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70 矛盾
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再び、かおるは衣服を拾う為に体を動かそうとした。しかし、動かない。否、動かせない。
心も体も重い、両方が重くてどちらに働きかけても返答がないのだ。
どちらか一方が重くて動かないことは今までいくらでもあった。会社へ行きたくないと思えば、体が意志を無視して会社へ向かう。体が怠ければ、恭祐の傍へ行きたいと思うことでなんとか意志に体を引っ張ってもらってきた。
それが、今は全くどうにも出来ない。
逃げなくてはいけないというのに。
そして無常にも、シャワーの音が止んだ。耳を凝らすまでもなく、扉の開閉音が聞こえる。
かおるは恭祐に言われたTime's upという言葉を思い出した。有限な時間が無限な苦しみの時間が始まることを教えてくれているように思えたのだった。逃げられなかったということは、そういうことだ。
せめて時間を稼ぐ為に、隠れなくては。
鉛のような腕をなんとか動かして、かおるは上掛けに包まった。
子供の隠れん坊の方がまだましだろう。見つからないように、しっかり考えて隠れるのだから。今のかおるは、むしろ見つけてもらう為に隠れているよう。
映画のワンシーンが思い出される。そこに隠れたら見つかってしまうのに、どうしてそこに隠れるのかと。映画だったら観ている人間に不安と緊張を走らせる為の効果、そしてそこからストーリーは更に進んで行く。どんなにもがいても見つかってしまうのだから。
かおるは兎に角上掛けの中で小さくなり呼吸の音すら消す努力をした。自分に訪れるであろうこれからのストーリーへの検討はつかないが、映画同様息を潜めるしかないのだから。
ベッドの上の白い丸まりが近づくにつれ、恭祐の足取りはゆっくりになった。痛くないといわれている風切羽よりも、どんなに鳴こうと効果的な羽を傷つける方法を考えながら。
毛足の長い絨毯は足音をかき消すもの。しかし、静けさの中では逆効果を生むようだ。もしくは神経が昂っているから、音を拾うのかもしれない。
恭祐はどのトーンでかおるに声を掛けるべきか悩んだ。いつもと同じでは、今までと同じ。かおるが緊張するであろう不機嫌さを隠さない声がニュートラルな状況を生むということだ。
マイナス、即ち更に不機嫌さを醸し出せばそれこそかおるが慣れているくせに恐る状況を生むことが出来る。
では、プラスならば…。再度、抱く前にかおるに確認したことを思い出す。かおるは優しさはいらないと言ったが、そもそも恭祐の優しさなどまやかしにすぎないと理解していたのかもしれない。流石は何年も付かず離れず働いていた部下だ。恭祐が多くの人に対し作り物の優しさしか持っていないことを、本人よりも理解しているのだろう、本能で。
それならば恭祐がこれから起こすべき行動は決まっている。計画を実行すべく動こうとした時、恭祐に不意に疑問が浮かんだ。
これからすることは何の為なのか。先ほど頭を過ぎった結果とは具体的に何を指したのだろうかと。
鳥の羽を傷つけるのは、二度と飛び立たせない為。では、何故飛び立とうすることを阻止しようとしているのだろうか。
矛盾している。そもそも、恭祐はかおるを早々に退社へ追い込もうとしていたはず。だから仕事においては厳しい指導を繰り返した。
かおるが会社を去ることは、会社そして父との繋がりが切れることを意味する。それなのに、二人が人目を忍んで外で会うようになれば、社会的に葬ることも出来ただろう。二人に関係があると思っていただけに本気で興信所を使ってでも裁く気でいた。
しかし、かおるはなかなか辞めなかった。恭祐の策が『まだ足りない』からだったのか。
足りないなら、足すしかない。恭祐は更に厳しく指導し、多くの仕事を言い渡し続けた。皮肉なことに、そうすることで恭祐はかおるという有能な腹心を作り上げてしまった。
共に働き二年もする頃には表面上は疎んでいながら、恭祐は心の中ではかおるを信用していた。部署移動させなかったのだって、嫌がらせと取られようと信用していたからだ。それなのに、何の前触れもなく人事から知らされた退社報告。思ったのは青天の霹靂などではなく、奏絵に対してあの時抱いた感情と同じもの。
恭祐が最も嫌う、信用していた人物から裏切られたという感情。
目的は裏切られたことに対する報復なのだろうか。でも、本人に信用していると気付かれない酷い態度で接しながら、勝手に信用していたのは恭祐だ。とすると、どこにも裏切りはない。
何より、かおるの為に新たな鳥籠を用意し、そこから二度と出ないようにするのは何故なのか。
おかしい、最初に恐怖を植え付けたのは、鳥籠を出ることを阻止する為ではなかった。恐怖が故に戻れなくする為だ。
本当は分かっている、上掛けを引き剥がしながら言うべき言葉は『出ていけ』だと。
