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動乱・生きる理由

第3話 一つの終わり、一つの始まり

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 レオンハルトが11人目の挑戦者を蹴り飛ばし、気絶させるまでに要した時間は、わずか30分。中にはごねる相手もいたので、余計な時間を使われてしまったが、それでもかなりのハイペースである。

 さて、本日最後の挑戦者は誰か、と目線を向けた先にいたのは、カーティアだった。

「あんた、ちょっとは強くなったんだね。まあ、それだけ痩せたらちょっとはできるようになるかぁ」

 その言葉に、レオンハルトは返事をしない。どう返事すればいいかわからないからだ。カーティアも別に返事が欲しくて言っているわけではないが。

「でも、わたしには通じないよ。もうあんたの動きは見切ったわ。大方その技だけ鍛えてきたんでしょうけど、甘いわね。そんな張りぼてな強さじゃあ、格下にしか通じないわよ。」
「……」

 奇しくも、それはかつてシュナイダーがレオンハルトにかけた言葉と同じだった。その意味合いは全く別のものだが、レオンハルトはどうしようもなく、面白く感じてしまう。

「……はは」
「……何笑ってんのよ、あんた」
「ああ、気にしないでくれ。こっちの話だ……だがまあ、格下にしか通じないのは本当らしい」
「あら、素直なのね。ちょっと、ほんのちょっと、毛の先にも満たないミジンコほどだけど、見直したわ」

 その言葉もまたレオンハルトはどうしようもなく面白く感じていた。

「だがまあ、今回は大丈夫だろう」
「……なに?」
「だって、俺の方が格上なんだから」
「っ!? なによ、あんた! ちょっと勝ち進んだからって調子に乗らないでもらえる? あんた見たいのがわたしより格上って、頭おかしくなったわけ? 自惚れも大概にしたら? わたしはあんたと違って、正真正銘実力で合格したの。あんたとは違う! 大体あんたは、むっかしからそう! 尊大で傲慢! ムカつくのよ! あんたみたいのを見ると!」
「君、その辺にしなさい」
「何よ!あんたはあいつも味方なわけ!?」
「これ以上の暴言は決闘条例に抵触する。審判の権限で強制的に退場してもらうぞ」
「……っち」

 そこまで言われたら、カーティアも流石に黙り込む。そこへ、審判がすかさず進行を進める。

「両者準備はいいか?」
「いつでもどうぞ」
「……大丈夫」
「では、よーい、はじめっ!」

 今回、先に動いたのなんとカーティアの方だった。というより、もはや勘でスタートを切ったようなものだった。これにはレオンハルトも苦笑いを禁じ得なかった。

 一方カーティアは、というと、

(あいつは常に先手をとって戦ってた。それしかできないんでしょうね。なら話は簡単。こっちが先に仕掛ければいいだけ!)

 今までの試合からレオンハルトの戦闘スタイルを分析し、導いた結果が「先手をとる」である。正しい判断だ。相手が、レオンハルトでなければ。

 カーティアは長剣を突きの構えを取り、突進の勢いのまま突き出した。

(とった!)

 そう思ったが、レオンハルトはなんなく避ける。それこそ最小限の動きで、半身になり、スレスレでかわす。

(かわされた!? いや、偶然よ。後ちょっとで当たってた。次こそ!)

 そう判断したカーティアは、振り返りざまに横なぎを放つが、これもスレスレでかわされる。

 その後も、カーティアの攻撃を全て、間一髪のところでかわすレオンハルト。別に舐めているわけではない。いつも戦ってる時に身に染みている「最小限の動き」がそうさせている。

 しかし、それを知らないカーティアは相当焦っていた。

(なんで、なんで当たらないのよ! あとちょっと、後ちょっとなのに! ……わたし、遊ばれてる? あんなやつに?)

 妙な勘違いに囚われたカーティアの動きは次第に雑になっていく。大振りが多くなり、突きの精度が著しく低下した。それだけ、メンタルによる影響は大きく、それだけ未熟だということでもある。

(認めない。ぜぇぇったい、認めない! あんな奴が、あんな奴がわたしより強いなんて、あり得ない! あってはいけない!)

