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動乱・生きる理由
第5話 夏祭り
しおりを挟む本日は祝日、建国記念日である。街はお祭り騒ぎだ。久々の祝日というのもあるが、皇国では毎年記念式典が行われ、それに付随する形で、大きな祭りが行われていた。
そして何より、夏休みの終わりといえば、祭りなのだ。そんな街を歩く四人の男子生徒がいた。
「はあ、やっぱ女子がいねーと寂しいっていうか、華がねーよな」
そうぼやいたのはディールだった。
「いいじゃないか。たまには男子だけでも」
「そうそう。エルサがいなくて清々するぜ」
そう返事としたのは、フレデリックとバースだった。
「そんなこと言ってると、エルサが他の男に取られちゃうよ」
「っは、誰があんなお転婆をーー」
「自分の気持ちには素直に従った方がいいよ」
「ん? フレデリック?」
「……後悔しても、もう遅いから」
そう言ってフレデリックは話を終わらせるべく、残りの一人の青年に話しかける。
「レオンハルト君、さっきから全然しゃべらないね。どうかしたの?」
「……いや、なんでもない」
「ひょっとして、恋煩い?」
「……なくはないな」
「「「マジ!?」」」
3人が一斉に声を上げた。レオンハルトの恋愛方面の話は、あまり聞かないからである。
「どんな? 相手は誰だ?」
「向こうから? それともレオンハルト君から?」
「エルサか? エルサなのか!?」
早速前言を覆したバースはともかく、一斉に質問をぶつけられたレオンハルトは、苦笑いを浮かべた。
「いや、ただの古傷だ。最近になってまた疼き始めたがな」
「あ」
「……なんか、ごめん」
「なんだ、エルサじゃないのか」
気まずそうな二人と、なぜかほっとするバース。
「いや、いいさ。それより、街を回るんじゃなかったのか?」
「お、おう」
気にする素振りを見せないレオンハルトを、ディールたちは逆に戸惑ったのだった。
◆
とあるの屋台のそばのベンチに、レオンハルトはただ一人で座っていた。彼以外の3人は、それぞれ自分の食べたい屋台に並んでいたからだ。
レオンハルトは、先ほどの屋台で買った串焼きを頬張りながら、遠くを見つめていた。
(古傷か……クラウディア……どうして俺は、また生まれてきてしまったのだろうか。やり残したことは、何もないと言うのに)
レオンハルトが時折感じる、虚しさ。それに割ってはいるものがいた。
「僕が一人目かな?」
手にクレープを持ったフレデリックだ。
「ああ」
「せっかくだし、少し話そうよ」
「それはいいが、何をだ?」
「うーん、そうだね。夢、とか?」
「夢か……俺とは無縁な代物だな」
「あれ、そうなの? てっきり何か目標があるのかと思ってた。でないとその強さが説明つかないよ」
「これはただの過去の焼き直しだ……フレデリックの方こそ、夢、あるのか?」
「ないね」
「ないのか。じゃあなんで話を振った」
「ないからこそ聞いたんだよ。レオンハルト君の夢をね」
そう言って先へ視線を向けるフレデリック。そこには、可愛らしいエルフの少女が、手にクレープを持って走っていた。
そして不運なことに、地面に転がっていた石に躓き、転んでしまう。そして、さらに不運なことに、その先には、貴族風の少年がいた。
「あ」
クレープはその少年の上着に付着し、一瞬あとに、地面に向かって自由落下を始める。
静寂な時間が流れる。少女は、今にも泣き出しそうな様子で震えながら、それでもその涙を抑えながら、
「ご、ごめんなさい」
返事は返ってこなかった。代わりに返ってきたのは、少年の蹴りだった。少女を蹴り飛ばした貴族風の少年は、怒鳴り声をあげる。
「薄汚い亜人風情が、僕に話しかけるなああああ!! あ、ああ、お洋服が! 亜人が口にした食べ物が! なんたることだ!」
「ご、ごめんなさい」
「全く、どこに目がついている! こんな平坦な道でどうやって転ぶのだ! 所詮は亜人風情か」
「ご、ごめんなさい」
「謝って済むものか!! 僕は貴族だぞ!! おい、お前たち、連れて行け!」
そう言って、付き人に少女を連行するように命じた少年。流石に、これは目に余ると思ったレオンハルトは止めに入ろうとするが、先に動いたのはフレデリックだった。
「やめなさい。たかがクレープごときに大袈裟な」
「部外者は口を出すな! 僕はチュアラン男爵家の嫡男だぞ! 逆らうものなら貴様も一緒にーー」
「僕はフレデリック・マーサラ。マーサラ侯爵家の嫡男だよ」
「な! こ、侯爵家!」
