白い息

言乃羽 ゆきと

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白い息

「ありがとうございました!」

赤い絨毯に白い清潔感のある壁、柱。ホールのホワイエでは、楽器を携えた学生たちが来場者へ感謝の言葉を投げかけていた。
彼らはクリスマスコンサートを終え、来場者を見送っている。
楽団員の冬樹はホルンを抱え、観客たちに感謝を伝えながら深々とお辞儀をする。
 
観客たちを見送る冬樹のもとに、背の高い学ラン姿の男子が一人近寄り声をかけてきた。

「よ、冬樹」

「…優斗!来てくれたんだ!」

冬樹は頭一つ分上にある短く刈り上げられた黒髪の青年の顔を見て頬を綻ばせた。

「あたりまえだろ。あんだけ言われてたらさすがに来るって」

「笑うなよなぁ。意外とチケットノルマ大変なんだぞ」

「っはは。悪い。でもかっこよかったぞ。楽器のことは何にもわかんないけど、すごく良い演奏だった…と思う。」

その言葉に頬を染める。色白の肌にうっすらとピンクが差す。

「…そっか、ありがと。まあ、これで引退だしな。」

冬樹が所属する吹奏楽部では年末のクリスマスコンサートで引退となる。
高校生活最後のステージを親友に見てもらいたいと野球部の彼を誘ったのだった。

「おう、お疲れさん。クリスマスだってのに練習漬けだったもんな」

「わるかったなー別にいいだろ。…優斗こそどうなんだよ。その、彼女とか…」

その言葉に苦笑いを浮かべながらあっけらかんとしている。

「いや!全然!そもそも彼女いたらクリスマスコンサート来てないし。お前の誘いの方が大事だし」




「……そうかよ。」


その言葉に、視線を落とした。勘違いしそうなことをサラッと言ってしまうのがコイツの悪癖だ。絶対こんな調子でいろんな子の胸を射止めているだろう。




…俺みたいに。



ぼんやりと心の中で悪態をついていると、

「なあ、あの…さ。」

優斗が珍しく歯切れ悪く言葉を紡いだ。
その様子を怪訝に思いながら冬樹は次の言を促した。

「なに?なんか頼み事か?まあ、今日くらいなら何でも聞いてやるよ。」

その言葉を聞き、少し考えこんでから言葉を絞り出す。

「演奏会の後で悪いんだけどさ…この後、時間ある?」


ホールをでると、肌を刺すような寒さが身に染みる。
いつの間に日が落ちていたのだろうか、外は暗く、ホールのプラザに立つ街灯や周辺の民家の温かな明かりが辺りを暗闇の中で星のように瞬いていた。
ステージの片づけを終えた冬樹は速足で駅へと向かう。
白い息が次々と吐き出されていた。
急く心を何とか宥めながらプラザを通り抜け、駅前の広場までたどり着いた。

駅前の街路樹たちはイルミネーションで飾り付けられ金や銀に光り輝いている。
駅に隣接した商業施設からはクリスマスソングが流れ、周囲を歩く人々は家族や恋人と幸せそうな表情を浮かべているのが横目に見えた。
 
広場に鎮座するのはLEDライトやオーナメントによって飾られたひときわ大きなツリー。
待ち合わせ場所はそこだった。



「わるい…遅くなった」

息を軽く切らしながら待ち合わせ相手の優斗に声をかけると、手に持っていた紙のカップを差し出してきた。

「おう、来る頃だと思って買っておいた。」

有名なコーヒーチェーンのロゴがプリントされたカップを受け取る。つい先ほど買ってきてくれたのだろうか、中の琥珀色の液体はまだ熱く、カップ越しに手にじんわりと熱が伝わってくる。

「ありがと…って、まさか誘った理由ってこれだけじゃないよな?」と彼の胸を小突く。

「ん…?まあ、お祝いになんか奢ってやろうと思ったのも理由だけどさ。まあ、ちょっとさ?クリスマス気分?ってやつを味わいたくって」

やたらと言葉を濁しながらつらつらと理由を述べる優斗に対し、徐々に苛立ちを募らせていく。

「…もにょもにょ言ってんの、お前らしくないって。で、結局なんだよ。」



その言葉を聞き、優斗は頭を掻き、


「……お前と、一緒に、ツリーが見たかった。て言ったら、笑うか……?」

首に巻いた赤いマフラーに顔を埋めながら、小声で呟いた。
その様子につられて頬に熱が集まっていく感覚を覚える冬樹。
はたから自身を見たら耳まで赤くなっているだろうと場違いなことを考えてしまうほどに。

その反応をじっと見つめる優斗は、しばらくの沈黙の後

「……手、握っても、いいか?」

「……ん」


カップを持っていない、もう片方の手を指し伸ばす。
冷え切った手にじんわりと熱が伝わっていく。



冬空に、白い息が二つ。クリスマスの街並みの夜へと消えていった。
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