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28 誘い
かおるのパスポートは大学の卒業旅行に合わせて作ったもの。当然、写真は社会に出る前の学生時代のかおるの顔。その先に何が待ち受けているのかも知らず、未来を楽しみにしていた頃の。
卒業の頃から十年も経っていないのに、遥か昔のことのように思える。かと言って、一年の長さは皆平等で365日。それ以上でもそれ以下でもない。ただ、かおるの心を掴んで放さない恭祐の傍で過ごした年月が重く長く感じられるからこそ、それ以前が霞んでしまっただけだ。
でも、恭祐というフィルターが明るく楽しい日々を遮ったのではないことをかおるは理解している。かおるがそのフィルターを外さない、否、今まで外し方が分からないと思い込んでいただけだった。
あの頃の自分が、もしも今の未来が待ち受けていると知ったらどうしただろう。袋小路から出れないでいる自分にはなりたくないと、違う未来を選んだのだろうか。
そんな変えられないことを考えている時点で囚われているというのに。
再びパスポートの写真を見て、かおるは自分を少しずつ解放することでこの頃のようになれるだろうかと考えた。心が特別な感情に雁字搦めに縛り付けられる前に。
そんなことをぼんやりと考えていると、不意にメッセージの着信を知らせる電子音が響いた。
『家の掃除と準備は終わったか?』
『はい。なんとか。』
『じゃあ、メシでも食いに行かないか?』
かおるは一度書きかけた返事を全てクリアにして、『何、たべましょうか?』と返信した。
自分という存在を受け入れてくれる樹と時間を共有してみようと思ったのだ。もう何年もかおるはその真逆の状態で毎日を過ごし、閉塞感から抜け出せないでいるのだから。
樹の誘いを受ければ、何らかの切っ掛けが掴めるのではないかと思えた。
『どんな気分?』
『青い海。』
『なんだそれ。文字打つの面倒。電話していい?』
『はい。』
直ぐに掛かってきた電話から聞こえる樹の声は機械を通してだからなのか、何となく恭祐を感じさせるものだった。
樹と恭祐は従兄弟同士。色々な意味で二人は近い。普段は違うと分かる声も、こうして機械を挟むと似ていると思う程。けれど、かおるに対する態度は対極。
かおるはふと思った。磁石が限られた長さの同じ棒にSとNを持つように、樹と恭祐も対極なのに近いのだと。その近さからか、樹を通して恭祐を見れてしまう。樹の声で恭祐を感じてしまう。
『じゃあ、6時に。』
待ち合わせ時間を告げる声はやはり樹なんだとかおるは思った。恭祐だったらこんな口調ではなく命令するだけだっただろうから。
電話が終わると、かおるは時間を確認した。待ち合わせまでは、だいたい2時間。服を選んで、化粧をして…。
服…、沢山ある中から選ぶのも大変だろうが、少しの中から選ぶのもそれはそれで大変だとかおるは思った。かと言って、選択肢を増やす為にスーツケースの中に既に入れてしまった服をだす気にもならない。
仕事で会うわけではなく、休日に会うのだから…。
かおるはジーンズに手を伸ばしながら、ラフな格好でいいだろうと決め込んだ。何より休みの日に自分を作る必要もないし、本来の自分で受け入れられないのであれば、それはそれ。
化粧も通常でも薄めなのに、更に簡単にした。お陰で、シャワーを浴びてから準備をしたというのに、樹との待ち合わせまでには時間はまだ十分に残っていた。
十分な時間。それは心に余裕を与えてくれるはずなのに、かおるには不思議な慌ただしさが次から次へと湧き上がる。普段会社で感じるものとは種類が違う慌ただしさ。かおるを追いもせず、楽しくしてくれる不思議なものだった。
追われていないのに、目的へ向かって急ぎたくなる。矛盾しているけれど、そのお陰でかおるの足取りは軽かった。樹が指定した待ち合わせ場所に10分前には到着するほど。
少しすると樹が乗っていそうな車がかおるの視界に入った。
止まっているより、進んで行こう。
