<完結> 知らないことはお伝え出来ません

五十嵐

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あなたが知らないわたし達が知っていること Side story サフィール・ランカラント2

「さて、カリスター侯爵令嬢には自由を掴んでもらうとして、現王達には何を掴んでもらおうか?」

前振だったエミーリアの未来ではなく、サフィール本来の頼みはここからだ。とは言え、エミーリアの未来も大切で重要な事案であることには変わりないが。

三人の顔つきは変わる。一等記録官から王国の番人という立場へ。そこには先ほどのように、エミーリアの過去を思い出し時の悲しげな表情も未来に幸あれと願う表情もない。
番人として感情を伴わない無表情という表情があるだけだった。

「ところで、第二妃はご自分の立場を忘れたのだろうか」
「さあ?」
「国の法を理解していれば自分の立場が如何に脆いか知っているはずだが」
「確か痛みと共に覚えると忘れないんだったな。ドレスと宝飾品に囲まれて楽しい日々だったから、重要事項を忘れたのかもしれない。まあ、直ぐに二度と忘れないよう、痛みではないがそれに等しい状況で覚えてもらえるがな」
「今更だけれど、しっかり学習してもらおう。無知には鞭をだったな、第二妃の名言は」
「ああ、無知は恥ずべきことだから」

国の法には正妃とそれ以降の妃達への決まりがしっかり記されている。万が一にも王が更迭された場合は、第二妃以降は妃という立場を失うのだ。
子をなす或いは他の理由で王宮へ呼ばれ上がったとしても、その後もしっかりと王と国に尽くすよう決められた法だった。

「全てを固めた上で現王を更迭、即時第二妃には王宮からご退場願おう。何も持ち出しが出来ないように」
「そうだな、売れるものを持ち出されては適わない」
「ところで王への罪状は? お勉強は出来ても人間として馬鹿な王子を育てたことと言いたいが、流石にそれでは更迭出来ない」
「…困った、あまりにも何もしていないから責任を取らせたい大きな失敗がない」
「…ある意味、王としての地盤を守っているな」

先王は政治手腕のある人物だった。しかし、現王はその基盤を受け継いだだけ。可もなく不可もなくといったような王だった。ただ三大公爵家としてもある意味使い易い王だったのでそのままにしていたようなもの。
「国と筆頭侯爵家の婚姻を馬鹿な理由で破棄した王子がトップに立った時、王宮がどうなるかは予想がつくが、その未来を理由に王を更迭は出来ないな。殿下が馬鹿なことを言ったのは、第二妃が原因。その第二妃を野放しにしていたのは王なのだが」

重要な侯爵家の令嬢を軽んじることは王宮内に混乱を齎す。
カリスター侯爵家の息が掛かった者が一斉に王宮を去る可能性だけではない。自分の娘も王子に近付けようとする貴族家。更には、現状を良く知るエミーリアを取り込もうとする貴族家。
混乱を招けば何が起こるか分からない。

分からないのだが、まだ起きていない未来を理由にすることは無理だ。
数日後ならば、様々な立場の様々な貴族が動いて何かしら起きてはいるだろう。それでも、腹の探り合いから毛が生えた程度が関の山。
もっと放置して問題を発生させたいところだが、番人の立場としては国を守るのが最優先。

「数日で腹の黒いヤツは炙り出せるが、理由にはならない」
「俺達への恩返しとして、ここはカリスター侯爵令嬢に協力してもらおう。スプラルタ王国の筆頭公爵家であり王家の血を受けつぐ母を持つカリスター侯爵令嬢に」
「ああ、スプラルタ王国は大国。こちらとしては忖度すべき国だ。ところが、第二妃はそんな血筋を持つ重要な令嬢に与えられていた婚約者予算を横領していた。王はそれを知りながらも見逃し続けている有様」
「カリスター侯爵令嬢への王家の行き過ぎた教育方法も記して、スプラルタ王国への詫びも兼ねて王が自ら更迭されることを願ったことにしよう」
「その筋書きで進めるか」
「良く言うことを聞く王だから、読むだけでいい素晴らしい台詞を俺達が仕上げて渡せばいい」
「ああ、王には俺達が書く最高傑作の台詞が書かれた台本を握らせよう」
三人は記憶を掘り起こしながら、王が口にすべき台詞を書き始めたのだった。

「王子は簡単だな。国として決めたことを個人の感情で覆すなど、国を背負っている立場の人間の行いではないのだから。愚かすぎる。これはもう王子という立場にいたくないということと同義だろう」
「王位継承権を放棄したかったんだろうな」
「ああ」

夜遅くまで三大公爵会議の事前準備を整えながら、サフィールはあの時のエミーリアを思い返していた。
エミーリアが記録文書に署名をした後で『お手数ですが、殿下の側近であるアルバート様にわたくしが婚約破棄を言い渡されたことを伝えていただけますか?』と囁いたことを。カリスター侯爵家とは一言も言わなかったことを。

伝えて欲しいと言ったが、あれはアルバートへ助けを求めるものだったのだろう。唯一、エミーリアが信用し助けを求められるアルバートへの。
通り掛かった記録官がサフィールだと気が付いた時点でエミーリアは全てを即座に考え実行したのかもしれない。チャンスはそう転がっていないのだ、王宮という場所では。大切にされるべき王子とその婚約者というエミーリアなのだから。

あの時、やって来たサフィールに礼を告げたエミーリアの表情はいつもと同じにもかかわらず、声に微かな喜びが混じっていた。きっとチャンスを掴んだと思ったからなのだろう。

己を守る術の少ないエミーリアが切った取って置きの手札。その決心に報いる為にも、最高の筋書きをサフィールは用意しなければならない。

「あんなきれいで素晴らしいお姫様を攫おうとしているアルバートには腹立たしさを覚えるな」
「しかし、これからのことを考えるとお姫様は攫われた方がいいだろう」

サフィールも他の二人もエミーリアをアルバートに持っていかれるのは若干腑に落ちない部分があるものの、その判断は強ち間違いではないと分かっている。エミーリアがこの国に残っていたならば、本人が望もうと望むまいと禄でもない思惑に巻き込まれただろう。父であるカリスター侯爵を筆頭に手駒にしたい人間は多くいる。
どうしても、これから数日間はごたつく。その後三大公爵家が上手く丸めるにしても、避けようがないことが待っているのも事実。

もうこれ以上、エミーリアが王家に付き合う必要はない。



たたき台を作成してから十数日、この日も三人は遅くまで仕事をしていた。
今回は記録官としての仕事だけだが、内容が内容なだけに時間が掛かる。同じようなことを繰り返す馬鹿が現れないように、この記録は戒めとして事細かに残さなくてはいけない。

事の顛末をもうこの国にいないエミーリアが知ることはないかもしれない。けれど、もし、知った時にエミーリアはどう思うのだろうか。そんなことを考えながらサフィールはペンを走らせた。

その後スプラルタ王国でエミーリアは事の顛末を知る。王家や元婚約者へ思うところはほぼ無かったのだが、子供への教育の重要性は再認識したのであった。文書を書いたであろう記録官達へ感謝の気持ちを伝えられないことを残念に思いながら。
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