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夏樹遥編
海の見えるこの町で、夏樹との出会い(7)
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あれから三日の間、私は熱を出してお店で寝込んでいた。
黒が言うには、極度の緊張状態から気が緩んだのでそのせいだろうとのことだった。
私は何度も起き上がって彼に、夏樹に会いに行こうとしたけれど、黒はそれを許してはくれなかった。
「あの子もきっと今、戦っているから」
間延びした、いつもの喋り方ではないそれは、黒が定命の存在ではないということを再認識させるには充分過ぎるほどに力強くて。
「私は……。誰かの力になれたのかな」
そんな黒に私を認めてほしかったんだと思う。
気がつけばそんな言葉が溢れていた。
その言葉は喉から出たのか、それともお腹から出たのか、はたまた魂の、感情の産声であったのかは、今はまだ分からない。
「これから、なるんでしょう? ヒナ。ううん。日向。貴女はきっと、これから沢山の傷ついた人と、迷っている人と出会うことになる。私のお店はそういう場所だから。きっとその傷は、体で、心で、記憶だ。その茨の森の入り口に今、日向は立ってるの。きっとその先には、貴女の心の傷もあると思う」
そう言った黒の瞳は、私の心の奥底を静かに見つめているようで。
私は一度は止めてしまった足で、もう一度歩き出せるように手を伸ばす。
「それでも、私はこの道を進みたいと思う。数多の棘が私を傷つけても、きっとその先に私を救うための何かがあるから」
ただ真剣に、ただ真摯に。この想いを、痛みを、心の海をそのさざめきを、私の覚悟を黒に伝えようとその頭に手を触れさせて、その瞳を見つめ返す。
「うん。それがヒナの望みなら私はそれに従うよぉ。僕はヒナの守護者で保護者で相棒だからね~」
「ありがとう。黒」
私は黒の頭をひとしきり撫でると、もう一度眠りにつきました。
目を覚ますと、お店に彼が来ていました。
最後に見たときと変わらず、右腕に包帯を巻いたそのままの姿で。
その姿を見て、滲む視界に思った。
きっと、まだ傷は乾かないままかさぶたが出来ずに、涙を流している。
彼の言葉が脳裏に浮かんだ。
『お前のその手は決して人を傷つける物じゃないんだ。お前のその手は、俺と違って誰かの笑顔を掬い上げる手だ』
あぁ、嬉しい。心がくすぐったい。凍てついた心に、静かな熱が落ちるのを感じる。
けれど、私は誰かの笑顔を掬い上げる存在にはなれない。
「私は、誰かの傷に寄り添って、誰かの悲しみを救い上げる存在になりたい」
「ん? なんか言ったか?」
「ううん。なんでもないですよ。それより、いらっしゃいませ。こんにちわ夏樹さん。今日はどうかしましたか?」
私は微かに胎動を始めた心の溶岩をその内に宿しながらも、精一杯の微笑みを彼に向けた。
「いや、別にどうって程のことじゃないんだけどさ……。てか急に最初みたいな他所よそしさになってどうしたんだよ? なんかやりにくいぞ。まぁ、いいか。これ、世話になった礼にと思って持ってきたんだ。良かったら食ってくれ」
「食べてくれ……ってその腕で作ったんですか?」
私は少し驚いて彼に聞くと。
「ん? あぁ。俺左利きなんだよ。日本食ってのは右利きに直して作るもんなんだ。まぁ和包丁が右利きを基準に作られてるってのもあるんだが……。それは良いとして、安心しな。それは和食じゃなくてケーキだからな」
「えっ?」
「ん? なんだよ」
「夏樹さんが……。ケーキ? その見た目で……?」
思わずそう言ってしまってから口を覆っても時既に遅く、彼は笑顔のまま私に詰め寄ると。
「ほぉ? 俺の見た目がなんだって? 分からせてやるから口開けろや」
「えっ」
私は彼のその言葉に動揺を隠せなかった。きっと今私自身を見たらなにやら良からぬ色が視えていることだろう。
「バカ、食わせてやるから口開けろって言ってんだよ」
「わ、わわわ分かってるわよ!」
「動揺しまくりじゃねぇか……」
そう言って赤くなりながら頬を掻く彼が可笑しくて、その暖かさに触れたくて。
私は……。
「自分で食べるから大丈夫です! それより、夏樹さん。折角なので紅茶を飲んで行ってください。貴方が私のお客さん第一号です。今決めました! 感動に咽び泣くと良いですよ?」
「どこからの目線の店主だよ……。まぁ、そういうことならありがたく頂くが。それで、メニューは?」
そう言った彼に私は静かに首を振ると。
