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14 変えていく
「この中に嫌いなものは?」
「ありません。どれもとてもおいしそうです」
「じゃあ、注文はオレに任せて、いい?何を飲みたいかだけ、先に教えて」
「あの、」
「何でも好きなもの、言って」
「このブドウジュースでも、いいですか?お酒、苦手なんです」
「もちろん。オレは三上が寛いで、うまいものを食ってくれればいいから」
「ありがとうございます」
「あのさ、オレと話すときは、無闇矢鱈に謝ったり礼は言わないで。ふつうに話したいんだ、三上とは」
「すみませんでした。気付かないで」
「…」
「ごめんなさい」
「癖だな、それ」
「…そうかもしれません」
「少しずつ、そういうことからも自分を解放しないとな」
「解放…」
「そ、もっと気持ちを楽にしたほうがいいんじゃないか」
気持ちを楽に、そんなこと、ここ何年もしていなかった気がするとかおるは思った。平日は勿論、週末さえも。
いつもいつも、恭祐という存在にどこかで心を縛られて。
「そうですね。少しずつそう出来るように努力します」
「それだ、そんなことに努力は必要ないさ。たまに誰かとメシ食いに行ったり、遊びに行って楽しめばいいだけだ。その誰かがオレだったら、個人的には非常に嬉しいけど」
「そうですね。もうちょっと仕事をうまくコントロールして、時間を作れるようにしてみます」
「そこに努力は必要ないし、コントロールもしなくていい。ただ、そうしたいと思うこと。昔教えてもらったんだ、強い思いは願いに変わって、願い続けることでいつか叶うって。ここが旨いことはオレが保証するから、今夜は旨い食事を楽しめばいいだけだ」
「はい」
「ついでにここに一緒にいるオレとの時間も楽しんでくれ」
「…はい」
食事を楽しむ。樹の言葉でそんな当たり前のことを最近していなかったと、かおるは気付いた。
会社での昼食は時間の合間を見て機械的にとるか、同期と一緒なら息をぬくことがメイン。夕食は取ることすら面倒だと思っていながらも体の為に取る。休日だって、特別に何かあるわけでもなく、適当に取るだけ。このことは今のかおるの毎日そのもの。
そして誰かの存在を楽しむことなど皆無。傍にいてもいなくても、かおるは恭祐の存在に支配され緊張していた。
食事が進むにつれ、かおるはどうして樹が女子社員達に人気があるのか分かりだした。
「秋山さんて女子社員に一番人気があるってご存知でしたか?」
「知っているも何も、自分のことだから、まあ。でも、一番は恭祐だろ」
「いいえ、秋山さんです。わたしも今日色々お話をさせていただいて分かった気がします」
「三上は今日なんだ。しかも気がする程度か。なあ、人気があると好きって同義?分かった気がするって、三上はオレのことどう思ってんの?」
ストレートな物言いに、かおるは言葉に詰まってしまった。
「まあいいや。またメシ食いに行こう。三上はもっと毎日が楽しくなるようにした方がいいから。そうだ、メシを食いに行く仲のいい友達として、これからかおるって呼んでいい?オレのことも社外、いや時間外では樹って呼んでくれると嬉しい」
「あの…」
「あ、秋山でもいいけど。シンガポールにいた時には樹だったからその方が慣れてる。たまにアッキーって呼ぶやつもいたけどさ」
「とても秋山さんを秋山さん以外の、ファーストネームや愛称で呼ぶなんて出来ません」
「どうして?」
「どうしてって、それは、わたしの立場上好ましくありません。出来ないというより、不適切です」
「そのリミットを外してみなよ。はずす、それだけのことだ。加えるより取り去る方が簡単だろ。ほら」
躊躇するかおるをよそに、樹は笑顔で急かす。不機嫌だったり、難しい顔で恭祐に急かされるのとは何か違った感覚が生まれるのをかおるはぼんやりと感じた。
「…い、い、つきさん」
「そんなに力まなくていいよ。それに『さん』もいらない」
「無理です。ここは日本です」
「友達呼ぶのにファーストネームに『さん』付けるんだ。ファーストネームで呼び合うのって日本でも普通にあるじゃん」
「友達って、秋山さんに対してそんな」
「じゃ、面倒な段階飛ばして、彼女になる?オレ、今、フリーだから」
「…あのぉ、それは話がズレています」
「ズレてるかな。本線だけど。最終的にはそこなんだけど」
「わたしでは、力不足です」
「力不足どころか、最高なんだけど。ま、いいや、大人だからがっつかないし。余裕があるから待てるし」
「秋山さんて、どこまでが本気かよく分からない話し方ですね」
『君だから、本気だから、怖気づいてはぐらかしながら話してしまうんだ』という言葉を笑顔で呑み込んで、樹は続けた。
「さあ、どうかな。それより、呼び方、考えて」
長々と話しこんだつもりはなかったが、気付けばかおる達が最後の客となっていた。
「いいよ今日は。オレがいきなり誘ったんだし」
「あの、会社に不平不満を言うわけじゃないんですけど、使う暇がないんで、わたしちゃんとありますよ」
「いいって」
「でも」
「オレも独身でこの歳だから、かおるにメシご馳走するくらいの余裕はあるって」(このまま君が会社を辞めてオレのところに転がりこんでも大丈夫)
