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「それでは3年間、皆さんよろしくお願い致しますね」

メガネをかけているがそこに覆いかぶさるように黒い前髪がかかり、全く人相がわからなくなってしまっている担任の先生が、教壇から声をかけた。
クラスメイトはみな意欲に満ちた顔で、各自教科書を見たり隣の人と交流を深めたりしている。

私はあの後、顔が見えないようにずっと下を向き、オリビアに腕を借りてしがみつきながら教室へ移動し、なんとかバレずにすんだ、と思いたい。

オリビアは「具合悪くなっちゃった?やっぱり顔が可愛いと身体弱い設定なの?」と謎なことを言いながらも、深く聞くこともなく支えてくれた。

昨日の変質者が第二王子殿下だったということは、悲しいかな見間違いではないだろう。

しかし一生徒と、入学式に祝辞を述べにきてくれた王族が顔を合わせることなどはまず無いはず、明日からは伊達メガネを用意しようなどと考えていたら、ふとスカートの右側太腿の部分に熱を感じた。

そこには昨日壊してしまった髪飾りをいれてあるポケット部分があたっており、何か発熱するような作用がある金属だったのかと、出そうとした時、
教室へと、司書さんと同じ制服を着た生徒が駆けてきて叫んだ。

「校庭に魔物が出現しました!
全員指示に従って避難してください!!」

先程までの明るい教室の空気は一変し、その場の全員に恐怖と緊張が走る。

教師が「皆さん落ち着いてください、一列になって私についてくるように!」
焦燥しながらも指示を出し、急いで隊列を整えて避難を始めた。

私もオリビアと共に誘導に従う。
「大丈夫よ、大丈夫、私はね、魔物はおうちの仕入れ先の現場で見たことあるもの。
学院の護衛の人が倒せないほどのものなんて滅多に王都の近くにはこないはずなのよ!」
彼女は涙目になりながらもこちらを見て私に声をかけ心配をしてくれた。

教室にいた時の期待と意欲に満ちていた瞳たちはもうひとつも見当たらない、未知なる襲来が畏怖を誘い、恐れを呼び込んでいる。

廊下を数分進んだ時、上級生の話し声が聞こえてきた。

「なんでそんなところに一人で?!」
「あいつは平民出身だからここで手柄を立てる気なんだ、、」
「なんで馬鹿な、そもそも実践経験など我々の誰にもまだ無いのに!」
「護衛が揃うまでの足止めなど無理に決まっている!」

不穏な話題だが、おそらく誰か無謀な生徒が校庭に向かってしまったのだろうか。

「誰もジャンを止めなかったなんて、あいつが死んでしまう!!」

その時私に聞こえてきた名前は、昨日からずっとお世話になっているあの先輩の名前だった。

彼は朝の会話で平民だからと言っていたはず、手柄があれば騎士に取り立ててもらいやすくなると考えても不思議はない。

昨日知り合ったばかりとはいえ自分の知り合いの生き死にが関係する話題に無関心で入れるほどの度胸は無く、
私はオリビアにバレない様こっそりと進む向きを校庭へと変えた。

前世の聖女の力は、回復系の力だけで無く、祈ることにより魔物を浄化する、寄せ付けない、弱体化するというものだった、
魂に付属されていると言われている。

それならば今の私にも扱えない通りはないはず、記憶が戻ってからは初めて使うが、何故か出来ないという考えが持てない。

きっとなんと出来るはず、楽観的な考えで向かってしまったが、後悔はない。
でもまさかあんな結果になるとはその時は全く想像もしていなかった。



校庭に着くと、今朝一緒に学園にきた先輩が震える手で剣を持ち、魔物へ威嚇をしている。

魔物は黒い大きい鷹の様な見た目で、禍々しいオーラを纏ってそこに鎮座していた。

周りの草木は乱れ、相当暴れたことが窺える。

正直、今世で見るのは初めてなので、魔物に驚いたりするのでは無いかと思っていたが、昔取った杵柄というだけあって見慣れたものだ、恐ろしさはほぼ無かった。

私は急いで魔物が見える位置に跪き、額の前で手を握り合わせる。

【ここはあなたのいる場所じゃ無いはず、帰りなさい】

心の中で魔物に呼びかけながら祈る。

魔物は興奮状態のようで跪く私に襲いかかってきた。

「危ない!!!」ジャンとそのほかそこにいたであろう人々の叫び声が聞こえる。

しかし私に危険はない、その時、身体中から眩い光りが発せられ校庭全体に広がってゆく。

光りが魔物を包み、一度苦しそうな声をあげたその子は、黒いオーラが浄化され輝く精霊の姿を取り戻す。

一般的にこの国で魔物とは精霊がなんらかの作用で汚れてしまったものと考えられている、100年前は、だが。

浄化された精霊は、力の強い子はそのままもとの姿に戻れるが、大半の子は力尽きて消えてしまう。

鷹の様なこの子はこちらを見つめ、一度瞬くと、光と共に消えていってしまった。

救う事は出来なかったのね、、、
残念ではあるがこればかりは、魔物に落ちてしまった経緯や、元の精霊の力なども関係しているので、私の力だけではどうしようもなかった。

一筋の雫が右眼から零れ落ちる。

精霊を送ってしまった時はいつも必ずこうして涙が出ていた。

「、、、ベアトリス様」

側にいた彼がかけた声に驚いて顔を上げる。

ジャンが涙を溢れさせながら、私を見つめていた。






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