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三柱の世界
草の鎖から茨の鎖へ
しおりを挟む謁見の間に、女帝お付きの少年の声が朗々と響く。
「守護騎士ルークス・ブリュグレイ・オルデクス。そなたの報告によれば聖霊王国元国王ベンディケイド・ヴランの身柄を、異世界人が欲しているとのこと、相違ないか」
「はい。御座いません」
「そなたの首にかけられた"囚人の首輪"は異世界人がつけたこと、相違ないか」
これも「御座いません」で答えたルークスさんに、少年は頷き口上書を閉じて女帝へと渡した。
「ハツネさん。戦後協定に異を唱えるのに何か理由はあって?」
「理由はひとつです。私の聖霊がディケイド様を必要としてるから。
私がこちらの世界に来て最初に出会ったのが聖霊です。聖霊は私を助けてくれました。聖霊が困ってるなら私も助けたい。そう思うのは自然なことでしょう」
「あなたは聖霊を、どう評価なさってるのかしら。こちらの世界に来て日は浅いはず。そこまで聖霊に親身なのは、あなたが聖霊の伴侶になったからですか?」
「いいえ。伴侶じゃありません。でも、家族だと思ってます。先に述べましたが私は聖霊に助けられました。
この世界に突然召喚されて、右も左も分からない時に聖霊が助けてくれたんです。
家の鍵すらまともにかけれなかった私に魔法を教えてくれました。ひもじい時は町まで連れてってくれました。
聖霊は優しくて気高い生き物だと思ってます。本当にどこまでも優しいんです。
自分だって大変なのに私の面倒ばかり見て、自分が傷ついても守ろうとしてくれるんです」
私はそっと手首のブレスレット、天馬型チャームに触れる。
ドレスには合わないと女官さんに窘められても決して外さずここまで付けてきた。
「残念だけどハツネさん、あなたの口上には多分に感情論が含まれてます。冷静な判断には欠けるわね。元より戦後協定は遵守せねばならぬもの。
異世界人の意見ひとつで覆すことは出来ません」
これまでとばかりに最後はキツイ口調で終わった。
「我が帝国は協定通り聖霊王国元国王ベンディケイド・ヴランの処刑を実行します」
そして告げられる。血も涙もない協定内容が。
「そうなると問題は、守護騎士の首にかけられている"囚人の首輪"ね。
処刑と同時に斬首なんて…なかなかやるわねえ」
ここで初めて聞く女帝の笑い声。ここ笑うとこか?と普通は訝しむだろうが、女帝の正体を知った今、ルークスさんのお姉ちゃんだしそんな人な気してた!で私の中では問題無しなことである。
ただ、拝聴してた重鎮の皆様はざわざわである。
こっそり「"ふむふむ"」で聞いてみよう。
「やはりあれは"囚人の首輪"か」「まさか殿下に」
「あの女ただの異世界人ではないのでは」
「殿下になんてことを」「怖い女だな」
「わしも首輪ほしい母ちゃんやってくんないかな」
一人変態がいるけど、それ以外はまともな感想だね。
首輪したい人は奥さんに土下座して首を縛ってもらえばいいんじゃないかな。
「ふふ…ごめんなさいね。あまりにも突拍子で前例もなくて…ただ、皇族の首を縛ったということに関して、あなたに罪を求める意見もあるの」
「当たり前ですね。皇族の命を狙う行為だということは重々承知しております」
「それでも縛った…あなたの気持ちが知りたいわ。言っておくけれど、皇族の首を盾にしたところで処刑は実行されるから、もう意味はないわよ」
「はい。処刑に関してはもう意見を述べれる立場じゃないと弁えてます」
女帝の最初の筋書き通りに進めてくれていいと思う。
処刑したとみせかけて秘密裏に匿う。おそらくこれが女帝の思惑。
私は余計なちょっかいをかけてしまったんだなと反省はしている。だが後悔はない。なぜなら、この過程で今最も大事な男性を捕まえることができたから。
なんだかんだ言って、首輪を付けるなんて発想は自分の欲から出ていたのだ。
今更ながら、それに気づいた。
「ルークスさん…」
私は女帝から視線を逸らして隣にいるルークスさんを見上げた。
相変わらず背ぇ高っけえなこの人…。
「今まですみませんでした。アナタを縛り付けたところでアナタの全てが手に入るわけでもないのに」
「ハツネ殿、それは違うぞ。こんな風に縛られなくても私は君に全てを捧げてただろう」
ルークスさんが近い。
自分からも歩み寄ったけれど、ルークスさんも私を求めて近付いてくれたのだ。
私たちは抱き合う。やっぱこれが一番落ち着く。
