年に一度の旦那様

五十嵐

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114 ノアの夫としての姿

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「レイチェル、今日は心穏やかに過ごせただろうか」

クレアとのお茶会があった日から、レイチェルはノアに同じ質問を夕食の度にされている。この三日、一日も欠かすことなく。心配そうな表情で見つめながら問うノア。マクレナン侯爵の手前演技をしているのか、本心なのか、その姿にレイチェルは心の中で戸惑わずにはいられなかった。

なぜなら、ノアの中に本当に優しさがあるのならば、レイチェルは申し訳なさを感じなければならないからだ。

結婚前後頃のノアは、レイチェルに対し面倒や邪魔という感情以外は持っていなかったはず。それもあって、レイチェルはあの時『友人ロイ』の策を受け入れ、早々にこの邸から去ることを望んだ。

母亡き後、コリンス伯爵家でレイチェルに向けられたのは負の感情だけだった。

使用人たちは面倒な存在という『負』の感情を抱き、だから彼らはレイチェルから目を背け、視界に入ることを避けた。他の感情を持ち、レイチェルに接してしまえば自分の首を絞めかねないと使用人たちは分かっていたのだ。

血の繋がった父と半分同じ血が流れる妹と弟からは、邪魔な存在という『負』の感情が向けられた。そこに血の繋がりがあろうと、彼らにとって邪魔なレイチェルはどうでもいい存在、言い方を変えるなら居ても居なくても同じだったのだ。そして彼らは都合良く扱うことにした。例えば父は結婚の道具として、ディアーナは欲しい物がある場合の引き出しとして。しかし、アリッサにとってレイチェルは己の愛を邪魔した憎いベテルリナの娘。いない者として扱うだけでは済まされない、攻撃を加えるべき存在だった。コリンス伯爵家では女主人として家を守るアリッサからレイチェルは最大の『負』を向けられていたということだ。

場所や人が変わったところで、構成する要素が同じならば似たことが繰り返される。ここマクレナン侯爵家では、愛人二人がアリッサの役回りを担い、ノアの本妻という立場のレイチェルをどうにか排除しようとすることなど分かりきっていた。父のように、ノアが助けの手を差し伸べないことも。だからノアが男性機能を失おうと、レイチェルは何とも思わないはずだった。

ところが北の邸から戻って顔を合わせたノアは以前と違う。レイチェルという存在を認めてくれているのだ。それだけではない、気を使ってくれている。

色欲さえなければ、ノアの本質には妻となった女性への優しさは当然のこととして存在するのだろうか。しかし、色欲もノアの本質の一部だったはず。だから婚約したばかりの時にレイチェルは蔑ろにされていたのだが。

今の状況は結果としてノアが招いたこと。そしてそこにはロイたちの策がある。そう、レイチェルを守るためという策が。その策のせいでノアは男性機能を失っているのだ。タウンハウスに戻ってきたレイチェルにノアが夫婦としての関係を求めないように。ノアの事情を知らない愛人たちは、自分の立場を守るため関係を求める。それが今のノアには『鬱陶しい』に近い状況なのだろう。だから関係を求めないレイチェルに近付き、優しさを見せているのかもしれない。

もしもノアが初めから愛人二人を持つことなくレイチェルを迎え、妻として扱っていてくれたなら…。貴族間でなされる結婚が円満に成立していたのだろうか。

「旦那様、お気遣いありがとうございます。今日もとても穏やかな一日を過ごしました」
「そうか、それは良かった。戻ったばかりだ、体の調子を一番に考え過ごすように」

自分の幸せのために、ノアを犠牲にしている。けれど今だけだから許してほしいとレイチェルは思いながら、夫へ感謝の気持ちと笑みを浮かべる妻を演じたのだった。レイチェルが早くいなくなれば、ノアもまた元のよう楽しく過ごせるようになるのだからと。
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