4 / 90
4 隣
恭祐を待たせることなどかおるには有り得ないこと。だから、5分前を目安にかおるは正面玄関に向かったのだが、そこには既に恭祐の姿が。救いは、かおるの姿に気付かない程集中して何かをしていることだった。つい声を掛けるべきかかおるが躊躇していると、恭祐がその気配を感じ取ってくれた。
しかし、その視線はいつからそこにいて時間を無駄にしたのかと問い質しているようにも見える。気付けばかおるは時間前だというのに『すみませんでした』と恭祐に謝っていた。
「なぜ謝る必要がある」
「お待たせしたかと」
「まだ時間前だ」
と言って、恭祐は作業を終え、かおるに振り返った。
「で、店は?」
かおるは会社近くにあるホテル内のレストラン名を伝えた。
解放感のある大きな窓に落ち着いた雰囲気のそこは、恭祐とのミーティングに適しているように思えたのだ。
つい恭祐を前にすると萎縮してしまうかおるを大きな窓に助けてもらいたいと思ってしまった。
そしてもう一つ。絶対に必要な条件を満たしている。恭祐が必ず場所を知っていなくてはいけないという必要条件を。これさえ満たしていれば、店案内の為にかおるは恭祐の前を歩く必要はない。そう、後ろからついていけばいいのだ。が故に店名を聞き歩きだした恭祐の後を、かおるは当然のこととしてついて行ったのだった。
「三上、後ろを歩かれると話しづらいんだが」
ところが恭祐は暗にかおるが隣を歩くように仕向ける言葉を発した。
考えてもいなかった位置だ、隣は。困るを通り越し、かおるの足は今にも止まりそうだった。
どうして恭祐の言葉にそんなにまでも困り驚いたのか。理由は簡単。恭祐が取るかおるに対する態度がいつもとても冷たいからだ。仕事上接する機会が多い女性の部下だからあらぬ噂を立てられないようにしているという見方をすればまだ救われるが、そんなことはない。ただ、疎まれてるだけ。だから、だまって後ろからついていけばいいだけの店を選んだというのに。
振り返り、隣に来るようかおるを見つめる視線はあの日から変わることのない鋭いものだった。
かおるは未だに覚えている。初めて顔を合わせたときに向けられたあまりにも冷たく威圧的な鋭い視線を。
最初は社会での経験がまだ1年しかないかおるへの使い物になるのかどうかという感情からかと思ったが、その視線は数年たった今でも同じだ。
どんなに仕事を頑張ったとしても。
視線だけではない。
恭祐から発せられる言葉はどれも冷たく厳しいものだ。五年とちょっと、部下として働いてきたが、世間話、いや、天気の話すらしたことがない。
更には、仕事で休日出勤をしようと労いの言葉もないし、どんなに頑張ったところで感謝などあり得ない。
最初は心のどこかで期待していた恭祐からの言葉。けれど一年も過ぎた頃には、バカな夢を見続けることがいかに無駄かを思い知らされただけだった。
けれど…何がいけなかったのか。かおるが一方的に初対面だと思っているだけで、実はどこかで顔を合わせ失礼なことでもしたのだろうか…。それとも電話越しに。
一緒に働いて随分経つが、当時から変わらない態度。一体何をしてしまったのだろう。
でも、もう考えなくてもいい、数ヶ月後にはかおるはこの会社にいない。
「三上、何してるんだ。早くしてくれ」
いつもの答えが出ない考えに囚われそうになったかおるを呼び戻したのは、恭祐の苛立ちが含まれた声だった。
「申し訳ございません」
かおるは思うことにした、隣を歩かなくてはいけないのは仕事だからだと。仕事以外の何物でもない。恭祐だって仕事の為、隣を歩くように言っただけ。本当は嫌いなかおるに。
でも、仕事の話と言ってもホテルまでの距離は必要ないように思える。かおるが言うべき台詞は『ご希望通りに致しました』だけなのだから。それとも、その時間すら無駄に出来ないほどこれから仕事を言いつけられるのだろうか。が、かおるの緊張は肩透かしとなった。問われた事への報告内容に恭祐は『分かった』とだけ返事をし、後は何も言わなかった。
しかし、その視線はいつからそこにいて時間を無駄にしたのかと問い質しているようにも見える。気付けばかおるは時間前だというのに『すみませんでした』と恭祐に謝っていた。
「なぜ謝る必要がある」
「お待たせしたかと」
「まだ時間前だ」
と言って、恭祐は作業を終え、かおるに振り返った。
「で、店は?」
かおるは会社近くにあるホテル内のレストラン名を伝えた。
解放感のある大きな窓に落ち着いた雰囲気のそこは、恭祐とのミーティングに適しているように思えたのだ。
つい恭祐を前にすると萎縮してしまうかおるを大きな窓に助けてもらいたいと思ってしまった。
そしてもう一つ。絶対に必要な条件を満たしている。恭祐が必ず場所を知っていなくてはいけないという必要条件を。これさえ満たしていれば、店案内の為にかおるは恭祐の前を歩く必要はない。そう、後ろからついていけばいいのだ。が故に店名を聞き歩きだした恭祐の後を、かおるは当然のこととしてついて行ったのだった。
「三上、後ろを歩かれると話しづらいんだが」
ところが恭祐は暗にかおるが隣を歩くように仕向ける言葉を発した。
考えてもいなかった位置だ、隣は。困るを通り越し、かおるの足は今にも止まりそうだった。