ルークスさんの腕が私の腰に回って支えてくれる。
私は背伸びしてルークスさんの首元を締める服のボタンを外した。
露わになる"囚人の首輪"。そこに両手を添える。
「約束してくださいませね。私以外の女性に目移りしないと。
でないと、アナタのこの首を "チョンパ" しますよ」
絡まった"草の鎖"が解けていく。
一旦は何もない真っ新な肌に戻ったが、再び今度は"茨の鎖"が絡んだ。
「…ん?これは…」
「浮気防止の首輪です」
事も無げに言ったら聴衆たちが騒ぐ騒ぐ。
「?!」「!?」「!」「!!」
「まあ」「まじで?」「いいなあ」
「ふは!おもしろっ」
笑ったのはカテルさんだね。
羨ましがってる人、後でちょっと裏に来い。教えてあげるから。
「…浮気したら斬れるということか」
「うーん。ちょっと違います。その場で斬るんじゃなくて、私が斬ります。もし浮気されて赦せなかったら、一気にやりません。じわじわ引き裂いてあげますよ」
にっこり笑って言ったらルークスさんも「それは怖いなあ」と笑った。
「浮気などしないが…勿論、他の用途にも使えるのだろう?」
他の用途…というのはあれだ。フルオラ・ナビルミに襲われて声出なくなった時に、ルークスさんと感覚を繋げた…あれだ。
「…気持ち良かったんですか?」
「かなりな。あのまま続けてたら確実に達してた」
そんなにか。もしや私はとんでもない魔法を編み出してしまったのか…?
「では、"囚人の首輪"は無くなったので、この件に関しては不問と致しましょ」
「すみません。ご配慮いただき有難う存じます。陛下」
「いいのよ。後で私にも首輪の付け方を教えてちょうだいね。ハツネさん」
マジすか。
「浮気防止か…」「ああ殿下が羨ましい」
「わしにも教えてくれんものか」
「あんな魔法があると家内にバレたら大変だ」
重鎮の皆様もマジか。
「ハツネさん、双陽神方は今どこにいらっしゃるの?」
「今ですか?…私もどこにいらっしゃるか知りません」
本当は私の家に居ます。でも、すみませんが居所はお教えできませんと心の中で付け足して、表情は無表情を貫いておく。
これは私の家を内緒にする為である。あの家の存在はチートすぎる。
外からは固有スキルで見ることもできないし、フルオラ・ナビルミにすら見つからなかったけれど、どんな拍子に家の中は異世界のものだらけでヴァーニエル王子を匿ってるとバレるかも分からないので、隠せるだけ隠し通そうと思っている。
「おかしいわね。光の御柱は、あなたの傍に立ったはずだけれど…あなたの傍にいらっしゃるのじゃなくて?」
「そういうものなのですか?分かりません。私たちを助けてくださった後は拝見してないのです。てっきり神殿に帰られたのかと思ってました」
「神殿ねえ。神子様に聞いた方が早そうですわね」
「ええ、きっと」
私は安堵で笑みがこぼれたのだが、女帝からは普通の微笑みに見えていたらいいなと思いつつ、話はそこで終わった。
事件の些事は話さずともよいのだろうか。
「此度の事…護送船を襲った魔物の撃退と、それから"扇動者"の撃退と、力をお貸しくださって感謝致します。
どちらも帝国の力が及ばず、延いては私の力不足でハツネさんには苦労をかけてしまいました。改めて、御礼申し上げます」
そう言って女帝が玉座から立ち上がる音がする。
左右のカーテンが割れ、女帝カサブランカの全身が露わになった。
───うわーい!金髪美女やーん!
「堅っ苦しい話はおしまいにして、お茶しましょ。ハツネさん」
赤紫色のグラデーションがかったドレスの裾を揺らして、女帝は壇上を降りてきた。めっさ気軽に話かけてくるんだが…これでいいのか帝国。
リベラルにもほどがないだろうか。
「あ、はい。あの、前に言っていた、おうちでお茶…でしょうか」
「ええ、もちろんそのつもりよ。私のおうちにいらして。ルーちゃんも来たければ来るがいいわ」
ルーちゃんおざなり。聖騎士カテルさんに至っては「お疲れ。神子様に参内するよう言っておいて」と気軽に伝言頼んでるし。
カテルさんも心得たもので「はい。陛下」と女帝に頭を垂れ手の甲へ口付けてから、騎士らしい所作で謁見の間を去っていった。
重鎮のおぢさん方もぞろぞろ退出していく。皆さん手馴れたものですね。
「では、こちらに」と女帝のお付きっぽい少年に先導され、私たちは皇居宮殿のさらに奥へと案内された。
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