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55 見越された失態
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90分、時間はあるようで思っていたより短かった。シャワーを浴びて、髪を梳かして、ワンピースに袖を通す。ただそれだけなのに、普段よりも時間は早く過ぎていくよう。
化粧だって、いつもは手早く済ませられるのに、なぜかいつもより時間が掛かってしまう。けれど、恭祐の言いつけは絶対。かおるは、決して時間に遅れるわけにはいかない。出来れば恭祐の好む5分前を目安にメインダイニングルームの入り口に着きたいと思いながら部屋を出た。
ホテルのダイニングルームの中で、最も格式高いメインダイニングルーム。そこに続く通路には絵画が飾られ、重厚な光を放つ照明が導いてくれているようだった。かおるの視界には、その美しい光とそれに見合う客達の姿が映りだした。
その一番先、メインダイニングの大きな出入り口にはスーツをまとった品の良い男性が立っていて何やら客達と話している。
出入り口の調度品、照明、更にはそこに立っている受付の案内役男性。どれをとってもこのメインダイニングが高級であることを示している。
恭祐が言った『恥をかかせない姿』、それは今入口に立っている女性のような姿のことだろう。だとすると、かおるの姿は外れている。
不安は恐怖へ変わり、かおるの足は入口に辿りつく前に止まってしまった。
「かおる。」
振り返ると、そこには今まで視界に入っていた客達よりも更にこのダイニングの雰囲気に似合う恭祐がいた。そして、かおるに向かって腕を差し出している。
「手をここに。」
「あの、」
かおるを呼び止めた声も、手を置くように指示した声もいつもよりは優しいトーンだったが、恭祐のその目は明らかに不機嫌さを表している。
そして、同じ事を二度言わせるなとかおるにプレッシャーをかけていた。
かおるは思い出した、自分は恭祐に言いつけられたことに刃向ってはいけないのだと。そもそも、刃向う以前に言われたことは即座に行わなくてはいけない。
躊躇いながらも、かおるは持てる力を振り絞って恭祐の腕に自分の手を乗せた。
すると、恭祐がまるで仲の良い女性にするかのように、耳元で囁いた。かおるには見えなくても、恐らくその表情は優しいものだろう。
けれど耳に届いたのは辛辣な言葉だった。
「お前は言われたことがいつもまともに出来ないやつだな。いいか、これ以上オレに恥をかかせるな。顔を上げて堂々としていろ。でないと、雰囲気にのまれて足も出なくなる。」
「…はい。」
出ないのではなく、既に足は止まっていた。それでも、恭祐が言うようにこれ以上の迷惑はかけられない。とすると、かおるに残っているのは恭祐が言うように顔を上げて堂々と歩くこと。加えて、笑顔でも浮かべられれば上出来ではないだろうか。
受付を過ぎると、かおるの目には更なる光の波が押し寄せてきた。照明は抑え気味ではあるものの、テーブルにセットされたいくつものグラスで光が乱反射してその波を幾重にも作っているのであった。
けれども、重厚な絨毯や調度品がその乱反射を上手くまとめ美しい光の空間を作り上げている。見事なまでに計算された美しさとでも言うのだろうか。
かおるは知らず知らずのうちに『きれい』と呟いていた。
恭祐がその呟きを聞き逃すことなど、勿論なかった。
「自分の場違いさが分かったか。」
かおるはまるで楽しい会話をしているかのように、作った笑顔で小さく頷いた。周囲にいる人は日本語など理解していないだろうから。
英語で書かれた料理名に、当然のことながら英語での説明書き。見ているものがメニューであることは分かるが、かおるには意味を成さない高級な紙でしかなかった。せいぜい食材の単語が分かるくらい。けれども、料理を頼まなくてはいけない。
「決まったか?」
