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「初めて会った時って覚えてる?」
曲はタンゴに変わり先ほどよりスピード感が上がっていたが、それを感じさせないほどディックはリードが上手かった。

「多分、入学式ですか、、ね??」
適当に答えてしまったが、本当は全く覚えていない。

精神状態が普通の場合、クララは一族の中で最もしっかり貴族として振る舞えるのだが、今日はなんだかといつもと違うことが起こりすぎて対応しきれていないことは自分でも理解していた。

ディックとは参加した数少ない夜会で会うことはあったが、ダンスに誘われたのは初めてで、それもあんなに縋るような目で頼まれるなんて。

「僕の本当の名前は
リカルド・レイア。

魔法大国レイアの王の息子で第三王子、母親はこの国から嫁いだ側室だ。
レイアは実力主義で、何番目だろうが、男だろうが女だろうが、母が誰だろうが、
1番魔力が強い人間が王の後を継ぐ。

僕は産まれつき王太子筆頭、自分の子供より魔力が高い僕を王妃は許せず、幼い頃から何度も暗殺されかけた。
幾ら潜在能力があっても魔法大国の王妃にまで上り詰めた方を相手に全てを防ぐのは難しくてね。
それで母親の生家の縁者の所へ身を寄せたんだ。

力があるなんて言われても、自分も周りも守れなくて、惨めに逃げて身分も変えて生きてきたんだよ。
僕は邪魔者で半端者だった。」

クララは何も言うことが出来なかった。
自国で多少の派閥争いには揉まれたものの命の危険があるやり取りなど今の平和なこの国では想像も出来ないことで、何を伝えても同情の域を出ない気がしたから。

ディックは理解出来なくて当たり前だと言うように笑顔で続ける。
「フフッ、幼い頃から悪意に晒され過ぎてね、病んじゃってたみたい、僕はもう好意のみに囲まれていたかったんだ、だからみんなが喜ぶことを言って機嫌を取ってた。
懇意にしていた彼女とか浮気って言っても、みんな同じ、みんな何も恋人らしいことなんてした事はない、特別な人を作って巻き込んで命の危険に晒すのは本意じゃなかったから。

でも勝手に想像して争うんだ、僕は王位を求めても無かったし、誰かを特別に大切にもしてなかったのに。

クララ、君に出会ったのは学院で正解、ヒントは中庭だよ。

ねえ、思い出した?」

その声に導かれてクララはやっと求められた記憶に辿り着くことが出来た。

学院に入って一ヶ月目だったろうか、移動教室に向かう途中、近道をして中庭を通ったことがある。

普段人影のないそこに男女の影が見えた時、もうクララは直ぐそばに近づいてしまっており存在を消すことには遅かった。
ヒステリックに泣き叫ぶ女性は、クララを見かけると醜聞を恐れたのか何も言わずに立ち去っていく。

残された赤く腫れた頬をさする男性を見て、一ヶ月しか経っていないこの生活の中ですでに、よく女生徒同士が彼のことで揉めているところをみていた為、誰か理解できてしまった。

ハンカチを差し出してクララは伝えた。
「差し出がましい事とは思いますが、貴族たるもの、ノブレスオブリージュはご存知ですよね。
貴族は貴族の責務を果たすべきと同じように、持って産まれてしまったものはもう諦めて、美男は美男としての責任を取られる行動を心掛けるのはいかがでしょうか。

うちの兄も年間に数件ストーカー被害にあいますけども再犯率は低いのですよ、兄が毒気をうまく抜くようで、口がうまいんですのよ。」

心の中で王妹以上に厄介な相手にかまわれてる訳でもあるまいし、大丈夫でしょうと呟く。

男女のことには口を出すべきで無いと考えるクララがそう言ったのには訳があった。

よく揉める女の子達は見ていた、またかとうんざりもしたものだった、そして彼がそれを止めたり起こさないように、していないことも見ていた。
彼は誰のことも大切にしているように見えなかったのだ。

クララの美しい兄姉は、持って生まれたものを嘆くことはせず向かって努力しているとクララは思っている。
そんな家族を大切にしているクララにはディックがしていることが不思議で、もっと生きやすい環境を自身で作れるはず、作るべきと押し付けがましくも伝えたくなってしまった。


とても驚いた顔をしたディックは「ありがとう」とだけ言うとハンカチは受け取らず、女生徒が消えた方に進んで行った。

その後女生徒からなぜかクララにお礼の手紙が届き、キチンと話せてお別れが出来たと聞いた。
もう絡む事もないと思っていたディックに度々話しかけられるようになったのは確かにそれがきっかけだったと思う。


「君の一言で目が覚めたようだった。
僕は人も自分も信じれなくなっていたけど、見ようとも信じようとも努力したことがなかった事に気付かされた。
自分が授かった力を弱点にしていたのは自分自身だった。」

ダンスで揺れるたびに流れる髪を愛おしげに見つめながらディックはクララの顔から目を逸らす。
いつもの軽口の時と違い自身の話をする時はこちらの顔を見れないほど辛いのだろうか。


「それから僕は学院に通うのを卒業後の資格が取れるだけの最低限にし、空いた時間で国に戻り立場の地盤を固めていたんだ。
もう王妃も兄も、僕に手を出せる人間はいない。」

ダンスが終わり、腕輪のある右手を握り直したディックは今度は真っ直ぐクララを見つめたあと、耳元へ唇を近づけて囁く。

「クララ嬢、君と一緒なら自分の力を信じれる、結婚して僕の国へ来てくれない?」

いつもの軽薄な表情は消え、真剣な声はクララの耳を熱くした。

この人は本当に何も手に入れる事が叶わないと理解して何も欲しがらずに生きていたのだ、そして唯一今、
クララを欲しがっている。



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