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第1章
魔道具屋②
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「あいつはものすごく頭が切れるやつなんだ。適当な言い訳をしたら、変な方向に話が行ってしまいかねない。口の堅さは俺が保証するが、正直に話してしまってもいいか?」
リリアーナは、実際のところ二人の関係がどんな風に思われても全く気にしないのだが、ブラッドがこうして律義に伺いを立ててくれたことに関しては、ほんの少しだけ好感が持てた。
「私はどちらでも大丈夫ですわ。旦那様の意向に沿うまでです。でも……もとはと言えば、私が旦那様と呼んでしまったがためにこんなことになってしまいましたね」
リリアーナは俯きがちに答える。
(そもそも、よっぽど断ることのできない外交以外では、私に出なくても良いと言っていたじゃない。それは、あまり私の存在を公にしたくないということでしょう。少し考えればわかることなのに。旦那様に迷惑をかけてしまったわ……)
ぐるぐると頭の中で考えが勝手に巡る。そんなリリアーナの顔が不意にグイッと上を向かされる。ブラッドの大きな手が、リリアーナの顎を強引に引き上げていた。
「それに関しては、ちゃんと話を整理していなかった俺の責任だ。帰ったら、またじっくり作戦を練る必要があるが……。とりあえず、今は正直に話すことにするぞ」
「は、はい……」
有無を言わせないブラッドの言葉に、リリアーナはそう答えることしかできなかった。
二人は一緒にスコットの方を振り返る。二人の様子をずっと見ていたスコットは、どこか笑いをこらえるような表情をしている。
「それで、二人の口裏合わせはもう終わったのかい?」
にっこり笑いながら言うスコットに対して、ブラッドは盛大にため息をついた。
「別に今のはただの確認だ。リリアーナ嬢とは、お互いの利害が一致したから結婚しただけの関係だ。俺は領主としての体裁を保つことができる。彼女は、趣味としての魔法研究を続けることができる。お互いに無意味な干渉はしない。そういう取引だ」
「ふーん。それにしてはずいぶんと彼女のこと気に入っているように見えるけど、気のせいかな?」
「リリアーナ嬢は俺に対して全くもって興味を持っていない。だから、こっちも気が楽なんだ」
「……それ、自分で言ってて悲しくならない?」
さっきまで満面の笑みを浮かべていたスコットだったが、今度はブラッドを憐れむような視線を向ける。
(クルクル表情が変わる人だなぁ……)
そんな風に思いながら、リリアーナは二人のやり取りを近くで観察する。すると、ふいにブラッドがリリアーナの方へ振り返る。
「もうこいつの相手をするのは疲れた。交代してくれ。いろいろと聞きたいことがあるんだろう?」
「いいのですか?お二人の邪魔をするつもりはなかったのですが」
「その意味深な言い方はやめてくれ……。俺は少しだけ外に出てくる。すぐに戻ってくるからここにいてくれ」
「分かりました」
リリアーナの返事を聞いて、ブラッドはスコットの方へ向き直る。
「そういうわけだから、くれぐれもリリアーナ嬢のことをよろしく頼むぞ」
「あぁ、ちゃんと丁重におもてなしするから安心しな」
そういって、スコットは手をひらひらと振ってブラッドをさっさと出ていかせようとする。ブラッドは怪訝そうな顔をしながらも、一旦店の外に出て行った。
「ほんとに、君といるブラッドは気が楽そうだね」
急に自分に向かって声をかけられ、リリアーナは首を傾げる。
「うーん……そうなんでしょうか。私からすれば、旦那様は初対面の時からあのような感じでしたので区別がつきません。最初の数分だけは紳士的な領主様を演じていたようですけど」
リリアーナは数日前の記憶を思い返しながら答える。
「ふふっ、その光景が目に浮かぶようだ。それで、リリアーナ嬢は本当にブラッドのことをなんとも思っていないんだ?」
「なんともと言われると返事に困ってしまいますが。私の趣味を受け入れて下さり、自由にさせてもらえている環境には感謝していますよ」
「うーん、僕が思っていた回答とはちょっと違うけど……もうそれ自体が答えみたいなもんだよね」
「??」
スコットの言葉の意味がよくわからずリリアーナは首を傾げた。それに対して、スコットはふっとやさしく微笑むだけで解説をくれようとはしない。
