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第5話 螺旋階段の先にあるものは?の巻(1)
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僕、隆、戸部さんの三人はそのまま保険室で横になり、下校時間を迎えた。教室まで鞄を取りに戻ってくると、戸部さんがいた。どうやら戸部さんは次の授業から出席したようだ。
「雪那、お前体大丈夫か?」
隆が僕の体の心配をする。どうしたんだろう。悪いモノでも食べたのかな。
「僕の心配をするなんて、どうしたの? 悪いモノでも食べた?」
「お前、俺のことをどう思ってんだよ。ちげぇよ。協団に行くから、一緒に行くか声をかけただけだ」
そうだったんだ。そうだ僕も協団に行って、訓練して強くならなきゃな。戸部さんや隆に並ぶぐらい強くなりたいな。
「あんた達、協団に行くの? 今日疲れたんじゃないの? 無理してない?」
戸部さんが僕達の心配をしてくれる。珍しい。槍が降らなければいいけど。
「あんた、何か酷いこと考えているでしょ」
戸部さんに頭を軽くこづかれてしまった。僕ってそんなに顔に出てるかな。
「唯も行くですぅ!」
「いや、渡辺さんは止めた方が良いんじゃないかな? 一番ダメージ受けてるの渡辺さんだと思うしさ」
「いやです! 唯だけ仲間はずれですか? みんなして唯だけ仲間はずれっこですかぁ?」
頬を含ませて首を振る。何か可愛い。ハムスターに似てるな。
結局僕達四人とも協団に行くことにした。
学校を出て、駅に向かった。昨日は車で行ったけど、戸部さんと隆の話では電車でも行けるとのことだ。
電車に乗って、三十分程して、目的の駅に着い た。
駅から出て、僕達の学校付近よりも全然賑やかな通りを歩く。比較的新しいビル群の中を歩き、暫く歩くと打って変わって人通りの少ない、少し外れた場所に出る。
昨日も見たけど相変わらず、廃ビルにしか見えない。目の前の古びたビルを見ると、誰もこの地下には、豪華な装飾に立派な建築様式に見える空間が広がっているとは思いもしないだろう。
エレベータに乗り、戸部さんがパスコードを入力し、地下に下りる。
豪華な廊下を歩くと、そこには扉がいくつもある。
「訓練したいのなら、訓練に使っている部屋があるけど、どうする? そこに行く?」
戸部さんが振り返り尋ねる。
「雪那、俺と模擬戦しようぜ」
「おお、いいねぇ」
僕も隆の意見に同調する。ちょ っとでも戦闘の経験を積めるのはいいことだ。それに男だから力加減せずに本気で戦えるしね。一番強いのは戸部さんかもしれないけど、かといっていざ打ち込むのは躊躇われる。
「あんた達ほんと、仲良いわね」
「「そんなことない(よ)」」
隆と返事が被ってしまった。思わず隆と目が合う。
(ぽっ)
「ぽっ、じゃないよね。ぽっ、じゃあ」
慌てて隆に突っ込みを入れる。ここで否定しておかないと在らぬ疑いをかけられてしまいそうで怖い。
訓練の為に使っている部屋に入る。
中には、野球が出来そうなドーム場のグランドが広がっていて、既に戦闘の訓練をしている集団が二つある。一つは、七人程の集団だ。もう片一方は十人ぐらいの集団で、それぞれお互いの集団が邪魔 にならないように距離を空けて訓練している。
訓練といっても、刀形や斧形の武器の素振りをしている者や、木のようなモノで出来た人形を切りつけたり、殴ったり、弓を使って矢を射ったりと、各手段でばらばらの訓練をしている。中には対峙して武器と武器がぶつかり合い、いかにもな摸擬戦をしている者もいる。
「私達はあの辺でやろっか?」
戸部さんの指指した方向は、周りに集団や他の人達がいなくて、迷惑をかけずに訓練出来そうだ。
「いいですぅ、あそこなら皆さんの邪魔をせずに見学出来ますね」
「え、渡辺さんは訓練しないの?」
「私は、訓練してもお役に立てませんからぁ」
「そんなこと言ってないで、基礎筋肉を付けるとか、唯にもやれることはあるでしょ」
戸部さんが渡辺さんを注意する。スパルタだなぁ。
「優子さんは既に強いし、スタイルもいいから良いですけど、唯は基礎筋肉を付ける為の筋肉もありません」
いや、筋肉なら既にあると思うけど。思わず二つの丘に目がいく、そのまま横に目をやると、まな板よりはましであろう膨らみが目に入る。
「藤原は坂田より先に私と模擬戦ね。私は弓を使うから、あんたはこれね」
そう言って差し出されたのは、ゆるキャラのすだち猫のキーホルダーだ。
小さな輪っかがさらに小さな鎖で繋がっていて、その先に、緑色で丸い顔の猫耳のキャラが付いている。頭に乗った葉っぱが愛らしさを醸し出している。
「ごめん、これでどうやって戦うの?」
「矢は本物を使うから、怪我しないように避けて ね」
避けてね、で避けれる筈ないよね、躱せと? このすだち猫で躱せと? そして攻撃しろと? このすだち猫で?
「こっちでも良いわよ?」
すだち猫のぬいぐるみだ。どっから出したの?
「あら、模擬戦をするのですか? それならわたくしが稽古を付けて差し上げてもよろしくてよ」
宮本さんが僕達に近づいてくる。学生服では無く、協団の戦闘用の服装だろうか。体にぴったり隙間無くフィットした白色の長袖のタイツに、青色のジャケット。下も同じく白色のタイツに青色のスカートだ。協団は白と青を基調とした服装が多いのだろうか。
それにしても、ぴったり体に張り付いたタイツにスカート姿は、すらっとしていて、あるところは豊満な肢体の線を強調してて、扇情的な印 象を受けてしまう。
はっきり言って、何かエロい。
「雪那様、何見てるんですかぁ?」
じろっとした目で渡辺さんが見つめてくる。
「最低……」
呆れたような眼差しを僕に向けるのは戸部さん。
「全くだ」
そう言う隆は宮本さんに釘付けである。え? 何で僕だけ言われてるの?
「見とれるのは結構だけど、あんまり見てると死を見るから気を付けた方がいいですよ」
碓井君のその顔にはいつくもの死線をくぐり抜けてきた貫禄が窺える。宮本さんの後ろを歩く碓井君の格好も白と青で統一された服だ。白いズボンに、白いカッターシャツに、宮本さんと同じ青いジャケットを着ている。良かった、こっちはぴったりではなく、少しだけ余裕を持たせた作りだ。少し派手だけど格 好いい。あんなピチピチの格好だけは避けたいところだけど、どうやら女性だけなのかもしれない。
良く見ると、青いジャケットに違いがある。宮本さんの方には、ユリの紋章を模った銀色の刺繍が胸元に付いている。
「何を話してるのですか? さっさと準備なさい。わたくしが稽古をつけてさしあげるって言ってるのですから」
自分の格好に疑問を持っていなのか、不思議な格好のくせに偉そうに言う。
「折角だから、雪那お前、稽古つけてもらえよ。こん中で一番弱いんだから」
隆が僕に勧める。珍しい。隆なら俺がやるっていいそうなんだけどな。
「それは別にいいけど、なんで隆は宮本さんとやらないの?」
「俺より強いのはわかってるからな。女性にしては中々にな」
つ まり、女の子に負けるのが嫌だと、隆のプライドが壊されるからと、そう言ってるように聞こえる。
「女性にしては? 聞き捨てなりませんね」
宮本さんがイラっとしたように隆に詰め寄る。
「わりぃ、間違えた。女性とか関係ないな、忘れてくれ」
隆が素直に認めた。
「そう? ならいいですわ」
宮本さんも大人しく隆から離れる。
「で、坂田は私には勝てるってわけ?」
今度は戸部さんが突っかかる。
「ああ、お前なら、どうにか勝てるかもしれない」
隆が今度は引き下がらない。
「いいわ、私と模擬戦ね、思い知らせてあげるわ」
「おう。その前に雪那の戦いを見てからにしようぜ」
戸部さんは隆の提案に「いいわ」と頷き僕達から離れたところで見学する。
「あっし達はこっちで訓練しましょうか? 神気(しんき)の練り方から教えてあげますよ」
碓井君が提案する。神気ってなんだろう? さら蛇の動きを止めた、あの不思議な力のことかな? 今度教えて貰おうっと。
「あの、お願いしますぅ」
渡辺さんが深くお辞儀し、二人とも僕達から距離を取る。四人とも僕達から距離を取ったのを確認してから宮本さんが僕に向き直る。
「さぁ、やりましょうか」
宮本さんが大きな刀を青い光とともに出現させた。
「あなたも構えなさい」
右手に意識を集中し、出ろと念じる。
青白い刀が出現した。その刀を両手で構える。
「あなたから攻撃してよくてよ」
僕は両手で刀を上段で構えて、その構えのまま歩いて、宮本さんに近寄 る。
近づいても、宮本さんは襲っては来ない。
刀の届く最後の一歩を詰め、刀を振り下ろす。
宮本さんはいとも簡単に刀で受け止める。
「あの――、今の全力じゃないですよね。こんなの片手でも受け止めれますわよ」
呆れた様子で宮本さんが感想を述べる。そんことを言われるのはショックだ。今度は本気で振り下ろした。
落ち着いた様子で片手に持ち替えて受け止められてしまった。
「大したことないとか、強い弱い以前に、『贋神器』を持たない一般人よりも戦力にならないのでは無いでしょうか」
さらに呆れた顔を僕に向けて、太刀を両手で握り直すと、大きく、そして素早く振り上げた。
「しっかり受け止めなさい」
太刀が振り下ろされる。
僕は両手で受 け止める。斜めに振り下ろされる刀をどうにか受け止める。
受け止めた反動で、そのまま後ろに吹っ飛ばされる。
背中を擦りながら滑っていき、ごろごろと転がり、やがて止まった。
「――っいてて、何あの重さ」
背中をさすりながら、起き上がる。とても女の子が振った刀には思えない。格闘家並みに筋肉のある男性が振ったのではないかというぐらい重い一撃だった。
「あなたでは差がありすぎて、お互い訓練にはなりませんわね」
時間を無駄にしたと言わんばかりに首を振る。
「まぁ、そう言うなって、『贋神器』を持ってから二日目なんだからこんなもんだろ」
隆がフォローを入れる。
「そうかもしれませんが、それにしても弱すぎですわ。次はあなたとやりましょうか 」
「俺か、いやぁ、また今度にしないか?」
隆が渋る。
「逃げるのですか?」
その言葉に隆の顔が変わる。
「逃げる? 俺が? まさか? いいぜ、やろうぜ」
宮本さんは、見事に隆のスイッチを入れることに成功したようだ。
「そうこなくてはいけませんわ」
隆がこっちに近づきながら刀を出現させる。
お互い向き合い、構える。
「じゃあ、行くぜ」
「よろしくてよ」
隆が刀を振り下ろす。
宮本さんが受け止め、攻撃しかえす。
