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57 最愛の人とは?
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タクシーに乗ると、恭祐は行き先をドライバーに伝えた。その後は当然無言。先ほどオフィスで目にした恭祐とは全く違う、かおるが良く知る普段の恭祐がそこにいた。だから、いつものように空気も重い。
けれどこの重さを知るのは自分だけかもしれないとかおるは思う。かおるだけが知る、恭祐との空気感。そう思うと、不思議な優越感が湧いてくる。
更には、『空気が重い』と感じているのはかおるだけで、実は恭祐は全く違うかもしれないとも思えてしまう。そう、得体の知れない恐怖を重いと心の中で変換している可能性がある。
であるならば、恭祐はこの空気感が丁度いいからいつもこうしているとも捉えられる。ものは考えようだ。いつも傍にいるかおるに対してだけ、恭祐は本当の自分を曝け出して…いるのかもしれない。
小峯がかおるの立場になったら、恭祐の態度も先日の挨拶の時とは変わるのだろうか。疑問に思いながらも、かおるは答えなど欲しくないと思った。なぜなら、変われば変わったで、それは恭祐が小峯に素を見せることになる。変わらなければ…それはそれで辛い。
かおるはまた取りとめもない考えに囚われてしまったことに、心の中で溜息をついた。こんな溜息を止める為に会社を辞める決心をしたというのに。
距離にしてどれくらいだったのだろうか。考え事のせいで、かおるは時間と距離の感覚をなくしていた。ただ、タクシーが到着した場所はかおるには不釣り合いだということだけは分かる。高級なドレスにパーティグッズがショーウインドウを飾り、それをまとうことが出来る限られた人達だけが入れる店。
かおるの足は当然昨日のように竦んでしまう。
更に、かおるの躊躇いを冗長させるかのように、恭祐が片手をかおるの腰に回し体を引き寄せた。
「若林さん、あの、こんなふうなエスコートをしてもらわなくても、大丈夫です。だから、放して下さい。」
「これから服を買い与える男が取るであろう当然の行動をしているだけだ。」
そう言われてしまえば、アメリカはおろか日本でもこんな店に入ったことがないかおるは恭祐の言葉に従うしかない。
いや、恭祐に言われた時点でかおるは従うしかないのだ。本人すら気付いていない心の奥深くにいる、常に恐怖に怯えるかおるだけがこのことを知っていた。そして、かおるの記憶に訴えかける。アメリカの映画やドラマで男性が女性の腰に手を回し楽しそうに話しながら店に入るシーンを思い出せと。
恐怖がかおるをおとなしく従わせる為に命令したことを、別のかおるはただ恭祐の行動は正しいと理解した。
そこへ、笑みを浮かべた美しい店員がやってきて、恭祐に話しかける。彼女達は経験値から即座に判断するのだろう、誰に選択の決定権があり、誰が支払いをするのか。更には予算、いやどれくらいこんな贅沢品に金を使うことができるかまでを判断することができるのだろう。
だから、恭祐への笑みが最上級であることは容易に想像がつく。
そして、恭祐もまた場慣れしている。話しかけてきた女性へ、誰をも魅了するような美しい表情で返事をした。しかも、流暢な英語で。
100%訳せないとしても、かおるだって単語くらいは拾える。そして理解できた単語はかおるにプレッシャーを与えた。恭祐は店員に『自分の最愛の人を今以上にきれいに、そしてセクシーにしてくれ』と言ったのだ。かおるの理解力では直訳が精一杯。単語そのものの意味をつなげることしか出来ない。だから、頭の中の日本語はかなりストレートな表現にならざる得ない。
腰に手をまわされたときから早くなりだしている鼓動は更に加速し、体温も上昇し始めてしまう。この距離なら恭介にこの反応が伝わってしまうのではないかと思う程。
でも、どうしてこんな反応をしてしまうのか。
もう怖く感じる必要はないと思っているかおる、その下に隠れている本当は怖くてしょうがないかおるはそれぞれ、緊張から、恐怖からと結論付けることで納得しようとしていた。
けれど、その存在を一番奥に閉じ込められているかおるは本当の理由を知っている。樹にYesと言ったときも、先ほど正しい選択をしようと決めたときも、喉に骨が引っ掛かったような感覚を与えた小さな存在は。
もう一方で、かおるの中の表面を取り繕う冷静なかおるは、いや、恐怖と常に向き合っているかおるは拾った単語を正しい単語へと置き換えていた。
最愛の人は、本当は最悪の連れのことだと。もっと言ってしまえば、絶対的存在に仕える奴隷なんだろう。間違いなど許されないのに、昨晩は失態を犯した。だから、今この時間が発生してしまっている。腰を拘束している恭祐の手は、本来なら手枷足枷、悪ければ首枷なのだ。
