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動乱・生きる理由

第17話 死の定義

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 地に伏した二人の少女。全身傷だらけになりながらも、それでもなお立ち上がろうとする。致命傷がひとつもないのは、手加減されているからだろう。

 それほどまでに、セベリスという男は強い。

「なぜ、まだ立ち上がる。もう十分だろ? そいつへの義理立ては、それで十分だろ?」
「義理立て、じゃあ、ありません。そうしたいから、しているのです」
「……右に同じ」
「……そうか、すまんな。無粋なことを言った」

 そういって再び戦闘は開始された。

 リンシアの水の刃が、セベリスを襲う。しかし、セベリスが剣を振るうと、それもたちまち消え去る。

「それはさっき見たな」
「では、これはどうですか?」

 セベリスの影から現れたシリア。そのまま短剣をセベリスの首元に突き付けようとするが、

「これは初見だな」
「!!後ろに目でもついているのですか?」

 振り向きもせず、セベリスは防いで見せた。

「まさか、経験だよ」
「え?」

 突如、シリアを包む影が姿を消した。戸惑うシリアだが、気づいた時には、すでに吹き飛ばされていた。

(まずい!)

「これで、終わりにしよう」

 最後の一撃を放とうとするセベリス。だが、その背後に一本な短剣が迫る。先ほどと同じように、セベリスは振り向きもせず、短剣を払う。

 しかしーー

「動かないでください。まだ首が惜しいのなら」

 その首には、短剣が突きつけられていた。

「レオ君!?」

 すかさずレオンハルトのそばに駆け寄る銀髪の少女と、セベリスの首元短剣を突きつけた女性。

「オリービア皇女……」
「レオ君!? レオン君!」

 セベリスには目もくれず、レオンハルトの名を呼び続ける少女。皇国第二皇女オリービアである。そして、セベリスの首に短剣を突きつけているのは、その従者であるアリスだった。

「どうして? ……う、そ」
「オリービア皇女、そこをどいてくれ。そいつの首が必要だ」

 ギロリと、セベリスを睨むオリービア。

「あなたが、やったの?」

 その目にはかつてないほどの殺意が込められていた。
 殺意を向けられたセベリスは、なんともバツの悪そう顔をしながらーー

「違う。おれじゃあ、そいつを殺せねー」
「じゃあ、なんで首が必要だって」
「陛下の勅命だ」
「……え?」
「なっ!?」

 これには、アリスとオリービアも動揺する。まさか、皇帝がレオンハルトの首を欲しているとは。

「さあ、そこをどいてください」
「……」
「オリービア皇女」
「.....やだ」
「オリービア皇女!」
「……やだ!」

 こうして、オリービアとアリスは、元帥セベリスに立ち向かうのだった。


 ◆


 ときに、人はいつ死ぬのだろうか?

 心臓が止まった時? 生き甲斐を失った時? 生を諦めた時?

 そのどれも、ある種の正解なのだろう。
 しかし、その全てを満たしてもなお、死ねないものがいたらどうだろうか?

 レオンハルトの心臓は完全に停止した。しかし、それは死を意味しない。心臓が止まると人が死ぬのは、脳が死ぬからだ。だが、レオンハルトは咄嗟に、全魔力を脳に集中させた。壊死を上回る速度で、魔力はレオンハルトの脳を修復する。死にたがっていた割に、本能は人一倍強い。レオンハルトとは、アレクサンダリアとは、そういう面倒な人間なのだ。

 アレクサンダリアにとっての生き甲斐は、ただ一人の少女だ。そして、失われたそれは二度と戻らない。そう思っていた。しかし、どうやらまだ死ねない理由があるらしい。 

 アレクサンダリアが生を諦めたことは、一度や二度ではない。あの夜、自らの首に刃を突き立てようとしたように。それでも、死ねなかったのは、きっとあの約束のろいのせいだ。



「レオンハルト様!? レオンハルト様!?」

 ーーああ、静かだな。何もない

「……レオ! レオ!?」

 ーー真っ黒な空間。静寂な空間。これが、俺が求めた死か。

「レオ君! レオ君!?」

 ーー何も聞こえない。何も聞きたくない。

 3人の少女の声が、こだまする。指一本動かせないレオンハルトは、耳を塞ぐこともできずに、ただそれを聞くことしかできなかった。

 しかし、なぜかここで、あの男の言葉を思い出す。

『真剣に生きないと見落としちゃう景色だってあるよ……その空っぽの強さじゃあ、張りぼての強さじゃあ、失うばかりだよ』

ーーシュナイダーか……
ーーやはり、お前は間違っていたな
ーー空っぽの人間に、失うものなどないのだから


 だが、なぜだ。シュナイダーの言葉が耳から離れない。脳の奥にこべりついて、剥がれない。


ーーなんだ? 俺は何か、見落としているのか?


 さらに脳内に一つ、声が追加される。の声が響き渡る。
 
『また、そうやって、約束を破るの?』
ーーその言い方はずるくないか?
『ずるいって言った方がずるいもーんだ!』
ーーここへ来ても、君は変わらんな
『……死んじゃうの?』
ーーああ、死ぬな
『……約束は?』
ーー守っただろ? 一度死んだんだ。リセットだリセット。
『そんなのない! 一生生きて!』
ーー無茶言うなよ

『お願い、生きてよ』
ーークラウディア?
ーーいや、違う
ーー誰だ、お前は? 誰だ、お前たちは? 


