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第4話「命令が彼女にだけ向く夜」
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「今日は、彼女だけにするわ」
主がそう言ったとき、私は笑ったふりをした。
まさか、とは思っていた。
でもその“まさか”が本当に起きると、
笑うことしかできなかった。
⸻
私たちは三人だった。
主、彼女、そして私。
居酒屋の個室。
照明は薄暗く、周囲のざわめきが遠く感じられるくらい、
そこだけが、切り取られた舞台みたいな空間だった。
⸻
「これ、いける? 鼻から吸って、“おいしい”って言って」
主が渡したのは、
柑橘系のジュースにストローを挿したコップ。
彼女は少し照れて笑って、鼻にあてがう。
「…うん、しゅわしゅわしてます」
そう言った瞬間、
主が吹き出して笑った。
「やば、完璧やん。お前、ほんまに“ナナ”なれるかもな」
⸻
私は、そのやり取りを黙って見ていた。
グラスの氷が、指の熱で少しずつ溶けていく感覚だけが、
私の存在をつなぎとめていた。
⸻
命令は、一度もこなかった。
目も、合わなかった。
笑顔も、向けられなかった。
私は、
そこにいるのに“存在しない者”になっていた。
⸻
昔の私は、
命令を“役割”として受け取っていた。
命令がある限り、ナナとして生きられた。
笑われても、からかわれても、
「必要とされてる」って思えた。
でも今は──
命令されないことで、
私は“いらないナナ”になった。
⸻
彼女は、健気だった。
私の真似をしようとして、
私のことを“尊敬してる”とも言った。
でもその言葉が、
私を殺していくように感じた。
⸻
誰かが“私になる”ことを、
私は思ってたより許せなかった。
それでも私は、
笑ったふりを続けた。
⸻
その夜、
私は何もしなかった。
でも何より深く、剥がされていた。
命令がこなかったそのこと自体が、
一番の命令だった気がする。
主がそう言ったとき、私は笑ったふりをした。
まさか、とは思っていた。
でもその“まさか”が本当に起きると、
笑うことしかできなかった。
⸻
私たちは三人だった。
主、彼女、そして私。
居酒屋の個室。
照明は薄暗く、周囲のざわめきが遠く感じられるくらい、
そこだけが、切り取られた舞台みたいな空間だった。
⸻
「これ、いける? 鼻から吸って、“おいしい”って言って」
主が渡したのは、
柑橘系のジュースにストローを挿したコップ。
彼女は少し照れて笑って、鼻にあてがう。
「…うん、しゅわしゅわしてます」
そう言った瞬間、
主が吹き出して笑った。
「やば、完璧やん。お前、ほんまに“ナナ”なれるかもな」
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私は、そのやり取りを黙って見ていた。
グラスの氷が、指の熱で少しずつ溶けていく感覚だけが、
私の存在をつなぎとめていた。
⸻
命令は、一度もこなかった。
目も、合わなかった。
笑顔も、向けられなかった。
私は、
そこにいるのに“存在しない者”になっていた。
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昔の私は、
命令を“役割”として受け取っていた。
命令がある限り、ナナとして生きられた。
笑われても、からかわれても、
「必要とされてる」って思えた。
でも今は──
命令されないことで、
私は“いらないナナ”になった。
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彼女は、健気だった。
私の真似をしようとして、
私のことを“尊敬してる”とも言った。
でもその言葉が、
私を殺していくように感じた。
⸻
誰かが“私になる”ことを、
私は思ってたより許せなかった。
それでも私は、
笑ったふりを続けた。
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その夜、
私は何もしなかった。
でも何より深く、剥がされていた。
命令がこなかったそのこと自体が、
一番の命令だった気がする。
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