【完結】愛しき冷血宰相へ別れの挨拶を

川上桃園

文字の大きさ
9 / 27

第9話

 翌日。本来のスケジュールは相当詰まっていたが、クローヴィスは比較的早い時間帯にバーガンディ子爵夫人を訪問することができた。隣には夫の子爵も同席している。
 ふたりとも顔が強張っていた。世間では「冷血宰相」などと散々な言われようだからだろう。
 突然の訪問を詫びつつ、クローヴィスはすぐさま本題に入った。

「こちらにコーデリアという女性が滞在していると伺ったのだが。実は彼女とは旧知の間柄で、急ぎ、彼女と面会をさせてもらえないだろうか」

 子爵夫妻は目を見合わせた。
 あの、と夫人がおそるおそる口を開く。

「恐れ入りますが、コーデリアとはどのような関係なのでしょうか。あの子はわたくしの学院の同級生です。彼女の口から、宰相閣下のお話を聞いたことがございません」
「……そうですか」

 学院ではパトロンが彼だという事実は伏せられていた。
 親戚でもない少女を援助するというだけで世間ではあることないこと吹聴されかねなかったからだ。
 クローヴィスは、自分の存在が明らかになることでコーデリアが不利な立場になることを避けていた。
 しかし、それは学院内だけの話に過ぎない。彼女が今もクローヴィスとの関係を口にしないのは、彼女自身が気を遣ったためだろう。

――私の結婚報道も出ているのならなおさら、か。

 目の前にいるふたりも、クローヴィスとコーデリアがどれだけ親しい間柄にあるのか、想像もできていないに違いなかった。

――今は、あの報道を訂正するべき時ではない。

 男としての心情はあれど、宰相としての立場が冷静な判断を下す。

「彼女の兄は優秀な騎兵であり、私の部下であり、友でもありました。コーデリアは友の妹に当たります。その縁があって、何かと交流がありました。しばらく会っていなかったところ、昨日は彼女らしき人を見かけたので、こうして子爵家まで押しかけてしまったのですよ」

 話せるぎりぎりの範囲だった。

「そうですの。……それだけですの。手紙は?」
「手紙とは」

 子爵夫人はじっとクローヴィスを見つめる。思料しているようだ。

「閣下がおっしゃることですから、嘘はないのでしょう。ただ、わたくし、友人が望まないことをするつもりはございません」
「その意図をお聞きしても」
「だって、おかしいでしょう。貴方様にはガプル公爵令嬢がいらっしゃるのに、コーデリアを探すだなんて。しかも、昨日の今日で」

 皮肉めいた口調だった。
 ねえ、と子爵夫人は夫に同意を求めた。子爵もまたこくりと頷く。

「わたくし、不倫に加担するつもりはございませんの。コーデリアは閣下の玩具ではなくてよ。あの子は学院を首席で卒業し、今も官吏として働いている……同期女子たちの星ですの。詳しい事情は知りませんが、あの子には泣いてほしくありません」

 クローヴィスは子爵夫人の言い分に押し黙った。

――不倫か。

 「そう」見られるのが普通なのだ。言葉の刃がクローヴィスの胸に刺さる。

「そうですね。……もっともなお話だ」

 ここにいても情報は得られまい。クローヴィスは辞去することにした。

「私は失礼しよう。子爵夫人、どうか、これからもコーデリアの良き友でいてやってほしい」
「は……」

 クローヴィスが心からそう言って、頭を下げる。子爵夫人が息を呑む気配がした。

「身内の縁が薄い子だから、あなたが気にかけてくれると安心できる。さびしがりなところもある子だからね」

 驚く子爵夫人を後に残し、クローヴィスは廊下に出た。前には子爵が見送りのために歩いていた。
 子爵は気づかわしげに、クローヴィスを一瞥した。

「妻が失礼な物言いをしたことをどうかお許しください」
「いや、むしろ感心したぐらいだ。あなたは良き伴侶を持っていらっしゃる」

 子爵は照れくさそうに頬をかいたが、すぐに表情を改めた。

「閣下、実のところ、すでにコーデリア嬢は当家にいないのです。用事があるとのことで、朝早くに出立しました」
「そうだったのか……。教えていただき、感謝する」
「いえ。閣下は宰相という重いお役目をお持ちです。言えないこともあるかと思いまして……」