「折角の友人とのお出かけだ。ここは穏便に済ませたい。わかってくれるね?」
「は、はい! し、失礼しました!」
どす黒い笑みを浮かべたフレデリックの迫力はすごいものだった。レオンハルトが思わず身構えるほどに。
侯爵家の名を聞いて走り去る少年。
しかし、踏み出した一歩目で派手に転んだ。地面を三回転ほどして、やっと止まった。
これ見よがしに、レオンハルトが煽り立てていく。
「全く、どこに目がついている。子供じゃあるまいし、こんな平坦な道で転ぶやつがいるか?」
実は、レオンハルトが彼が歩き出すタイミングを合わせて重力魔法をかけたのだが、それに気づいたのはフレデリックだけである。
先のほどの少年の言葉と似たような言葉を返すレオンハルト。これには、周りの野次馬もたまらず笑ってしまう。
少年の顔がみるみる赤くなっていき、しかし何も言い返すことが出来ずに、走り去っていく。
「全く。折角僕が穏便に済ませようとしたのに」
「ああいう輩は少し痛い目を見てもらうのがちょうどいい」
「突っかかってきたらどうするつもりだったの?」
「返り討ちだな。それに、奴は男爵家の嫡男だろ? こっちは子爵家当主だ。格が違う」
「そういえばそうだったね」
「そっちこそ、まさかマーサラの名を出すとは。そういうのを嫌うタイプだと思っていたのだがな」
「実際嫌いだよ。身分をひけらかすのは。でも、そうした方が早いのも事実」
「そうか……その子は大丈夫か?」
「うん、大丈夫そうだよ。レオンハルト君が咄嗟に魔法をかけてくれたおかげだよ」
「気づいたのか?」
「まあね」
そんな会話をしながら、少女を介抱するフレデリック。幸い少女に怪我はなく、すぐに立ち上がった。しかし、その顔は晴れない。それもそうのはず。あんな目にあったあとなのだ。
ために溜め込んだ恐怖が今吐き出される。
「う、うわああああん」
泣き出す少女を困ったように見つめるレオンハルト。たとえ少女だろうと、女の涙には弱いレオンハルトだった。
しかし、フレデリックは慣れた手つきで少女を抱き寄せる。
「よしよし、怖かったね。もう怖くないよ。怖くない怖くない」
少女が泣き止むまでに、そう時間はかからなかった。
「あ、ありがとうお兄ちゃんたち」
「気にしないで。気をつけて帰ってね」
「うん」
そう言って帰ろうとする少女は、地面に落ちたクレープを見て、一瞬動きが止まる。が、すぐに動き出す。
「あ、そういえば。はい、これ。クレープ。さっき落としたよね」
「え? い、いいの? これ、お兄ちゃんのじゃ?」
「いいよいいよ。あ、でも味ちょっと違うかも。もう一回買ってこようか」
そう言って少女の手を引いてどこか行こうとするが、
「だ、大丈夫!」
「え? これでいいの?」
「うん、これでいい……これがいい」
「そう? ならいいけど」
「うん……お兄ちゃん! あ、あの、お名前は、なんて、いうの?」
「僕は、フレデリック。ただのフレデリックだよ」
「フレデリック……ありがとう! フレデリックのお兄ちゃん!」
「どういたしまして。今度は落とさないように気をつけるんだぞ」
「うん! 落とさない! 一生の宝物にする!」
満面の笑みを浮かべる少女。
「いや、それじゃ腐っちゃうよ……」
そうつっこまざるを得ないフレデリックだった。少女の背中を見送りながら、フレデリックはレオンハルトに徐に話しかける。
「ねー、レオンハルト君。さっき、僕、夢はないって言ってたの、覚えてる?」
「ああ」
「夢はない。でも、使命はある。ああいうの子の笑顔を守る。それが僕の使命」
そういったフレデリックは、どこか寂しそうな笑みを浮かべた。レオンハルトはそんなフレデリックを見て、軽く笑みを浮かべーー
「……ロリコンか?」
「違うよ!」
そう言って二人は笑い合った。
「そういえば、フレデリック」
「何?」
「お前、他人行儀だぞ」
「え? そう?」
「ああ。俺をフルネームで君付けするのはお前ぐらいだ。レオでいい。君付けもいらん」
「……君がそういうなら」
「ためしに呼んでみろ」
「え? ……れ、レオ?」
「……」
「な、何?」
「いや、男がデレるのってなんか気持ち悪いなと思って」
「ひっど! レオがやれって言ったじゃん!」
そうやってワイワイやっているうちに、ディールとバースが合流し、再び3人で街を回ったのだった。
ーーーーーーー
あとがき
箸休め回、大事……
そろそろ始まる……ふぅ
応援ありがとうございます!
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