かおるは知らず知らずのうちにこの変換能力を伸ばしてきた。そして、この能力のお陰で自分の気持ちを抑え、勘違いをすることなくこのポジションを全うしていたのだった。最愛の人であるはずがないのだから、落ち着けばいい。恭祐にこれ以上、心の動揺を知られない為にも。
けれどこの重さを知るのは自分だけかもしれないとかおるは思う。かおるだけが知る、恭祐との空気感。そう思うと、不思議な優越感が湧いてくる。
更には、『空気が重い』と感じているのはかおるだけで、実は恭祐は全く違うかもしれないとも思えてしまう。そう、得体の知れない恐怖を重いと心の中で変換している可能性がある。
であるならば、恭祐はこの空気感が丁度いいからいつもこうしているとも捉えられる。ものは考えようだ。いつも傍にいるかおるに対してだけ、恭祐は本当の自分を曝け出して…いるのかもしれない。
小峯がかおるの立場になったら、恭祐の態度も先日の挨拶の時とは変わるのだろうか。疑問に思いながらも、かおるは答えなど欲しくないと思った。なぜなら、変われば変わったで、それは恭祐が小峯に素を見せることになる。変わらなければ…それはそれで辛い。
かおるはまた取りとめもない考えに囚われてしまったことに、心の中で溜息をついた。こんな溜息を止める為に会社を辞める決心をしたというのに。
距離にしてどれくらいだったのだろうか。考え事のせいで、かおるは時間と距離の感覚をなくしていた。ただ、タクシーが到着した場所はかおるには不釣り合いだということだけは分かる。高級なドレスにパーティグッズがショーウインドウを飾り、それをまとうことが出来る限られた人達だけが入れる店。
かおるの足は当然昨日のように竦んでしまう。
更に、かおるの躊躇いを冗長させるかのように、恭祐が片手をかおるの腰に回し体を引き寄せた。
「若林さん、あの、こんなふうなエスコートをしてもらわなくても、大丈夫です。だから、放して下さい。」
「これから服を買い与える男が取るであろう当然の行動をしているだけだ。」
そう言われてしまえば、アメリカはおろか日本でもこんな店に入ったことがないかおるは恭祐の言葉に従うしかない。
いや、恭祐に言われた時点でかおるは従うしかないのだ。本人すら気付いていない心の奥深くにいる、常に恐怖に怯えるかおるだけがこのことを知っていた。そして、かおるの記憶に訴えかける。アメリカの映画やドラマで男性が女性の腰に手を回し楽しそうに話しながら店に入るシーンを思い出せと。
恐怖がかおるをおとなしく従わせる為に命令したことを、別のかおるはただ恭祐の行動は正しいと理解した。
そこへ、笑みを浮かべた美しい店員がやってきて、恭祐に話しかける。彼女達は経験値から即座に判断するのだろう、誰に選択の決定権があり、誰が支払いをするのか。更には予算、いやどれくらいこんな贅沢品に金を使うことができるかまでを判断することができるのだろう。
だから、恭祐への笑みが最上級であることは容易に想像がつく。
そして、恭祐もまた場慣れしている。話しかけてきた女性へ、誰をも魅了するような美しい表情で返事をした。しかも、流暢な英語で。
100%訳せないとしても、かおるだって単語くらいは拾える。そして理解できた単語はかおるにプレッシャーを与えた。恭祐は店員に『自分の最愛の人を今以上にきれいに、そしてセクシーにしてくれ』と言ったのだ。かおるの理解力では直訳が精一杯。単語そのものの意味をつなげることしか出来ない。だから、頭の中の日本語はかなりストレートな表現にならざる得ない。
腰に手をまわされたときから早くなりだしている鼓動は更に加速し、体温も上昇し始めてしまう。この距離なら恭介にこの反応が伝わってしまうのではないかと思う程。
でも、どうしてこんな反応をしてしまうのか。
もう怖く感じる必要はないと思っているかおる、その下に隠れている本当は怖くてしょうがないかおるはそれぞれ、緊張から、恐怖からと結論付けることで納得しようとしていた。
けれど、その存在を一番奥に閉じ込められているかおるは本当の理由を知っている。樹にYesと言ったときも、先ほど正しい選択をしようと決めたときも、喉に骨が引っ掛かったような感覚を与えた小さな存在は。
もう一方で、かおるの中の表面を取り繕う冷静なかおるは、いや、恐怖と常に向き合っているかおるは拾った単語を正しい単語へと置き換えていた。
最愛の人は、本当は最悪の連れのことだと。もっと言ってしまえば、絶対的存在に仕える奴隷なんだろう。間違いなど許されないのに、昨晩は失態を犯した。だから、今この時間が発生してしまっている。腰を拘束している恭祐の手は、本来なら手枷足枷、悪ければ首枷なのだ。
かおるは知らず知らずのうちにこの変換能力を伸ばしてきた。そして、この能力のお陰で自分の気持ちを抑え、勘違いをすることなくこのポジションを全うしていたのだった。最愛の人であるはずがないのだから、落ち着けばいい。恭祐にこれ以上、心の動揺を知られない為にも。
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