困り顔で見上げるかおるに、樹は極力軽く、そして優しく言った。
「ありません。どれもとてもおいしそうです」
「じゃあ、注文はオレに任せて、いい?何を飲みたいかだけ、先に教えて」
「あの、」
「何でも好きなもの、言って」
「このブドウジュースでも、いいですか?お酒、苦手なんです」
「もちろん。オレは三上が寛いで、うまいものを食ってくれればいいから」
「ありがとうございます」
「あのさ、オレと話すときは、無闇矢鱈に謝ったり礼は言わないで。ふつうに話したいんだ、三上とは」
「すみませんでした。気付かないで」
「…」
「ごめんなさい」
「癖だな、それ」
「…そうかもしれません」
「少しずつ、そういうことからも自分を解放しないとな」
「解放…」
「そ、もっと気持ちを楽にしたほうがいいんじゃないか」
気持ちを楽に、そんなこと、ここ何年もしていなかった気がするとかおるは思った。平日は勿論、週末さえも。
いつもいつも、恭祐という存在にどこかで心を縛られて。
「そうですね。少しずつそう出来るように努力します」
「それだ、そんなことに努力は必要ないさ。たまに誰かとメシ食いに行ったり、遊びに行って楽しめばいいだけだ。その誰かがオレだったら、個人的には非常に嬉しいけど」
「そうですね。もうちょっと仕事をうまくコントロールして、時間を作れるようにしてみます」
「そこに努力は必要ないし、コントロールもしなくていい。ただ、そうしたいと思うこと。昔教えてもらったんだ、強い思いは願いに変わって、願い続けることでいつか叶うって。ここが旨いことはオレが保証するから、今夜は旨い食事を楽しめばいいだけだ」
「はい」
「ついでにここに一緒にいるオレとの時間も楽しんでくれ」
「…はい」
食事を楽しむ。樹の言葉でそんな当たり前のことを最近していなかったと、かおるは気付いた。
会社での昼食は時間の合間を見て機械的にとるか、同期と一緒なら息をぬくことがメイン。夕食は取ることすら面倒だと思っていながらも体の為に取る。休日だって、特別に何かあるわけでもなく、適当に取るだけ。このことは今のかおるの毎日そのもの。
そして誰かの存在を楽しむことなど皆無。傍にいてもいなくても、かおるは恭祐の存在に支配され緊張していた。
食事が進むにつれ、かおるはどうして樹が女子社員達に人気があるのか分かりだした。
「秋山さんて女子社員に一番人気があるってご存知でしたか?」
「知っているも何も、自分のことだから、まあ。でも、一番は恭祐だろ」
「いいえ、秋山さんです。わたしも今日色々お話をさせていただいて分かった気がします」
「三上は今日なんだ。しかも気がする程度か。なあ、人気があると好きって同義?分かった気がするって、三上はオレのことどう思ってんの?」
ストレートな物言いに、かおるは言葉に詰まってしまった。
「まあいいや。またメシ食いに行こう。三上はもっと毎日が楽しくなるようにした方がいいから。そうだ、メシを食いに行く仲のいい友達として、これからかおるって呼んでいい?オレのことも社外、いや時間外では樹って呼んでくれると嬉しい」
「あの…」
「あ、秋山でもいいけど。シンガポールにいた時には樹だったからその方が慣れてる。たまにアッキーって呼ぶやつもいたけどさ」
「とても秋山さんを秋山さん以外の、ファーストネームや愛称で呼ぶなんて出来ません」
「どうして?」
「どうしてって、それは、わたしの立場上好ましくありません。出来ないというより、不適切です」
「そのリミットを外してみなよ。はずす、それだけのことだ。加えるより取り去る方が簡単だろ。ほら」
躊躇するかおるをよそに、樹は笑顔で急かす。不機嫌だったり、難しい顔で恭祐に急かされるのとは何か違った感覚が生まれるのをかおるはぼんやりと感じた。
「…い、い、つきさん」
「そんなに力まなくていいよ。それに『さん』もいらない」
「無理です。ここは日本です」
「友達呼ぶのにファーストネームに『さん』付けるんだ。ファーストネームで呼び合うのって日本でも普通にあるじゃん」
「友達って、秋山さんに対してそんな」
「じゃ、面倒な段階飛ばして、彼女になる?オレ、今、フリーだから」
「…あのぉ、それは話がズレています」
「ズレてるかな。本線だけど。最終的にはそこなんだけど」
「わたしでは、力不足です」
「力不足どころか、最高なんだけど。ま、いいや、大人だからがっつかないし。余裕があるから待てるし」
「秋山さんて、どこまでが本気かよく分からない話し方ですね」
『君だから、本気だから、怖気づいてはぐらかしながら話してしまうんだ』という言葉を笑顔で呑み込んで、樹は続けた。
「さあ、どうかな。それより、呼び方、考えて」
長々と話しこんだつもりはなかったが、気付けばかおる達が最後の客となっていた。
「いいよ今日は。オレがいきなり誘ったんだし」
「あの、会社に不平不満を言うわけじゃないんですけど、使う暇がないんで、わたしちゃんとありますよ」
「いいって」
「でも」
「オレも独身でこの歳だから、かおるにメシご馳走するくらいの余裕はあるって」(このまま君が会社を辞めてオレのところに転がりこんでも大丈夫)
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