今度は隆が受け止め、下から切り上げる。
「おらよ」
宮本さんがサイドステップで躱す。
「当たりませんわよ、はっ」
太刀を横に薙ぐ。
「くっ」
隆が受け止める。
「くらえ」
隆が力の限り振り下ろ す。その斬撃を太刀を横にして受け止める。
「級が低いなりにはやるようね」
宮本さんが少し距離をとる。
「どうした、お終いか?」
「いいえ、折角だから少しだけ力を入れてあげますわ」
そういうと宮本さんの体の周りから青い光が発せられる。
「おいおい、それまじかよ?」
隆が驚く。
「宮本、あんた本気出すの?」
戸部さんが口を挟む。
「違いますわ。二割ほど出してあげるだけですわ」
宮本さんが動く、地面を蹴ると、さっきとは比べものにならない速さで隆に詰め寄る。
太刀を振り上げ、下ろす。早すぎて全然目がついていけない。
隆は辛うじて、体に刀を割り込ませ、直撃を防ぐ。防いだものの、刀ごと吹き飛ばされ、背中から地面に着く。
「がはっ」
何なんだ、今のは!? 凄く早い。そして見るからに重い。てか強すぎる。
「あなたは神気(しんき)の使い方さえ、知らないのですね。全く、話しになりませんわ」
宮本さんが隆にも呆れたように首を振る。隆は、やっぱりこうなったかと言いたそうな顔で立ち上がる。
「神気って何?」
「あぁ、お前はまだ知らないよな。神気ってのは、まぁアレだ、気功みたいなもんだ」
隆の説明に戸部さんがより詳しく説明してくれる。
「気功ねぇ、その言い方の方がわかりやすいかもね。気功って、体内の血とか気とかを循環させて行うものだけど、神気は魂が持っているエネルギーを身体の強化や、超能力のような現象を起こしたり出来るのよ」
よくわからないけど凄いなぁ。よう は、不思議な力ってことか。
「雪那、お前絶対わかってないだろ」
隆が僕を見透かした。
「ち、ちょっと理解が悪いだけだい」
「雪那様なら、きっと大丈夫です。直ぐに使えるようになるですぅ。それにたとえ、使えなくても唯がいるから大丈夫ですぅ。今度は唯が守りますからぁ」
胸を張って、そう宣言する。豊満な胸がさらに強調されて、直視しづら過ぎる。
「渡辺氏は、神気が使えるのかい? それなら基礎的なことは飛ばして実践的な神気の使い方を教えるけど」
僕が直視出来ないところを何の恥も無く、堂々と釘付けにしたまま、碓井君が尋ねる。見ているのは顔では無く、胸だ。彼は胸と話しをしている。
「は、はぃ。少しですけど一応は使えますぅ。あ、あの……、唯の 胸に何か付いてますかぁ?」
渡辺さんの純朴な瞳が、薄汚れた碓井君を覗く。戸部さんの拳が僕の頭に振り落とされる。
「何で男の人って、こうなの? 藤原と同じ目をしていたから思わず殴っちゃいそう」
まるで鋼鉄のハンマーで頭を砕かれたような錯覚を起こす。
ちょっと待って、既に殴ってるよね? それも僕を! え! 何で? 余りの威力で頭がぐわんぐわんいってるよ。
「え、何で僕、殴られたの?」
「殴りやすかったから、つい」
つい、――じゃない! そんな、つい――で人を殴っちゃ駄目です。つい――で殴られてたら僕の体が持たない。誰か助けて欲しい。
「雪那様に暴力は止めてくださいぃ」
早速、渡辺さんが助けに入ってくれる。
「!? 暴力じゃな いわよ。でも何で唯が藤原の心配してるの?」
疑問を口にする。
「それは……、……」
言うまいか、考えているようだ。
「まぁ、それは置いといて、話を戻すぞ。俺も神気がどういうものかは知っている。で、雪那に言っとくけど、神気ってのは使えるか、使えないかで、妖怪との戦いがかなり変わってくる」
隆が話を変えて、脱線から戻す。渡辺さんが答えづらいところで話題を戻した。やっぱり隆は何だかんだ気遣いのあるヤツだ。
「神気を体に纏えば、妖怪の攻撃をある程度防げるし、身体能力そのものも大きく上昇させることが出来る」
確かに、さっきの宮本さんの動きは異常な程速かったなぁ。神気っていう、気功みたいなのを上手く使えれば僕もあんな風に強くなれるのかな 。
「まぁ、宮本は別格だけどな」
「どういうこと?」
「宮本は、協団のクラスが一級団員なんだ」
一級? 一級って凄いのかな?
「協団にはクラスがあって、教団長をトップにして、そこから下に、特別級、一級、二級、三、四、五級とあるの。目安としては、五級は協団に入ったばかりの初心者。四級はようやく妖怪と戦えるクラス。三級は安定して妖怪と戦える、そこそこ強い人達。二級になると、指導も出来るし、恐ろしく強いわ。一級にもなれば、さら蛇みたいなC級の妖怪を簡単に倒せるの。教団長と特別級はあまりにも別格だからカウントしないとして、一級が実質この協団のトップ戦力よ。」
ほうほう、つまり宮本さんがこの中で一番強いってことか。
「あれ、戸部さんは?」
「私は三級よ、で坂田は四級」
「ちなみにあっしは三級です」
さら蛇の動きを止めた碓井君で三級? さらにその二つ上って、宮本さんどれだけ強いんだ。
「で、隆が一番弱いんだ?」
意外だなぁ、見た目だけなら野性味があって一番強そうなのに。
「何言ってんだ、一番弱いつったらお前がいるだろ? 五級の雪那くん」
隆が踏ん反り返って僕に指摘する。そうだった。僕がこの中で一番弱いんだった。
「渡辺さんは? 何級? 僕と同じ五級だよね?」
「唯も協団に入ったばかりなので、たぶん五級だと思いますぅ」
「違うわよ、あんたはがその特別級よ。神器持ちの時点で凄いけど、さらにその中でも三種の神器と呼ばれている《八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)》持ちで しょ。一級よりも優遇される、協団として最も保護すべき最重要人物なのよ。それに三種の神器なら、よっぽど凄い能力の筈だから、無条件で特別級のクラスにされるわ」
渡辺さんの神器ってそんなに凄いんだ。
「でも、唯、戦力にならないですぅ……」
渡辺さんが俯き加減に答える。そんなに凄い力があるなら、もっと胸を張ってもいいと思うんだけどなぁ。どんな力なのか僕にはよくわからないけど。
「何言ってるのよ。この中で一番強い筈よ。もしくは、純粋な戦闘力じゃなくて、よほど貴重な能力が使えるのかも」
「でも、それでも使えないですぅ……」
今にも泣きそうな顔になる。使えないと断言するってことは、彼女に何か理由があるのだろうか。使うことを躊躇う何かが。
「 そのうち、能力を使えるようになるわ、焦らず少しずつ使えるようになればいいわ。それに、使えなくても唯は唯だから気にしないで」
「あ、ありがとうございますぅ……」
少し涙ぐんでお礼を言う。そんなに嬉しかったのだろうか。
「何も出来ないのに特別級なんて、無駄でしかないですわ」
空気を読まない女の子が一人。宮本さんに注意をしようと顔を向けると、その向こう側に見たことある顔が近寄ってくる。
「お前らか、最近協団に入ったのは」
チャラい格好をした、ピアスを付けた茶髪の男と、その後ろに二人の男を連れて、計三人の男がいる。
今日学校であった、高圧的なヤツだ。秋山って名前だったかな。秋山とその取り巻きのようだ。
「ちっ、面倒なヤツが来たな」
聞こえるように隆が呟く。
「おい、聞こえてるぞ、雑魚山の大将。喧嘩売ってるのか?」
秋山がまたしても上から突っかかってくる。
「売ってねぇよ。てめぇに売るのは勿体ないからな」
隆も負けていない。
「秋山さん、こいつらやっちまいましょうよ。一度シメないとわかならいようですよ」
取り巻きの一人、細い体で髪をツンツンに立てた一人が言う。
「おら一人で十分なんだなぁ。アキヤンの出る幕じゃないだぁ」
取り巻きのもう一人、太った男が言う。
「いや、ここは俺自ら分からせてやる」
秋山の手に青白い光が生まれ、両刃の剣が出現する。
「あなた達、急に来て何なのですか? 今わたくしが模擬戦の訓練をしているのです。横から入ってこないでくれま すか? 非常識ですわ」
宮本さんが秋山達を邪魔モノ扱いする。
「あん、てめぇには関係ねぇだろ? て、おい、すごい格好だな!? タイツがピチピチじゃねぇか。てめぇの方が非常識だろ。変態高慢お嬢様は黙ってな」
「宮本お嬢に向かって、何ですか、その口の利き方は?」
碓井君が意外にも怒りを露わにする。自分が見る分にはいいけど、誰かに宮本さんを貶されるのは嫌なんだろうか。
「へ、変態ですって!? このわたくしがですか?」
宮本さんが信じられないという驚愕の顔をする。確かにその格好は……問題がある。少し動いた為か、タイツが汗ばみ、太股にぴっちりと密着していて、胸元のメロン程の大きさの双球は輪郭がはっきりとわかる程に体に張り付いている。太股 にしろ双球にしろ、濡れることでさっきよりも妖艶に見える。宮本さんが変態である方に僕も一票を入れたいところだ。
「ここは俺の喧嘩だ。宮本、お前はもう帰っていいぜ」
秋山の前に出ていこうとする宮本さんを隆が片手で制して、宮本さんに促す。
「――そうですか。言いたいことはまだあるのですが、でしたら何も言いませんわ。それでは」
そう言い残すと、宮本さんと碓井君が去っていく。宮本さんなら怒って神器を出して暴れるのではと思ったんだけど、大惨事にならずに済んで良かった。
「さて、邪魔者も居なくなったし、覚悟は出来てるだろうな?」
「ああ、望むところじゃねぇか」
隆も刀を出して構えると渡辺さんが間に入ってくる。
「喧嘩は駄目ですぅ。良くない ですぅ」
「はぁ? 何言ってんだ、てめぇ。――お前、まさか《八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)》持ってるっていう女か? これは丁度いい、こいつを賭けて勝負といこうぜ。お前が勝ったら何でも言うことを聞いてやる。俺が買ったらそいつを貰う。その『神器』さえあれば、能力で未来が見たい放題じゃねぇか。そんな便利な能力があれば金だって、名誉だって手に入れたい放題。そんな便利な女、他にはいねぇからな」
秋山がそういうと、隆は刀を消滅させた。
「おいおい、何仕舞ってんだよ?」
「――やる気が失せた。止めようぜ」
「はぁ? 何言ってんだ? お前俺に負けるのが怖いんだろ?」
「うるさい、お前と戦う価値ないんだよ。じゃあな」
隆が言いたいことが僕にはわ かる。価値というか、意味がないんだろうな。そんな最低な考えのヤツと戦って負けたら渡辺さんが最悪なことになる。けど、それ以前に、渡辺さんのことをモノとして見ているこいつは許せない。ふざけるな! こんなヤツ許せない!
