年に一度の旦那様

五十嵐

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112 ロイの一言

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すべては計画のためだ。ロイがレイチェルを『奥様』と呼ぶのも、レイチェルがノアの言葉に感謝の笑みを見せるのも。

愛するロイの声で『レイチェル』と呼んでもらいたくても、今はそれが叶わない。作り物でない本当の笑みを浮かべ、ロイと見つめ合うなんてもってのほかだろう。

本当は今すぐにでも、あの北の邸に戻りたい。けれど戻ったところで、そこにあるのは邸そのもの。レイチェルが望むあの日々がそこにあるわけではない。レイチェルは本当に欲しいものを手に入れるため、今は感傷に浸ることなく前を向き続けなければならないと思った。

部屋に戻り少しすると、メイドの一人がその後の報告にやって来た。

「グルーバー子爵夫人は他に何か言っていた?」
「いいえ、本日のことに関する謝罪だけでした」
「そう、分かったわ。あなたは執事長に、グルーバー子爵夫人がやって来てからのことのあらましを報告するように。伝えるのは事実だけ、旦那様たちに不要な心配をかけないようにね」
「畏まりました」

レイチェルがメイドを下がらせると、扉には既にロイが控えていた。

「奥様、先ほどの件でご報告があります」
「ロイの報告は長くなりそうだね。奥様、お茶の用意はロイの分もしてきます。ロイ、中で待っていておくれ」

本当は機敏に動けるのに、フリカは億劫そうに廊下へ出ていった。レイチェルと目を合わせた時に悪戯っぽい笑みを浮かべ。そして廊下にはフリカの『わたしには調理室へお菓子を取りにいくのは辛いから、代わりに奥様の部屋へ持って行ってくれ』という声が響いた。
即ちそれは、レイチェルとロイが二人きりでいられる時間を表す。そして、メイドがいつお菓子を持ってきても二人には問題ないということも。

「どれくらいかしら? お菓子が来るまでは」
「大丈夫、言いたいことは長くないから。よく頑張ったな、レイチェル」
「それだけ?」
「仕立て屋は頃合いを見てここから出られるようにする。彼もまたリンデルのようにアーミテージ子爵家に捕まっていたそうだ」
「よく聞き出せたわね」
「まあ、今まで色々してきたからね。もちろん仕立て屋もアーミテージ子爵家には戻りたくないだろうから、うまく匿うよ」
「ありがとう」
「それと、一番大切なことを言う。愛している、レイチェル」

ロイの急な愛の告白にレイチェルは固まった。聞きたくてしょうがない言葉だというのに、いざ言われてしまうとどうしていいか分からなくなってしまったのだ。これがあの日々のように寝台の上ならばまた違っただろうが。

けれどレイチェルはその後のメイドがお菓子を持って来た時に気づいてしまった。やはりロイは策士だと。愛していると言われたレイチェルが無言になってしまうと分かっていたから、会話の最後にその一言を伝えてきたのだ。
メイドには二人が何の会話もなく、フリカのお茶とメイドのお菓子を待っているのだと思えたことだろう。
でも、それはロイがレイチェルを知ってくれているからできること。褒めてくれたのも、愛を伝えてくれたのも、ロイがレイチェルを見続けてくれているから。そう思うと、マクレナン侯爵邸にいようとロイに優しく守られているのだとレイチェルは強く感じたのだった。
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