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68 風切羽
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バスルームを出てベッドを見遣る。
明らかに先ほどと違う状況が恭祐の視界に入ってきた。
かおるは目覚めている。だからベッドの上に、上掛けにくるまった小さな何かがあるのだ。遠近法がそう見せているのではなく、近づいても小さいままだろう。もっと言うなら、恭祐の足音が近付けば近付く程、その身を縮こませることが分かる。それが恭祐の知る恐怖に晒されている時のかおるだ。
かくれんぼの子供でも、そんな隠れ方はしない。もし、そんな子供がいたらその姿に思わず失笑してしまいそうだ。しかし、大人の女、それも処女を失ったばかりのかおるのその姿に恭祐は笑いも言葉も出なかった。
何をしているのか、何をしたいのかも尋ねられない。
ただ、恭祐にはかおるが怯えていることだけは分かる。表情を見なくても、常に怯えさせてきた恭祐にはそれが分かってしまう。どうすれば、そうなるのかを良く知る恭祐には。
しかし、それ以外の感情は全く分からない。
結局のところ、上司としての恭祐が知るかおるは本当に働く姿だけだったということだ。勝手に知っていると思い込んでいた、詮索したくもないプライベートは恭祐が作り上げたもの。かおるは秀一に取り入る為に若い体を利用していなかったし、媚びてもいなかった。
だから、仕事が、上司である恭祐が嫌だと転職先を秀一に泣きつかなかった。
紐解けば、分かる。かおるから出され続けた転属願いは辛さから逃れる為、大袈裟かもしれないが希望だったのかもしれない。全ては恭祐が潰してしまったが。
しかし、何故かおるは転属願いを出し続ける程恭祐から離れたかったのに、あんなにも恭祐に尽くしてきたのだろうか。今となってはどうしてもっと早く辞めなかったのか疑問が残る。
どうしていつ辞めてもいいと思っていた頃ではなく、今なのか。かおるはもう恭祐の懐に入りだしている。他者にはそう見えなくても。それが、性的興奮だけに見えていようと。
目前で小さくなっているかおるを捉えながら、恭祐は考えを変えた。貫く方が簡単に結果に近づくことが出来る場合もあると。
いけないことは何もなかったと伝えたところで、かおるには意味がない。もう、ここまで来てしまったのだから。
それに、恭祐の態度の理由は若林家が抱える問題が故。若林家のそれぞれが絡まる糸の話など出来るわけがない。
仮に話したとしても、かおるは聞くだけだ。今更若林家の過去がどうなるでも、今までの恭祐の態度がどうなるでもない。不幸なことに、かおるには関係のないことの煽りをまともにくらっていただけだ。
それに恭祐の態度が変われば、むしろかおるは訝しむはず。今まで、散々かおるを躾けてきた恭祐には悲しいかなその現実が手に取るように分かってしまう。
関係改善をあんなことをした後に、言葉だけで望むなど無理な話だ。当然、小さくなっているかおるを子供に慈愛を向けるように優しく抱きしめるなど出来るはずがない。
手を伸ばそうがものなら、かおるは恭祐の優しさを拒否するだろう。
そう、拒否される、体の関係を持つ前同様。
では、どうすれば…。
昔、鳥籠から出ることが出来なくなった鳥の話を聞いたことがある。最初は何度も出ては捕まえられていたが。しかし、鳥籠の扉から出る度に痛みを与えると、扉に近づくことにすら恐怖を覚え、しまいには扉を開けたままにしても出なくなったという。
実際には、あまり飛べなくする為に鳥の風切羽を切ると聞いたことがある。なんでも風切羽は切られたところで痛くはないらしい。鳥の言葉が分からない以上、本当に痛くないのか、羽の一部を失うことは辛くないのか、何より飛べなくなることが苦しくないのかは分からないが。
そして飛べなくなった鳥は、その代償として鳥籠の中で安全に暮らすという対価を得る。常に餌を与えられ、見守られ大切にされるという対価。
物語の飼い主も、風切羽を切る飼い主も、鳥を痛めつけたいのではない。ただ、守る為に大切にする為に前者は恐怖を与え、後者は鋏を与える。
最初の数年でかおるは鳥籠からは出れない程恐怖を植え付けられ、怯えるようになっていた。時折、鳥籠から出ようとすることは見逃した。何故なら簡単に戻す方法が恭祐にはあったのだから。しかし、完全に出ようとしたのはいただけない。鳥籠から出て、更に家から出ようとするなんて。家から出て大空へ羽ばたけば、それこそ恭祐には捕まえられなくなる。
長い時間を掛けたのに、恐怖が足りていなかったのか。
扉の鍵を持つのは恭祐だけだった。タイミング的に樹がこじ開けたのではないだろう。かおるは鳥籠から出て、樹に羽を広げてその様を魅せた。
全てを暴いた恭祐にも見せていない何かを魅せたのだろうか。
物語はやはり物語。現実で用いられる方法を取るのが確かだろう。鳥籠から出れないように、飛び立てないようにするには、羽を切るのが一番だ。現にかおるは恐怖だけでは鳥籠から出てしまった。