「雪那、やめろ」
わなわなと怒りに震える僕の拳を、隆が掴み、振り上げさせてもくれない。隆の手には青白い光がうっすら包んでいる。たぶん、神気を纏った手で僕を押さえ込んでいるのだろう。どんなに力を入れても全く動かすことが出来ない。
「でも!」
「でもじゃない。冷静になれ」
そう言って隆が僕にしか聞こえないくらい小さな声で続ける。
(感情に任せてこいつと戦ってどうする? 俺よりもクラスは上だ。ましてやお前じゃ話にもならない。 負けて、渡辺があいつに連れてかれることになるのが目に見える。この喧嘩は秋山以外誰も得しない。それどころかこの喧嘩を買うことで渡辺の人生を左右させてしまうんだぞ。たかが口約束だから、そこまではならないかもしれないが)
隆はそこまで考えていたのか。僕は……。感情的になって、その場の気持ちで行動して取り返しのつかないことになるところだった。
渡辺さんはハラハラと僕達を見守っている。その目には微かに潤んでみえる。
腕の力を抜くと、隆も僕の手首を離した。拳にはまだ少し力が入ったままだけど、もう振り上げることはしない。
「おいおい、逃げんなら、負けを認めたのと同じだからな」
そんな、それじゃあ、やっぱり戦うしかないのか。
「坂田君達、教 団長が呼んでるっす。直ぐに来いとのことっすよ」
イケメン、重之が僕達のもとに駆け寄ってきた。
「おっと、そうなのか。俺らはさっさと行かなきゃな。教団長を待たすわけにもいかなからな」
そう言って、隆が出口に向かって歩く、僕と渡辺さん、戸部さんもすぐ後に続いた。
「くそっ、タイミング良く逃げやがって」
舌打ちをして、秋山の言いたいように言われてしまう。
教団長が待っているという大きめの部屋に着く。前回会った場所とは別の部屋だ。この部屋は普段会議に使っているらしく、三十人ぐらいは入れる広さと、大きな円卓、幾つもの椅子が備え付けてある。
「じゃあ俺はこの辺で」
重之さんは、部屋の前まで僕達を案内すると、どこかに去 っていく。
隆がドアを空け、戸部さん達が中に入る。
「私達に何の用ですか?」
白髪で十代前半の幼い少女が円卓の奥に座っている。和泉ちゃんだ。
「それがですね、あなた達に知っておいて欲しいことがあるのです」
相変わらず、外見に似合わないしゃべり方をする。
知って欲しいこと? いったいどんなことなのか、戸部さんも同じことを思ってたのか、和泉ちゃんに聞いてくれた。
「それはですね、もしかしたら、この協団内に間諜(かんちょう)、つまりスパイがいるかもしれません」
「スパイ? なんでスパイが?」
「渡辺 唯さん、あなたの『神器』が目当てのようです」
「ゆ、唯ですかぁ?」
渡辺さんが少し驚いた表情をする。
「そうです。あなたの『神 器』、《八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)》は、未来を予知する能力があります。その能力を上手く使えば、未来を操ることも出来ます。その『神器』を入手する為に潜入している様です」
さっきの、秋山といい。誰もがその『神器』を、というか『神器持ち』の渡辺さんを欲しがっているっていうことか。それじゃ、渡辺さんがあまりにも可哀想だ。妖怪に狙われて、スパイにも狙われて。
「で、そのスパイって誰なんだ?」
隆が尋ねる。
「それが分かれば苦労はしません。どうも、この教団の近くに妖怪が多く出現してまして、下級の妖怪ばかりでしたから、まだ無理なく消滅出来てはいるのですが、あまりにもピンポイントで出現しているのです」
ということは、教団を明確に狙って、 妖怪が現れている。もしくは妖怪を招いている?
「僕達はどうすればいいんですか?」
「どうすればいいか――ですか。時が来れば指示を与えることが出てくるかもしれませんが、今はただ静観するしかありません。念のためにあなた達に伝えておいた方が良いかと思いまして呼んだ次第なのです」
「そうか、それはありがたいぜ。何も知らないのと、少しでも情報があるのでは動きようも変わってくるからな」
隆は頼りになる。僕とは違って頭で考えるのも得意としている。中学生の頃は少し勉強するだけで高得点をたたき出していた。その少しの勉強もしないときは酷い結果だったけど。それに、何だかんだ隆は男らしい。絶対に本人には言わないけど、そういうところは憧れる。僕も隆みたいに男 らしくなれたらな……って思うことが偶にある。
「あなた達はよく四人で集まって行動していますね。《八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)》持ちの渡辺さんは、本来であれば、二級の者達を護衛につかせたいのですが、それはやはり嫌でしょうか?」
「は、はいぃ。出来ればこのまま、雪那様や、優子さん、坂田さん達と一緒にいたいですぅ」
「そうですか、それなら今のままで構いません。もし必要でしたらまたおっしゃって下さい」
「ありがたいですぅ。他の人達と一緒に居るより、雪那様達と一緒にいる方が唯は嬉しいですぅ」
渡辺さんが、心底嬉しそうに声のテンションが上がる。
「私達も助かるわ。唯が他の人達と一緒にいると気軽に話しかけづらいしね。心配しなくても私達が守る から大丈夫よ」
宮本さんがいない今、この中で一番強い戸部さんが宣言する。僕とは違って本当に強い。そんな戸部さんが言うんだから間違いない。
「ふふっ、そう言うと思ってました。それにですね、いくらあなた達より強い二級の方をつけたところで、そのものがスパイじゃないとは言い切れないですから」
教団長、和泉 式部(いずみ しきぶ)は、少女の笑顔でニッと笑う。
僕達は部屋から出て大広間に向かって歩き出す。
「しっかし、渡辺、お前よく狙われるよな」
「ごめんなさいですぅ」
渡辺さんが隆に深々と頭を下げる。
「違うって。そんなんじゃなくて、大変だなって思っただけだ」
隆が慌ててフォローする。
「大変ですか?」
「あぁ、大変だろ。いつも 狙われてばかりで、しかも当の本人は強いわけでも、能力を使えるわけでもないし、ただ狙われるしかない」
「能力、まだ使えないの?」
戸部さんが尋ねる。
「そうなんです。寝てるときにごく偶に夢を見ることがあって、それが現実になることはあるんですけど。それも一年に一回くらいです。だから、能力とも言えない、偶々なのかも知れません。それでも、予知夢というか、正夢というか、そんな小さなことでも、能力として発生出来るのが不思議なんですけどね。本当はもう使えない筈ですから……」
「え? 使えないってどういうこと?」
僕が尋ねると、隆達も渡辺さんに釘付けになる。
「えっ……、えっと、……、たぶんもう使えないのかなっと思って。昔はもっと鮮明に見えた時 期がありましたので」
渡辺さんが慌てふためく。
「そう? 無理に使おうとしなくてもいいから。使えなくなったのには何か理由がある筈だから」
戸部さんが気を遣う。意外と優しいところもあるんだな。優しくて、強くて。隆は男らしくて、堂々としてて、それに比べて僕は……。
「あの、皆さんが気にしなくてもいいですぅ。お気持ちだけでありがたいですぅ。それに私よりも大変な人を知っていますから。だから、私はそのお方に比べたら、全然大変じゃないですよぉ」
僕は、何にも持っていない。そして、何にもしてあげれない。何にも力になってあげられない。
「ちょっと、僕、和泉さんに聞きたいことがあったの忘れてた。みんな先に帰っててね。ちょっと遅くなると思うから」
「何言ってるのよ。それぐらい待っててあげるわよ」
振り返る戸部さんの背中を隆が押す。
「いいから、俺らは先に帰るぞ」
隆は、僕の顔を見て、そして、何か悟ったように続ける。
「無理はすんなよ」
「わかっているよ」
どうやら、僕のやろうとしていることに気付いているようだ。さすが、隆。
「無理って何ですかぁ? ゆ、唯だけでも待ってますぅ」
「ほらほら、俺らはお邪魔だからな、あいつは千歳越えの婆さんとゆっくりお話がしたいんだとよ」
「な、何ですかぁ!? 雪那様、不潔ですぅ!」
「嘘でしょ!? ストライクゾーン広すぎじゃないの、ほんと引くわー」
隆、後で覚えていろよ! 隆の所為で僕のイメージが崩壊したじゃないか。
当の隆は僕に ニヤリと口元を歪めて、サムズアップを作り向けてくる。
隆達とは逆方向に戻り、和泉さんに再び向かい合うと、聞きたいことを聞いてみた。
どうすれば強くなれるのか?
