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動乱・生きる理由

第4話 狂う歯車

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 臨時決闘局へやってきたレオンハルトとリンシア。そこに置かれた果たし状の数が激減したことがわかる。理由は無論、レオンハルトが全て打ち倒したからに他ならない。

「リンシアの方は……もう終わりか」
「……らしい。根性なしばっか」
「ははは、あれを見せられたら、そうなってもおかしくはない」

 リンシアの決闘はレオンハルトとは異なる様相を呈していた。レオンハルトは、大勢を相手にしなければならないから、騒ぎが起きて、時間が伸びるのを避けるために、最小限の怪我で済むように手加減していた。

 しかし、リンシアはそんなことを考えずに、一方的にボコった。

 まあ、ボコったと言っても一撃だが。その一撃がとんでもなく重く、挑んだものは例外なく重傷をおっている。最長で回復魔法を掛けても、全治1ヶ月ほどの怪我である。

「……レオの方は?」
「ああ、俺のは昨日で終わったはずだが……」

 臨時決闘局のレオンハルトと書かれた名札のところに、一通の果たし状が置かれていた。

 名前はーーオスカー・クレリア

「……逆恨みバカ?」
「呼び名はともかく、まあそいつだな」
「……そう……早く終わらせて、稽古しよ」
「ああ、そうするよ」

 そう言ってレオンハルトは指定された訓練場に足を運んだ。





 指定された訓練場は、訓練場ではなかった。なんと、そこはコロッセオのような円柱形の建物で、俗にいう決闘場である。

 今回の争奪戦は決闘数があまりに多いため、原則的に決闘場ではなく、訓練場で執り行うはずだが、とレオンハルトが考えていると、

「遅かったな。ビビって逃げたのかと思ったぞ」

 すでに中心にいるオスカーが、そう話しかける。

「ちょっと迷子になってたんだ。それより、どういうことだ? これは」

 今、決闘場の観客席には大勢の生徒が集まっていた。初等部、中等部の生徒まで見受けられる。

「因縁の対決を聞きつけた群衆が勝手に集まったんじゃないか?」
「答えになってない」
「そんなのおれだって知るか」
「あっそう」
(まあ、いいか。なんでも)

 レオンハルトは、ここがかつて自分がオスカーに敗北した地であることは、もちろんわかっている。

 しかし、それほど深く考えることはなかった。どうでもいいと思っているからだ。

 ちなみに、この地を決闘の場として指定したのは、もちろんオスカーであり、因縁の対決だと吹聴したのも、オスカーである。

 公衆の場でレオンハルトを叩きのめすために。

「両者、構え!」

 審判の掛け声に、レオンハルトとオスカーそれぞれの武器を構える。レオンハルトは訓練用の槍を使っているが、オスカーは明らかに高価そうな長剣を使っていた。

 審判が声をあげたことで、会場内のざわつきは一気に収まる。視線は場内の二人に集まる。

「よーい、始めぇ!!」

 先に動いたのはオスカーである。リーチの差で負けているのを自覚しているため、できるだけ間合いを詰めたいと考えた。そして、あっという間に詰められる間合い。

 それに対して、レオンハルトは慌てず対応した。

 しかしーー

(ん? こいつ? 体に魔力を帯びている、のか?)

 オスカーの体にはわずかな魔力を帯びていた。つまり、魔力回路を開通していることになる。そのまま、オスカーは猛攻を仕掛ける。

「オラオラオラオラ! とうした! ティアにやったみたいに、仕掛けてこいよ!」

 レオンハルトが戸惑っているのをいいことに、調子にのるオスカー。

 しかし、レオンハルトは難なく対応していた。レオンハルトが戸惑っているのはーー

(魔力を帯びてる? の割に身体強化が弱い? 強化率は精々30%ってところか)

 そう、オスカーは魔力回路を開通しているにもかかわらず、身体強化のレベルはそれほどではなかったのだ。

 普通の人間が魔力回路を開けて、魔力による身体強化を行えば、それこそ人外の身体能力を手にできるのだが、オスカーのそれは人間の域をでなかった。

 ちなみに、レオンハルトやシュナイダーの身体強化率は、驚異の500%。オスカーの16倍以上である。

(それに、こいつの魔力回路、開きが不自然だ。何だこれは? いや、不自然というより、自然なのか?)

