年に一度の旦那様

五十嵐

文字の大きさ
119 / 123

118 未来を現実にする為に

しおりを挟む
マクレナン侯爵邸に戻ると、ロイは全ての感情に蓋をして、すぐに執事長の下へ向かった。北の邸へ向かう前と何一つ変わらない行動を心掛け。そして執事長の目を見ると小さく頷いた。

通常であれば、一使用人が仕事を終えて戻ってきたのだから、上司である執事長に何らかの報告があって当然だ。しかし、ロイが無言で用を済ませてきたと伝える時は、その仕事の出所がマクレナン侯爵であることを意味する。そのため執事長も何も言わず、侯爵の予定を確認しに行ったのだった。

執事長が戻るまでの数分間。ロイにはこの時間すら惜しかった。本当はレイチェルの下へ今すぐ向かいたい。ロイがカルセナに自分の気持ちを吐露したのは、不安があったからだ。同様に、レイチェルもまた様々な気持ちの揺れを抱えているだろう。勿論、フリカには伝えているだろうが、一番良いのはロイとレイチェルが語り合うことだ。それも北の邸で、夜な夜な言葉だけではなく体温を通して心を感じ合った時のように。

未来のために、自分たちが今の行動を取っていることは分かっている。見据えているのは、未来。けれど、未来の前に立ちはだかるレイチェルとロイの間にある見えない壁の厚さと高さが、見えないはずなのに心配を助長させる。滑稽なことに。

レイチェルの顔を見て、せめて手を取り言葉を交わしたい、ロイがそう思った時、ドアが開き、執事長が再び現れた。そして言葉少なに、ロイが向かうべき場所を伝えた。

「今すぐ向かうように」

どこへという指示がない言葉。だからこそ、向かう場所は決まっている。
ロイは、希望と現実の差という事実を虚しく感じながら、再び感情をしまい、執事長の言葉に頷いたのだった。
そして、到着した部屋の扉の向こうにいる人物に、自分の気持ちの揺れが少しでも気づかれることがないよう、再びマクレナン侯爵に従順な飼い犬を装い、中に入ったのだった。


「それで」
「アーミテージ子爵からはこちらを渡されました」

クレアと仕立て屋との一件があってから、ロイはマクレナン侯爵の使いでアーミテージ子爵家を何度か訪問していた。使いとは言っても、ただ用件を伝えに行くだけではない。もちろん、侯爵邸でクレアと仕立て屋が起こしたことを伝え、抗議をする手紙も持って行きはしたが、それは建前だ。重要なのは、アーミテージ子爵邸の内部を探ることだった。

アーミテージ子爵家は目立った事業をしていない。丈夫な木綿生地を仕入れて作るシャツ。それに質の良い木綿生地で作るドレスシャツ。テーラーとしての事業内容は主にこの二つだ。丈夫な生地で仕立てられたシャツは、貴族家で働く使用人用のもの。労働のためのものなのだから、丈夫で長持ちするシャツである。その割には、取引量が不思議と多い。

「アーミテージ子爵家が営むテーラーの顧客ですが、この三つの貴族家は怪しいと思われます。どこの家も使用人用のシャツをテーラーに納品させていますが、この三家の発注数は、実際にいる使用人の数よりも多めです」
「それは必要以上に発注して、わざと多めに支払いをしているということか。それとも発注数はどうでもよく、テーラーを何度も行き来する必要があるということか」
「両方でしょう。発注数は実数ではなく、金は多めに支払い、さらに何度も行き来する必要があるのだと思います」
「そうか。おまえのことだ、その理由にも当たりをつけ、既に調べ始めているのだろうな」

ロイは頷くと、事実にこれから自分たちに都合の良い脚色を加え、侯爵へ報告を始めたのだった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
【本編完結・番外編不定期更新】 エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます

おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。 if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります) ※こちらの作品カクヨムにも掲載します