 次第に雑になる動きを見かねたレオンハルトが、決めるべく動き出す。

 カーティアが上段に大きく構え、振り下ろそうとするが、レオンハルトはその一瞬だけ、魔力で体を強化し、懐に潜り込む。その動きをカーティアはまるでスローモーションでも見ているかのようだった。

 懐に潜り込んだレオンハルトは、やはり武器は使わない。左肘を立て、カーティアの鳩尾に打ち込む。

(あ、わたし、負けーー)

 ここでカーティアの意識が途絶えた。

「勝者! レオンハルト!」

 審判のジャッジが訓練場内に響き、本日の予定が終了したことを告げる。

 カーティアが女性ということもあり、今までのように蹴りとばすのもどうかと思ったため、レオンハルトはこの方法で攻撃をした。レオンハルトなりの優しさである。

 しかし、見てる側からしたらそうでもない。
 すかさずカーティアの側に駆け寄るのは、オスカーとレスティナである。

「おい! ティア! 大丈夫か!」
「ティアちゃんしっかりして!」

 気を失ってるだけだが、オスカーとレスティナは大袈裟に騒ぎ立てる。

「ひどいよ、こんなの、あんまりだよ」
「まずはティアを保健室に連れていこう」

 そういってカーティアをお姫様抱っこで抱えるオスカー。去り際にはレオンハルトを睨みつけ、

「許さない」

 そう吐き捨てる。そして素早くその場を離れた。

(逆恨みにもほどがあるだろ。大体、決闘を仕掛けてきたのは向こうの方だろうに)

 勝ったはずなのにいまいちスッキリしないレオンハルトだった。




「……ここは?」
「起きたか、ティア」
「よかったよー。ティアちゃん。本当によかった」

 時は夕刻。カーティアは保健室で目を覚ます。気を失った時間はわずか30分ほど。これも、レオンハルトの手加減ゆえだが、ここにいるものでそれを知る者はいない。いや、カーティア自身は薄々気づいていたが。

「安心しろ、ティア。お前の仇はオレはうってやるからな」

「あ、うん」
(そっか、わたし、負けたんだ。あいつに)

「全く、どんな卑怯野郎だよあいつは」

(負けた、わたし、負けた)

「そうだよ。途中までティアちゃんがおしてたのに、急に倒れちゃうんだから」

(……ちゃんと見てないくせに、よく言う)

「ああ、タネは分からんが、なんかしたのは間違いない。あ、でも大丈夫。オレはどんな卑怯な手で来られても跳ね除けてやるからよ」
「オスカーくんかっこいい!」

(違う。言って欲しいのは、それじゃない)

 その後も、レオンハルト対策と称した悪口大会や、オスカーの自慢大会が開催されたが、どれもカーティアの心には響かなかった。

「じゃあ、ティアも大丈夫そうだし、オレら帰るわ」

「ティアちゃん、体調に気をつけてね」

 一人寂しく取り残されたカーティア。顔色は当然のように最悪である。窓から差し込めれる夕日が、ここまで憎かったのは初めてではないだろうか。

 涙は、出なかった。ここで泣けたら、よかったかもしれなかったのに。

 只ひたすら俯いたカーティアの病室の扉が、パタっと開く。これには、カーティアも驚き、顔をあげ、扉の方へと目を向ける。

「お? 起きてんな。よかったよかった。まあ、レオのやつ手加減してたし、大丈夫とは思ったけどね」
「……誰?」
「おう、おれはディール、ディール・アルハジオン。1年A組。よろしくな」

 なんと保健室へやってきたのはディールだった。

「……なんのよう?」

 カーティアの方は警戒心をあらわにする。それもそのはず。突然病室に入り込んできた見ず知らずの男を警戒しない乙女はいない。

 しかし、ディールのほう気にも止めてない様子で、先ほどまでオスカーが座っていた椅子の前後を逆にし、背もたれに両腕を乗せながら、その椅子に跨る。

「いやあ、用ってほどじゃないけどさー。あんたとちょっと話がしたくて」
「話?」
「そう。あんた、カーティアだっけ? 決闘前にずいぶん荒れてたな。レオのことが嫌いか?」
「……嫌い」
「そうか……どんなところが嫌いだ?」
「傲慢で、尊大で、いつも上から目線」
「っぷはっはっは、あんたの目には、あいつはそんな風に映ってるのか。まあ、そう見えても仕方ないか……でもそれ、勘違いだと思うぞ」
「……」

