どうかあなたが

五十嵐

文字の大きさ
7 / 90

7 難しい要求

しおりを挟む
半年後、かおるは人事の予想を大きく裏切り化けた。かおるとて自分がいきなりこんな大企業の社長秘書になったのには、それ相当の事情があると理解していた。

前任者、総務のバックアップだけでなく、社長の秀一自らの指導。秀一はその立場にも係わらず、誰よりも丁寧、的確に仕事の進め方、人脈の築き方を教えてくれた。厳しい指導だったり、時には怒られることもあったが、ちゃんと出来れば認めてもくれる。
かおるはそれに応えるためにも、一つ一つをきちんと理解し自分のものとしていった。

驚くことに新年度をむかえようとする頃には、かおるは人事担当者達を良い意味で悩ませていた。
それは秀一勇退後のかおるの行き先。

最終的にはニューヨークにあるアメリカ支社から日本へ戻ってくる恭祐が率いる新組織の組織付き兼恭祐のアシスタントになることに決まった。だから、今がある。

「それで、父は何と」
「はい、あ、あの、退職は残念だけれども、その日まで今まで同様頑張るようにとおっしゃって下さいました。若林さんが」
「何だ?」
「あ、いえ、会長の若林さん」
「当たり前だが、オレも若林だ。紛らわしいから、区別してくれないか」
「分かりました。では、若林さんの前では会長と室長という役職で」
「止めてくれ。この会社は役職名で呼ばないことになっているだろう。第一その呼ばれ方は好きではない」
そうはおっしゃいましても、という言葉を飲み込みかおるはいつものように表情を変えず続けた。
「かしこまりました。では、どのようにお呼びすればいいでしょうか?」

本人に聞くのが一番早い。そうすれば恭祐の気に入らないことを言い睨まれることもないだろう。
けれどかおるは気付いていなかった。恭祐が微かに口角をあげたことを。その言葉で切り返してくることを百も承知で好きではないと言ったことを。

「そうだな、恭祐でいい」
「あの…、若林さん」
「聞いていなかったのか、今、恭祐と呼べと言ったばかりだが」
「ですが、それではあまりにも」
「構わない。支社では皆そう呼ぶ。出張も控えていることだ、他の者と足並みをそろえればいいだけだろう」
「では、出張の時は…そのようにお呼びするよう、努力します」
「努力するようなことではないだろ。5年以上一緒に働いているんだ、オレの名前を知らないわけでもあるまいし。そうだな、今この時点から、オレと二人の時は恭祐と呼べばいい。その方が、どの若林を指しているのか明確だ」

紛らわしさを区別する為の命令。かおるには、そう思い従うしかない。
「…はい、分かりました」
かおるはいつものように言葉少なめに了承の返事をした。その裏では、表情に出しはしないが、心は驚きで埋め尽くされていた。
なぜなら、恭祐がかおると働きだしてすでに5年以上経っていたことを知っていたからだ。

結局、その後、会話らしい会話はなかった。第三者の目からみるならば。けれど、かおるにしてみれば恭祐と向かい合ってこんなに話した、否、答えたのは初めてだった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

惑う霧氷の彼方

雪原るい
ファンタジー
――その日、私は大切なものをふたつ失いました。 ある日、少女が目覚めると見知らぬ場所にいた。 山間の小さな集落… …だが、そこは生者と死者の住まう狭間の世界だった。 ――死者は霧と共に現れる… 小さな集落に伝わる伝承に隠された秘密とは? そして、少女が失った大切なものとは一体…? 小さな集落に死者たちの霧が包み込み… 今、悲しみの鎮魂歌が流れる… それは、悲しく淡い願いのこめられた…失われたものを知る物語―― *** 自サイトにも載せています。更新頻度は不定期、ゆっくりのんびりペースです。 ※R-15は一応…残酷な描写などがあるかもなので設定しています。 ⚠作者独自の設定などがある場合もありますので、予めご了承ください。 本作は『闇空の柩シリーズ』2作目となります。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ドSな彼からの溺愛は蜜の味

鳴宮鶉子
恋愛
ドSな彼からの溺愛は蜜の味

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

処理中です...