この部屋からではない、かおるは恭祐の世界から出ていくほうが幸せにたどり着ける。
心も体も重い、両方が重くてどちらに働きかけても返答がないのだ。
どちらか一方が重くて動かないことは今までいくらでもあった。会社へ行きたくないと思えば、体が意志を無視して会社へ向かう。体が怠ければ、恭祐の傍へ行きたいと思うことでなんとか意志に体を引っ張ってもらってきた。
それが、今は全くどうにも出来ない。
逃げなくてはいけないというのに。
そして無常にも、シャワーの音が止んだ。耳を凝らすまでもなく、扉の開閉音が聞こえる。
かおるは恭祐に言われたTime's upという言葉を思い出した。有限な時間が無限な苦しみの時間が始まることを教えてくれているように思えたのだった。逃げられなかったということは、そういうことだ。
せめて時間を稼ぐ為に、隠れなくては。
鉛のような腕をなんとか動かして、かおるは上掛けに包まった。
子供の隠れん坊の方がまだましだろう。見つからないように、しっかり考えて隠れるのだから。今のかおるは、むしろ見つけてもらう為に隠れているよう。
映画のワンシーンが思い出される。そこに隠れたら見つかってしまうのに、どうしてそこに隠れるのかと。映画だったら観ている人間に不安と緊張を走らせる為の効果、そしてそこからストーリーは更に進んで行く。どんなにもがいても見つかってしまうのだから。
かおるは兎に角上掛けの中で小さくなり呼吸の音すら消す努力をした。自分に訪れるであろうこれからのストーリーへの検討はつかないが、映画同様息を潜めるしかないのだから。
ベッドの上の白い丸まりが近づくにつれ、恭祐の足取りはゆっくりになった。痛くないといわれている風切羽よりも、どんなに鳴こうと効果的な羽を傷つける方法を考えながら。
毛足の長い絨毯は足音をかき消すもの。しかし、静けさの中では逆効果を生むようだ。もしくは神経が昂っているから、音を拾うのかもしれない。
恭祐はどのトーンでかおるに声を掛けるべきか悩んだ。いつもと同じでは、今までと同じ。かおるが緊張するであろう不機嫌さを隠さない声がニュートラルな状況を生むということだ。
マイナス、即ち更に不機嫌さを醸し出せばそれこそかおるが慣れているくせに恐る状況を生むことが出来る。
では、プラスならば…。再度、抱く前にかおるに確認したことを思い出す。かおるは優しさはいらないと言ったが、そもそも恭祐の優しさなどまやかしにすぎないと理解していたのかもしれない。流石は何年も付かず離れず働いていた部下だ。恭祐が多くの人に対し作り物の優しさしか持っていないことを、本人よりも理解しているのだろう、本能で。
それならば恭祐がこれから起こすべき行動は決まっている。計画を実行すべく動こうとした時、恭祐に不意に疑問が浮かんだ。
これからすることは何の為なのか。先ほど頭を過ぎった結果とは具体的に何を指したのだろうかと。
鳥の羽を傷つけるのは、二度と飛び立たせない為。では、何故飛び立とうすることを阻止しようとしているのだろうか。
矛盾している。そもそも、恭祐はかおるを早々に退社へ追い込もうとしていたはず。だから仕事においては厳しい指導を繰り返した。
かおるが会社を去ることは、会社そして父との繋がりが切れることを意味する。それなのに、二人が人目を忍んで外で会うようになれば、社会的に葬ることも出来ただろう。二人に関係があると思っていただけに本気で興信所を使ってでも裁く気でいた。
しかし、かおるはなかなか辞めなかった。恭祐の策が『まだ足りない』からだったのか。
足りないなら、足すしかない。恭祐は更に厳しく指導し、多くの仕事を言い渡し続けた。皮肉なことに、そうすることで恭祐はかおるという有能な腹心を作り上げてしまった。
共に働き二年もする頃には表面上は疎んでいながら、恭祐は心の中ではかおるを信用していた。部署移動させなかったのだって、嫌がらせと取られようと信用していたからだ。それなのに、何の前触れもなく人事から知らされた退社報告。思ったのは青天の霹靂などではなく、奏絵に対してあの時抱いた感情と同じもの。
恭祐が最も嫌う、信用していた人物から裏切られたという感情。
目的は裏切られたことに対する報復なのだろうか。でも、本人に信用していると気付かれない酷い態度で接しながら、勝手に信用していたのは恭祐だ。とすると、どこにも裏切りはない。
何より、かおるの為に新たな鳥籠を用意し、そこから二度と出ないようにするのは何故なのか。
おかしい、最初に恐怖を植え付けたのは、鳥籠を出ることを阻止する為ではなかった。恐怖が故に戻れなくする為だ。
本当は分かっている、上掛けを引き剥がしながら言うべき言葉は『出ていけ』だと。
この部屋からではない、かおるは恭祐の世界から出ていくほうが幸せにたどり着ける。
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