どうかあなたが

五十嵐

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83 正しい決断と歪み

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「あら、大地、出かけるの?」
「ん、ちょっと会社行ってくる」
「あなたも大概会社好きよね」
「家にいるよりは、会社の方が図面引きやすいから。それに資料もあるし」
「今からだとお昼は要らないとして、お夕飯は?」
「あ、要らない」
「今日は大河も要らないって言ってたから、お寿司でも取ろうかしら」
「なんだそれ」
「そういうことよ」

ラフなスタイルに図面ケースを持つ大地の背を見送りながら、奏絵は空を見上げた。昨日に引き続き天気は良い。しかし、何故かあの日を思い出させる嫌な空だった。



人間は様々な失敗や間違いを繰り返し成長すると奏絵は思っている。
でも、中には成長に結びつかないものがあるのもまた事実。
奏絵にとってのそれは大地を宿した行為であり、大地を宿していると気付いた時の恐怖だろう。

決して大地を産んだことを後悔しているのではない。産科医から妊娠を告げられた時は恐怖したが、産もうと決めた時には既に愛しい存在だった。
奏絵の最初の子であり、若林家の次男である大地。立場は複雑だが、本人はある時から全てを理解し振る舞うようになった。

恭祐は思春期を迎えた後、奏絵とはほとんど話さなくなった。しかし目は口ほどに物を言うとは良くいったものだ。奏絵がお腹を痛めて産んだ子でなくても、息子は息子。言いたいことは良く分かった。

対して、大地は思春期を迎えても大きく変わることはなかった。
けれど、ある時奏絵に質問したのだった、『僕と兄貴に血の繋がりは?』と。
たったそれだけの質問。でも、奏絵には分かった。大地なりに奏絵に負担がないよう考えた質問であることは。

答えは言葉にしなくていい。首を小さく動かせばいいのだ、それも小さく。

だから奏絵は本当に小さく、首を左右に動かしたのだった。


その日の夜、奏絵は大地からの質問とどういう回答をしたのかをもう一人の当事者である秀一に話した。
『奏絵、どうする、本当のことを話すかい?』
『駄目よ、咲良さんと約束したもの。あの子は生まれる前から恭ちゃんの兄弟。だったら、恭ちゃんが勘違いしてくれたままの方がいいわ。だって、それは大地を弟だと思っているってことでしょ。わたし達があの子達と生きていく時間よりは、あの子達が兄弟として過ごしていく時間の方が長い。それならば、言わない方が良いに決まってる』


奏絵は今更ながらあの日の決断が正しかったのか分からなくなった。
恭祐に詰られるべきは奏絵だけで良かったというのに、秀一まで巻き込んでしまった決断。秀一は咲良一人をずっと愛していたのだから、恭祐に詰られる必要はなかったのに。

目に見えて生命力が無くなっていく咲良の願いを叶える為に、秀一もあの時様々な決心をした。その後も葛藤を繰り返し辿り着いた『今』。
先ほど見送った大地の背中を思い出しながら、奏絵は思った。大地の存在が歪みではなく、奏絵の過去の行動が最初の歪みを招き、大きく増長させたのだと。

けれど、もしも正しい決断が出来ていたならば歪まなかったのだろうか。
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