“新しい主”が、私を欲しがる夜

nana

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【第26話】 「声、出ちゃった──って思った瞬間、謝りそうになった」

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午前2時。
彼女の部屋。
窓の外には小雨。
音のない世界に、私と彼女だけがいた。

ソファに座る彼女の横で、
私は正座していた。
理由なんてない。
彼女が「何も言ってない」ということ自体が、指示だった。

沈黙の時間。
彼女はスマホを眺め、私は呼吸すら控えていた。

そのとき、
彼女のカップが手元から滑った。

ガチャリ、と小さな音。
割れはしなかったが、飲みかけの紅茶が床にこぼれた。

反射的に、私は手を伸ばしながら言ってしまった。

「だいじょうぶ……?」

その瞬間、
空気が止まった。

彼女は、顔を上げた。

ゆっくりと、目が合った。

「……今、声出したな」

私は咄嗟に口を押さえた。
まるで**“しゃべってはいけない舞台で台詞を間違えた役者”**のように。

「いや、ごめん……」
言いかけたけど、その言葉すら途中で飲み込んだ。

「だいじょうぶ?」
たった五文字。
でも、それは**“呼ばれずに喋った”罰を自覚させるには十分だった。**

彼女は立ち上がって、
こぼれた紅茶を拭き取りながら、ぽつりと言った。

「なんか、
 “声”ってさ、
 一度取り戻すと、クセになるよな」

「“喋らない女”に戻るの、たぶん大変やで?」

私はうつむいたまま、なにも言えなかった。

「でも、今回のは“事故”やし」
「初犯やから、セーフにしとこか」

そう言って、彼女は笑った。
優しさなんて、なかった。

でもその笑顔に、私は安心してしまった。
“許された”というより、“見逃された”快感。

その夜、布団に入ってから、
私はずっと自分の喉元を撫でていた。
さっき出た声の感触が、そこに残っている気がして。

喋ることが、こんなにも“重いこと”になるなんて。

かつて、笑って、喋って、ツッコんでいた私は、
もうどこにもいなかった。

「声を出す」という行為が、
命令違反に思えるほどまで、
私は支配に“深く馴染んで”しまっていた。

それが、怖くて。
でも──誇らしかった。
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