その質問に対する答えは簡単だった。
訓練あるのみ。
努力あるのみ。
努力しても強くなりにくい人はいるかもしれない。それでも努力しないで強くなるなんてことはありえない。だから訓練に励めとのことだ。
一人で訓練するには、素振りや型の確認。イメージトレーニングと、色々方法はある。その中でも一番手っ取り早いのが実践経験を積むこと。
異界という世界が存在し、その異界には妖怪がうじゃうじゃいるらしい。本来異界には、人間が踏み入れることは無いけど、稀に異界 に入り込んでしまう人がいるらしい。入ってしまったが最後、その異界で生き抜くことは難しい。
異界で注意しておかないといけないのが、予め出口を用意しておかないと、その世界から出ることは出来ないということ。だけど、この協団内にはゲートと呼ばれるものがあり、そのゲートはいつでも異界に入れて、いつでも異界から出て来れるらしい。
異界に入って、適当に妖怪と戦って、ゲートを再び通り、この世界に戻ってくる方法が、実践経験を積めて、強くなるのに最も過酷で、最も効果のある訓練、修行の方法とのことだ。
ゲートはレベル一からレベル十まであり、レベル一が、『贋神器』をある程度使いこなせるようになってから入るべき難易度で、レベル五が一級クラスが万全の準備を した上で訓練するような場所らしい。
一級の宮本さんでさえもレベル五までしか入ったことが無くて、協団の中で過去最大到達レベルが、宮本さんと同じレベル五で、レベル六に踏み込んで帰って来れた者はいないらしい。
って、もう訓練でも修行でもない気がする。強くなるのにそんなに命を賭けて、それで命を失ってしまったら元も子もないんじゃないかな。
和泉ちゃんとの話が終わり、ゲートが設置されている部屋までやって来た。
真っ白で殺風景な扉を開けると、そこは直径三十メートル程の広い円形状の部屋になっていた。その真正面に一つ扉があり、その横には下に降る為の階段がある。
その階段から男性が上って来た。逆立てた茶髪に左耳のピアスが光る。
「よう、さっき のビビリ野郎じゃねえか」
僕の大嫌いなヤツ、秋山だ。
「お前がこんなとこに来るなんてな。十年は早いぞ」
「そうだね、それじゃあ」
こいつと話してるとイライラするんだよな。秋山がどっかに行ってから、改めてこの部屋に来ることにした。踵を返し、入って来た扉に手をかけようとすると、秋山が慌てた声をあげる。
「ま、待てよ! 十年は言い過ぎた!」
「はい?」
あまりの態度の変わりように思わず振り返る。
「あれだ! 試しに入って見るのもいいかも知れないな。弱いなりにも少しは強くなるかもしれないからな」
「また今度来るから今日は止めとくよ」
秋山がいると、何か入りづらい。
「そうだ、お前に言っておくことがある」
僕に言いたいこと、一体 何だろう?
「お前はいつも、戸部にくっついているだろ?」
別に戸部さんにくっついてはいないし、一緒にいるのは隆達とも一緒だけどね。何が言いたいんだろう。
「はっきり言ってやる。目障りなんだよ。戸部は三級で、そこそこ強いのに、雑魚の五級のお前と一緒にいることで、あいつの足を引っ張ってることにいい加減気付けよ。俺の実力なら、三級、いや二級はある筈だ。上のヤツらが見る目無い所為で四級に留まっているけど、俺の方があいつの隣に相応しいに違いない。だからお前みたいな弱いヤツ見てるとムカツクんだよ」
「…………」
言葉が出なかった。言われてみるまでそこまでは考えもしなかった。僕が妖怪に襲われているところを助けてくれた。ろくろ首、さら蛇と、二回 もだ。隆や渡辺さんだけじゃなく、僕と一緒にいるのも、本当は僕を守る為じゃないんだろうか。
自惚れかもしれないけど、弱い僕を守る為じゃないのかと思う。隆も僕を守る為に一緒にいるのかな。
いや、違う。渡辺さんを守る為に二人がいるんだ。言ってたじゃないか。《八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)》が重要な『神器』だって。その持ち主である渡辺さんを二人は守っていて、偶々僕が居合わせただけなんだ。渡辺さんを守る邪魔を、僕が足を引っ張っているんだ。
「どうした、何も言い返せないのかよ?」
秋山が煽ってくる。
「そんなお前に一ついいことを教えといてやる。このゲートをくぐれば、ちっとは強くなれるぜ」
強くならなきゃ。
「この階段を下りていって一番 下がレベル一で、そこから一階層上がるごとに、繋がっている異界の妖怪の強さも一つずつ上がり、今見えている、一階のこの扉はレベル十だ。言っておくけどな、お前ぐらい弱いヤツならレベル一が妥当だ。いいか?」
秋山は説明を続ける。
「一番下の階、レベル一がお前が唯一どうにか戦えるかもしれないレベルだからな。ちなみにゲートをくぐるには協団に申請して鍵を借りてこなきゃいけないんだが、俺がさっき軽く運動がてらレベル一を試してきて、今鍵は挿しっぱなしにしてるから、そのまま使ってもいいぞ」
そう言うと、秋山が僕の後方にある扉を開けて、この部屋から出て行った。
僕は階段を下りることにした。階段は螺旋状になっていて、扉から次の扉までの階層間がすごく長い 。下りて行く度に息苦しい感じがする。なぜだか空気が重い。五分程かけて一番下まで下りると、目の前には、銀縁の装飾がされた黒い扉がある。扉には青白く光る鍵が刺さっていた。その鍵にも豪華な装飾がされていて、持つところには青色の宝石が取り付けられている。その宝石からも宮本さんが使う『神器』のような青い光りが溢れている。
そのまま扉をゆっくり開けると、中は真っ暗になっていて、扉の先には何も見えない。
見ているだけで飲み込まれそうになる。
(強くなるんだ! このままじゃいけない!)
びびって硬直する体に鞭を打って、思い切って中に飛び込んだ。
一瞬、青く強い光が周囲を飲み込んだかと思うと、急に周りが暗くなった。
ちゃんと 地面はあるけど、障害物は何も無い。どこからか光が差しているようで、うっすらと数メートル先までは見える。その先はやっぱり真っ暗で何も見えない。凄く不安に駆られる。もしかしてとんでもない所に来た?
どうにか見えるぎりぎりの距離、数メートル先に動く影がある。
少し離れていて、それが何かは分からない。その影は僕に気付いたのか、目が合った気がする。ゆっくりと僕の方に近づいてくる。
段々と、そしてやがてはっきりと見えてきた。
蛇の胴体に、女性の顔をした妖怪、さら蛇だ!