 レオンハルトが考え事をしている最中でも、オスカーは攻撃の手を緩めない。武器を合わせ続けることで、レオンハルトは気づく。

「ほら! どうした! 攻めないと勝てないぞ!」

(!! そうか! こいつは、特殊体質か。生まれつき魔力回路が開いているのだ。ということは、こいつは魔力による身体強化が弱いんじゃない。元の身体能力が低いのか。生まれた時から、魔力で体を強化していたから、必要以上に体が成長しなかったんだ)

 理由がわかったレオンハルトは、スッキリした顔で笑顔を浮かべる。それは、どこまでもオスカーの神経を逆撫でするものだった。

「っ!! なに笑ってんだよ! クソが!」

 いつものオスカーにある余裕が、いつの間にか抜け落ちていったのだ。一向に攻めきれない苛立ち。

 圧勝するはずが気づいたら接戦。狂い続ける歯車に、オスカーの心にヒビを入れる。

 その歯車はさらに、どうしようもなく狂う。

 ーーパリン!

「は!?」

「あ」
(あ、魔力で押されたから、つい)

 戦跡・焔ではないが、それに近いことを続けたため、オスカーの剣は見事に砕けてしまった。

「馬鹿な!? 我がクレリア家に伝わる宝剣が!?」

 驚くオスカーは、攻撃の手を止める。それに追撃を仕掛けるほど、レオンハルトは鬼じゃない。決闘場で棒立ちの二人おり、それを黙々と見つめる観客、何とも言えない微妙な空気が流れる。

 審判もどうするか分からずーー

「き、君、棄権するかい?武器がないようでは戦えないだろう」
「……」
「お、おい、君」
「……許さない」
「はい?」
「許さあああん!! 貴様、何をしたあ!? おれの剣に細工を仕掛けたのか!? どこまでも卑怯な奴め!」
「言いがかりはやめろ。俺がどこでお前の剣に細工をしたというのだ」
「うるさい! うるさい! うるさい!!」

 そういって、子供のようにレオンハルトに殴りかかる。無手かつ哀れな相手に武器を使う気にはなれないレオンハルトは槍を地面に突き立てる。

 そのまま二人は体術の戦いに突入するが、

「ぶっは」

 レオンハルトが放つ神速右フックはオスカーの左頬に食い込む。そのままオスカーは吹き飛び、地面に転がる。

 そして、立ち上がる気配を見せないので、審判は、

「勝者! レオンハルト!!」

 歓声は上がらなかった。

 誰しもが、信じられないものを見ているかのようだった。そんな観客には目もくれず、颯爽と立ち去るレオンハルトだった。


 ◆


「……っは!?」
「あ、オスカーくん、起きた? よかったぁー」
「おれ、おれは、ど、どうなった?」
「……」
「レスティナ!!」
「……決闘は、レオンハルトくんの勝ち、だよ」
「う、嘘だ、嘘だぁ! あいつ、おれの剣に細工したんだ! そうだ! 間違いない! これは立派な不正だ! 決闘局に申告しよう。そうしたら、判定は覆っておれのーー」
「無理よ、それは」

