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転生・蘇る大帝
SIDE シリア
しおりを挟むシリアの家は商人であった。
しかし、それほど大きな商家と言うわけではなく、それほど裕福な暮らしはできていなかった。
両親も日々仕事のために奔走し、シリアにかまってやれる時間は限られていた。それでも、2人はシリアを愛していた。
シリアもそれを自覚していた。
自覚していたからこそ、両親に迷惑をかけられない、そう思っていた。
幼い頃から我がまま一つ言わない良い子だった。怪我をしても、虐められても決して親には言わなかった。余計な心労をかけたくなかったから。
少しでも両親の負担を減らそうと、家事の手伝いをよくしていた。
それが幸いとなり、公爵家の使用人の試験に合格できた。これでお父さんとお母さんの負担にならずに済むと、シリアは喜んだ。
しかし、その喜びもすぐに絶望へと変わる。
折角公爵家の使用人になったのに、まさか勤務先である別邸にあの豚公子がやってくるとは。
シリアは自分の不運を呪った。
それでも、噂は所詮噂。そんな風に思っていたが、勤務先の先輩からはレオンハルトの悪行を吹き込まれる。
曰く、少しの失敗で大袈裟に怒鳴りつける。
曰く、気に食わないという理由で使用人をクビにする。
曰く、すぐに殴るや蹴るなどの暴行を繰り返す。
曰く、すぐ侍女を部屋に呼び、その侍女が朝泣きながら出てきた。
あることないこと全部吹き込まれたシリアは恐怖した。ただ怒鳴られたり、クビになるだけならまだ良いが、部屋に呼ばれたらどうしよう、と。
実際レオンハルトは侍女に無理やり迫ったことはない。というより童貞である。
まだ10歳なのだから当然といえば当然だが。学園での振る舞いや、それを思わせる発言が他の人を勘違いさせ、噂が噂を呼んで、女なら手当たり次第犯す豚として認識されていた。
そんなある日、レオンハルトが謹慎となった。その理由がまた女関係だという。
シリアはレオンハルトを恐るとおもに軽蔑した。
しかし、初めてレオンハルトの印象はそれほど悪くないものであった。
確かに体型は豚のようだが、それを改めようとトレーニングを始めていた。女性を見る目には、男性特有のいやらしさが感じられない。むしろ、どこか諦観じみた雰囲気すら感じる。
とは言えレオンハルトの第0印象はまさに最悪だったから、そのイメージも簡単には払拭されない。
そんな折に、事件は起こる。
レオンハルトの前をシリアは偶然通りがかってしまう。
遠くで眺めているだけなら問題なかったが、目の前にいてはシリアの恐怖も込み上がってくる。思わず手を震わせ、皿を落としてしまう。
「っあ」
「っあ」
(終わった……)
怒鳴られるのかな、殴られるのかな、もしかしてお部屋に呼ばれるのかな。嫌な想像ばかり膨らむ。
「も、申し訳、ご、ございません! す、すぐに片付けますので!」
「良い」
「っあ」
(ごめんなさい、お父さん、お母さん。ダメな娘でごめんなさい)
諦めの感情がシリアの中を支配する。やがて放たれるであろう終焉の言葉をただ待つことしかできなかった。
しかし、そんな彼女の思いとは裏腹に、レオンハルトから何も言われることはなかった。恐る恐る顔をあげたシリアの目には
「っあ」
(綺麗ぃ~)
レオンハルトが重力魔法を発動していた。
魔法の副作用というか、魔力制御が甘いせいで魔力が漏れる。それが黒く光りながらレオンハルトの周りを舞う。黒の雪が降っているかのような光景にシリアは思わず見惚れてしまう。
「これでよしっと……怪我はないか?」
「……」
「ん? どうした? どこか怪我したのか?」
「っあ! はい、っあ、いえ」
「どっちだ、まったく……まあいい、怪我がないならそれでいい」
(今、え? 私のことを心配してくれた? え? 怒鳴らないの? お部屋には? え、ええぇぇ!? 行っちゃったよ~)
シリアには何が何だかよくわからなかった。ただ優しくされて、それで終わり。噂に聞いた暴言や暴力など見る影もなかった。
親に我がままも言えず、親もこの子なら大丈夫だと思い込み心配されることもなかったシリアである。
しかし、今明確に「怪我はないか?」と本気で心配された。その初めての経験に戸惑っていると、みるみるとレオンハルトが離れていく。
「っあ! その、あ、ありがとうございました」
◆
次の日からシリアのレオンハルトを見る目は変わった。噂のことなどとうに吹き飛び、今はレオンハルトに敬愛の眼差しを送っていた。
(侍女たちの悪口も聞こえているはずなのに何も言わないし……きっと、優しんだろうなぁ。あの時も、そうだった。でも、それじゃあ誰があなたに優しくするんですか? 気にしないふりしても、傷つかないわけじゃないのに。そうやって、やせ我慢して……わたしが味方してあげないと! お母さんからも優しくされたら、その人にも優しくしなさいって言われてるし。よし! お姉さんが味方してあげるからね! どんとまかせなさい! ……あれ? でも、レオンハルト様歳の割に大人びてるというか、抱擁力があるような。お姉さんというより、妹感覚かも。顔も痩せたらイケメンそうだし……)
乙女は淡い恋心を自覚することはまだ、ない。
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