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動乱・生きる理由

第12話 乱入

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ーーーーー

 拝啓 皇帝陛下

 前略。

 火急の要件ゆえ、失礼をお許しください。
 我が国と帝国の戦争を控える中、東より不審な一団を発見。神聖アルテミス教国の軍勢と思われます。戦争へ介入すると予想されるため、増援の派遣を求めます。東より回り込み、教国軍を強襲するのがよろしいかと具申いたします。ご検討のほど、よろしくお願い申し上げます。

 草々。

 レオンハルト・ライネル子爵より。

ーーーーーー

「教国の介入か。厄介な」
「事前に発見できてようございましたのう。これで急襲でもされたら目も当てられん。レオンハルトの小僧には感謝せねばのう」
「ああ、戦争が終わったら報奨金でも出そう。あとは陞爵だな」
「それが良いでしょう」
「では、軍を派遣するとして、将は誰にする?」
「……うーむ、セベリスが良いですな」
「理由は?」
「シュナイダーは内通者の容疑が掛かっておる。アークは近衛騎士じゃ。この時期に皇都を離れるのはいかん。だからセベリスじゃ。あれは戦場でひかるタイプじゃからのう」
「……そうだな。セベリスを派遣する」


 ◆


「せ、セベリスだ!護国の三騎士が現れたぞ!!」
「ば、馬鹿な!」
「おのれ帝国め!裏切ったな」

 突然の事態に混乱のるつぼに落とされた教国軍。その中でも比較的冷静なのが、総大将のモーリアム。戦場を見渡し、努めて冷静になろうとしている。

(帝国が裏切った? だが、そんなことをして、何のメリットが……そもそもここは皇国内、我らが敗走したところで、本国に与える影響は微々たるもの……いや、今はそんなことはどうでもいい!)

「戻れ! 本隊に加勢するぞ!」
「……させない」
「っ!!」

 水の刃が飛来する。その水の刃を間一髪でかわすモーリアム。

「何者だ?」
「……ただの傭兵」
「ご冗談を。あなたほどの使い手がただの傭兵であるはずがない」
「……信じるかどうかは、そっちの勝手」
「これは手厳しいお嬢さんだ」

 冷静のように見えて、モーリアムは猛烈に焦っていた。

(これほどの使い手までいるのか!? これはまずい。本隊に加勢をしなければ! これ以上遅れたら本当にまずい!)

「……やられましたよ。まさか、あなた方が帝国と組んでいたとは」
(せめて、情報だけでも!)

「……全て、レオの、計画通り」
(情報は、渡さない)

 二人の睨み合いはしばらく続いた。といっても、リンシアにとっては計画通りであり、モーリアムにとっては計画外であるが。

 しかしーー

 硬直した場面を破るものがいた。

 突如二人の間に割って入った。

 二人ともそれに気づけなかった。

 気づいた時にはすでに遅かったかもしれないが。

(なんだこいつは!? 凄まじい殺気! 体が、動けん! 動け動け動け!)

(……強い。レオよりも)

 気づいても、反応できない。それほどの凄まじい圧。空気が重くなったと錯覚するほど。

「ふむ。違うか」

 そう、何事もなかったかのように言い放つ。

 そしてーーモーリアムの体から血飛沫が上がる。

「ぐっはっ!」
(い、いつの間に!?)

「せ、先輩いぃいいい!?」

 すぐ近くにいたミアが悲痛の叫びをあげる。

「ん?」

 しかし、モーリアムを切った張本人は別のことを気にかけていた。

 リンシアの首に一筋に切れ込みが入っていた。しかし、それだけである。リンシアの首はちゃんと繋がっていた。 

 これは男にとっては意外なことである。

「なるほど。貴様か。貴様がレオンハルト・ライネルだな」

 そう言った男の視線は、いつの間にかリンシアの側まできていたレオンハルトに向けられていた。

「貴様が余の剣筋を歪めたのか。面白い。どんな魔法だ?」
「謎は自分で解くほうが面白いぞ?」
「それもそうだな」

 軽口を叩いているが、レオンハルトに余裕はない。

(強い。現世で一番の強敵かもな。咄嗟に重力魔法を奴の剣にかけなかったら、リンシアの首は飛んでいただろう。リンシアが反応できないほどの剣筋。こんなことができるのは……)