今日戦ったあのさら蛇と同じ個体なのだろうか。
どちらにしてもマズイ! 僕一人であの妖怪と戦うなんて無茶だ。
さら蛇が胴体をうねうねとさせてこっちに近づいてくる。
『贋神器』を急いで出現させた。青白い光が刀になり、僕の右手に包まれる。
さら蛇の胴体に斜めに線が入り、つぅっと、スライドし、上体が地面に転がった。
何が起きたんだ? 僕はまだ刀を振っていないのに。
さら蛇の直ぐ側に、別の黒い影がいた。その影をよく見ると、これまた化け物にしか見えない。
猿の顔に、狸の胴体が付いていて、そこから虎の手足、蛇の尻尾が生えている。その妖怪の上空には、こんな暗い場所でもはっきりと見てとれる程の真っ黒い雲が立ち籠めている。この異界にも雲が存在するのだろうか。
『ヒュー、ヒュー』
化け物にしか見えないその妖怪は、細く、重い鳴き声をあげた。
不思議な細い鳴き声には似つかわしくなく、空気は重くなったよ うな感覚がする。
この妖怪、漫画やゲームで見たことがある、あの妖怪にそっくりだ。
鵺(ぬえ)。漫画ではそう呼ばれている。ちなみに漫画では、恐ろしく強い妖怪に分類される。決して僕みたいな弱い人間が挑むべきではないのは明白だ。
鵺と思わしきその妖怪は僕の方を見つめると、体の向きを変えた。
向きを変えたかと思った、その瞬間、もの凄い速度で跳躍し、既に僕の目の前にいる。
「!!!!!」
虎の形の腕を振り上げ、爪が空間を割く。
その空間にいた僕の体を切り裂き、胸から血が吹き出る。
「……ぁぁぁぁああぁ! ああぁぁぁぁぁぁ!」
血が、血が、血が、僕の体から血が止まらない。
一瞬の出来事だった。僕には何が起きたのかわからなかった 。
辛うじて反射的に後ろに飛び退いたのが唯一の幸いなのか、体が真っ二つに分かれることだけは避けることに成功した。
それでも余りにも力の差があり過ぎる。刀を構えることも、振るうことも無く。唯々圧倒された。鵺のオーラに飲まれてしまった。それも全て言い訳かもしれない。僕が余りにも弱すぎる。弱すぎた結果だ。守ってあげたいなんて、自惚れだったのかもしれない。嫌だ。死にたくない。こんなとこで。僕は何の為に生まれ、何をして生きるのか、わからないまま終わるなんて嫌だ。嫌だ。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。
「雪那、お前体大丈夫か?」
隆が僕の体の心配をする。どうしたんだろう。悪いモノでも食べたのかな。
「僕の心配をするなんて、どうしたの? 悪いモノでも食べた?」
「お前、俺のことをどう思ってんだよ。ちげぇよ。協団に行くから、一緒に行くか声をかけただけだ」
そうだったんだ。そうだ僕も協団に行って、訓練して強くならなきゃな。戸部さんや隆に並ぶぐらい強くなりたいな。
「あんた達、協団に行くの? 今日疲れたんじゃないの? 無理してない?」
戸部さんが僕達の心配をしてくれる。珍しい。槍が降らなければいいけど。
「あんた、何か酷いこと考えているでしょ」
戸部さんに頭を軽くこづかれてしまった。僕ってそんなに顔に出てるかな。
「唯も行くですぅ!」
「いや、渡辺さんは止めた方が良いんじゃないかな? 一番ダメージ受けてるの渡辺さんだと思うしさ」
「いやです! 唯だけ仲間はずれですか? みんなして唯だけ仲間はずれっこですかぁ?」
頬を含ませて首を振る。何か可愛い。ハムスターに似てるな。
結局僕達四人とも協団に行くことにした。
学校を出て、駅に向かった。昨日は車で行ったけど、戸部さんと隆の話では電車でも行けるとのことだ。
電車に乗って、三十分程して、目的の駅に着い た。
駅から出て、僕達の学校付近よりも全然賑やかな通りを歩く。比較的新しいビル群の中を歩き、暫く歩くと打って変わって人通りの少ない、少し外れた場所に出る。
昨日も見たけど相変わらず、廃ビルにしか見えない。目の前の古びたビルを見ると、誰もこの地下には、豪華な装飾に立派な建築様式に見える空間が広がっているとは思いもしないだろう。
エレベータに乗り、戸部さんがパスコードを入力し、地下に下りる。
豪華な廊下を歩くと、そこには扉がいくつもある。
「訓練したいのなら、訓練に使っている部屋があるけど、どうする? そこに行く?」
戸部さんが振り返り尋ねる。
「雪那、俺と模擬戦しようぜ」
「おお、いいねぇ」
僕も隆の意見に同調する。ちょ っとでも戦闘の経験を積めるのはいいことだ。それに男だから力加減せずに本気で戦えるしね。一番強いのは戸部さんかもしれないけど、かといっていざ打ち込むのは躊躇われる。
「あんた達ほんと、仲良いわね」
「「そんなことない(よ)」」
隆と返事が被ってしまった。思わず隆と目が合う。
(ぽっ)
「ぽっ、じゃないよね。ぽっ、じゃあ」
慌てて隆に突っ込みを入れる。ここで否定しておかないと在らぬ疑いをかけられてしまいそうで怖い。
訓練の為に使っている部屋に入る。
中には、野球が出来そうなドーム場のグランドが広がっていて、既に戦闘の訓練をしている集団が二つある。一つは、七人程の集団だ。もう片一方は十人ぐらいの集団で、それぞれお互いの集団が邪魔 にならないように距離を空けて訓練している。
訓練といっても、刀形や斧形の武器の素振りをしている者や、木のようなモノで出来た人形を切りつけたり、殴ったり、弓を使って矢を射ったりと、各手段でばらばらの訓練をしている。中には対峙して武器と武器がぶつかり合い、いかにもな摸擬戦をしている者もいる。
「私達はあの辺でやろっか?」
戸部さんの指指した方向は、周りに集団や他の人達がいなくて、迷惑をかけずに訓練出来そうだ。
「いいですぅ、あそこなら皆さんの邪魔をせずに見学出来ますね」
「え、渡辺さんは訓練しないの?」
「私は、訓練してもお役に立てませんからぁ」
「そんなこと言ってないで、基礎筋肉を付けるとか、唯にもやれることはあるでしょ」
戸部さんが渡辺さんを注意する。スパルタだなぁ。
「優子さんは既に強いし、スタイルもいいから良いですけど、唯は基礎筋肉を付ける為の筋肉もありません」
いや、筋肉なら既にあると思うけど。思わず二つの丘に目がいく、そのまま横に目をやると、まな板よりはましであろう膨らみが目に入る。
「藤原は坂田より先に私と模擬戦ね。私は弓を使うから、あんたはこれね」
そう言って差し出されたのは、ゆるキャラのすだち猫のキーホルダーだ。
小さな輪っかがさらに小さな鎖で繋がっていて、その先に、緑色で丸い顔の猫耳のキャラが付いている。頭に乗った葉っぱが愛らしさを醸し出している。
「ごめん、これでどうやって戦うの?」
「矢は本物を使うから、怪我しないように避けて ね」
避けてね、で避けれる筈ないよね、躱せと? このすだち猫で躱せと? そして攻撃しろと? このすだち猫で?
「こっちでも良いわよ?」
すだち猫のぬいぐるみだ。どっから出したの?
「あら、模擬戦をするのですか? それならわたくしが稽古を付けて差し上げてもよろしくてよ」
宮本さんが僕達に近づいてくる。学生服では無く、協団の戦闘用の服装だろうか。体にぴったり隙間無くフィットした白色の長袖のタイツに、青色のジャケット。下も同じく白色のタイツに青色のスカートだ。協団は白と青を基調とした服装が多いのだろうか。
それにしても、ぴったり体に張り付いたタイツにスカート姿は、すらっとしていて、あるところは豊満な肢体の線を強調してて、扇情的な印 象を受けてしまう。
はっきり言って、何かエロい。
「雪那様、何見てるんですかぁ?」
じろっとした目で渡辺さんが見つめてくる。
「最低……」
呆れたような眼差しを僕に向けるのは戸部さん。
「全くだ」
そう言う隆は宮本さんに釘付けである。え? 何で僕だけ言われてるの?
「見とれるのは結構だけど、あんまり見てると死を見るから気を付けた方がいいですよ」
碓井君のその顔にはいつくもの死線をくぐり抜けてきた貫禄が窺える。宮本さんの後ろを歩く碓井君の格好も白と青で統一された服だ。白いズボンに、白いカッターシャツに、宮本さんと同じ青いジャケットを着ている。良かった、こっちはぴったりではなく、少しだけ余裕を持たせた作りだ。少し派手だけど格 好いい。あんなピチピチの格好だけは避けたいところだけど、どうやら女性だけなのかもしれない。
良く見ると、青いジャケットに違いがある。宮本さんの方には、ユリの紋章を模った銀色の刺繍が胸元に付いている。
「何を話してるのですか? さっさと準備なさい。わたくしが稽古をつけてさしあげるって言ってるのですから」
自分の格好に疑問を持っていなのか、不思議な格好のくせに偉そうに言う。
「折角だから、雪那お前、稽古つけてもらえよ。こん中で一番弱いんだから」
隆が僕に勧める。珍しい。隆なら俺がやるっていいそうなんだけどな。
「それは別にいいけど、なんで隆は宮本さんとやらないの?」
「俺より強いのはわかってるからな。女性にしては中々にな」
つ まり、女の子に負けるのが嫌だと、隆のプライドが壊されるからと、そう言ってるように聞こえる。
「女性にしては? 聞き捨てなりませんね」
宮本さんがイラっとしたように隆に詰め寄る。
「わりぃ、間違えた。女性とか関係ないな、忘れてくれ」
隆が素直に認めた。
「そう? ならいいですわ」
宮本さんも大人しく隆から離れる。
「で、坂田は私には勝てるってわけ?」
今度は戸部さんが突っかかる。
「ああ、お前なら、どうにか勝てるかもしれない」
隆が今度は引き下がらない。
「いいわ、私と模擬戦ね、思い知らせてあげるわ」
「おう。その前に雪那の戦いを見てからにしようぜ」
戸部さんは隆の提案に「いいわ」と頷き僕達から離れたところで見学する。
「あっし達はこっちで訓練しましょうか? 神気(しんき)の練り方から教えてあげますよ」
碓井君が提案する。神気ってなんだろう? さら蛇の動きを止めた、あの不思議な力のことかな? 今度教えて貰おうっと。
「あの、お願いしますぅ」
渡辺さんが深くお辞儀し、二人とも僕達から距離を取る。四人とも僕達から距離を取ったのを確認してから宮本さんが僕に向き直る。
「さぁ、やりましょうか」
宮本さんが大きな刀を青い光とともに出現させた。
「あなたも構えなさい」
右手に意識を集中し、出ろと念じる。
青白い刀が出現した。その刀を両手で構える。
「あなたから攻撃してよくてよ」
僕は両手で刀を上段で構えて、その構えのまま歩いて、宮本さんに近寄 る。
近づいても、宮本さんは襲っては来ない。
刀の届く最後の一歩を詰め、刀を振り下ろす。
宮本さんはいとも簡単に刀で受け止める。
「あの――、今の全力じゃないですよね。こんなの片手でも受け止めれますわよ」
呆れた様子で宮本さんが感想を述べる。そんことを言われるのはショックだ。今度は本気で振り下ろした。
落ち着いた様子で片手に持ち替えて受け止められてしまった。
「大したことないとか、強い弱い以前に、『贋神器』を持たない一般人よりも戦力にならないのでは無いでしょうか」
さらに呆れた顔を僕に向けて、太刀を両手で握り直すと、大きく、そして素早く振り上げた。
「しっかり受け止めなさい」
太刀が振り下ろされる。
僕は両手で受 け止める。斜めに振り下ろされる刀をどうにか受け止める。
受け止めた反動で、そのまま後ろに吹っ飛ばされる。
背中を擦りながら滑っていき、ごろごろと転がり、やがて止まった。
「――っいてて、何あの重さ」
