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三章 狂う五輪の歯車

第7話 以心伝心

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 埼玉西部から奥多摩へと車を走らせる桃弥と月那。

 時折会話を交わすが、車内は基本的に沈黙していた。連日の戦闘で疲労していたこともあり、月那は熟睡していた。

 桃弥は窓を開け、周囲を警戒をしつつ目的地へ運転を続ける。

 そんな中、それは突然やってきた。

「っ!? 月那、起きろ。何かが近づいてる!」

「っ!? 了解です」

 寝起きでありながらも、月那は素早くアサルトライフルを取り出す。

 次の瞬間ーードン!

 車体が何かにぶつけられる。

「っ!?」

 ハンドルを切り、ブレーキを踏みながらなんとか車を止める桃弥。

 二人はすぐさま車から降り、周囲を警戒する。

 すると、襲撃してきた何がを目視する。

「鷲?」

「大きいですね」

 襲撃者は二匹の鷲。翼を広げるとざっと10mはある巨大な鷲である。

「畜生道か。ちょうどいい、能力試運転と行こうか」

 そう言って桃弥はナイフを取り出し、構える。

 一歩踏み出し、加速ーーしようとしたが。

 ドン!

「……は?」

「と、桃弥さん!?」

 一歩踏み出したかと思えば、次の瞬間壁に激突していた。

「大丈夫ですか!?」

 鷲に向かって銃を掃射しながら、月那は桃弥に駆け寄る。

「あ、あぁ、問題ない。かすり傷1つついてない」

「あれほど派手にぶつかったのに、ですか?」

「……韋駄天の影響か」

 にしても速すぎるだろ。というのが桃弥の感想である。

 一歩踏み出すつもりが、気づけば10mは進んでいた。とてもじゃないがすぐには制御できない。

「月那も気をつけろ。この能力、思ったよりも強力だぞ」

「あ、はい。それは、もう気づいてます」

 そういう月那は、背負っている轟鬼の武器ーー雷牙を手に持ち、振り回す。

 ブン、ブン、ブン。

「これ、めっちゃ軽いです」

「……」

 そんなわけはない。桃弥も持ってみたが、ギリギリ持ち上げられる程度だった。

 推定200kgはあるだろう金棒を、華奢な少女が軽々と振り回す。その摩訶不思議な絵は、人の脳に錯覚を生じさせるほどである。

「……とりあえず、セーブしつつ戦おう」

「ですね」

 自分たちの力で自滅しては笑い話にもならない。

 力に慣れるまでは、全力で戦うことを避けよう。そう二人は心に決める。

「でも、どうしますか? 相手は空を飛んでいますが」

「銃で応戦するしかないだろう。月那はアサルトライフルで牽制してくれ。俺が仕留める」

「了解です」

 襲撃者である鷲に照準を合わせ、発砲。

 ドドドドドドドドド。

 数発は羽に直撃したものの、ダメージはあまりない様子。

 しかし、その牽制だけで充分である。

 ブン!

