どうかあなたが

五十嵐

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恭祐の言葉を理解するのに、かおるは必要以上の時間を要してしまった。質問の意味は分かる。でも、真意が分からず答えに詰まってしまったのだ。
口付けで思考能力が蕩けてしまったのだろうか。

出来ることなら、過去の全てを叩き壊して新しくスタートさせたい。恭祐のかおるとして。しかしそれを口にした途端、叩き壊されるのはかおるの気持ちかもしれないように思える。告白まがいのことをして、全てを否定されたらかおるの中にある恋情という感情は何も残らなくなるだろう。それどころか、今後は芽生えることもなくなりそうだ。

「わたしは…、んっ、」
恭祐が再び口腔内を侵食する。答えるのが遅いと怒っているのだろうか。だとしたら、なんて甘い抗議なんだろう。本当に、とても甘い。こうしてもらえるならば、恋情の破滅が待っていようと本音を漏らしたくなってしまいそうだ。

唇が離れると、また恭祐は同じ質問を口にした。
「かおるは誰のものだ。」
「わたしは、」
「かおるは、」

答えようとしたのに、恭祐はどうしてか口付けで言葉を封じてしまう。更に優しい手つきで乳房を揉みしだき始めた。まるで、この体が自分のものだと主張するように。
かおるの口から淫靡な声が漏れ始めると、恭祐は今度は乳房の頂を強く刺激し始めた。口付けだけではない、恭祐から与えられる全ての官能的刺激はかおるをおかしくしてしまう。

だから、次に唇が離れた時に、かおるは聞かれる前に答えていた。
「わたしは、恭祐さんの、」
「かおるは?」
「かおるは、恭祐さんのものです。」
「じゃあ、大切にしないとな。」

かおるの聞き間違えでなければ、恭祐は大切にすると言った。しかも、見間違いでなければ微かに笑ってくれたようにも思える。
そしてそれは正しいのだろう。恭祐はかおるが正解を口にできたことを褒めるかのように、何度も口付けを落としてくれた。更には乳房への口付けも。

かおるが小さな喘ぎ声を出せば、恭祐の人差し指と中指が口に侵入してきた。
「舌を絡めて。」
なんて甘い時間なんだろうか。恭祐は首筋や耳、至るところに舌を這わせかおるを昂めてくれる。恭祐のものになるというのはこういうことなんだとかおるは体で理解した。

でも、恭祐の意味する大切とはなんだろう。今はまだ答えは分かりそうにない。否、これから先も分からないかもしれないが、大切の中にこの行為が含まれるならばそれでいいとかおるは思った。

どれくらい経っただろう、恭祐はかおるを軽々と抱き上げ隣の部屋へ運んでくれた。
本当に内扉で繋がった部屋は便利だとかおるは再び思った。全裸にバスタオルが掛けられただけの姿で移動出来るのだから。

大切にするからなのか、恭祐はかおるをベッドにそっと横たえると再び自室へ戻り今度はかおるの全ての衣類を持ってきてくれた。そして耳元で囁く。
「次は七時。それまでは好きに過ごすといい。ここからならセントラルパークも近いし、街を歩くのにも便利だから。」

恭祐の背が隣の部屋へ向かうのを眺めながら、かおるは不思議な感覚を覚えた。業務連絡のような内容だが、会社では聞いたことがない穏やかな物言いだった。しかも、内容には優しさが含まれていたように思える。これからの時間の過ごし方を提案してくれるだなんて。

これが恭祐のものになり、大切にされるということだろうか。全てが今までと変わっていく。

次は七時、必ずその時は来る。報告をする為にも、かおるは恭祐が言ったセントラルパークへ行こうと思った。出張が決まってから、やってみたいと思っていたデリカテッセンで食べ物を購入して午後の日差しが降り注ぐセントラルパークで寛ぐ、を。

幸いホテルの周囲に雰囲気の良さそうなデリカテッセンがあったのをタクシーの中で眺めていたから問題もなさそうだ。あとは英語が頑張れるかどうか。

でも、今ならば全てが上手く行きそうな気がした。何よりもう動かせないと思っていた体は軽く感じるし、頭もすっきりしてきたように思える。

かおるは何の疑問も持たなかった。恭祐の言葉は提案ではなく、許容だと。限られた時間の自由を与えるだけのものだと気付いてなかった。指定した場所にしろ、距離からして丁度良いと思っただけだ。それなのに、恭祐のものになったのだから、恭祐の提案を受け入れるのは当然のことと理解したのだった。

かおるは今までと何も変わっていないことに気付けなかった。命令を全て受け入れていた、から、提案を全て受け入れる、に変わっただけだと。方法や名称が変わっただけで、支配されていることには変わりがない。

ただ、かおるの気持ちが変わっただけ。
それは行動にも現れる。

先に調べて行動を起こすより、折角恭祐が背中を押してくれたのだからシャワーを浴びて直様出かけようと思ったのだ。
もしここでコンピューターを起動して、ついでにメールを確認していれば樹からのメールに気付けたはずなのに、かおるはその機会を逃してしまったのだった。
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