<完結> 知らないことはお伝え出来ません

五十嵐

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関所が比較的近いという宿は、今までエミーリアが公務で訪れた際に利用したものとは全く違っていた。そこには自分達以外の人もいたし、とても賑やかだ。

「王族が訪問する際は、その街で最も高級な宿泊施設が貸切になりますからね。」

アルバートの説明に、エミーリアは如何に自分が籠の中の鳥だったのか理解した。これでは、王城を出て数日以内にアルバートが言ったように人攫いに遭っていたと断言出来る。

朝から深夜迄勉強したにも関わらず、その中には街中で生きていく常識が一欠片もなかったということだ。
民のこと、生活を知らない自分が国の最高峰の女性になろうとしていたとはなんと滑稽な。
そして、部屋の寝台に目に目が留まる。今まで目にした中でも一番小さいと思われる寝台。

「アルバート様、一人用の寝台が一つしかございませんわ。」
この言葉にアルバートが噴き出した。

「あの寝台は二人用です。確認しますか、二人で寝れるかどうか。ああ、違いますね。今夜は初夜ですから睦合えるかどうかの確認ですね。」
「初夜…」
「習いましたよね。何をするか?」

宿帳には、言われた通り『妻、エミーリア』と書いたがその時は文字にしか過ぎなかった。それが、アルバートの言葉にエミーリアは呼吸が早くなり赤面した。

「夜はお互いに清めあいましょうか。食事の後、湯桶をお願いしないといけませんね。」
「わたくし、一人で出来ますわ。」
「わたしは一人では背を拭けませんから、妻にお願いしないと。」
「意地悪だわ。」
「いえ、わたしは優しいと思いますよ。初夜は落ち着いてからの方が良ければ、スプラルタ王国に着いてからでも。」
「それも…意地悪だわ。わたくしがどういう教育を受けたか知ってるくせに。」
「ああ、あれですか。初夜に相手にされなかった妻は価値がないとか、使用人以下の立場だとか。いいんですよ、もうあなたを縛る柵はないのだから。」
「でも、」

あの伏魔殿でエミーリアの心を守ってくれていたアルバート。仕事の内容を聞かずに返事をしたのも、のこのこ付いてきたのも結局のところエミーリアがアルバートを信用していたからだ。

信用と愛情が違うのは知っている。でも、エミーリアにとっては限りなく近い。だから、婚姻届にサインをした。アルバートならば信じられるからだ。それは、愛せることを意味している。

長年共にいたアルフレドは信じられなかったというのに。まあ、アナベラとかいうどこぞのご令嬢とエミーリアの目があってもベタベタしているような男は信用出来ない。


「エミーリア、それは初夜は今夜がいいってこと?」
「あなたは優しいのよね?」
「それはもう。第一、愛しいあなたに酷いことなんてしないに決まってる。」
「だったら、心を決めた今日がいいわ。わたくしを娶って。」



翌朝、エミーリアは怒った。十分酷かったと。
「酷いことはしてないよ。ちょっとした意地悪はしたけど。男はね、好きな子には意地悪をしたくなるんだ。そういう男心を理解してもらいたいな、僕の愛しい奥さん。」

言われてみればちょっとした『意地悪』なのかもしれない。それも愛ある意地悪。
その言葉に怒りを忘れてしまう自分を、なんてちょろいんだと思うエミーリアだった。
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