どうして恭祐の言葉にそんなにまでも困り驚いたのか。理由は簡単。恭祐が取るかおるに対する態度がいつもとても冷たいからだ。仕事上接する機会が多い女性の部下だからあらぬ噂を立てられないようにしているという見方をすればまだ救われるが、そんなことはない。ただ、疎まれてるだけ。だから、だまって後ろからついていけばいいだけの店を選んだというのに。
振り返り、隣に来るようかおるを見つめる視線はあの日から変わることのない鋭いものだった。
かおるは未だに覚えている。初めて顔を合わせたときに向けられたあまりにも冷たく威圧的な鋭い視線を。
最初は社会での経験がまだ1年しかないかおるへの使い物になるのかどうかという感情からかと思ったが、その視線は数年たった今でも同じだ。
どんなに仕事を頑張ったとしても。
視線だけではない。
恭祐から発せられる言葉はどれも冷たく厳しいものだ。五年とちょっと、部下として働いてきたが、世間話、いや、天気の話すらしたことがない。
更には、仕事で休日出勤をしようと労いの言葉もないし、どんなに頑張ったところで感謝などあり得ない。
最初は心のどこかで期待していた恭祐からの言葉。けれど一年も過ぎた頃には、バカな夢を見続けることがいかに無駄かを思い知らされただけだった。
けれど…何がいけなかったのか。かおるが一方的に初対面だと思っているだけで、実はどこかで顔を合わせ失礼なことでもしたのだろうか…。それとも電話越しに。
一緒に働いて随分経つが、当時から変わらない態度。一体何をしてしまったのだろう。
でも、もう考えなくてもいい、数ヶ月後にはかおるはこの会社にいない。
「三上、何してるんだ。早くしてくれ」
いつもの答えが出ない考えに囚われそうになったかおるを呼び戻したのは、恭祐の苛立ちが含まれた声だった。
「申し訳ございません」
かおるは思うことにした、隣を歩かなくてはいけないのは仕事だからだと。仕事以外の何物でもない。恭祐だって仕事の為、隣を歩くように言っただけ。本当は嫌いなかおるに。
でも、仕事の話と言ってもホテルまでの距離は必要ないように思える。かおるが言うべき台詞は『ご希望通りに致しました』だけなのだから。それとも、その時間すら無駄に出来ないほどこれから仕事を言いつけられるのだろうか。が、かおるの緊張は肩透かしとなった。問われた事への報告内容に恭祐は『分かった』とだけ返事をし、後は何も言わなかった。
あなたにおすすめの小説
【完結】泡になった約束
山田森湖
恋愛
三十九歳、専業主婦。
夫と娘を送り出し、静まり返ったキッチンで食器を洗う朝。
洗剤の泡が立っては消えるその繰り返しに、自分の人生を重ねながら、彼女は「ごく普通」の日常を受け入れている。
愛がないわけではない。けれど、満たされているとも言い切れない。
そんな午前中、何気なく出かけたスーパーで、背後から名前を呼ばれる。
振り返った先にいたのは、かつて確かに愛した男――元恋人・佐々木拓也。
平穏だったはずの毎日に、静かな波紋が広がり始める。
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
時間を止めて ~忘れられない元カレは完璧な容姿と天性の才能を持つ世界一残酷な人でした 【完結】
remo
恋愛
どんなに好きになっても、彼は絶対に私を愛さない。
佐倉ここ。
玩具メーカーで働く24歳のOL。
鬼上司・高野雅(がく)に叱責されながら仕事に奔走する中、忘れられない元カレ・常盤千晃(ちあき)に再会。
完璧な容姿と天性の才能を持つ世界一残酷な彼には、悲しい秘密があった。
【完結】ありがとうございました‼
甘い束縛
はるきりょう
恋愛
今日こそは言う。そう心に決め、伊達優菜は拳を握りしめた。私には時間がないのだと。もう、気づけば、歳は27を数えるほどになっていた。人並みに結婚し、子どもを産みたい。それを思えば、「若い」なんて言葉はもうすぐ使えなくなる。このあたりが潮時だった。
※小説家なろうサイト様にも載せています。
お前が愛おしい〜カリスマ美容師の純愛
ラヴ KAZU
恋愛
涼風 凛は過去の恋愛にトラウマがあり、一歩踏み出す勇気が無い。
社長や御曹司とは、二度と恋はしないと決めている。
玉森 廉は玉森コーポレーション御曹司で親の決めたフィアンセがいるが、自分の結婚相手は自分で決めると反抗している。
そんな二人が恋に落ちる。
廉は社長である事を凛に内緒でアタックを開始するが、その事がバレて、凛は距離を置こうとするが・・・
あれから十年、凛は最悪の過去をいまだに引き摺って恋愛に臆病になっている。
そんな凛の前に現れたのが、カリスマ美容師大和颯、凛はある日スマホを拾った、そのスマホの持ち主が颯だった。
二人は惹かれあい恋に落ちた。しかし凛は素直になれない、そんなある日颯からドライブに誘われる、「紹介したい人がいるんだ」そして車から降りてきたのは大和 祐、颯の息子だった。
祐は颯の本当の息子ではない、そして颯にも秘密があった。
ブラック企業で倒れた私を、ネトゲ仲間の社長が強制保護して溺愛しています
紅 与一
恋愛
過労で倒れた私を救ったのは、
ネトゲ仲間――そしてIT企業の若き社長。
「もう君は、僕の管理下だよ」
退院と同時に退職手続きは完了。
住む場所も、生活も、すべて彼に囲われた。
外出制限、健康管理、過保護な独占欲。
甘くて危険な“保護生活”の中で、
私は少しずつ彼に心を奪われていく――。
元社畜OL×執着気味の溺愛社長
囲い込み同棲ラブストーリー。