 クラウディアの声に聞こえたそれは、ぼやけた何かに変って行く。何重にも重ねて聞こえてしまう。
 なぜ? この心の中に、クラウディア以外の者など……


『『『私を!』』』

ーーっ!!


 三重に重なる声。しかし、不思議と声の持ち主はすぐに分かった。


ーーああそういえば、あと三つほど、約束があったな
ーー3人とも、寂しがり屋だ。ひとりにしては、怒られてしまう
ーーまた死に損なったか
ーー全く、しがらみというのは持つべきではないな

 暗闇の中で、レオンハルトはそうぼやく。

ーーしかし、どうする。体は、動かない
ーーそもそも、心臓の傷を塞がなければ……
ーーダメだ。魔力ができるのは治癒まで。再生は、できない
ーーただ、このまま緩やかに死を待つのみ
ーー約束を破るのか? また、俺は……

『その空っぽの強さじゃあ、張りぼての強さじゃあ、失うばかりだよ』

ーーうるさいぞ、シュナイダー……ん?
ーーっ!? はっはっはっはっは
ーー張りぼて、張りぼてか。確かに、人間の体は張りぼてだな
ーー心臓を一突きされただけで、この様だ
ーーだが、それでも俺の脳はまだ生きてるぞ

 シュナイダーはそう言う意味で言ったわけではないだろう。しかし、レオンハルトには別の意味に聞こえて仕方がない。


ーーそうだ、魔力だ
ーー魔力で体を作り替えろう
ーー張りぼてじゃない、魔力で満ちた体を

 言うは易く行うは難し。それができれば誰も苦労はしない。仮に体を満たすほどの魔力をかき集めたとしても、それを制御するので手一杯となる。とても動ける体ではない。

 しかし、ここで再びシュナイダーとの会話が脳内を過る。

『そういえば、レオくんの魔法は何だい?』
『重力魔法だ。重力を増幅させたり、逆に弱くすることもできる』
『なるほど。そっちの方が応用が効くんじゃないか? 羨ましいよ』

ーーそうだ
ーー俺の魔力は、重力を増幅させることができる
ーーこれを利用すれば、簡単に肉体を定着させられる
ーー前世アレクサンダリアにはない、今世の俺レオンハルトだけ力だ


 重力が作用するには、質量がなければならない。

 ではいつぞやの、魔導金属の話を覚えているだろうか。黒鉄がなぜ重いのか。魔力に質量があるからではないのか。その答えは、ここで見つかる。

 魔力に質量は、あったのだ。

 レオンハルが正真正銘生まれ変わるのは、今しかない。

ーーー

 昔、誰かが言っていた。

『もともと地上に道はない。歩く人が多くなれば、それが道になるのだ』

 道なき荒野を歩むは、先駆者。

 先駆者の通った場所には、跡が残った。

 その跡は人々を導いた。

 やがて、跡が重なり、道ができた。

 六つの跡は六つの道を生んだ。

 そこにひとつ、新たな道が加わり、漆道を成した。

 に変化し、へと至った。

 今ここに、漆道聖武術しちどうせいぶじゅつが誕生した。

ーーー


「レオ君!?」
「レオンハルト様!」
「レオ?」

 レオンハルトの死体から、黒い光が放たれた。その黒い光は、レオンハルトを包み込み、それどころか周りから魔力を吸い取っていた。

 大気が渦巻く。いつぞやの極大魔法を思わせる風景だが、あの時と違うのはその中心にいるのがレオンハルトという点だ。

「なんだ? 死んだんじゃねーのか?」

 セベリスとは戸惑っていた。そんな戸惑いをよそに、黒い繭は周りから魔力を吸い上げていた。貪欲に、どこまでも、まるで腹をすかせた子供のように。

 食う、食らい続けた。

 ようやくその食事が終わったのか、黒い繭が膨張を始めた。風船のようにどんどん膨らんでいき、最終的に破裂した。

 破裂した繭の破片はまるで雪のように降り注ぎ、その中から現れたのは、

「「「レオ君(レオンハルト様)(レオ)!!」」」

 一糸まとわぬ姿のレオンハルトだった。肉体からは、わずかに黒い光が漏れ、不安定に揺らめく。目を瞑っており、意識はないようだ。

(なんと言う魔力の圧!? あれ自体が魔力の塊! とんでもない密度の魔力だ!)

 セベリスを持ってしても、今のレオンハルトは異常というほかなかった。

 そんなことを考えていた、セベリスの前に、いつの間にか現れたレオンハルト。それでも、やはり意識はないようだ。

(はや!?)

 掌底をセベリスの腹部に打ち込み、セベリスを吹き飛ばす。砂煙が晴れたそこには、横たわったセベリスがいた。

 一撃。

 油断があったとはいえ、一撃で護国の三騎士を戦闘不能に陥らせた。

 恐ろしい力だ。

 しかし、それが最後の力だったようで、そのままレオンハルトは崩れ落ちる。それを受け止めたのは、3人の少女。

「れおんはるとしゃまああ!!」

 泣きじゃくるシリア。

「……」

 言葉すら発さず、ただ涙を流すリンシア。

 そしてーー

「……おかえりなさい」

 優しく微笑んだオリービアだった。

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