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腐女子が覗いた妄想

攫われても腐女子

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『異世界に転生しても引きこもってたら自分ちの秘書にロープで縛られて攫われた』


 最近流行りの、小説の題名なのに説明的で長いけどわかりやすいからこれでいいんじゃねっていう表現で今の私の状況を説明すると、こんなかんじ。
 分かり易いけど、意味不明だよね。

 気を取り直して。

 やあ、こんにちは。全世界の腐れ仲間な女子の皆さん、略して腐女子の皆さん、元気かい? 私は元気です。元気いっぱいロープで縛られています。

 ひとつ注釈しておくと、全世界って単語の中には前世の「日本」含む地球と、今世の「大トテカ連合王国」含む「異世界アプラフィールド」が含まれているよ。
 含む含むと何度も使ったこの単語には意味があるようでないよ。ただの語録不足だよ。

 脳内ではこのように冷静沈着且つ面白く現実を拒否しているわけでありますが、ロープで両手足を後ろへ海老ぞりに縛られて、猿ぐつわまでされちゃってるので依然として危機的状況であります。そして馬車で運ばれています。

 ……前文の中に生き物が三匹も出てきました。
 わかるかなー? という謎かけは置いておいて。

 誰かああ助けてええーー!!!!
 私ことマリヨニーナ・ノラ・ル・テグウェン・ミュネットヒスタちゃんが攫われてるよーー!!

 なっがい名前だな。貴族だからな。

 貴族に生まれ変わって前世の記憶を取り戻したのが三歳くらいで、今の両親や兄から見たらそりゃあ変なお子様だっただろうけど、私ったら健気に15歳になる今まで家族を怯えさせないよう離棟の子供部屋に引きこもっていたのだ。

 いやだって、三歳の娘がいきなり、
「リアル執事萌え! 主人×執事とかたまらん! でもお父様は右じゃね? 片眼鏡モノクル執事にどつかれるほう側じゃね? ハァハァ!」
 なんて、流暢にしゃべったらおかしかろ? 自重したのだよ自重。自らの鎖として引きこもってたわけだ。外出に制限かけたわけだ。大して困らんけどね。

 んで、引きこもっていた私は、そりゃあ世間知らずな箱入り娘だ。
 この王国の貴族令嬢なら15歳でデビュタントだっけ? で、女王に初めて拝謁して王宮の舞踏会に参加する。そんな儀式というか通過儀礼を今年はしなきゃいけなかったけど、そんなものエスケープして部屋に閉じこもっていた。
 まとめると「ヒキコオッターフジョシ」という生活様式ですな。呪文みたーい。

 前世でも腐女子で引きこもりついでのアニヲタだったから、今世でも変わらないヒッキー生活を送れて私幸せ。
 決して不幸じゃないよ。妄想素晴らしいじゃん。

 前世だと、漫画やアニメから二次創作して作品はネットで公開。時折に同人誌もネット販売。
 快適なインターネット生活で、私動かなくていい部屋からでなくていい青春を謳歌していた。

 イベントは行かない。そういうの難しい。だって人と会うでしょ。喋るでしょ。無理むりむりむり無理。コミュ障だから。
 お母さんとなら喋れたけど。犬のマルともツーカーだったけど。
 要は家族なら平気なのだ。お父さん? 誰それおいしいの? お母さん残して蒸発した人は知らん。

 家族は平気だけど一歩外へ出ればすべての他人が敵に見えた。
 おうち帰る。アニメグッズや同人誌をネットで買い漁る。
 外なんか出なくても、腐女子は永遠と腐れるのだ。

 まったくもって世間は生きにくい。人が怖いから世の中が怖い。外に出れない。ならば部屋から出なければいい。これ真理。

 ……気づけば、まあ、死んでたわけだけど。
 成人は……していたと思う。いつ死んだかの記憶は曖昧なんだよ。

 しかし生まれ変わっても腐女子思考のままってすごいよね。
 ここはもうこのまま今世でも腐れていきたいじゃん。だから引きこもっていたの。妄想しながら。
 オカズは前世のBL記憶だよ。あのアニメの脇カプがいい味出してたのよね。主人公より脇でしょ。主役が輝いてる脇でいちゃこらするのがたまらん。滾るわ。ぐへへ。

「ぐへへへへ」

 と、現実でも声が出たところでハタと気づく。
 あら私、猿ぐつわ外されているわ。両手足の緊縛は解除されてないけど。

「相変わらず、気持ちの悪い声を出すお嬢さんだな」

 声をかけてきたのは私を攫った犯人だ。
 真正面、海老ぞりのまま私は視線だけを動かす。

 上質で洗練された黒色スリーピース・スーツ姿。
 目線が合ったその碧眼の双眸。
 考えるまでもなくテグウェン伯爵家当主である兄の専属秘書、アンソニーだ。引きこもりでコミュ障な私が家族以外で唯一会話できる男性でもある。

 アンソニーの容姿端麗な顔を見る。涼し気な目元に真っ直ぐな鼻梁。整った眉とセクシーな唇……はい、イケメン。イケてるメンズというやつですな。
 イケメン顔に前髪を上げた赤毛。そして黒縁眼鏡。うん、間違いなくアンソニー。眼鏡を見て一安心。

