どうかあなたが

五十嵐

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35 変わる言葉

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「どう思う?」
「適任だと思います」
「そうかな」
「何か引っかかるところでもありました?」
「どうして、オレのそうかなから、引っかかるって発想になった?」
「会話の流れからです」
「そうか…。ただなんとなく、漠然とひっかかってる。仕事が出来るのは話していて良く分かる。けれど恭祐の真意を汲むということに気が回るか。大きな視野で全体を見渡した上で、小さな視点にも気を止めていくことが重要だから、このポジションは。かおるのように」
「あの、…そんなことしたことはないですよ」
「いや、してるよ。でなければ仕事が回ってなかった。恭はあの通りのやつだから、下手すりゃ周りにわざと足を引っ張られていただろう」
「買い被り過ぎです」
「卑下し過ぎだ。…ところで、今、言うことじゃないのは重々承知している。けれど、…昨日は悪かった」

いつもの歯切れの良さが樹からなくなっていた。
「あの、わたしも今言うことじゃないですけど、謝らないで下さい。謝られてしまったら、…困ります。その、秋山さん、悪いことしていませんから。それに、わたし、流されていた訳じゃないです」

TPOを弁えず、こんな話を始めたのは自分の衝動的な行動を早く謝りたかったから。なのに返ってきたかおるの言葉に樹は体から力が抜けるのを感じた。
かおるは知ってか知らずか、樹の心をかき乱す。

「…オレ、馬鹿だったかな」
「え、何でですか?」
「待つ必要なかったんじゃない」
「待つ…?」

かおるは本当に分かっていないようで、不思議そうな表情を浮かべながら小首を傾げている。その表情、仕草は可愛くもあり、何故か腹立たしくもあった。更には樹から常識を奪うものでもあった。

会社という公の空間の中の会議室という密室空間。
樹は当然のように優しいキスをかおるに落とした。

「秋山さん、駄目です。あの」
「分かってる。でも、これくらいしておかないと、もっと拙いことになるから」
「もっともなにも、十分拙いと思います。ですから、ん」
「今日、会える?」
かおるの言葉を樹がふさぐ。
今もこうして顔を突き合わせて会っている。けれど樹の質問の意はそうではない。
樹は意図的に言葉を変えたのだ。ストレートに『会う』という言葉に。

かおるは今までの表現との違いに気付かなかった。いや、気付けなかった。
何故ならそう言った樹の表情、雰囲気に体の中心が先に何かを感じ、言葉の違い等にはもう注意が払える状態ではなくなっていたのだ。
「あの出張前なので、ちょっと遅くなると思うんですけど」
『だから会えない』、『それでも良ければ会える』、かおるの使った『けど』は順接、それとも逆接を導くのだろうか…。
「何時でもいいよ。かおるに会えるのであれば」
樹は待つのではなく、自分の気持ちをストレートに伝えた。

「待っててもらえますか?9時前にはここを出れるように努力します」
かおるの鼓動が勢いを増して早くなる。樹のストレートな気持ち、それに対する自分の言葉で。

「何か言って下さい。待ってるとか、いいよ、とか。じゃないと緊張で目が回りそうです」
「ごめん、返事を忘れるほど、かおる、可愛かった。努力してくれるのはありがたいけど、無理はしなくていいから。恭が色々変更したのもあるけど、時差の都合シンガポールチームとのミーティングも遅めだから問題ない。目処がつきそうになったらメールして」
「はい」
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