かおるは自分の直感を信じて、その車へと向かった。相手もすぐにかおるに気付きクラクションを軽くならしてくれる。これが、好意を持ってくれている人物と自分を結ぶ『何か』なんだろうか。
卒業の頃から十年も経っていないのに、遥か昔のことのように思える。かと言って、一年の長さは皆平等で365日。それ以上でもそれ以下でもない。ただ、かおるの心を掴んで放さない恭祐の傍で過ごした年月が重く長く感じられるからこそ、それ以前が霞んでしまっただけだ。
でも、恭祐というフィルターが明るく楽しい日々を遮ったのではないことをかおるは理解している。かおるがそのフィルターを外さない、否、今まで外し方が分からないと思い込んでいただけだった。
あの頃の自分が、もしも今の未来が待ち受けていると知ったらどうしただろう。袋小路から出れないでいる自分にはなりたくないと、違う未来を選んだのだろうか。
そんな変えられないことを考えている時点で囚われているというのに。
再びパスポートの写真を見て、かおるは自分を少しずつ解放することでこの頃のようになれるだろうかと考えた。心が特別な感情に雁字搦めに縛り付けられる前に。
そんなことをぼんやりと考えていると、不意にメッセージの着信を知らせる電子音が響いた。
『家の掃除と準備は終わったか?』
『はい。なんとか。』
『じゃあ、メシでも食いに行かないか?』
かおるは一度書きかけた返事を全てクリアにして、『何、たべましょうか?』と返信した。
自分という存在を受け入れてくれる樹と時間を共有してみようと思ったのだ。もう何年もかおるはその真逆の状態で毎日を過ごし、閉塞感から抜け出せないでいるのだから。
樹の誘いを受ければ、何らかの切っ掛けが掴めるのではないかと思えた。
『どんな気分?』
『青い海。』
『なんだそれ。文字打つの面倒。電話していい?』
『はい。』
直ぐに掛かってきた電話から聞こえる樹の声は機械を通してだからなのか、何となく恭祐を感じさせるものだった。
樹と恭祐は従兄弟同士。色々な意味で二人は近い。普段は違うと分かる声も、こうして機械を挟むと似ていると思う程。けれど、かおるに対する態度は対極。
かおるはふと思った。磁石が限られた長さの同じ棒にSとNを持つように、樹と恭祐も対極なのに近いのだと。その近さからか、樹を通して恭祐を見れてしまう。樹の声で恭祐を感じてしまう。
『じゃあ、6時に。』
待ち合わせ時間を告げる声はやはり樹なんだとかおるは思った。恭祐だったらこんな口調ではなく命令するだけだっただろうから。
電話が終わると、かおるは時間を確認した。待ち合わせまでは、だいたい2時間。服を選んで、化粧をして…。
服…、沢山ある中から選ぶのも大変だろうが、少しの中から選ぶのもそれはそれで大変だとかおるは思った。かと言って、選択肢を増やす為にスーツケースの中に既に入れてしまった服をだす気にもならない。
仕事で会うわけではなく、休日に会うのだから…。
かおるはジーンズに手を伸ばしながら、ラフな格好でいいだろうと決め込んだ。何より休みの日に自分を作る必要もないし、本来の自分で受け入れられないのであれば、それはそれ。
化粧も通常でも薄めなのに、更に簡単にした。お陰で、シャワーを浴びてから準備をしたというのに、樹との待ち合わせまでには時間はまだ十分に残っていた。
十分な時間。それは心に余裕を与えてくれるはずなのに、かおるには不思議な慌ただしさが次から次へと湧き上がる。普段会社で感じるものとは種類が違う慌ただしさ。かおるを追いもせず、楽しくしてくれる不思議なものだった。
追われていないのに、目的へ向かって急ぎたくなる。矛盾しているけれど、そのお陰でかおるの足取りは軽かった。樹が指定した待ち合わせ場所に10分前には到着するほど。
少しすると樹が乗っていそうな車がかおるの視界に入った。
止まっているより、進んで行こう。
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