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69 慈悲
水が床を打ち付ける音が微かに聞こえるとかおるは思った。その音はきっとバスルームのシャワー。浴びている人物は、考えるまでもなくこの部屋の主。少し前までかおるが体を重ねていた恭祐だ。
状況が掴めてくるにつれ、音も大きくなるように思える。
そう、状況。
物事を客観的に見ることが重要、それは繰り返し恭祐に言われたこと。
では、今の状況は?
断りもなく勝手に恭祐の部屋に入ったのはかおる。事実だけ、そこにかおるの考えなど含めなければ、御曹司の部屋に夜這いにやってきた女ということだ。
コトが終わり、抱いた男はシャワーを浴びて情事の跡を洗い流している。
女はというと、怠い体から、本来ならば満足感でも感じるのだろうか…。
しかしかおるは、今一番重要な自分を客観的に捉えることが出来ないでいた。
客観的とは程多い、かおる主体の視点しか持てないでいる。
だから、どうして恭祐が好きでもないかおるを抱いたのかという疑問ばかりが浮かんで仕方がない。
全てが気に食わないのだから、触れたりなどしなければ良かったのに。
それともニューヨークに来るまで忙し過ぎたせいで、単に性欲処理をしたかっただけなのか。しかし、それは考えにくい。恭祐の周囲には常にかおるなど比べ物にならない美しさやプロポーションを持つ複数の女性の影がある。たまには違うものを食べたくなったからといって、かおるではお粗末過ぎる。
考えられるとしたら、夜這いにやってきた女に憐れみを感じて抱いたということくらい。慈悲という名のセックスをしたに過ぎない。
しかし、今まで一度も優しさを見せたことがない恭祐が、どうしてこのタイミングで慈悲を与えてくれたのだろう。それ程、かおるが惨めに思えたのだろうか。
『惨め』ーーーしかし、それは何に対してなのかとかおるは考えずにはいられない。
恭祐には気付かれていないはず。かおるが長い間、こんな状況下でも恭祐を想い続けていたことなど。
第一、気持ちを知られていたのならこんなに長く部下ではいられなかっただろう。恭祐は間違いなくそんな面倒な環境は切り捨てる。
それとも出張が決まってから、隠すことが出来ない何かがかおるから漏れてしまっていたのだろうか。
どうしても、かおるの考えは自分主観で、客観的にはなりきれなかった。
しかし、それは上部のかおる。いつものように、心の奥底に潜む恭祐がどういう人物か知っているかおるは理解している。
考え込むかおるが敢えて気づかない振りをして自分を保とうとしていることを。
今までの恭祐の態度から冷静に判断すれば、気づかない振りをしているかおるが思う優しさからの慈悲など最初から存在していない。捕食者が気まぐれに獲物を甚ぶる行為にそう名を付けて勘違いしようとしているだけ。これからも同じことを楽しむ為、獲物に止めは刺さない。それが証拠に、恭祐は今この瞬間という自由をかおるに与えている。逃げることが出来るようにと。
深層部に潜むかおるは、上部のかおるに理由を告げずこれ以上惨めな思いをさせないため警鐘を鳴らす。たとえ罠でも、今はここから逃げるべきだと。逃げるのも勇気の一つだと。
ふと視線をあげると、かおるの視界にこの部屋にやって来たときに使った内扉が見えた。
あの向こうへ行けばいい。この部屋に留まり続ければ、もっと惨めになる。でも、これ以上どう惨めになるのか、再びかおるにとって意味をなさない疑問が浮かびだした。
冷たい言葉、それとも冷たい態度。何も身につけず浴びせられれば、どちらも堪える。でも、もっと堪えるのは優しさを込めてはいない見せかけの優しさ。
しばらく考え込んでかおるは選択肢なんてものはなく、この部屋から逃げることしかないと気がついた。答えを出すのにこんなに時間がかかるなんて、仕事だったら恭祐から冷たい視線を浴びせられたことだろう。
服はおろか、下着を残してこの部屋から出るのは愚の骨頂。冷静さを欠いていたと恭祐に告白するようなものだ。身に付けていたものを拾おうと、かおるは怠さが残る体に力を入れ起きあがろうとした。
その瞬間、恭祐を受け入れた場所に鈍い痛みのようなものが走った。
何度も何度も恭祐のペニスは誰も踏み行ったことのないかおるの女の部分に男を教えたことが思い出されてしまう。
こんな時なのに、かおるは今更客観的になれた。好きな人に初めてを貰ってもらえたのは、なんて幸せなことなのだろうと。状況も痛みも関係ない、好きな人と結ばれることは素晴らしいことだと。
状況が掴めてくるにつれ、音も大きくなるように思える。
そう、状況。
物事を客観的に見ることが重要、それは繰り返し恭祐に言われたこと。
では、今の状況は?
