海の見えるこの町で一杯の幸せを

鈴月詩希

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春日井日向編

海の見えるこの町に、私が来た話(2)

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「ん? どうしたんですか遥。黙り込んじゃって」

 私は一息ついてミルクティーで口の中を潤しながら、遥に尋ねると、遥は。

「いや、なんか嫌なことを思い出させてるみたいで悪いな……」

 彼は一見愛想もなく淡白に見えますが、その実とても暖かい心の持ち主だということを私は知っています。
 だから……。

「いえいえ、気にしないでください。遥の心を覗いて雇っておきながら、私が何も言わないんじゃ不安にもなるでしょうからね」

「うんうん。ヒナもマスターが板についてきたねぇ」

 人の姿になって、カウンターでミルクティーを冷ましている黒はなぜだか嬉しそうでした。

「それじゃあ、続きを話しますね?」


 私は東京の都心で産まれ、父を早くに亡くしましたが、ママの努力もあって、片親であることをコンプレックスに感じない幼少期を送っていました。
 小学校を卒業するまでは、自分で言うのも何ですけど、周りによく気を配り、明るく活発で、クラスでも中心的な立場にいることが多かった。けれど、歳を重ねると、次第に大人しい、落ち着いた子と言われることが多くなり、どこか他人との間に、壁を作るようになっていた。

 学校も、高校さえ卒業してしまえば、進学はしないつもりでした。けれど、私が進学をしないと言ったのを、家計を心配してのことだと誤解したママの強い勧めで、大学に進学し、特にこれといった目標も、やりたいこともなくそのまま卒業。そんな状態では、当然のように就職活動にも力が入らず失敗してしまいました。

「挙げ句、行き先も告げずに風来人ですからね。これは、ママにはどんな顔をして会えば良いのかわかりませんね。まぁ、このままでは、会う前に野垂れ死にしてしまいますけど」
 
 あはは。と乾いた笑みを零しながら、ひとまず電車の車窓から見えていた海を目指して歩いていきます。
 はたから見れば、一文無しが乾いた笑み浮かべながら海の方に歩いていくという、一歩間違えれば入水する人と見られてもおかしくありません。だけど、勿論入水などするわけもなく、海にたどり着いても、海水に触れるだけに留まりました。

「んー、四月じゃ流石にまだ海水浴とはいきませんね。折角海に来たので、青春映画っぽく、はしゃいでみようかと思いましたけど、そもそも、独りで海ではしゃいでる二十代女性とか、東京なら一発で職務質問されること間違いないですし」

 ここが田舎で良かった。と思いながら伸びをすると、散策と、仕事探しを兼ねて町中の方へと歩き出す。
 電車が通っているだけあって、田舎と言っても、それなりに活気のある小さな町中までは、そんなに時間はかかりませんでした。

 陽が高く昇るお昼時は、田舎とはいっても昼食を摂る為に、それなりに人通りは多いようで。
 そもそも、田舎とはいっても、東京都比べると、ということで、町としてはそれなりに活気があります。何件か見える、飲食店にはひっきりなりに人が出入りしていて。
 そんな飲食店の店先には、四月ということもあって、アルバイトの募集の張り紙や、立て看板などが置いてあった。
 私はトランクから手帳と万年筆を取り出すと、それらをひとつずつ控えていく。

「一分でも早く、仕事と住居を確保しないといけませんからね。今日中にこの辺りの募集には挑戦しておかないと……。まぁ、今はどのお店も忙しそうですし、ランチタイムが終わってからですかね」

 私は、トランクの中にこの町に来る前に大量に用意した履歴書が入っているのを確認すると、自分も昼食を摂るためにコンビニを探した。

「まぁ、どのお店も応募しようというんですから、我ながら相変わらず主体性がないのは、困りものですけどね」

 コンビニでおにぎりをひとつ買うと、先程行った海の方へ戻り、堤防に腰掛けておにぎりを頬張ります。

「やっぱり、おにぎりといえば鮭ですよねぇ。海を眺めて、潮風に吹かれながら食べると、これまた格別なものが……。おや?鮭は川魚でしたっけ? 海魚でしたっけ?」

 ふと、おにぎりを食べる手を止めて、空を仰ぐ。
 美味しければどちらでもいいか。と頷き、視線を戻すと、いつの間にか、黒い獣が隣に居座っていた。獣は、面倒くさそうに、もぞり。と顔をあげると、雄叫びをひとつ。そして、その凶悪な前足が私の膝を強打しました。

「うにゃん、にゃん、にゃにゃん」

 その愛らしい、黒い獣。黒猫の前には、全てが無力でした。

「なんですか、なんですか? 私のなけなしの食料を奪いに来たんですか。なんと罪深い毛玉なんでしょう。……少しだけですよ」

 私は、食べかけのおにぎりを小さくちぎって、黒猫の前に置いてやります。黒猫は満足そうな顔をして食べ始めました。

「にゃごにゃご」

「何を言っているのかはわかりませんが、鮭は美味しいでしょう。そうでしょう。これ以上は流石にあげられないので、味わって食べてくださいね?」

 私は残りのおにぎりを口の中に放り込むと、トランクを膝の上に乗せて、履歴書を取り出した。
 学歴や、職歴の欄は事前に埋めることが出来たけれど、志望動機などは、応募する職場によって、変えなければならないので、空白です。
 半年前まで、嫌というほど書いた履歴書の空白を丁寧に埋めながら、何社か面接を受けた時のことを思い出す。
 当時は、『我が社を選んだ理由はなんですか』という忌々しい質問によって、全て阻まれてきました。

「なんとも、苦い記憶です。ですが、その記憶から少しでも、面接のシミュレーションをしなくてはいけませんからね。今までは働きたい理由なんてありませんでしたが、今は違います。何よりも崇高な動機があるのですから!」

 私はそう独り言を零すと、立ち上がり宣言するかのように、海に向かって、吠えました。

「そう! 生きる為にお金と、住む場所が必要だという、絶対的な理由があるのですっ!」

 これ以上の理由なんて、必要でしょうか? 否、必要ありません。そう信じて疑わない、私がそこにはいました。

 その後、妙に人懐っこい黒猫と一頻り戯れていると、そろそろランチタイムも落ち着く時間へと差し掛かっていました。
 私は、短いながらも、同じ時間を過ごした黒猫に、手を振って別れを告げます。

「それでは、私はそろそろ行くとします。人に慣れているところを見ると、君もこの辺りの子なのでしょう。私がこの町に定住して、また出会えることを祈っています。それでは、また」

 なんとなく、また出会える予感を胸に、私は町中の方へと戻って行きました。

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