「へガンドウルム・ルドマリア」

 大陸最強ーー帝国皇帝へガンドウルム・ルドマリアその人である。

「む? なんだ知っておったのか? つまらぬ」

 金髪碧眼の美丈夫で、白馬に跨っており、一見して白馬の王子様のような風貌。だが、その内側から漏れ出るドス黒い殺意は、とても王子様とはいえない。

「なぜ、帝国の皇帝がここにいる?」
「何、余の心のうちが騒ぐのだ。ここに来い、と」
「意味がわからんな。答えになってないだろ、それ」
「だが、実際ここにきた意味はあった。貴様に会えたからな、レオンハルト・ライネルよ!」
「熱烈な告白をどうも。それも済んだことだし、お帰り願おうか」
「そう言うな。楽しみはこれからだろう?」

 そういったへガンドウルムは笑みを浮かべる。心底楽しそうに。だが、

「てめー! よくも先輩を!!」

 そう言って駆け出したのは、ミアである。駆ける馬の背に両足を乗せ、獲物である双剣を構える。馬の背を蹴り、一直線でへガンドウルムに向かう。

「死ねや、ボケが」

 へガンドウルム目掛けて双剣を振るうがーー

 パリン!

「え?」
「小物に用はない。下がれ三下」
「ぐっは!」

 ミアの刃は無惨に砕かれた。

「さて、メインディッシュと行こうか」

 そう言ったへガンドウルムは一層笑みを深めた。まさに、狂気の笑みである。

 レオンハルトも応戦しようと黒月を構えようとする。しかし、左の袖が何かに引っ張られる感触がした。

 視線を向けると、そこにはいつになく怯えた表情を浮かべたリンシアがいた。思わず保護欲を駆り立てる表情は、今にも泣き出しそうである。

(あのリンシアがここまで怯えるとは……)

「……だめ……ひとりに、しないで」
「……心配せずとも、リンシアには指一本触れさせん」
「……ち、違う! 私はーー」
「いくぞ! レオンハルト・ライネル!」

 2人の会話を遮るように、へガンドウルムは雄叫びをあげる。

 わざわざ声をあげて注意を引いたのは、メインディッシュを冷まさないためだろう。どこまで行っても、この皇帝は趣味を優先するようだ。

(過去一、骨の折れる戦いになりそうだ)


 ◆

 白馬に跨り、襲いかかるへガンドウルム。しかし、その速度は尋常じゃなかった。

(はやい! あの馬、ただの馬じゃないな)

 実際、へガンドウルムが跨っているの馬はただの馬ではなく、魔獣の一種である。

 しかし、それはレオンハルトとて同じ。手綱を引いて、馬を走らせるレオンハルト。へガンドウルムの一撃をうまくかわし、旋回を始める。

 それを追いかける形で、Uターンをするへガンドウルムだが、

「ん?」

 馬の足が急にもつれ、今にも転びそうである。
 レオンハルトがタイミングを見計らい、馬の片足だけに重力魔法をかけたからである。

「っは!」

 しかし、それをもろともせず、へガンドウルムは手綱を引き上げ、無理矢理馬の体勢を整えさせる。

 体勢を整えたへガンドウルム。しかし、顔をあげるとそこには真っ黒な偃月刀が襲いかかる。

 剣と偃月刀がぶつかりあう。レオンハルトは全力の重力魔法を黒月にかけ、それに遠心力を加えて攻撃するが、へガンドウルムは何もない顔で、それを受ける。

「良い一撃だ。やはり貴様は別格だな」
「お褒めに預かり光栄だ、とでも言うべきか?」

 こうして話している間でも、幾千の剣戟が交わされる。武器がぶつかる衝撃で世界が揺れるのを感じる。それほどの戦い。

 馬上で撃ち合う二人は、まさに互角と言った様子だった。幾千の時が過ぎたようにも感じる戦いだが、実際は剣を交えてからまだ数分しか立っていない。

 一撃。レオンハルトの一撃がへガンドウルムを吹き飛ばした。

「うお!? これは……余が軽くなったのか? ならば、貴様の魔法は重力を操る魔法だな」

 レオンハルトは仕切り直すために、あえてへガンドウルムを軽くし、吹き飛ばした。大してダメージは入らないが、距離をとることに成功した。

「面白い……ふむ、そうだな。余ばかり楽しんでも不公平だ。代わりに余の魔法を見せてやろう」

 そう言ったヘガンドウルムの体は燃え上がる。

 炎の属性魔法だろうか。

 否。

 その炎は、分かりやすく異常だった。なにせ、黒色の炎心をしているのだから。黒色の炎心の外回りは仰々し金色の炎を纏っていた。まるで、へガンドウルムを現したような炎だ。

 その炎を目の前にして、レオンハルトは思わず息を飲む。

「ば、か、な……」

 レオンハルトの反応に満足したのか、へガンドウルムは勝ち誇った笑みを浮かべた。

「これぞ、余の魔法、煉獄である!」

 空気が冷え込んでいく。

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