 初めて会った頃から彼は眼鏡だ。眼鏡といえばアンソニー。だからその眼鏡をとったらアンソニーじゃない。眼鏡はアンソニーの一部だと思っている。

 ――――で、ぬぁんでその眼鏡アンソニーが私を攫ってんだ。仕えるべき御主人様を縛りやがってええオラついてんじゃないよ秘書のくせにいいとは思うけど、声には出さない。

「…………」
「言いたいことあるなら言っていいぞ」

 時々、石にでも乗り上げたのかガタゴトンッと揺れる馬車の中、真向いの座面に着席してるアンソニーが言ってくる。

 私は無言を決め込んだ。
 てゆか、喋りたくないでござる。

 何も言わない私にアンソニーは一方的に話をし出した。メンタル強い男である。昔っからである。

「いきなり攫われたのに文句のひとつも言わないんだなお嬢さんは。まあ、いいけど。俺の用事としちゃあ、お嬢さんの力を借りたいだけなんだ。ユニコの為にも、な」

 ユニコという名に私はぴくっと反応する。
 ユニコとは、お兄様の名前である。
 ユニコ・チャーミッツ・ル・テグウェン・ミュネットヒスタがお兄様の本名。長いね。私の名前も大概に長いけど。

「お兄様、が?」
「おお喋った。やはり兄のことになれば、普段は無口で口下手なお嬢さんでも興味をもつんだな」
「…………」

 茶化さないで欲しい。

「お兄様の為というその内容を早く言いなさい」と、念を込めた蒼瞳でアンソニーを睨む。

「緊縛美少女にそんな目で見上げられて睨まれるとヤバイな。なんかクる」
「――――変態」

 こんな姿にしたのはアンソニーだというのに、ひとり悦の世界へ旅立とうとしてる眼鏡オラつき秘書は変態秘書だと思うの。

「罵られるとまた違う扉が開きそうな気がする。お嬢さん、それヤバイわ。俺やっぱマリちゃんが好きだわ」

 さらっと告られた。こいつは前にも同じこと言っていたので、これはもう口癖なんじゃないだろうか。
 だから好きだと言われたくらいで嬉しがるな私。心臓高鳴るな私。

「あああ耳まで真っ赤になった可愛いよマリちゃん!」
「――――っ!!」

 言うなバカ! アンソニーほんとムカツク。昔っから。
 会った当初から好きだとか可愛いだとか言ってきやがってええ! 私は前世でも今世でも恋愛に免疫ない腐れた女子なんだからやめてほしい。
 そして心の中でだけ尊大である。これも前世から変わらない。

「……マリちゃんて呼ばないで」

 さっきまでお嬢さんて呼んでたじゃないか。そう呼べよ秘書のくせに。

「白い頬に赤みが増すだろマリちゃんて呼ぶと。ああほら、また赤くなった。林檎みたい」
「っ、もう、いいから、用件を、言え」
「んーちょっとヤバくなってきたからチューだけしたい」
「は? ――ッ! んっ、この、バカ……!」

 縛られて動けない私の唇に接吻するとはなにごとか!
 誰かああ助けてええーー!!!!(二回目)

「はぁ……、駄目だ。マリちゃんの蒼い瞳を見てると吸い込まれる。俺を捕らえて放さないんだ。この銀髪も繭の糸のように綺麗だよ。ユニコの髪よりしっとりしていて、フローラルな香りがする」

 私を膝に乗せて抱き締めて、長い銀髪の中に鼻入れてクンクン匂い嗅ぐのやめてくれえい。

 でもまあ、膝に乗せる段階で手足を拘束してたロープは解いてくれた。
 海老ぞりの格好は痛かったから、早いところ解いてくれて助かった。そもそも縛ったのこいつこの変態野郎だけどな。

 どうして縛ったんだ縛らなくてもお兄様がピンチとでも言えば大人しくついてきたよと瞳だけで訴えたら、「捕縛術の勉強をしていてね」と、物騒なことを教えてくれた。やっぱ変態だ。

 縛られてた手足首には不思議とロープ痕がついていなかったけれど、肘と膝を無理に曲げていたので関節が痛んだ。

 顔を顰めているとアンソニーが神聖魔法を使ってくれた。彼が神聖なる文言を唱えた途端、痛みが消える。

 この世界には魔法がある。中でも神聖魔法は神を信仰していて神の声を聴いた人だけが使える特別な魔法である。本当に敬虔深い人しか使えない。

 アンソニーよ。神聖魔法が使えるほど敬虔深くて信仰心もあるというのに、どうしてエロいの? なんでこの人いつもこうなのかな?

 初めて会ったのは五歳くらいの時。お兄様の学校の友達だとかでお屋敷に遊びに来ていた。

「可愛いね」「髪キレイ」「瞳が海の中にある星みたい」

 この辺はもう何百万回と言われ慣れたことである。
 慣れていても、言われたらそれこそ耳まで真っ赤にして照れる自信がある。何百万回と言われても、慣れないのである。
 こういう詩的な比喩表現で私を褒める人なんて、アンソニーだけだ。貴族の秘書なだけあって、気障だよね。

 そうこうしている内に馬車が目的地に着いた。
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