断りもなく勝手に恭祐の部屋に入ったのはかおる。事実だけ、そこにかおるの考えなど含めなければ、御曹司の部屋に夜這いにやってきた女ということだ。
コトが終わり、抱いた男はシャワーを浴びて情事の跡を洗い流している。
女はというと、怠い体から、本来ならば満足感でも感じるのだろうか…。
しかしかおるは、今一番重要な自分を客観的に捉えることが出来ないでいた。
客観的とは程多い、かおる主体の視点しか持てないでいる。
だから、どうして恭祐が好きでもないかおるを抱いたのかという疑問ばかりが浮かんで仕方がない。
全てが気に食わないのだから、触れたりなどしなければ良かったのに。
それともニューヨークに来るまで忙し過ぎたせいで、単に性欲処理をしたかっただけなのか。しかし、それは考えにくい。恭祐の周囲には常にかおるなど比べ物にならない美しさやプロポーションを持つ複数の女性の影がある。たまには違うものを食べたくなったからといって、かおるではお粗末過ぎる。
考えられるとしたら、夜這いにやってきた女に憐れみを感じて抱いたということくらい。慈悲という名のセックスをしたに過ぎない。
しかし、今まで一度も優しさを見せたことがない恭祐が、どうしてこのタイミングで慈悲を与えてくれたのだろう。それ程、かおるが惨めに思えたのだろうか。
『惨め』ーーーしかし、それは何に対してなのかとかおるは考えずにはいられない。
恭祐には気付かれていないはず。かおるが長い間、こんな状況下でも恭祐を想い続けていたことなど。
第一、気持ちを知られていたのならこんなに長く部下ではいられなかっただろう。恭祐は間違いなくそんな面倒な環境は切り捨てる。
それとも出張が決まってから、隠すことが出来ない何かがかおるから漏れてしまっていたのだろうか。
どうしても、かおるの考えは自分主観で、客観的にはなりきれなかった。
しかし、それは上部のかおる。いつものように、心の奥底に潜む恭祐がどういう人物か知っているかおるは理解している。
考え込むかおるが敢えて気づかない振りをして自分を保とうとしていることを。
今までの恭祐の態度から冷静に判断すれば、気づかない振りをしているかおるが思う優しさからの慈悲など最初から存在していない。捕食者が気まぐれに獲物を甚ぶる行為にそう名を付けて勘違いしようとしているだけ。これからも同じことを楽しむ為、獲物に止めは刺さない。それが証拠に、恭祐は今この瞬間という自由をかおるに与えている。逃げることが出来るようにと。
深層部に潜むかおるは、上部のかおるに理由を告げずこれ以上惨めな思いをさせないため警鐘を鳴らす。たとえ罠でも、今はここから逃げるべきだと。逃げるのも勇気の一つだと。
ふと視線をあげると、かおるの視界にこの部屋にやって来たときに使った内扉が見えた。
あの向こうへ行けばいい。この部屋に留まり続ければ、もっと惨めになる。でも、これ以上どう惨めになるのか、再びかおるにとって意味をなさない疑問が浮かびだした。
冷たい言葉、それとも冷たい態度。何も身につけず浴びせられれば、どちらも堪える。でも、もっと堪えるのは優しさを込めてはいない見せかけの優しさ。
しばらく考え込んでかおるは選択肢なんてものはなく、この部屋から逃げることしかないと気がついた。答えを出すのにこんなに時間がかかるなんて、仕事だったら恭祐から冷たい視線を浴びせられたことだろう。
服はおろか、下着を残してこの部屋から出るのは愚の骨頂。冷静さを欠いていたと恭祐に告白するようなものだ。身に付けていたものを拾おうと、かおるは怠さが残る体に力を入れ起きあがろうとした。
その瞬間、恭祐を受け入れた場所に鈍い痛みのようなものが走った。
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