「あの、どれが比較的量が少ないでしょうか。」
「肉と魚、どちらが食べたい。」
「お肉が、食べたいです。」
「分かった、適当にオレがオーダーしよう。」
優しさなのか、それともかおるに説明するのが面倒だからか、料理は恭祐が全てオーダーしてくれた。
前菜にはスモークされたホタテのマリネとサラダ、続いてトマトとハーブの冷たいスープ。メインディッシュはシンプルなステーキ、しかも量はハーフポーションということでかおるのリクエスト通り少なめだ。
どれも長いフライトの後にはありがたいものばかりだった。ただ、やはり恭祐の目に緊張が絶えない。
堂々と優雅に振る舞えているか、かおるは気になって仕方なかった。
「明日3時頃から1時間くらい買い物へ行く。そのつもりで。」
「買い物ですか?」
「明日の食事用の服を買いに行く。」
「あの、」
「みか、かおるの服だ。明日はここより格式の高いところだ。子供を連れて来たと思われては困る。」
「申し訳ございませんでした。」
穴があったら入りたい。いや、透明になって誰の目からも逃れられたらいいのにとかおるは思った。
囚われるのは止めようと決めた恭祐の感情。それなのにかおるは恭祐から伝わってくるこの負の感情が呆れなのか、怒りなのか、それとももっと酷いものなのか気になってしょうがなかった。
「飲まないのか。」
不機嫌な恭祐がきれいなピンクの飲み物に視線を投げた。赤でも白でもないロゼ。恭祐とウエイターとのやり取りで、かおるが聞きとった単語はライトとスウィート。恐らくこのワインはかおるの為にオーダーされている。事実恭祐は赤の重口が好きなはずだ。
これ以上恭祐を不機嫌にしたくない。とすれば、ここでかおるが取るべき行動は明白だ。
「いただきます。」
別に飲み干せと言われたのではない。だからかおるはワイングラスを手に取り、少量を口に含んだ。その瞬間、微かな甘さが口に広がった。
ワインの良し悪しは分からないが、飲みやすい口当たりにアルコールの度数が低いであろうことだけはかおるにも想像がついた。
アルコールに強くないかおるの思考は容易く低下する。服を買うのも、アルコール度数の低い綺麗な色のワインも全てかおるの為に恭祐が気を使ってくれたのだと。
化粧だって、いつもは手早く済ませられるのに、なぜかいつもより時間が掛かってしまう。けれど、恭祐の言いつけは絶対。かおるは、決して時間に遅れるわけにはいかない。出来れば恭祐の好む5分前を目安にメインダイニングルームの入り口に着きたいと思いながら部屋を出た。
ホテルのダイニングルームの中で、最も格式高いメインダイニングルーム。そこに続く通路には絵画が飾られ、重厚な光を放つ照明が導いてくれているようだった。かおるの視界には、その美しい光とそれに見合う客達の姿が映りだした。
その一番先、メインダイニングの大きな出入り口にはスーツをまとった品の良い男性が立っていて何やら客達と話している。
出入り口の調度品、照明、更にはそこに立っている受付の案内役男性。どれをとってもこのメインダイニングが高級であることを示している。
恭祐が言った『恥をかかせない姿』、それは今入口に立っている女性のような姿のことだろう。だとすると、かおるの姿は外れている。
不安は恐怖へ変わり、かおるの足は入口に辿りつく前に止まってしまった。
「かおる。」
振り返ると、そこには今まで視界に入っていた客達よりも更にこのダイニングの雰囲気に似合う恭祐がいた。そして、かおるに向かって腕を差し出している。
「手をここに。」
「あの、」
かおるを呼び止めた声も、手を置くように指示した声もいつもよりは優しいトーンだったが、恭祐のその目は明らかに不機嫌さを表している。
そして、同じ事を二度言わせるなとかおるにプレッシャーをかけていた。
かおるは思い出した、自分は恭祐に言いつけられたことに刃向ってはいけないのだと。そもそも、刃向う以前に言われたことは即座に行わなくてはいけない。