 子爵は首を振り、そして思い出したように、

「そういえば、妻が申しておりました。もし閣下が、我々の思う通り、コーデリア嬢と関係があったなら、手元に手紙があるはずだと」
「手紙……?」
「コーデリア嬢が、当家に来る直前、その方へ出したと言っていたようです」

 『それだけですの。手紙は』と問うた子爵夫人の発言の意味がようやく見えてきた。
 彼女は、あれでクローヴィスとコーデリアの関係に探りを入れたのだ。
 しかし、彼に思い当たる節がなかったため、子爵夫人は「手紙すら読めていない」もしくは「手紙のことすら認めない」と見なしたのだろう。

「そうでしたか。……しかし、嘘でもなんでもなく、本当に届いていないのですよ」

 クローヴィスがコーデリアからの手紙を見つけたなら、すぐさま封を切り、目を通したはずだ。

――配達夫が途中で紛失した?

 たまにあることだが、彼女の手紙だけ消えることがあるだろうか、と疑問に思う。

「もう一度、我が家を探してみることにします。御親切に感謝します」
「そうなさってください。良き方向に向かわれることを祈っております」

 クローヴィスは子爵邸を出た。



 彼の馬車を見送った子爵はふう、と息をつく。

――宰相は宰相で事情を抱えていそうだが、コーデリア嬢もコーデリア嬢で……。

 コーデリアからの相談内容を思い出した彼は肩を竦めた。
 どちらも職務を忘れられない。その意味では似た者同士に違いない。
 だが、宰相のほうはともかく、コーデリアの方はそれなりに深刻だった。

――「あれ」は不正だ。

 機密が必要な案件だから、子爵も口には出せなかった。詳細こそコーデリアは漏らさなかったが、身の安全をはかるためにも宰相の耳に入れたほうがうまく事が運ぶだろうに。
 コーデリアは宰相が自分を追いかけてきたことを知らないまま、子爵邸を出てしまった。次の行き先もわからない。
 『良き方向に向かわれることを祈っております』。子爵が口にした言葉は、真実、そう願ったものであった。



感想 7

あなたにおすすめの小説

探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?

雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。 最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。 ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。 もう限界です。 探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。

結婚5年目の仮面夫婦ですが、そろそろ限界のようです!?

宮永レン
恋愛
 没落したアルブレヒト伯爵家を援助すると声をかけてきたのは、成り上がり貴族と呼ばれるヴィルジール・シリングス子爵。援助の条件とは一人娘のミネットを妻にすること。  ミネットは形だけの結婚を申し出るが、ヴィルジールからは仕事に支障が出ると困るので外では仲の良い夫婦を演じてほしいと告げられる。  仮面夫婦としての生活を続けるうちに二人の心には変化が生まれるが……

一途な皇帝は心を閉ざした令嬢を望む

浅海 景
恋愛
幼い頃からの婚約者であった王太子より婚約解消を告げられたシャーロット。傷心の最中に心無い言葉を聞き、信じていたものが全て偽りだったと思い込み、絶望のあまり心を閉ざしてしまう。そんな中、帝国から皇帝との縁談がもたらされ、侯爵令嬢としての責任を果たすべく承諾する。 「もう誰も信じない。私はただ責務を果たすだけ」 一方、皇帝はシャーロットを愛していると告げると、言葉通りに溺愛してきてシャーロットの心を揺らす。 傷つくことに怯えて心を閉ざす令嬢と一途に想い続ける青年皇帝の物語

【完結】憧れの人の元へ望まれて嫁いだはずなのに「君じゃない」と言われました

Rohdea
恋愛
特別、目立つ存在でもないうえに、結婚適齢期が少し過ぎてしまっていた、 伯爵令嬢のマーゴット。 そんな彼女の元に、憧れの公爵令息ナイジェルの家から求婚の手紙が…… 戸惑いはあったものの、ナイジェルが強く自分を望んでくれている様子だった為、 その話を受けて嫁ぐ決意をしたマーゴット。 しかし、いざ彼の元に嫁いでみると…… 「君じゃない」 とある勘違いと誤解により、 彼が本当に望んでいたのは自分ではなかったことを知った────……

