その夜、“誰の女でもない”と決めた──名前を脱いだ私の舞台

nana

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演じない、という演技

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翌日の稽古場は、昨夜の舞台とはまったく違う雰囲気だった。
蛍光灯がむき出しの天井、古びたマット、鏡もない空間。
なのに、そこに立っている人たちは、誰よりも“裸”だった。

最初に行われていたのは、身体をほぐすストレッチ。
しかし次第に、声にならない声を出したり、目を閉じて感情を浮かべたり、まるで“自分の奥”と会話しているように見えた。

彼らは誰一人、自己紹介をしない。
「名前を呼ばれないまま」空間に存在し、互いを“見ないように見て”いた。

ふいに、あの女──昨日の舞台に立っていた彼女がナナの隣に立った。
「誰かになろうとしなくていいの」
その言葉は、優しいのに、ひどく暴力的だった。

私は、誰かでいないと、きっと壊れてしまう。
そう思ってきた。

「やってみる?」
彼女が問いかけた。

私の足が、自然と前に出た。
床に立つ。何もない空間。ただそこに、私だけがいる。

でも、どう立っていいかわからなかった。
モデルのようにポーズをとるわけでもなく、
役を与えられてセリフを言うわけでもない。

何もないのに、全部見られている。

指先が震えた。
喉の奥が熱くなる。
恥ずかしい。理由もなく、ただ恥ずかしい。
私の中に、こんなにも“演じること”を剥がされた場所があったなんて。

稽古が終わる頃には、膝が少し笑っていた。
けれど不思議と、それすら心地よかった。

あの女がぽつりと言った。

「それが“無名”ってことなの。あなたはまだ、演じてるよ」

その言葉が、痛くて、でもどこかうれしかった。
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