躊躇いながらも、かおるは持てる力を振り絞って恭祐の腕に自分の手を乗せた。
すると、恭祐がまるで仲の良い女性にするかのように、耳元で囁いた。かおるには見えなくても、恐らくその表情は優しいものだろう。
けれど耳に届いたのは辛辣な言葉だった。
「お前は言われたことがいつもまともに出来ないやつだな。いいか、これ以上オレに恥をかかせるな。顔を上げて堂々としていろ。でないと、雰囲気にのまれて足も出なくなる。」
「…はい。」
出ないのではなく、既に足は止まっていた。それでも、恭祐が言うようにこれ以上の迷惑はかけられない。とすると、かおるに残っているのは恭祐が言うように顔を上げて堂々と歩くこと。加えて、笑顔でも浮かべられれば上出来ではないだろうか。
受付を過ぎると、かおるの目には更なる光の波が押し寄せてきた。照明は抑え気味ではあるものの、テーブルにセットされたいくつものグラスで光が乱反射してその波を幾重にも作っているのであった。
けれども、重厚な絨毯や調度品がその乱反射を上手くまとめ美しい光の空間を作り上げている。見事なまでに計算された美しさとでも言うのだろうか。
かおるは知らず知らずのうちに『きれい』と呟いていた。
恭祐がその呟きを聞き逃すことなど、勿論なかった。
「自分の場違いさが分かったか。」
かおるはまるで楽しい会話をしているかのように、作った笑顔で小さく頷いた。周囲にいる人は日本語など理解していないだろうから。
英語で書かれた料理名に、当然のことながら英語での説明書き。見ているものがメニューであることは分かるが、かおるには意味を成さない高級な紙でしかなかった。せいぜい食材の単語が分かるくらい。けれども、料理を頼まなくてはいけない。
「決まったか?」
「あの、どれが比較的量が少ないでしょうか。」
「肉と魚、どちらが食べたい。」
「お肉が、食べたいです。」
「分かった、適当にオレがオーダーしよう。」
優しさなのか、それともかおるに説明するのが面倒だからか、料理は恭祐が全てオーダーしてくれた。
前菜にはスモークされたホタテのマリネとサラダ、続いてトマトとハーブの冷たいスープ。メインディッシュはシンプルなステーキ、しかも量はハーフポーションということでかおるのリクエスト通り少なめだ。
どれも長いフライトの後にはありがたいものばかりだった。ただ、やはり恭祐の目に緊張が絶えない。
堂々と優雅に振る舞えているか、かおるは気になって仕方なかった。
「明日3時頃から1時間くらい買い物へ行く。そのつもりで。」
「買い物ですか?」
「明日の食事用の服を買いに行く。」
「あの、」
「みか、かおるの服だ。明日はここより格式の高いところだ。子供を連れて来たと思われては困る。」
「申し訳ございませんでした。」
穴があったら入りたい。いや、透明になって誰の目からも逃れられたらいいのにとかおるは思った。
囚われるのは止めようと決めた恭祐の感情。それなのにかおるは恭祐から伝わってくるこの負の感情が呆れなのか、怒りなのか、それとももっと酷いものなのか気になってしょうがなかった。
「飲まないのか。」
不機嫌な恭祐がきれいなピンクの飲み物に視線を投げた。赤でも白でもないロゼ。恭祐とウエイターとのやり取りで、かおるが聞きとった単語はライトとスウィート。恐らくこのワインはかおるの為にオーダーされている。事実恭祐は赤の重口が好きなはずだ。
これ以上恭祐を不機嫌にしたくない。とすれば、ここでかおるが取るべき行動は明白だ。
「いただきます。」
別に飲み干せと言われたのではない。だからかおるはワイングラスを手に取り、少量を口に含んだ。その瞬間、微かな甘さが口に広がった。
ワインの良し悪しは分からないが、飲みやすい口当たりにアルコールの度数が低いであろうことだけはかおるにも想像がついた。
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