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動乱・生きる理由
第18話 再会
しおりを挟む(知らない天井だ)
しかし異世界転生ではない。月明かりが、窓から差し込まれる。それが、今は深夜であることを告げている。
「……レオ君?」
ベッドの側でうつ伏せに寝ていたオリービアが目を覚ます。そして、レオンハルトを見るや否や、彼を抱きしめた。
「オルア?」
「……よかった。本当に、よかった」
「……心配かけたな」
「うん、だから、罰として、しばらく、このまま……」
「……ああ」
流している涙を見ることはできないが、それでも相当心配をかけたのがわかる。正直、自分も今回ばかりは死んだと思った。そして、死のうと思った。
それでも死ねなかったのは、なぜだろうか。さて、答えを持ち合わせるものはいるだろうか。
しばらくたち、オリービアはレオンハルトを離した。
「……」
「……」
沈黙と時が流れる。レオンハルトはなんと声をかけたらいいか分からなかったからだ。故に、必然的に沈黙を破るのはオリービアとなる。
「……あの二人は、今は休んでるよ。順番は交代交代で、今ちょうど私の番」
「……そうか」
あの二人とは、もちろんシリアとリンシアのことである。
「でも驚いたなぁ。レオ君ってモテるんだね」
「別にモテてるわけじゃーー」
「あれはモテてるんだよ」
「……怒ってるのか?」
「まさか。嬉しいんだよ。レオ君にはちゃんと大切なものがあるんだって」
「……」
「安心したよ。これで、私に何かあっても、アレクみたいには、ならないから」
「……は?」
フリーズ。レオンハルトの脳は完全に停止した。
「あ、ごめんね。こんな時に。でも、似てるんだよね。レオ君は。アレクって男の子と」
「……」
「無愛想で、不器用で、その上ちょっと理屈っぽくって、でも優しい、みたいな?」
「……」
「レオ君? どうしたの? お、怒ってる?」
「……」
声を発することが、できなかった。目の前にいる少女が、彼女にしか見えないからだ。
信じられない、でも信じるしかない。そう信じたい、でも少しだけ怖い。恨まれていたら、嫌われていたら、そう思うと一歩踏み出せない。
それでも、確かめなければ。
「く、クラウディア?」
「……え?」
フリーズ。今度はオリービアの番。
沈黙の時間が流れる。
「う、うそぉ……わ、私の、好きな料理は?」
「オムライス」
「す、好きな本は?」
「グリムの悪戯集」
「「……」」
オリービアの次の言葉が飛び出ることはなかった。レオンハルトが無言なまま、オリービアを抱きしめたからだ。
「……会いたかった」
「……」
「伝えたいことは山ほどある」
「……」
「でも、その前に……守ってやれなくて、すまなかった」
「う、ううぅぅぅ」
声を抑えて、涙を流すオリービア。だが、今言わなければならないことがある。
「わ、私の方、こ、こそ、や、約束、破って、ごめんなさい、うわああああんん」
涙の土手は突き破られ、子供のように泣きじゃくるオリービア。
それを幸せそうに抱きしめるレオンハルト。
もう二度と、手放さないために。
◆
泣き止んだオリービアだが、二人とも互いを手放そうとはしない。抱き合ったまま、二人は言葉をかわす。
「……あの時、お前を連れ出さなければよかったと思った」
「……私は、連れ出してくれて、嬉しかった」
「……お前を置いて、戦場に行かなければよかった。すまない」
「……そんなの無理だよ。私、弱いし」
「でも、俺が守ってやればーー」
「それはダメ。足手まといは、いや。だから、強くなった」
「クラウディア……」
「今は、オリービア」
「……そうか」
「話したいことは山ほどある。でも……」
「ああ。あの後どうなったか、教えてくれ」
「うん」
◆
レオンハルトが復活を果たした直後のことだった。
「いてててて。思いっきり殴りやがって。馬鹿力が」
「「「!!」」」
短いスパンを経て、セベリスはすでに立ち上がれるほど回復した。
「そんな顔すんなって。もう何もしねーよ」
「信用できません」
「ま、そりゃそうか。でも、何もしねーってのは本当だ。死体から首を刈り取るのもいい気はしねーが、首を持ち帰るだけならまあしゃーねーと思ったよ。でも、そいつが生きてたとなっちゃ話は別だ。流石に、殺す気はねーよ」
「そうなの? 父上からの命令でしょ?」
「その命令に、俺も疑問があるってことだ。もう、この戦は収拾がつかねー。三大国は共倒れみてーなもんだし。これから何が起こるわからん。俺はうちの残りの兵士をまとめて、帝都に戻る」
「そう。ありがとう、セベリス」
「いいってことよ」
そう言って颯爽と立ち去ろうとするセベリスだが、それをシリアは止める。
「お待ちください。元帥閣下」
「あん?」
「兵のまとめについてはご心配なく。すでに、レオンハルト様が手を回しております」
「マジでか? そいつ、さっきまで死んでたんだろ?」
「はい。とは言っても、全員とはいきませんが」
「十分だ。俺はこのまま俺の軍と共に引き上げる。あとは頼んだぞ」
「はい。お任せください」
今度こそ、セベリスは軍を率いて、去って行ったのだった。
◆
混沌とする戦場から、抜きん出る一団がいた。
シュヴァルツァー公爵率いる私兵、そして、その中には、総大将ハリス侯爵と彼に従う兵士たちがいた。