【完結】地味令嬢の願いが叶う刻

白雨 音
恋愛
男爵令嬢クラリスは、地味で平凡な娘だ。 幼い頃より、両親から溺愛される、美しい姉ディオールと後継ぎである弟フィリップを羨ましく思っていた。 家族から愛されたい、認められたいと努めるも、都合良く使われるだけで、 いつしか、「家を出て愛する人と家庭を持ちたい」と願うようになっていた。 ある夜、伯爵家のパーティに出席する事が認められたが、意地悪な姉に笑い者にされてしまう。 庭でパーティが終わるのを待つクラリスに、思い掛けず、素敵な出会いがあった。 レオナール=ヴェルレーヌ伯爵子息___一目で恋に落ちるも、分不相応と諦めるしか無かった。 だが、一月後、驚く事に彼の方からクラリスに縁談の打診が来た。 喜ぶクラリスだったが、姉は「自分の方が相応しい」と言い出して…  異世界恋愛:短編(全16話) ※魔法要素無し。  《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆ 

年増令嬢と記憶喪失

くきの助
恋愛
「お前みたいな年増に迫られても気持ち悪いだけなんだよ!」 そう言って思い切りローズを突き飛ばしてきたのは今日夫となったばかりのエリックである。 ちなみにベッドに座っていただけで迫ってはいない。 「吐き気がする!」と言いながら自室の扉を音を立てて開けて出ていった。 年増か……仕方がない……。 なぜなら彼は5才も年下。加えて付き合いの長い年下の恋人がいるのだから。 次の日事故で頭を強く打ち記憶が混濁したのを記憶喪失と間違われた。 なんとか誤解と言おうとするも、今までとは違う彼の態度になかなか言い出せず……

無臭の公爵様は香りの令嬢を手放さない~契約婚約のはずが、私の香りで極甘に覚醒しました!?~

黒崎隼人
恋愛
前世で香水の研究員だった記憶を持つ見習い調香師のリリアーナ。 彼女の持つ特別な能力は、眠ると「運命の相手の香り」を夢で予知できること。 ある日、王命によってクロフォード公爵エリオットの元へ派遣される。 彼はあらゆる香りを拒絶する特異体質で、常に無表情な「鉄仮面公爵」として恐れられていた。 しかも、彼自身からは何の匂いもしない「無臭」だった。 リリアーナの作る自然な香りだけがエリオットの痛みを和らげることが判明し、二人は体質改善のための「偽りの契約婚約」を結ぶことに。 一緒に過ごすうち、冷徹だと思っていたエリオットの不器用な優しさに触れ、リリアーナは少しずつ心を開いていく。 そして、彼女の調合した「解毒の香り」が、公爵の体に隠された恐ろしい呪いと陰謀を解き明かし――!? 匂いを感じない公爵が、やがて愛しい人の香りに目覚め、極上の溺愛を見せる。 香りに導かれた二人が紡ぐ、甘く切ない異世界ラブファンタジー!

【完結】ジュリアはバツイチ人生を謳歌する

ariya
恋愛
エレン王国の名門貴族・アグリア伯爵家に嫁いだジュリア・アグリア(旧姓ベルティー)。 夫のアベル・アグリア伯爵は、騎士として王妃の護衛任務に没頭し、結婚翌日からほぼ別居状態。 社交界のパーティーでは妻のエスコートを代理人に任せ、父の葬儀にも顔を出さず、事務的な会話と手紙のやり取りだけの日々が続く。 ジュリアは8年間の冷遇に耐え抜いたが、ある朝の食事中、静かに切り出す。 「私たち、離婚しましょう」 アベルは絶句するが、ジュリアは淡々と不満を告げる。 どれも自分のしでかしたことにアベルは頭を抱える。 彼女はすでに離婚届と慰謝料の用意を済ませ、夫の仕事に理解を示さなかった「有責妻」として後腐れなく別れるつもりだった。 アベルは内心で反発しつつも、ジュリアの決意の固さに渋々サイン。 こうしてジュリア・アグリアは、伯爵夫人としての全てを置き去りにし、バツイチ人生を開始する。