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閑話 マロスレッド公爵の知りたかったこと、そして確信

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「エミーリア夫人はどこかの国の姫だと言われてもおかしくない気品をお持ちだ」
「ありがとうございます。閣下にお会いするとあって、本当はとても緊張しております」
イザベラの娘は随分肝が据わっているようだとシリルは思った。緊張など全くしていないその表情は、『どうぞ何でもお話下さい』と言っているようだ。

「本当は他国のことも色々伺いたいところだが、余り多くの時間は取れないので残念だが単刀直入に話させてもらうよ。長話は身重のエミーリア夫人にも負担だろう」

シリルはまず伯爵家を訪問した理由から話した。『過去においてわたしが助けることが出来なかった女性にエミーリア夫人が良く似ていてね。過去へ対する罪滅ぼしなど出来ないから、飽く迄もこれはわたしの自己満足なのだけれど』と前置きをした上で。

シリルは知っている。エミーリアが母の顔を知らないことを。顔だけではない、髪の色も瞳の色も。特徴を何も知らずに育ったことを。
外見だけではない、人物像も何も知らないはずだ。何故なら、イザベラはエミーリアを産み落としてから王都にあるカリスター侯爵邸を早々に去った。王都にいるときも妊娠を理由に表舞台にはほとんど出ていない。だから、大国から来た公爵家の姫はこんな国など見下しているのだろうという噂くらいだ、イザベラの情報は。

エミーリアは何も言わず話を聞き続けているが、シリルが指す人物が誰かなんて分かり切っている筈。良く似ているなんて言葉で揺さぶってみたが、嫌悪も興味も何も浮かべない表情のままというのには感心してしまう。

では、次の話はどうだろうか。多少は表情を変えるだろうかとシリルは話を続けた。
結果、顔面蒼白になったのは伯爵夫人のみ。これから一番危険な立場になるだろうエミーリアは相変わらず同じ表情のままだった。話の内容は、エミーリアが一番顔色を悪くする話だというのに。

「閣下、妻の身を案じ、有難い情報をありがとうございます」
「情報だけでは救えないだろう。前述の通り、子宝に恵まれないよう仕向けられていた伯爵家では良い産婆や世話係を探すのもことだ。時が来れば必ず必要になる人物は案外危険だからね。そこで、その者達もこちらで紹介する用意がある」

「そこまでしていただくとなると、わたくしどもは閣下へお礼として何を差し出せばいいのでしょうか。わたくしと夫では、こちらでの日が浅いのでお返し出来るものがございません」

申し出への拒絶。自分達へ目を向けさせ伯爵家へ手を出すなという牽制。それでも申し出るなら、もっと腹の内を見せろという笑みをエミーリアは瞳に浮かべた。やはり王妃になる為に育てられた娘だ。シリルにすんなりと自己満足は与えてくれないらしい。
そもそもエミーリアは心の中で『あなたの自己満足の為にどうしてわたしが?』と思っていることだろう。

「そうだね、確かにマロスレッド公爵家から一方的に支援を受けるのはある意味怖いことだろう。では、わたしは君達の未来を見る権利を貰おう」
「未来…ですか?そんな不確かなものを閣下がご所望されるのですか」
「先行投資だよ。投資はね、皆が同じものに手を出したときには既に旨味なんてあまり残っていない。だから大きなリターンを欲するなら先行投資だ。だが、良く調べないと先行投資はただの賭けになってしまう。そうしない為には…」
「閣下はわたしと妻の未来を潰そうとする者を排除して下さる、ということでしょうか?」
「その聞き方、嫌いじゃないな。特別にもう一つ、アルバート君に情報をあげよう。君は夫人を守る為に結婚し、早々に子を持ったようだけれどそれは正妃という考えに囚われた場合だ。側妃はね、子を産める女性の方が好ましいこともあるからね」

シリルのこの発言でランスタル伯爵家の方針は決まるだろう。この邸に送り込む『世話係』は早急に決めなくてはならない。さて、そろそろ違う表情を浮かべるだろうかとエミーリアに視線を移せば期待は簡単に裏切られる。易々と心は見せてくれないようだ。
まあその方が楽しいと思いながら、シリルは『他には?』と顔の表情でエミーリアに質問を促した。

「閣下、一つ確認させて下さい。未来にはわたくしが産む子は入りますか?」
「わたしは駒として使われ、不幸な日々を過ごした子を知っている。だから使う側にはなりたくない。この答えでいいかな?」
「はい。ありがとうございます」
「では、二日後にやって来る使いの者へ返事をしてくれ。先程伯爵へ渡した事業提携の案も読んだ上でね。公爵家との共同事業を進めることで夫人を守ることも出来ると思うよ」

エミーリアの質問は腹の子の為。アルバートの質問は腹の子とその母親になるエミーリアの為。腹の内を見せないのが貴族、けれど二人は見せてくれた『守りたいものがある』ことを、それが何なのかを。

シリルは知っている。本当に『守りたいものがある』人物が如何に強いかを。そして身近なところにいた本当に『守りたいものがある』人物を。今度はその中に目の前の二人が入る。




帰りの馬車でシリルはエミーリアの瞳を思い出し、とある国の元王子は婚約者にしてやられたのだと確信した。
船の進行方向を決めたのは船長である元婚約者。舵を大きく切って進路を変えたかったのだろう。その後は、切られた舵が戻らないよう航海士が動いたのだ。安全に航行するために、航海士はアルバートを始め何人いたのだろうかとシリルは考えずにはいられなかった。
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