「帝国兵め。炎の中を突っ切るとは、イカれてんやがる」
「ハリス侯。どうするつもりだ。指揮官が全滅した今では軍をまとめることは不可能だ」
「わかっております……閣下はこれからどうなさいますか」
「……すまんが、わたしはこのまま領に帰還する。多くの貴族はそうするだろう」
「そう、ですか」
「責めないのだな」
「この状況でどうして閣下を責められよう」
こうして、二人が言葉を交わしている間に、遠くからさらに大きな一団が近づいてきていた。
「全軍、襲撃に備えよ!!」
すかさず指示を出すシュヴァルツァー公爵。だが、ハリス侯爵がそれを止める。
「お待ちください閣下。味方です」
「この状況では敵も味方もないだろ」
「いえ、あれは」
そう言ってハリス侯爵の視線は先頭を駆ける大男に向けられた。
「ドバイラスです」
「凶獣か? なら尚更」
「いえ、奴は状況判断に長けた男。この状況でわしらを襲うようなことはしません」
その言葉を証明するかのように、先頭をかけるドバイラスは皇国の旗を高く掲げていた。そのまま両軍が出会い、ハリス侯爵はすぐさまドバイラスに話しかける。
「おいドバイラス。貴様、軍議にも出席しないでどこをほっつき歩いておった」
「そう切れんなよ爺さん。おれだってサボってたわけじゃねーよ。退路の確保をしてたんだよ」
「退路だと? まさかお主、この状況を予測しておったのか?」
「おれがそんな賢いように見えるか? レオンハルトのやつだよ。このまま帝都に退却するのは危険だって言って、別のルートを用意してんだよ」
「帝都が危険だと? どういうことだ?」
「さあ。あいつ曰く、嫌な予感がするってさ」
「何じゃそれは……まあ良い、生き残りはこれで全部か?」
「味方はな。シュヴァルツァー領兵3000。うちの兵1500に、ここにいるアルハジオン子爵兵500、テルメア子爵兵500、ローカム伯爵兵1500。そして爺さんに従う1000の国兵。計8000か。残りの貴族兵と正規兵はバラバラっと。3万以上いた軍が、なんてざまだよ」
「それでも、生き残りはおる。このまま撤退する」
「そうだって言いてーけどよ。あれってどう見ても味方じゃねーよな」
そう言って遠方を指さすドバイラス。そこには、帝国の旗を掲げた大軍がいた。
「ざっと1万か。戦えねー数じゃねーが……」
そう言って別の方向に目を向けるドバイラス。
「あれはあれで、味方じゃなさそうだな」
帝国軍とは違う方向からこちらに向かう一団は、皇国の旗を掲げていた。先頭をかけるのは、マーサラ侯爵。
「どういうことだ?」
「マーサラが裏切った」
「ほぇー。そいつはやべーな。アグリル子爵兵までいやがる。ざっと3000ってところか?」
マーサラ侯爵の裏切りを聞いても、ドバイラスはさほど動揺しなかった。冷静に状況を分析する。
しかし、マーサラ侯爵が裏切ったのを聞き、穏やかでいられない3人がいた。
「ま、マーサラ侯爵が裏切りだと!?」
「どういうことよ!」
「フレデリックは、フレデリックどうなった?!」
フレデリックの同級生であるディール、エルサ、バースがたまらず声を上げる。
「状況から見て、裏切ったと思っていいだろう」
「そんな!」
「嘘。な、何か理由があるはずです!!」
「そうだよ! でねーとあのフレデリックが裏切るなんてーー」
そういったバースの脳天に拳骨が降ろされる。バースの父である、テルメア子爵のものだ。
「慌てんなガキども。戦場は冷静さを失った奴から死んでく。覚えとけ」
「そうよ。何か理由があっても、裏切りは裏切り。その理由を考えるだけの余裕は、私たちにあるのかしら」
それに同調したのは、エルサの母であり、かつて戦乙女とまで呼ばれたローカム女伯爵である。
「マーサラ侯のことは気になるが、今後の身の振り方の方が重要じゃ。ドバイラス。どうするつもりじゃ?」
ドバイラスに今後の展望を尋ねたのは、ディールの祖父である、前アルハジオン子爵である。
「二手に分かれて逃げた方がいいだろう。シュヴァルツァー公は自分の領地に、おれらはこのままライネル領に。敵も一丸じゃねー。どっちを追うか戸惑うはずだ。それでも……」
「追いつかれるじゃろうな」
「ああ。だからーー」
「殿が必要、か」
ドバイラスの言葉を遮ったのは、ハリス侯爵だ。
「わしが殿をやろう」
「……死ぬ気か、爺さん」
「もとより、敗戦の責を取らねばならぬ身。ならば、味方を生かすために使おう」
そう言って、ハリス侯爵は兵に向き直る。
「聞いた通り、これよりわしは殿として、この場に止まる。生き残ることは、まずないだろう。お主らにそれを強要する気は無い。好きな方を選べ」
「ついていきますよ」
少しの間も開けることなく、一人の兵士が返事した。
「ついていきますよ。俺ら、長年閣下の下で戦ったんです。最後まで、居させてください」
「「「いさせてください!!」」」
「……そうか。ドバイラス。どうやら、わしは部下には恵まれていたらしい」
「ああ。爺さんが泣くぐらいだからな」
「やかましい! 早ういかんか!!」
「ああ……爺さん。世話になった」
「ふん。わっぱが」
そう言って、二人はすれ違う。互いに背中を向けた。振り返ることは、ない。
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