?」

水澄に伝えると、案の定恐縮して断る手段を必至に思案しているとみた。
しかし、いおりの『水澄と一緒にご飯食べたーい』の言葉に、断りきれなくなったようで家に連絡を入れさせた。
 夕食の準備が整ったところで義父ちちおやが帰宅した。

「何?嵐が友達を連れてきたのか?!
それはめでたい!
母さん、今夜は寿司か?すき焼きか?!」
「やだもう、何を言ってるの。
今夜はハンバーグよ、でも張り切って作ったんだからね」
「いおり、ハンバーグ大好きー!」

三人のやり取りに水澄はすっかり面食らっているようだった。

「悪ぃな、騒がしくて」
「いえ…賑やかで仲良しで、良い家族ですね」
「まぁ、悪くは…ないよな」

 何だかんだで和やかに夕飯を終え、俺と水澄も手伝いながら片付けが済むと、水澄はそろそろ帰ると言い出した。
だが外はまだかなり雨が降っている。

「帰るっつってもなぁ…
まだかなり降ってるし、アイツの家、安川だしなぁ……」

俺の言葉に両親は驚いた。
そして母親が提案する。

「今から安川まで帰るとなると、かなり遅くなるわよね?
電車の本数も少なくなるし…
水澄君さえ良ければ、泊まっていきなさいよ。」
「さすがにそれは…」
「ちょうど週末だし、明日ゆっくり帰ってもらう方が私達も安心するわ」
「それがいい。うちは全然構わないから、そうしなさい」

水澄は更に恐縮して深々と頭を下げる。

「ホントに…何から何まで、すみません」

水澄が泊まっていく事が決まると、寝床をどうするかという話になった。

「母さん、確か来客用に布団が一式あったよな?
嵐の部屋に敷いたらどうだ?」
「干してないけど、いいかしら?」
「いや、わざわざ出さなくても、俺はソファーでもどこでも寝れっから、水澄は俺のベッド使えよ」
「い…いえ、僕こそ床でもどこでも大丈夫ですから」
「ダメよ。
嵐も。水澄君が気を遣っちゃうじゃない」
「じゃあ、にぃにのベッドでにぃにと水澄が一緒に寝たらー?」
「いおりは黙ってようか」
「男の子同士だしそれでもいいけど、嵐の体格だと水澄君が弾き出されるか潰されちゃうでしょ」
「仕方ない、俺らで部屋まで運ぶとするか」
「はい…あ、ありがとうございます」

 俺の部屋に布団を運び、ローテーブルを端に寄せて布団を敷いた。
水澄を部屋で待たせて俺も風呂に入る。
部屋に戻ると水澄は、布団の上で数学の教科書を開いていた。

「教科書は無事で良かったな」

俺の呼び掛けに、開いていた教科書を閉じるとこちらに向き直り、また頭を下げてきた。

「今日は、ホントにすみませんでした。
ご両親にも沢山お世話になってしまって…」
「気にすんなって。
それよりも、タイミング良く水澄に会えて良かった」
「でも…結果的にご家族にはお世話になりっぱなしで…」

俺もベッドに腰かける。

「俺さぁ…こんな感じだし、前はクソ親父のこともあって…ツレが泊まりにくるとか無かったから、今日が初めてなんだよな。
だからちょっと…楽しいし嬉しい、みたいな」
「…僕も、みんな優しくて…楽しかったです」
「なら良かった。
だから、あんま気ぃ遣うなよ。
また遊びに来たっていい。テスト勉強でもいい。
それに、水澄が来るといおりだって喜ぶだろうし……」
「…やっぱり、国分さんは優しいですね……」
「いやいや、普通だろ」

『優しい』なんて言われるとこそばゆい。
話題を変えようと、振った話が不味かった。

「そういえばさ、前から気になってたんだけど…」
「何ですか?」
「水澄って、美術部なのか?
放課後に何度か美術室の前で見掛けたけど」
「…それは…えっと……」

地雷だったのだろうか。
水澄は言葉を詰まらせ、困ったように俯いた。
そしてまさか…
この後の展開など予想する由も無かった。




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