背中をさすりながら、起き上がる。とても女の子が振った刀には思えない。格闘家並みに筋肉のある男性が振ったのではないかというぐらい重い一撃だった。
「あなたでは差がありすぎて、お互い訓練にはなりませんわね」
時間を無駄にしたと言わんばかりに首を振る。
「まぁ、そう言うなって、『贋神器』を持ってから二日目なんだからこんなもんだろ」
隆がフォローを入れる。
「そうかもしれませんが、それにしても弱すぎですわ。次はあなたとやりましょうか 」
「俺か、いやぁ、また今度にしないか?」
隆が渋る。
「逃げるのですか?」
その言葉に隆の顔が変わる。
「逃げる? 俺が? まさか? いいぜ、やろうぜ」
宮本さんは、見事に隆のスイッチを入れることに成功したようだ。
「そうこなくてはいけませんわ」
隆がこっちに近づきながら刀を出現させる。
お互い向き合い、構える。
「じゃあ、行くぜ」
「よろしくてよ」
隆が刀を振り下ろす。
宮本さんが受け止め、攻撃しかえす。
今度は隆が受け止め、下から切り上げる。
「おらよ」
宮本さんがサイドステップで躱す。
「当たりませんわよ、はっ」
太刀を横に薙ぐ。
「くっ」
隆が受け止める。
「くらえ」
隆が力の限り振り下ろ す。その斬撃を太刀を横にして受け止める。
「級が低いなりにはやるようね」
宮本さんが少し距離をとる。
「どうした、お終いか?」
「いいえ、折角だから少しだけ力を入れてあげますわ」
そういうと宮本さんの体の周りから青い光が発せられる。
「おいおい、それまじかよ?」
隆が驚く。
「宮本、あんた本気出すの?」
戸部さんが口を挟む。
「違いますわ。二割ほど出してあげるだけですわ」
宮本さんが動く、地面を蹴ると、さっきとは比べものにならない速さで隆に詰め寄る。
太刀を振り上げ、下ろす。早すぎて全然目がついていけない。
隆は辛うじて、体に刀を割り込ませ、直撃を防ぐ。防いだものの、刀ごと吹き飛ばされ、背中から地面に着く。
「がはっ」
何なんだ、今のは!? 凄く早い。そして見るからに重い。てか強すぎる。
「あなたは神気(しんき)の使い方さえ、知らないのですね。全く、話しになりませんわ」
宮本さんが隆にも呆れたように首を振る。隆は、やっぱりこうなったかと言いたそうな顔で立ち上がる。
「神気って何?」
「あぁ、お前はまだ知らないよな。神気ってのは、まぁアレだ、気功みたいなもんだ」
隆の説明に戸部さんがより詳しく説明してくれる。
「気功ねぇ、その言い方の方がわかりやすいかもね。気功って、体内の血とか気とかを循環させて行うものだけど、神気は魂が持っているエネルギーを身体の強化や、超能力のような現象を起こしたり出来るのよ」
よくわからないけど凄いなぁ。よう は、不思議な力ってことか。
「雪那、お前絶対わかってないだろ」
隆が僕を見透かした。
「ち、ちょっと理解が悪いだけだい」
「雪那様なら、きっと大丈夫です。直ぐに使えるようになるですぅ。それにたとえ、使えなくても唯がいるから大丈夫ですぅ。今度は唯が守りますからぁ」
胸を張って、そう宣言する。豊満な胸がさらに強調されて、直視しづら過ぎる。
「渡辺氏は、神気が使えるのかい? それなら基礎的なことは飛ばして実践的な神気の使い方を教えるけど」
僕が直視出来ないところを何の恥も無く、堂々と釘付けにしたまま、碓井君が尋ねる。見ているのは顔では無く、胸だ。彼は胸と話しをしている。
「は、はぃ。少しですけど一応は使えますぅ。あ、あの……、唯の 胸に何か付いてますかぁ?」
渡辺さんの純朴な瞳が、薄汚れた碓井君を覗く。戸部さんの拳が僕の頭に振り落とされる。
「何で男の人って、こうなの? 藤原と同じ目をしていたから思わず殴っちゃいそう」
まるで鋼鉄のハンマーで頭を砕かれたような錯覚を起こす。
ちょっと待って、既に殴ってるよね? それも僕を! え! 何で? 余りの威力で頭がぐわんぐわんいってるよ。
「え、何で僕、殴られたの?」
「殴りやすかったから、つい」
つい、――じゃない! そんな、つい――で人を殴っちゃ駄目です。つい――で殴られてたら僕の体が持たない。誰か助けて欲しい。
「雪那様に暴力は止めてくださいぃ」
早速、渡辺さんが助けに入ってくれる。
「!? 暴力じゃな いわよ。でも何で唯が藤原の心配してるの?」
疑問を口にする。
「それは……、……」
言うまいか、考えているようだ。
「まぁ、それは置いといて、話を戻すぞ。俺も神気がどういうものかは知っている。で、雪那に言っとくけど、神気ってのは使えるか、使えないかで、妖怪との戦いがかなり変わってくる」
隆が話を変えて、脱線から戻す。渡辺さんが答えづらいところで話題を戻した。やっぱり隆は何だかんだ気遣いのあるヤツだ。
「神気を体に纏えば、妖怪の攻撃をある程度防げるし、身体能力そのものも大きく上昇させることが出来る」
確かに、さっきの宮本さんの動きは異常な程速かったなぁ。神気っていう、気功みたいなのを上手く使えれば僕もあんな風に強くなれるのかな 。
「まぁ、宮本は別格だけどな」
「どういうこと?」
「宮本は、協団のクラスが一級団員なんだ」
一級? 一級って凄いのかな?
「協団にはクラスがあって、教団長をトップにして、そこから下に、特別級、一級、二級、三、四、五級とあるの。目安としては、五級は協団に入ったばかりの初心者。四級はようやく妖怪と戦えるクラス。三級は安定して妖怪と戦える、そこそこ強い人達。二級になると、指導も出来るし、恐ろしく強いわ。一級にもなれば、さら蛇みたいなC級の妖怪を簡単に倒せるの。教団長と特別級はあまりにも別格だからカウントしないとして、一級が実質この協団のトップ戦力よ。」
ほうほう、つまり宮本さんがこの中で一番強いってことか。
「あれ、戸部さんは?」
「私は三級よ、で坂田は四級」
「ちなみにあっしは三級です」
さら蛇の動きを止めた碓井君で三級? さらにその二つ上って、宮本さんどれだけ強いんだ。
「で、隆が一番弱いんだ?」
意外だなぁ、見た目だけなら野性味があって一番強そうなのに。
「何言ってんだ、一番弱いつったらお前がいるだろ? 五級の雪那くん」
隆が踏ん反り返って僕に指摘する。そうだった。僕がこの中で一番弱いんだった。
「渡辺さんは? 何級? 僕と同じ五級だよね?」
「唯も協団に入ったばかりなので、たぶん五級だと思いますぅ」
「違うわよ、あんたはがその特別級よ。神器持ちの時点で凄いけど、さらにその中でも三種の神器と呼ばれている《八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)》持ちで しょ。一級よりも優遇される、協団として最も保護すべき最重要人物なのよ。それに三種の神器なら、よっぽど凄い能力の筈だから、無条件で特別級のクラスにされるわ」
渡辺さんの神器ってそんなに凄いんだ。
「でも、唯、戦力にならないですぅ……」
渡辺さんが俯き加減に答える。そんなに凄い力があるなら、もっと胸を張ってもいいと思うんだけどなぁ。どんな力なのか僕にはよくわからないけど。
「何言ってるのよ。この中で一番強い筈よ。もしくは、純粋な戦闘力じゃなくて、よほど貴重な能力が使えるのかも」
「でも、それでも使えないですぅ……」
今にも泣きそうな顔になる。使えないと断言するってことは、彼女に何か理由があるのだろうか。使うことを躊躇う何かが。
「 そのうち、能力を使えるようになるわ、焦らず少しずつ使えるようになればいいわ。それに、使えなくても唯は唯だから気にしないで」
「あ、ありがとうございますぅ……」
少し涙ぐんでお礼を言う。そんなに嬉しかったのだろうか。
「何も出来ないのに特別級なんて、無駄でしかないですわ」
空気を読まない女の子が一人。宮本さんに注意をしようと顔を向けると、その向こう側に見たことある顔が近寄ってくる。
「お前らか、最近協団に入ったのは」
チャラい格好をした、ピアスを付けた茶髪の男と、その後ろに二人の男を連れて、計三人の男がいる。
今日学校であった、高圧的なヤツだ。秋山って名前だったかな。秋山とその取り巻きのようだ。
「ちっ、面倒なヤツが来たな」
聞こえるように隆が呟く。
「おい、聞こえてるぞ、雑魚山の大将。喧嘩売ってるのか?」
秋山がまたしても上から突っかかってくる。
「売ってねぇよ。てめぇに売るのは勿体ないからな」
隆も負けていない。
「秋山さん、こいつらやっちまいましょうよ。一度シメないとわかならいようですよ」
取り巻きの一人、細い体で髪をツンツンに立てた一人が言う。
「おら一人で十分なんだなぁ。アキヤンの出る幕じゃないだぁ」
取り巻きのもう一人、太った男が言う。
「いや、ここは俺自ら分からせてやる」
秋山の手に青白い光が生まれ、両刃の剣が出現する。
「あなた達、急に来て何なのですか? 今わたくしが模擬戦の訓練をしているのです。横から入ってこないでくれま すか? 非常識ですわ」
宮本さんが秋山達を邪魔モノ扱いする。
「あん、てめぇには関係ねぇだろ? て、おい、すごい格好だな!? タイツがピチピチじゃねぇか。てめぇの方が非常識だろ。変態高慢お嬢様は黙ってな」
「宮本お嬢に向かって、何ですか、その口の利き方は?」
碓井君が意外にも怒りを露わにする。自分が見る分にはいいけど、誰かに宮本さんを貶されるのは嫌なんだろうか。
「へ、変態ですって!? このわたくしがですか?」
宮本さんが信じられないという驚愕の顔をする。確かにその格好は……問題がある。少し動いた為か、タイツが汗ばみ、太股にぴっちりと密着していて、胸元のメロン程の大きさの双球は輪郭がはっきりとわかる程に体に張り付いている。太股 にしろ双球にしろ、濡れることでさっきよりも妖艶に見える。宮本さんが変態である方に僕も一票を入れたいところだ。
「ここは俺の喧嘩だ。宮本、お前はもう帰っていいぜ」
秋山の前に出ていこうとする宮本さんを隆が片手で制して、宮本さんに促す。
「――そうですか。言いたいことはまだあるのですが、でしたら何も言いませんわ。それでは」
そう言い残すと、宮本さんと碓井君が去っていく。宮本さんなら怒って神器を出して暴れるのではと思ったんだけど、大惨事にならずに済んで良かった。
「さて、邪魔者も居なくなったし、覚悟は出来てるだろうな?」
「ああ、望むところじゃねぇか」
隆も刀を出して構えると渡辺さんが間に入ってくる。
「喧嘩は駄目ですぅ。良くない ですぅ」
「はぁ? 何言ってんだ、てめぇ。――お前、まさか《八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)》持ってるっていう女か? これは丁度いい、こいつを賭けて勝負といこうぜ。お前が勝ったら何でも言うことを聞いてやる。俺が買ったらそいつを貰う。その『神器』さえあれば、能力で未来が見たい放題じゃねぇか。そんな便利な能力があれば金だって、名誉だって手に入れたい放題。そんな便利な女、他にはいねぇからな」
秋山がそういうと、隆は刀を消滅させた。
「おいおい、何仕舞ってんだよ?」
「――やる気が失せた。止めようぜ」
「はぁ? 何言ってんだ? お前俺に負けるのが怖いんだろ?」
「うるさい、お前と戦う価値ないんだよ。じゃあな」
隆が言いたいことが僕にはわ かる。価値というか、意味がないんだろうな。そんな最低な考えのヤツと戦って負けたら渡辺さんが最悪なことになる。けど、それ以前に、渡辺さんのことをモノとして見ているこいつは許せない。ふざけるな! こんなヤツ許せない!