「お客さん。私のおすすめはいかがですか? 一杯の幸せを貴方にお届けしますよ?」
そう言って、笑いかけた。
黒が言うには、極度の緊張状態から気が緩んだのでそのせいだろうとのことだった。
私は何度も起き上がって彼に、夏樹に会いに行こうとしたけれど、黒はそれを許してはくれなかった。
「あの子もきっと今、戦っているから」
間延びした、いつもの喋り方ではないそれは、黒が定命の存在ではないということを再認識させるには充分過ぎるほどに力強くて。
「私は……。誰かの力になれたのかな」
そんな黒に私を認めてほしかったんだと思う。
気がつけばそんな言葉が溢れていた。
その言葉は喉から出たのか、それともお腹から出たのか、はたまた魂の、感情の産声であったのかは、今はまだ分からない。
「これから、なるんでしょう? ヒナ。ううん。日向。貴女はきっと、これから沢山の傷ついた人と、迷っている人と出会うことになる。私のお店はそういう場所だから。きっとその傷は、体で、心で、記憶だ。その茨の森の入り口に今、日向は立ってるの。きっとその先には、貴女の心の傷もあると思う」
そう言った黒の瞳は、私の心の奥底を静かに見つめているようで。
私は一度は止めてしまった足で、もう一度歩き出せるように手を伸ばす。
「それでも、私はこの道を進みたいと思う。数多の棘が私を傷つけても、きっとその先に私を救うための何かがあるから」
ただ真剣に、ただ真摯に。この想いを、痛みを、心の海をそのさざめきを、私の覚悟を黒に伝えようとその頭に手を触れさせて、その瞳を見つめ返す。
「うん。それがヒナの望みなら私はそれに従うよぉ。僕はヒナの守護者で保護者で相棒だからね~」
「ありがとう。黒」
私は黒の頭をひとしきり撫でると、もう一度眠りにつきました。
目を覚ますと、お店に彼が来ていました。
最後に見たときと変わらず、右腕に包帯を巻いたそのままの姿で。
その姿を見て、滲む視界に思った。
きっと、まだ傷は乾かないままかさぶたが出来ずに、涙を流している。
彼の言葉が脳裏に浮かんだ。
『お前のその手は決して人を傷つける物じゃないんだ。お前のその手は、俺と違って誰かの笑顔を掬い上げる手だ』
あぁ、嬉しい。心がくすぐったい。凍てついた心に、静かな熱が落ちるのを感じる。
けれど、私は誰かの笑顔を掬い上げる存在にはなれない。
「私は、誰かの傷に寄り添って、誰かの悲しみを救い上げる存在になりたい」
「ん? なんか言ったか?」
「ううん。なんでもないですよ。それより、いらっしゃいませ。こんにちわ夏樹さん。今日はどうかしましたか?」
私は微かに胎動を始めた心の溶岩をその内に宿しながらも、精一杯の微笑みを彼に向けた。
「いや、別にどうって程のことじゃないんだけどさ……。てか急に最初みたいな他所よそしさになってどうしたんだよ? なんかやりにくいぞ。まぁ、いいか。これ、世話になった礼にと思って持ってきたんだ。良かったら食ってくれ」
「食べてくれ……ってその腕で作ったんですか?」
私は少し驚いて彼に聞くと。
「ん? あぁ。俺左利きなんだよ。日本食ってのは右利きに直して作るもんなんだ。まぁ和包丁が右利きを基準に作られてるってのもあるんだが……。それは良いとして、安心しな。それは和食じゃなくてケーキだからな」
「えっ?」
「ん? なんだよ」
「夏樹さんが……。ケーキ? その見た目で……?」
思わずそう言ってしまってから口を覆っても時既に遅く、彼は笑顔のまま私に詰め寄ると。
「ほぉ? 俺の見た目がなんだって? 分からせてやるから口開けろや」
「えっ」
私は彼のその言葉に動揺を隠せなかった。きっと今私自身を見たらなにやら良からぬ色が視えていることだろう。
「バカ、食わせてやるから口開けろって言ってんだよ」
「わ、わわわ分かってるわよ!」
「動揺しまくりじゃねぇか……」
そう言って赤くなりながら頬を掻く彼が可笑しくて、その暖かさに触れたくて。
私は……。
「自分で食べるから大丈夫です! それより、夏樹さん。折角なので紅茶を飲んで行ってください。貴方が私のお客さん第一号です。今決めました! 感動に咽び泣くと良いですよ?」
「どこからの目線の店主だよ……。まぁ、そういうことならありがたく頂くが。それで、メニューは?」
そう言った彼に私は静かに首を振ると。
「お客さん。私のおすすめはいかがですか? 一杯の幸せを貴方にお届けしますよ?」
そう言って、笑いかけた。
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