(おっと、これはなかなかの破壊力ね。顔がいい人の無自覚の笑顔は恐ろしいものだわ)
リリアーナは表情を変えることなく、心の中で冷静に分析していた。
リリアーナは、実際のところ二人の関係がどんな風に思われても全く気にしないのだが、ブラッドがこうして律義に伺いを立ててくれたことに関しては、ほんの少しだけ好感が持てた。
「私はどちらでも大丈夫ですわ。旦那様の意向に沿うまでです。でも……もとはと言えば、私が旦那様と呼んでしまったがためにこんなことになってしまいましたね」
リリアーナは俯きがちに答える。
(そもそも、よっぽど断ることのできない外交以外では、私に出なくても良いと言っていたじゃない。それは、あまり私の存在を公にしたくないということでしょう。少し考えればわかることなのに。旦那様に迷惑をかけてしまったわ……)
ぐるぐると頭の中で考えが勝手に巡る。そんなリリアーナの顔が不意にグイッと上を向かされる。ブラッドの大きな手が、リリアーナの顎を強引に引き上げていた。
「それに関しては、ちゃんと話を整理していなかった俺の責任だ。帰ったら、またじっくり作戦を練る必要があるが……。とりあえず、今は正直に話すことにするぞ」
「は、はい……」
有無を言わせないブラッドの言葉に、リリアーナはそう答えることしかできなかった。
二人は一緒にスコットの方を振り返る。二人の様子をずっと見ていたスコットは、どこか笑いをこらえるような表情をしている。
「それで、二人の口裏合わせはもう終わったのかい?」
にっこり笑いながら言うスコットに対して、ブラッドは盛大にため息をついた。
「別に今のはただの確認だ。リリアーナ嬢とは、お互いの利害が一致したから結婚しただけの関係だ。俺は領主としての体裁を保つことができる。彼女は、趣味としての魔法研究を続けることができる。お互いに無意味な干渉はしない。そういう取引だ」
「ふーん。それにしてはずいぶんと彼女のこと気に入っているように見えるけど、気のせいかな?」
「リリアーナ嬢は俺に対して全くもって興味を持っていない。だから、こっちも気が楽なんだ」
「……それ、自分で言ってて悲しくならない?」
さっきまで満面の笑みを浮かべていたスコットだったが、今度はブラッドを憐れむような視線を向ける。
(クルクル表情が変わる人だなぁ……)
そんな風に思いながら、リリアーナは二人のやり取りを近くで観察する。すると、ふいにブラッドがリリアーナの方へ振り返る。
「もうこいつの相手をするのは疲れた。交代してくれ。いろいろと聞きたいことがあるんだろう?」
「いいのですか?お二人の邪魔をするつもりはなかったのですが」
「その意味深な言い方はやめてくれ……。俺は少しだけ外に出てくる。すぐに戻ってくるからここにいてくれ」
「分かりました」
リリアーナの返事を聞いて、ブラッドはスコットの方へ向き直る。
「そういうわけだから、くれぐれもリリアーナ嬢のことをよろしく頼むぞ」
「あぁ、ちゃんと丁重におもてなしするから安心しな」
そういって、スコットは手をひらひらと振ってブラッドをさっさと出ていかせようとする。ブラッドは怪訝そうな顔をしながらも、一旦店の外に出て行った。
「ほんとに、君といるブラッドは気が楽そうだね」
急に自分に向かって声をかけられ、リリアーナは首を傾げる。
「うーん……そうなんでしょうか。私からすれば、旦那様は初対面の時からあのような感じでしたので区別がつきません。最初の数分だけは紳士的な領主様を演じていたようですけど」
リリアーナは数日前の記憶を思い返しながら答える。
「ふふっ、その光景が目に浮かぶようだ。それで、リリアーナ嬢は本当にブラッドのことをなんとも思っていないんだ?」
「なんともと言われると返事に困ってしまいますが。私の趣味を受け入れて下さり、自由にさせてもらえている環境には感謝していますよ」
「うーん、僕が思っていた回答とはちょっと違うけど……もうそれ自体が答えみたいなもんだよね」
「??」
スコットの言葉の意味がよくわからずリリアーナは首を傾げた。それに対して、スコットはふっとやさしく微笑むだけで解説をくれようとはしない。
(おっと、これはなかなかの破壊力ね。顔がいい人の無自覚の笑顔は恐ろしいものだわ)
リリアーナは表情を変えることなく、心の中で冷静に分析していた。
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