「雪那、やめろ」
わなわなと怒りに震える僕の拳を、隆が掴み、振り上げさせてもくれない。隆の手には青白い光がうっすら包んでいる。たぶん、神気を纏った手で僕を押さえ込んでいるのだろう。どんなに力を入れても全く動かすことが出来ない。
「でも!」
「でもじゃない。冷静になれ」
そう言って隆が僕にしか聞こえないくらい小さな声で続ける。
(感情に任せてこいつと戦ってどうする? 俺よりもクラスは上だ。ましてやお前じゃ話にもならない。 負けて、渡辺があいつに連れてかれることになるのが目に見える。この喧嘩は秋山以外誰も得しない。それどころかこの喧嘩を買うことで渡辺の人生を左右させてしまうんだぞ。たかが口約束だから、そこまではならないかもしれないが)
隆はそこまで考えていたのか。僕は……。感情的になって、その場の気持ちで行動して取り返しのつかないことになるところだった。
渡辺さんはハラハラと僕達を見守っている。その目には微かに潤んでみえる。
腕の力を抜くと、隆も僕の手首を離した。拳にはまだ少し力が入ったままだけど、もう振り上げることはしない。
「おいおい、逃げんなら、負けを認めたのと同じだからな」
そんな、それじゃあ、やっぱり戦うしかないのか。
「坂田君達、教 団長が呼んでるっす。直ぐに来いとのことっすよ」
イケメン、重之が僕達のもとに駆け寄ってきた。
「おっと、そうなのか。俺らはさっさと行かなきゃな。教団長を待たすわけにもいかなからな」
そう言って、隆が出口に向かって歩く、僕と渡辺さん、戸部さんもすぐ後に続いた。
「くそっ、タイミング良く逃げやがって」
舌打ちをして、秋山の言いたいように言われてしまう。
教団長が待っているという大きめの部屋に着く。前回会った場所とは別の部屋だ。この部屋は普段会議に使っているらしく、三十人ぐらいは入れる広さと、大きな円卓、幾つもの椅子が備え付けてある。
「じゃあ俺はこの辺で」
重之さんは、部屋の前まで僕達を案内すると、どこかに去 っていく。
隆がドアを空け、戸部さん達が中に入る。
「私達に何の用ですか?」
白髪で十代前半の幼い少女が円卓の奥に座っている。和泉ちゃんだ。
「それがですね、あなた達に知っておいて欲しいことがあるのです」
相変わらず、外見に似合わないしゃべり方をする。
知って欲しいこと? いったいどんなことなのか、戸部さんも同じことを思ってたのか、和泉ちゃんに聞いてくれた。
「それはですね、もしかしたら、この協団内に間諜(かんちょう)、つまりスパイがいるかもしれません」
「スパイ? なんでスパイが?」
「渡辺 唯さん、あなたの『神器』が目当てのようです」
「ゆ、唯ですかぁ?」
渡辺さんが少し驚いた表情をする。
「そうです。あなたの『神 器』、《八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)》は、未来を予知する能力があります。その能力を上手く使えば、未来を操ることも出来ます。その『神器』を入手する為に潜入している様です」
さっきの、秋山といい。誰もがその『神器』を、というか『神器持ち』の渡辺さんを欲しがっているっていうことか。それじゃ、渡辺さんがあまりにも可哀想だ。妖怪に狙われて、スパイにも狙われて。
「で、そのスパイって誰なんだ?」
隆が尋ねる。
「それが分かれば苦労はしません。どうも、この教団の近くに妖怪が多く出現してまして、下級の妖怪ばかりでしたから、まだ無理なく消滅出来てはいるのですが、あまりにもピンポイントで出現しているのです」
ということは、教団を明確に狙って、 妖怪が現れている。もしくは妖怪を招いている?
「僕達はどうすればいいんですか?」
「どうすればいいか――ですか。時が来れば指示を与えることが出てくるかもしれませんが、今はただ静観するしかありません。念のためにあなた達に伝えておいた方が良いかと思いまして呼んだ次第なのです」
「そうか、それはありがたいぜ。何も知らないのと、少しでも情報があるのでは動きようも変わってくるからな」
隆は頼りになる。僕とは違って頭で考えるのも得意としている。中学生の頃は少し勉強するだけで高得点をたたき出していた。その少しの勉強もしないときは酷い結果だったけど。それに、何だかんだ隆は男らしい。絶対に本人には言わないけど、そういうところは憧れる。僕も隆みたいに男 らしくなれたらな……って思うことが偶にある。
「あなた達はよく四人で集まって行動していますね。《八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)》持ちの渡辺さんは、本来であれば、二級の者達を護衛につかせたいのですが、それはやはり嫌でしょうか?」
「は、はいぃ。出来ればこのまま、雪那様や、優子さん、坂田さん達と一緒にいたいですぅ」
「そうですか、それなら今のままで構いません。もし必要でしたらまたおっしゃって下さい」
「ありがたいですぅ。他の人達と一緒に居るより、雪那様達と一緒にいる方が唯は嬉しいですぅ」
渡辺さんが、心底嬉しそうに声のテンションが上がる。
「私達も助かるわ。唯が他の人達と一緒にいると気軽に話しかけづらいしね。心配しなくても私達が守る から大丈夫よ」
宮本さんがいない今、この中で一番強い戸部さんが宣言する。僕とは違って本当に強い。そんな戸部さんが言うんだから間違いない。
「ふふっ、そう言うと思ってました。それにですね、いくらあなた達より強い二級の方をつけたところで、そのものがスパイじゃないとは言い切れないですから」
教団長、和泉 式部(いずみ しきぶ)は、少女の笑顔でニッと笑う。
僕達は部屋から出て大広間に向かって歩き出す。
「しっかし、渡辺、お前よく狙われるよな」
「ごめんなさいですぅ」
渡辺さんが隆に深々と頭を下げる。
「違うって。そんなんじゃなくて、大変だなって思っただけだ」
隆が慌ててフォローする。
「大変ですか?」
「あぁ、大変だろ。いつも 狙われてばかりで、しかも当の本人は強いわけでも、能力を使えるわけでもないし、ただ狙われるしかない」
「能力、まだ使えないの?」
戸部さんが尋ねる。
「そうなんです。寝てるときにごく偶に夢を見ることがあって、それが現実になることはあるんですけど。それも一年に一回くらいです。だから、能力とも言えない、偶々なのかも知れません。それでも、予知夢というか、正夢というか、そんな小さなことでも、能力として発生出来るのが不思議なんですけどね。本当はもう使えない筈ですから……」
「え? 使えないってどういうこと?」
僕が尋ねると、隆達も渡辺さんに釘付けになる。
「えっ……、えっと、……、たぶんもう使えないのかなっと思って。昔はもっと鮮明に見えた時 期がありましたので」
渡辺さんが慌てふためく。
「そう? 無理に使おうとしなくてもいいから。使えなくなったのには何か理由がある筈だから」
戸部さんが気を遣う。意外と優しいところもあるんだな。優しくて、強くて。隆は男らしくて、堂々としてて、それに比べて僕は……。
「あの、皆さんが気にしなくてもいいですぅ。お気持ちだけでありがたいですぅ。それに私よりも大変な人を知っていますから。だから、私はそのお方に比べたら、全然大変じゃないですよぉ」
僕は、何にも持っていない。そして、何にもしてあげれない。何にも力になってあげられない。
「ちょっと、僕、和泉さんに聞きたいことがあったの忘れてた。みんな先に帰っててね。ちょっと遅くなると思うから」
「何言ってるのよ。それぐらい待っててあげるわよ」
振り返る戸部さんの背中を隆が押す。
「いいから、俺らは先に帰るぞ」
隆は、僕の顔を見て、そして、何か悟ったように続ける。
「無理はすんなよ」
「わかっているよ」
どうやら、僕のやろうとしていることに気付いているようだ。さすが、隆。
「無理って何ですかぁ? ゆ、唯だけでも待ってますぅ」
「ほらほら、俺らはお邪魔だからな、あいつは千歳越えの婆さんとゆっくりお話がしたいんだとよ」
「な、何ですかぁ!? 雪那様、不潔ですぅ!」
「嘘でしょ!? ストライクゾーン広すぎじゃないの、ほんと引くわー」
隆、後で覚えていろよ! 隆の所為で僕のイメージが崩壊したじゃないか。
当の隆は僕に ニヤリと口元を歪めて、サムズアップを作り向けてくる。
隆達とは逆方向に戻り、和泉さんに再び向かい合うと、聞きたいことを聞いてみた。
どうすれば強くなれるのか?