 それに対して、カーティアが返事することはない。勘違いと言われて、むすっとはしているが、今更何かを言い返す気力もないのだ。

 そんなカーティアに構わず、ディールは話を続ける。

「カーティアはさあ、今回の決闘騒ぎでなんか変だと思ったところない?」
「変って? 何が?」
「今回、レオに決闘を仕掛けたのはB組からE組の人だけ。A組からは一人も出てない。気づいた?」
「っ!?」
「ちゃんと理由がある。オレらはさー……入学初日に、全員レオにボコられてんだわ」
「はぁ!? 全員って、A組の猛者たちが!?」
「そう。1対19。ああ、もちろんレオが1な。それでも、手も足も出ずに全員仲良くグランドでおねんねしたわけよ。あ、リンシアだけは別か」

 レオンハルトを昔からよく知っているカーティアは、あり得ないと驚愕する。

「馬鹿な……あり得ない!? だって、あいつは、レオンハルトは昔ーー」
「ああ、それは知ってる。『豚公子』だろ? 昔のあだ名。でも、あいつが強いのは事実だよ。オレはその強さを目に焼き付いている……昔のあいつは知らないけどさー、今のあいつはすげーぜ。風よりも早く動けてよ、一撃一撃が岩を砕くんだ! あんたも、あいつが本気で戦ったあとの訓練場を見たらきっと惚れるぜ!」
「……惚れはしない」

 カーティアは再び視線を下に向ける。そして、何かを決意したかのように、顔をあげ、ディールに目を向ける。

「あんたは……ディールは、あいつに負けて悔しくないの?」
「……悔しいぜ。だからこそ、追いかけがいがあるってもんだ! これでオレらも仲良くレオに負けたわけだし、いずれリベンジしような!」

 そういって夕日に照らされた眩しい笑顔をカーティアに向ける。その眩しさは、カーティアにとっては心地よかった。

(これが……そう、これがわたしが欲しかった言葉。「おれが何とかする」じゃない。「オレと一緒に」って、言って欲しかった)

 カーティアの目には涙がたまる。

 しかし、ディールはそれに気づかない。

「カーティアがさっき言ったレオの嫌いなところ。尊大で、傲慢で、上から目線って言ってたよな。あれは、カーティアがレオのことを下に見てたからじゃないか? 見下した相手があんな態度取ったら、そりゃ尊大に見えるわな。でも、一回上だって認めちゃえば、結構楽になれると思うぞ。あいつはさー、オレらとは同じステージに立ってないんだよ。一つも二つも上のステージにいる。たまに、あいつから王の気質を感じる時があるんだ。まあ、オレ、王様にあったことないけど」

(わたしがあいつを見下してたから? そうかも。ううん、きっとそう。でもそれだけじゃない。わたしは、よく知りもしないであいつのことを見下してた。わたしの方が、傲慢で、尊大だった……同族嫌悪。いや、同族ですらない。わたしが勝手に言いがかりをつけてるだけ)

「……かっこわる」
「え!? オレ!? ……ってどうした!?」

 カーティア自身も知らないうちに涙が流れていた。その涙が、今までの暗鬱な気持ちを流してくれるようだった。

「ご、ごめん、そんなつもりで言ったんじゃないんだけど。本当にごめん! 謝る! 謝るからさー」

 あわてふためるディールの様子は、カーティアの目にはどうしようもなく可愛らしく映っていた。
 涙を流したまま、清々しい笑顔を浮かべると、

「ティア、ティアって呼んで欲しい」

 この涙は、過去の恋を洗い流す川であり、新しい恋を運ぶ雨でもある。

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