どうかあなたが

五十嵐

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24 解かれた髪

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「かおる、メシ食いに行けるか?」
12時ちょっと前に、樹がやって来た。

「あ、はい。大丈夫です。これだけ送っちゃいますから、ちょっとお待ちいただけますか」
「なあ、オレ、かおるが髪おろしているの、初めて見たかも」
「当たりですよ。秋山さんが日本に戻ってからは、初めてですから」
「いいんじゃない」
「ありがとうございます」
昨日ヘッドマッサージの時のオイルが良かったのでとはさすがに言えないので、かおるはお礼だけを樹に伝えた。

「今日はオレの行きたい店でいい?」
「はい」
「一昨日、丼ものにしたのは、男のオレでも満足する量って思ったからだろ。だから、今日はかおるに合わせることにした。女性陣に人気があるイタリア料理に行こうと思うんだけど、どう?」
「はい。わたしはどこでも大丈夫です」

樹にとってはあまり喜ばしくないが、確かにかおるは恭祐によって『Yes』と言うように良く教育されている。従順過ぎる程。だから『はい』と言うことを見越しておきながらも、樹はその答えに腹立たしさに似た何かを感じずにはいられなかった。

女性が好んで入る会社傍のイタリアンカフェは12時を過ぎるとランチ客ですぐにいっぱいになる。樹が予想した通り、会社で見たことのある女性達も何組かいた。

人の口に戸は立てられない。そして、噂話は駆足で巡り巡る。
かおるが退社することは、小峯との引き継ぎが始まればすぐに広まるだろう。さすれば、自分と同様にかおるに近づいておこうとする男は必ずいる。

汚い手段なのは分かっているが、事実より先に噂が駆け抜ければいいと樹は思った。自分とかおるの噂が。
「ところで、いきなりなんだけど、明日か明後日、どっか行かないか」

かおるは本当にいきなりだと思いながら、首を小さく左右に振ってから話し始めた。
「申し訳ございません。週末は来週の木曜からの出張用の買い物と家のことを色々しておかなくてはいけないので」

買い物に付き合うとでも、買い物の後の食事だけとでも、誘い方はいくらでもある。けれど会話は終始二人で楽しげにしているように見られなくてはいけない。話の内容は見えないのだから、重要なのは遠目から見て二人が楽しそうなこと。それにかおるの意をここで汲まないのは、賢明なアプローチではないだろう。

「そっか、それは残念だな。まあ、土産と土産話を期待するか」
「えっ、プレッシャーです。秋山さんにお土産を買うのは」
「どうして?それと、今は就業時間外。だから、呼び方」
「…はい。でも、呼び方はハードルが高いので、少しずつでお願いします。あと、お土産はわたしが買うものでは、期待はおろか何の面白味もないと思います。その、期待は無しで。勿論、買ってきますので」
「何がじゃなくて、誰がなんだ。かおるがオレのことを考えながら買ってきてくれるものなら何でも嬉しい。第一、オレ物欲あんまりないから。どこそこの何とか、っていうリクエストとか無いし。ただ、かおるが選んでくれる物が欲しい。土産話も面白味のあるものを聞かせてもらいたいんじゃない。かおるの率直な感想とか、そういう話を聞いて、そこから知りたいんだ、かおるを」
樹は一度も仕事の話をすることはなく、時折自分のかおるに対する気持ちを織り交ぜながら会話を続けた。

店内に同じ会社の人間が何人位いたのだろうか。関係部署の人間くらいしか女性の顔はまともに覚えていない樹にとってそこは未知数。

恭祐と比べてではなく、総じて女子社員に対し愛想は良いが、樹はただそれだけだ。上辺だけの分、もしかすると恭祐より質が悪い可能性もある。何故なら、そういう女性の顔はうろ覚え程度。

それでも、いやそれが故、樹が認識していなくても、相手が認識してくれている可能性は高い。一体ここには何人の会社の女性がいるのか。その中でも、取り分け噂話好きの女性は?
あせらなくてもいい。これから歩き始める噂は、憶測と共に月曜には走り出す。

しかし何故かおるは今までずっと同じだった髪形をいきなり変えたのだろうか。隣を歩くかおるの髪が揺れる度に、樹は気になってしょうがない。

女性にとって髪がいかに大切かくらいは勿論知っている。だからこそ髪形を変えた理由が気になる。
プラスなことによる心境の変化ならいいのだけれど。…否、マイナスならばつけいる隙になる。

「髪、どうしていきなり解いたか聞いてもいい?」
「あ、髪ですか。ただそうしたいって思ったんです。そうしたいって思ったことをしただけなんですよ。い、いつき、さんが言った『解放』を髪に当てはめてみたんです」
「そっか、オレの言ったこと、少しはかおるの役に立ってるんだ。まあ、オレ自身には結構役に立ったけど。なにせ、かおるの綺麗な長い髪をこうして横で見れたんだから。会社への道でなければ触ってた」

本当に知りたいのは、数年ぶりに『ただそうしたい』と思わせたトリガーだ。更には数年もどうして同じ髪型だったのか。
けれど、かおるは無意識なのか意識的なのか、樹の質問の上辺だけを滑るような回答をした。
女性との関係において上部を取り繕うのが上手い樹を知っているかのように。
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