旦那様、政略結婚ですので離婚しましょう

おてんば松尾
恋愛
王命により政略結婚したアイリス。 本来ならば皆に祝福され幸せの絶頂を味わっているはずなのにそうはならなかった。 初夜の場で夫の公爵であるスノウに「今日は疲れただろう。もう少し互いの事を知って、納得した上で夫婦として閨を共にするべきだ」と言われ寝室に一人残されてしまった。 翌日から夫は仕事で屋敷には帰ってこなくなり使用人たちには冷たく扱われてしまうアイリス…… (※この物語はフィクションです。実在の人物や事件とは関係ありません。)

婚約者を想うのをやめました

かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。 「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」 最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。 *書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。

生まれ変わり令嬢は、初恋相手への心残りを晴らします(と意気込んだのはいいものの、何やら先行き不穏です!?)

夕香里
恋愛
無実の罪をあえて被り、処刑されたイザベル。目を開けると産まれたての赤子になっていた。 どうやら処刑された後、同じ国の伯爵家にテレーゼと名付けられて生まれたらしい。 (よく分からないけれど、こうなったら前世の心残りを解消しましょう!) そう思い、想い人──ユリウスの情報を集め始めると、何やら耳を疑うような噂ばかり入ってくる。 (冷酷無慈悲、血に飢えた皇帝、皇位簒だ──父帝殺害!? えっ、あの優しかったユースが……?) 記憶と真反対の噂に戸惑いながら、17歳になったテレーゼは彼に会うため皇宮の侍女に志願した。 だが、そこにいた彼は17年前と変わらない美貌を除いて過去の面影が一切無くなっていて──? 「はっ戯言を述べるのはいい加減にしろ。……臣下は狂帝だと噂するのに」 「そんなことありません。誰が何を言おうと、わたしはユリウス陛下がお優しい方だと知っています」 徐々に何者なのか疑われているのを知らぬまま、テレーゼとなったイザベルは、過去に囚われ続け、止まってしまった針を動かしていく。 これは悲恋に終わったはずの恋がもう一度、結ばれるまでの話。

邪魔者は消えますので、どうぞお幸せに 婚約者は私の死をお望みです

ごろごろみかん。
恋愛
旧題:ゼラニウムの花束をあなたに リリネリア・ブライシフィックは八歳のあの日に死んだ。死んだこととされたのだ。リリネリアであった彼女はあの絶望を忘れはしない。 じわじわと壊れていったリリネリアはある日、自身の元婚約者だった王太子レジナルド・リームヴと再会した。 レジナルドは少し前に隣国の王女を娶ったと聞く。だけどもうリリネリアには何も関係の無い話だ。何もかもがどうでもいい。リリネリアは何も期待していない。誰にも、何にも。 二人は知らない。 国王夫妻と公爵夫妻が、良かれと思ってしたことがリリネリアを追い詰めたことに。レジナルドを絶望させたことを、彼らは知らない。 彼らが偶然再会したのは運命のいたずらなのか、ただ単純に偶然なのか。だけどリリネリアは何一つ望んでいなかったし、レジナルドは何一つ知らなかった。ただそれだけなのである。 ※タイトル変更しました

前世と今世の幸せ

夕香里
恋愛
【商業化予定のため、時期未定ですが引き下げ予定があります。詳しくは近況ボードをご確認ください】 幼い頃から皇帝アルバートの「皇后」になるために妃教育を受けてきたリーティア。 しかし聖女が発見されたことでリーティアは皇后ではなく、皇妃として皇帝に嫁ぐ。 皇帝は皇妃を冷遇し、皇后を愛した。 そのうちにリーティアは病でこの世を去ってしまう。 この世を去った後に訳あってもう一度同じ人生を繰り返すことになった彼女は思う。 「今世は幸せになりたい」と ※小説家になろう様にも投稿しています

離婚した彼女は死ぬことにした

はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。

処理中です...