『ピィーーー!?』

 桃弥の風を纏った弾丸が、一匹の羽を貫く。驚いた鷲は姿勢を維持できずに落下、そこにもう一撃を打ち込み止めを刺す。

「よし、まずは一匹」

 すぐさまもう一匹に照準を合わせる桃弥。敵は空中を飛び回っていることもあり、少々手こずっているが、仕留めるのは時間の問題。

 
 そう、思っていた。

「っ!? 桃弥さん、危ない!」

 先見で未来を見た月那は、咄嗟に桃弥を押し倒す。

 次の瞬間ーー二人のいた場所に大鷲が風を切り裂きながら通過する。

「っく。助かった」

「い、いえ」

 助けるためとはいえ、桃弥を押し倒してしまったせいで月那の頬は少し赤い。

 しかし、そんなことを言っている場合ではない。起き上がる二人は、銃口を向けて敵を牽制しつつ分析する。

「どういうことだ? 確実に仕留めたぞ」

「傷も治ってますね。同一個体でしょうか?」

「羽には血が付いているな。同一個体で間違いないだろう」

「となると再生、ですか。厄介な能力ですね」

「いや、脳を完全に潰したはずだ……あれは再生では済まされない」

「蘇生した、ということでしょうか? あり得ますか、そんな能力が」

「なくはないだろうが……制約付きだろうな。じゃなきゃ無敵すぎる。条件制限? いや、回数制限か? それともーー」

「ーー撃破条件、ですかね」

「あぁ、俺もその線が濃厚だと思う。一匹を撃ち落とした時、もう一匹は明らかに俺たちから距離を取ったからな」

 考えられる可能性。それはーー同時撃破を条件としていることだ。
 
「だとすると、厄介ですね」

 月那の言う通り、一匹がやられると、復活するまでもう一匹が距離を取る。地上ならまだしも、空中機動も可能な鷲にその作戦を取られると難易度は一気に跳ね上がる。

 少し考えた桃弥は、ライフルを置き、ナイフを手に取る。

「とりあえずやってみるか……俺があいつらを叩き落とす。止めは任せた」

「了解です。でも、無理はしないでくださいね」

「おう」

 軽く一歩前へ進む桃弥。全力でアスファルトを踏みしめ、次の瞬間ーー空へと弾け飛ばされた。

「っうぉ!?」

 さすがにこの威力には驚いた桃弥だが、すぐさま空中で態勢を整える。

『ピィーーッ!?』

 突然傍までやってきた桃弥に、鷲たちは驚愕する。

「よいっしょっと」

 右手にあるナイフを一匹に向かって投擲。風を纏わせ、推進力も増した桃弥の一撃は、鷲の翼を切り裂く。

『ピ、ピィーー!?』

 翼を切り裂かれた鷲はたまらず落下。もう一匹の鷲はすぐさま桃弥から距離を取ろうとするがーー

「させっかよ」

 風で足場を作り、再度加速。

『ピィ、ピィーー!?』

 左手のナイフを鷲の喉元へと突き立てる。鷲の両目から光が失われる。

 しかし、その傷は徐々に回復を始めている。

「月那!!」

「了解です!」

 大きな声で桃弥は月那に呼びかける。月那もそれに応じるように、大地を駆ける。

 雷牙を振りかぶり、電撃を走らせる。巨大な金棒が落ちてくる鷲に直撃し、絶命させる。

 同時に、桃弥に刺されている鷲の体が崩れ始める。

「やっぱ同時撃破が条件だったか」

 そんな呑気なことを言っているが、桃弥の体は今空中にあり、絶賛落下中である。

 だが、桃弥は至極冷静だった。周囲の風をかき集め、落下速度を徐々に落としていた。

 トン!

「いたたた」

 それでもかなりのスピードで落下したが、多少痛い程度で済んでいた。

「桃弥さん!」

 桃弥が落下した直後、すぐさま月那が駆け寄る。

「大丈夫ですか!? まったく、無茶苦茶しないでって言ったのに……」

「無茶はしてない」

「してますよ、もう」

 桃弥に大きな怪我がないことを確認した月那は、そっと胸をなでおろす。

「はぁ、心臓が止まるかと思いました」

「大げさな」

「大げさじゃありません! 桃弥さんは自分の体をもっと大事にすべきです。大体桃弥さんはいつもそうですーー」

 ぷりぷりと怒りながら、月那は桃弥に愚痴を溢す。耳の痛い話ばかりなので、桃弥もさすがに反省せずにはいられない。

 月那による説教はしばらく続いた。

 そうして、数分が過ぎるとーー

「はい、説教お終い!! 結論、桃弥さんは今一度自分の行動を見直すべきだと思います」

「あー、わかったわかった」

「あ、その言い方、ちっともわかってません!」

「わかってはいるさ。ただ、無茶をしなきゃいけないときは必ずくる。月那もわかるだろ?」

「それは、そうですけどぉ……」

 桃弥の言葉に不貞腐れる月那。そんな月那に、桃弥思ったまま言葉をかける。

「大丈夫だ。俺だって考えなしで無茶やってるわけじゃない。俺にはお前がいる。そうだろ?」

「っ!? ま、まあ、それもそうですね、うん……」

「なんかあった時は助けてくれ」

「もちろんです!」

 そんなこんなで、月那の説教は終わりを迎える。

「あ、ところでこれ、どうしますか?」

 そう言って月那が取り出したのは鷲の色珠。色は濁った赤である。

「あー、濁ってるってことは、特殊能力持ちか」

「ですね。あの鷲の能力が手に入るのでしょうか?」

「だとしたら強力だな」

 月那との会話に応じながら、落ちているもう一つの色珠を探す。

「お、あったあった」

 濁った色珠を拾い上げる。日にかざしながら、その色を確かめる。

「うーん、すぐに心象世界に飛ばされるわけじゃないんだな」

「一度経験しているからだと思いますよ。普通の色珠も、最初は強制的に心象世界に飛ばしていましたし」

「なるほど。とりあえず、潜ってみるか。ちょうど門が1つ空いたところだしな」

「そうですね」

 そうして二人は、心象世界へ潜り込んだ。

 
 ◆

 何度目かもわからない心象世界。

 いつも通り文字を静め、扉の前に立つ。手にある真っ白なカギを鍵穴に差し込むと、扉は開かれる。

「まあ、いつも通りか」

 開かれた扉にはーー『以心伝心』の四文字が浮かんでいた。

「さて、戻って能力の検証でもするか」

 そう言って、門を潜ろうとする。

 しかしーー

「「いたっ」」

 額が何かにぶつかり、声が重なる。

「……え?」

 初めての現象に桃弥は戸惑う。心象世界という場所に、他人の声が響いたのだから。

 しかも、ひどく聞き覚えのある声である。

「……月那、か?」

 扉の向こうへそう呼びかける。すると、扉を向うから誰かが姿を現す。

「桃、弥さん?」

 その瞬間月那は、桃弥の心象世界に踏み入ったのだった。
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