その質問に対する答えは簡単だった。
訓練あるのみ。
努力あるのみ。
努力しても強くなりにくい人はいるかもしれない。それでも努力しないで強くなるなんてことはありえない。だから訓練に励めとのことだ。
一人で訓練するには、素振りや型の確認。イメージトレーニングと、色々方法はある。その中でも一番手っ取り早いのが実践経験を積むこと。
異界という世界が存在し、その異界には妖怪がうじゃうじゃいるらしい。本来異界には、人間が踏み入れることは無いけど、稀に異界 に入り込んでしまう人がいるらしい。入ってしまったが最後、その異界で生き抜くことは難しい。
異界で注意しておかないといけないのが、予め出口を用意しておかないと、その世界から出ることは出来ないということ。だけど、この協団内にはゲートと呼ばれるものがあり、そのゲートはいつでも異界に入れて、いつでも異界から出て来れるらしい。
異界に入って、適当に妖怪と戦って、ゲートを再び通り、この世界に戻ってくる方法が、実践経験を積めて、強くなるのに最も過酷で、最も効果のある訓練、修行の方法とのことだ。
ゲートはレベル一からレベル十まであり、レベル一が、『贋神器』をある程度使いこなせるようになってから入るべき難易度で、レベル五が一級クラスが万全の準備を した上で訓練するような場所らしい。
一級の宮本さんでさえもレベル五までしか入ったことが無くて、協団の中で過去最大到達レベルが、宮本さんと同じレベル五で、レベル六に踏み込んで帰って来れた者はいないらしい。
って、もう訓練でも修行でもない気がする。強くなるのにそんなに命を賭けて、それで命を失ってしまったら元も子もないんじゃないかな。
和泉ちゃんとの話が終わり、ゲートが設置されている部屋までやって来た。
真っ白で殺風景な扉を開けると、そこは直径三十メートル程の広い円形状の部屋になっていた。その真正面に一つ扉があり、その横には下に降る為の階段がある。
その階段から男性が上って来た。逆立てた茶髪に左耳のピアスが光る。
「よう、さっき のビビリ野郎じゃねえか」
僕の大嫌いなヤツ、秋山だ。
「お前がこんなとこに来るなんてな。十年は早いぞ」
「そうだね、それじゃあ」
こいつと話してるとイライラするんだよな。秋山がどっかに行ってから、改めてこの部屋に来ることにした。踵を返し、入って来た扉に手をかけようとすると、秋山が慌てた声をあげる。
「ま、待てよ! 十年は言い過ぎた!」
「はい?」
あまりの態度の変わりように思わず振り返る。
「あれだ! 試しに入って見るのもいいかも知れないな。弱いなりにも少しは強くなるかもしれないからな」
「また今度来るから今日は止めとくよ」
秋山がいると、何か入りづらい。
「そうだ、お前に言っておくことがある」
僕に言いたいこと、一体 何だろう?
「お前はいつも、戸部にくっついているだろ?」
別に戸部さんにくっついてはいないし、一緒にいるのは隆達とも一緒だけどね。何が言いたいんだろう。
「はっきり言ってやる。目障りなんだよ。戸部は三級で、そこそこ強いのに、雑魚の五級のお前と一緒にいることで、あいつの足を引っ張ってることにいい加減気付けよ。俺の実力なら、三級、いや二級はある筈だ。上のヤツらが見る目無い所為で四級に留まっているけど、俺の方があいつの隣に相応しいに違いない。だからお前みたいな弱いヤツ見てるとムカツクんだよ」
「…………」
言葉が出なかった。言われてみるまでそこまでは考えもしなかった。僕が妖怪に襲われているところを助けてくれた。ろくろ首、さら蛇と、二回 もだ。隆や渡辺さんだけじゃなく、僕と一緒にいるのも、本当は僕を守る為じゃないんだろうか。
自惚れかもしれないけど、弱い僕を守る為じゃないのかと思う。隆も僕を守る為に一緒にいるのかな。
いや、違う。渡辺さんを守る為に二人がいるんだ。言ってたじゃないか。《八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)》が重要な『神器』だって。その持ち主である渡辺さんを二人は守っていて、偶々僕が居合わせただけなんだ。渡辺さんを守る邪魔を、僕が足を引っ張っているんだ。
「どうした、何も言い返せないのかよ?」
秋山が煽ってくる。
「そんなお前に一ついいことを教えといてやる。このゲートをくぐれば、ちっとは強くなれるぜ」
強くならなきゃ。
「この階段を下りていって一番 下がレベル一で、そこから一階層上がるごとに、繋がっている異界の妖怪の強さも一つずつ上がり、今見えている、一階のこの扉はレベル十だ。言っておくけどな、お前ぐらい弱いヤツならレベル一が妥当だ。いいか?」
秋山は説明を続ける。
「一番下の階、レベル一がお前が唯一どうにか戦えるかもしれないレベルだからな。ちなみにゲートをくぐるには協団に申請して鍵を借りてこなきゃいけないんだが、俺がさっき軽く運動がてらレベル一を試してきて、今鍵は挿しっぱなしにしてるから、そのまま使ってもいいぞ」
そう言うと、秋山が僕の後方にある扉を開けて、この部屋から出て行った。
僕は階段を下りることにした。階段は螺旋状になっていて、扉から次の扉までの階層間がすごく長い 。下りて行く度に息苦しい感じがする。なぜだか空気が重い。五分程かけて一番下まで下りると、目の前には、銀縁の装飾がされた黒い扉がある。扉には青白く光る鍵が刺さっていた。その鍵にも豪華な装飾がされていて、持つところには青色の宝石が取り付けられている。その宝石からも宮本さんが使う『神器』のような青い光りが溢れている。
そのまま扉をゆっくり開けると、中は真っ暗になっていて、扉の先には何も見えない。
見ているだけで飲み込まれそうになる。
(強くなるんだ! このままじゃいけない!)
びびって硬直する体に鞭を打って、思い切って中に飛び込んだ。
一瞬、青く強い光が周囲を飲み込んだかと思うと、急に周りが暗くなった。
ちゃんと 地面はあるけど、障害物は何も無い。どこからか光が差しているようで、うっすらと数メートル先までは見える。その先はやっぱり真っ暗で何も見えない。凄く不安に駆られる。もしかしてとんでもない所に来た?
どうにか見えるぎりぎりの距離、数メートル先に動く影がある。
少し離れていて、それが何かは分からない。その影は僕に気付いたのか、目が合った気がする。ゆっくりと僕の方に近づいてくる。
段々と、そしてやがてはっきりと見えてきた。
蛇の胴体に、女性の顔をした妖怪、さら蛇だ!
今日戦ったあのさら蛇と同じ個体なのだろうか。
どちらにしてもマズイ! 僕一人であの妖怪と戦うなんて無茶だ。
さら蛇が胴体をうねうねとさせてこっちに近づいてくる。
『贋神器』を急いで出現させた。青白い光が刀になり、僕の右手に包まれる。
さら蛇の胴体に斜めに線が入り、つぅっと、スライドし、上体が地面に転がった。
何が起きたんだ? 僕はまだ刀を振っていないのに。
さら蛇の直ぐ側に、別の黒い影がいた。その影をよく見ると、これまた化け物にしか見えない。
猿の顔に、狸の胴体が付いていて、そこから虎の手足、蛇の尻尾が生えている。その妖怪の上空には、こんな暗い場所でもはっきりと見てとれる程の真っ黒い雲が立ち籠めている。この異界にも雲が存在するのだろうか。
『ヒュー、ヒュー』
化け物にしか見えないその妖怪は、細く、重い鳴き声をあげた。
不思議な細い鳴き声には似つかわしくなく、空気は重くなったよ うな感覚がする。
この妖怪、漫画やゲームで見たことがある、あの妖怪にそっくりだ。
鵺(ぬえ)。漫画ではそう呼ばれている。ちなみに漫画では、恐ろしく強い妖怪に分類される。決して僕みたいな弱い人間が挑むべきではないのは明白だ。
鵺と思わしきその妖怪は僕の方を見つめると、体の向きを変えた。
向きを変えたかと思った、その瞬間、もの凄い速度で跳躍し、既に僕の目の前にいる。
「!!!!!」
虎の形の腕を振り上げ、爪が空間を割く。
その空間にいた僕の体を切り裂き、胸から血が吹き出る。
「……ぁぁぁぁああぁ! ああぁぁぁぁぁぁ!」
血が、血が、血が、僕の体から血が止まらない。
一瞬の出来事だった。僕には何が起きたのかわからなかった 。
辛うじて反射的に後ろに飛び退いたのが唯一の幸いなのか、体が真っ二つに分かれることだけは避けることに成功した。
それでも余りにも力の差があり過ぎる。刀を構えることも、振るうことも無く。唯々圧倒された。鵺のオーラに飲まれてしまった。それも全て言い訳かもしれない。僕が余りにも弱すぎる。弱すぎた結果だ。守ってあげたいなんて、自惚れだったのかもしれない。嫌だ。死にたくない。こんなとこで。僕は何の為に生まれ、何をして生きるのか、わからないまま終わるなんて嫌だ。嫌だ。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。
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