辺境伯のお気に入り~趣味のためにしかたなく結婚してあげます~

海果

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第1章

秘密の趣味

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 言葉にするよりも実際に見てもらった方が早いと考えたリリアーナは、べインズ家の屋敷の離れへとブラッドを案内した。
 ブラッドとその従者のセシウスに、無機質な四角い建物の入り口を開いて招き入れる。

「この部屋に鍵は付いておりませんのでご安心下さい。あなた方をどうこうする気など全くございませんから」

 リリアーナがそう言ったのは、二人のあまりにも警戒している様子が見てとれたからだ。
 主よりも先に建物内に足を踏み入れたセシウスは、険しい表情を崩すことなく口を開いた。

「失礼な態度となってしまい申しわけございません。主の名誉のためにお伝えしますが、ブラッド様は、この見た目もあり何度か女性によって拉致・監禁されたことがあるのです。べインズ子爵令嬢がそのようなお方ではないと存じておりますが、どうかご理解下さい」

 深々と頭を下げたセシウスに対して、ブラッドはどこか気まずそうにしている。先ほどまでの自信たっぷりな様子はどこかへ行ってしまっていた。
 リリアーナは少し考えると、セシウスだけを部屋の奥へと導いた。

「それでは、辺境伯様はそのまま外からご覧ください」

 そう言うと、リリアーナは燭台に小さな石のかけらを乗せて手をかざす。
 次の瞬間、石を覆いつくすように炎が上がった。
 その光景に、二人は言葉をなくしていた。

「無詠唱……だと?」

 ぽつりとつぶやいたブラッドの声は、リリアーナにしっかりと届いていた。

「その通りです」

「無詠唱魔法といえば、魔法省多くの学者が長年研究している最上位の魔法だというのに……」

「さすが、よくご存じですね」

「これは、魔法省に報告しているのか?」

 その問いに、リリアーナは満面の笑みを浮かべながら首を傾げる。ブラッドは額に手を当てて空を仰いだ。

「なんということだ……。新たな魔法の発見は国への報告が義務付けられているのだぞ!?」

「それは、魔法省に属している方に限られますよね?私のこれは独学で身に付けたものですので、報告対象にはならないです。さて、どうして私が今これをお見せしたかお分かりですよね?これが私の結婚の為の条件です。この魔法研究を今後も続けることができる環境を用意して頂きたいのと、今みたことを秘密にしておくこと。私は最大の秘密を打ち明けました。今更先ほどの結婚のお話を取り消したりなどされませんよね?」

 リリアーナは笑顔でブラッドの方へと詰め寄る。
 これまでの女性たちとは全く違う詰め寄られ方に、ブラッドは拍子抜けしてしまった。

「これは……たしかにとんでもない秘密を抱えてしまうことになるな。魔法省に知られたら大罪ものだ。……だが、ますます面白い。さっきの魔法のことも気になるが、あなた自身についても興味がでてきたよ」

「行き過ぎた好奇心は身を亡ぼすことになりますわ、辺境伯様」

 これ以上この話を続けるつもりはない。そっけない返事でリリアーナの思惑を汲み取ったブラッドはやれやれと肩をすくめた。

「この短い時間だけで、だいたいあなたがどんなことを考えているのか分かってきたよ」

 他人との深いかかわりを望まず、いかに少ない労力で周りと距離を置くか。リリアーナの考えを理解できるというのであれば、ブラッドもまた、同じ考えを持っているのであろう。

(その目的が私にとっては魔法の研究と社交界に出ないためだけど……。この人は何のために人を遠ざけようとしているのかしら。ただの女性恐怖症だけではない気がする)

「今のあなたはいったい何を考えているんだ?私のことを食い入るように見て、私の考えでも読むつもりか?」

 ブラッドの声で現実に引き戻されたリリアーナは、急に彼の顔を見ることに気まずさを覚えた。思ったよりもブラッドは真剣な顔をしてこちらを見ていた。

(くやしい……。この顔面に少しでも同様してしまった事実がものすごく悔しい……)

 それでも動揺を悟られてはいけないと、リリアーナはとっさにむっとした表情を浮かべた。

「それはこちらのセリフです。あなたに興味のない女のことなど気にする必要ないのでは?あなたがなぜそんなことを聞くのか分かりかねます」

 しかし、リリアーナの言葉を意にも介していないのか、ブラッドはさっきの真剣な顔から一転、意地悪な笑みを浮かべていた。

「仮面夫婦とはいえ、はたから見てバレバレでは意味がありませんからね。最低限、自分の妻になる女性のことを知っておきたいと思うのは当然かと」

 嫌味を含んだ言葉の方がなぜか落ち着くような感覚に陥る。

(この短い時間で、私もたいがいこの男に毒されてしまっているようね。それでも、人生の墓場だと諦めていたけれど、少しはましな結婚生活になりそうだわ)

 リリアーナはふっと口の端を緩めると、今日一番の余裕を見せつけるように顔を上げた。

「でしたら、あなたの目で見て確認するのがいいと思いますわ。私から自分がこんな人物だとお教えするつもりは全くありませんので」

「あなたがそうおっしゃるのなら、今後は遠慮なく観察させてもらうことにしよう。これからよろしく頼むよ」
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