 ここでオスカーの妄想に茶々を入れたの、カーティアだった。

「ティア、いたのか? ……それよりも、無理って」
「そのまんまの意味よ。それはレスティナが申告したわ。でも、不正は認められなかった。アリバイ証明もあるし」
「ば、馬鹿な!!ならなぜ、おれの剣が!」
「さあ、そこまでは分からないわ。でも、負けは負けよ」
「……ティア?」
「あいつ、強いわね。わたしだけじゃなくて、オスカーまで……でも大丈夫。これからはみんなで一緒に頑張って、絶対あいつを倒そう!」
「……何を、言ってるんだ、ティア? おれが、負けた? そんなわけない、そんはずはない!!」
「でも、負けたわよ。それも群衆の前で」
「だ、黙れぇぇぇ!! 黙れ黙れ黙れ! ……ティア、お前はあいつも肩を持つのか?」
「別にそういうわけじゃーー」
「そうか! お、お前か、お前がおれの剣に細工をしたのかあ!?」
「はあ!? 何言ってるのよ、あんたは」
「そうだ、間違いない。ティアならおれの剣に細工するチャンスはいくらでもあったはずだ」
「あんた、頭がおかしくなったの?」
「黙れ! この売女があ! レオンハルトが調子ついてきたからって鞍替えしたのかあ!? ふざけるなあ!! ふざけるなふざけるなふざけるな」

 パチン!

 カーティアの左手が、オスカーの右頬を打つ。ここで打ったのが、レオンハルトに殴られた左頬じゃないのは、せめてもの優しさか。

「現実を見なさい!! あんたは負けたのよ! それを人のせいにするんじゃないわよ! ……一回、頭冷やしなさい」
「……」

 そう言って、カーティアは退室する。残されたのは、おどおどしているレスティナと、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしたオスカーだけだった。

 沈黙が流れる。なんと話しかければいいか分からないレスティナと、何も話そうとしないオスカー。

 カーティアに言われた「頭を冷やせ」という言葉とは裏腹に、オスカー脳内は煮えくりかえっていた。

 先に沈黙を破ったのは、オスカーの方だった。

「……レスティナ、しばらくひとりにしてくれ」
「で、でもーー」
「頼む」
「う、うん、わかった」

 レスティナが退室した直後、部屋からはおびただしい怒鳴り声と、装飾が破壊されていく破砕音が響き渡っていた。レスティナを退室させた意味は皆無だった。

(おのれ! おのれぇぇぇ! レオンハルトめ! 絶対に、絶対に許さんぞ! この屈辱は、必ず倍にして返してやる! カーティアもだ! 優しくしたら調子つきやがって! くそ! クソがああああ)

 一方部屋の扉に寄りかかっているレスティナはというと、

(あぁあ、失敗したなぁ~。せっかくあの豚との婚約を解除して、学園から追い出したのに。オスカーとも婚約できて順調だったのになあ。まさか、オスカーが負けるなんて。今からあの豚に近づいても……無理だよねー、ティアちゃんみたいな子がタイプだったりして?)

 オスカーの怒号を物ともせず、そんなことを考えていた。
 窓から差し込まれる夕日が、憤怒を照らし、隔てた板の先は、強欲が広がっていた。

 歯車は、狂う。


 ◆


 その後、レオンハルトに決闘を挑むものは現れなかった。しかし、学園には一つの噂が流れていた。

 ーーレオンハルトは卑怯な手で、決闘に勝利した

 噂の出どころは、言わずもがなだろう。噂は、さらなる噂を呼ぶ。やがて、学園の全てのものが知ることとなる。その噂を純粋に信じるものもいる。

 しかし、多くのものは、これがオスカーの負け惜しみであるとわかっていた。わかっていながら、噂を広め、噂を信じ込もうとした。

 それだけ、一度見下しものを評価するのは難しい。一度吐いた罵詈雑言は戻らない。ならば、その評価を貫き通そう、そう思うのは人間の弱さゆえか。

 結局、ただ一人を除いて、誰もレオンハルトに対して謝罪の言を述べるものはいなかった。

 だが、それでも、変化はあった。面と向かって、レオンハルトを罵倒しようとするものは、すっかり姿を消した。

 ちなみに、レオンハルトに謝罪したのは、もちろんカーティアである。一番レオンハルトを罵倒し、一番レオンハルトを嫌った彼女が、素直に謝罪できたのは、なんの皮肉やら。

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