鳥ではないかおるにとっての羽は、それも効果的な羽はなんだろうかと恭祐は考えを巡らせた。更には、もっと良い鳥籠を用意しなくてはいけないとも。
明らかに先ほどと違う状況が恭祐の視界に入ってきた。
かおるは目覚めている。だからベッドの上に、上掛けにくるまった小さな何かがあるのだ。遠近法がそう見せているのではなく、近づいても小さいままだろう。もっと言うなら、恭祐の足音が近付けば近付く程、その身を縮こませることが分かる。それが恭祐の知る恐怖に晒されている時のかおるだ。
かくれんぼの子供でも、そんな隠れ方はしない。もし、そんな子供がいたらその姿に思わず失笑してしまいそうだ。しかし、大人の女、それも処女を失ったばかりのかおるのその姿に恭祐は笑いも言葉も出なかった。
何をしているのか、何をしたいのかも尋ねられない。
ただ、恭祐にはかおるが怯えていることだけは分かる。表情を見なくても、常に怯えさせてきた恭祐にはそれが分かってしまう。どうすれば、そうなるのかを良く知る恭祐には。
しかし、それ以外の感情は全く分からない。
結局のところ、上司としての恭祐が知るかおるは本当に働く姿だけだったということだ。勝手に知っていると思い込んでいた、詮索したくもないプライベートは恭祐が作り上げたもの。かおるは秀一に取り入る為に若い体を利用していなかったし、媚びてもいなかった。
だから、仕事が、上司である恭祐が嫌だと転職先を秀一に泣きつかなかった。
紐解けば、分かる。かおるから出され続けた転属願いは辛さから逃れる為、大袈裟かもしれないが希望だったのかもしれない。全ては恭祐が潰してしまったが。
しかし、何故かおるは転属願いを出し続ける程恭祐から離れたかったのに、あんなにも恭祐に尽くしてきたのだろうか。今となってはどうしてもっと早く辞めなかったのか疑問が残る。
どうしていつ辞めてもいいと思っていた頃ではなく、今なのか。かおるはもう恭祐の懐に入りだしている。他者にはそう見えなくても。それが、性的興奮だけに見えていようと。
目前で小さくなっているかおるを捉えながら、恭祐は考えを変えた。貫く方が簡単に結果に近づくことが出来る場合もあると。
いけないことは何もなかったと伝えたところで、かおるには意味がない。もう、ここまで来てしまったのだから。
それに、恭祐の態度の理由は若林家が抱える問題が故。若林家のそれぞれが絡まる糸の話など出来るわけがない。
仮に話したとしても、かおるは聞くだけだ。今更若林家の過去がどうなるでも、今までの恭祐の態度がどうなるでもない。不幸なことに、かおるには関係のないことの煽りをまともにくらっていただけだ。
それに恭祐の態度が変われば、むしろかおるは訝しむはず。今まで、散々かおるを躾けてきた恭祐には悲しいかなその現実が手に取るように分かってしまう。
関係改善をあんなことをした後に、言葉だけで望むなど無理な話だ。当然、小さくなっているかおるを子供に慈愛を向けるように優しく抱きしめるなど出来るはずがない。
手を伸ばそうがものなら、かおるは恭祐の優しさを拒否するだろう。
そう、拒否される、体の関係を持つ前同様。
では、どうすれば…。
昔、鳥籠から出ることが出来なくなった鳥の話を聞いたことがある。最初は何度も出ては捕まえられていたが。しかし、鳥籠の扉から出る度に痛みを与えると、扉に近づくことにすら恐怖を覚え、しまいには扉を開けたままにしても出なくなったという。
実際には、あまり飛べなくする為に鳥の風切羽を切ると聞いたことがある。なんでも風切羽は切られたところで痛くはないらしい。鳥の言葉が分からない以上、本当に痛くないのか、羽の一部を失うことは辛くないのか、何より飛べなくなることが苦しくないのかは分からないが。
そして飛べなくなった鳥は、その代償として鳥籠の中で安全に暮らすという対価を得る。常に餌を与えられ、見守られ大切にされるという対価。
物語の飼い主も、風切羽を切る飼い主も、鳥を痛めつけたいのではない。ただ、守る為に大切にする為に前者は恐怖を与え、後者は鋏を与える。
最初の数年でかおるは鳥籠からは出れない程恐怖を植え付けられ、怯えるようになっていた。時折、鳥籠から出ようとすることは見逃した。何故なら簡単に戻す方法が恭祐にはあったのだから。しかし、完全に出ようとしたのはいただけない。鳥籠から出て、更に家から出ようとするなんて。家から出て大空へ羽ばたけば、それこそ恭祐には捕まえられなくなる。
長い時間を掛けたのに、恐怖が足りていなかったのか。
扉の鍵を持つのは恭祐だけだった。タイミング的に樹がこじ開けたのではないだろう。かおるは鳥籠から出て、樹に羽を広げてその様を魅せた。
全てを暴いた恭祐にも見せていない何かを魅せたのだろうか。
物語はやはり物語。現実で用いられる方法を取るのが確かだろう。鳥籠から出れないように、飛び立てないようにするには、羽を切るのが一番だ。現にかおるは恐怖だけでは鳥籠から出てしまった。
鳥ではないかおるにとっての羽は、それも効果的な羽はなんだろうかと恭祐は考えを巡らせた。更には、もっと良い鳥籠を用意しなくてはいけないとも。
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