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動乱・生きる理由
第20話 動乱
しおりを挟むレオンハルトが目覚めた翌日、多くのものが会議室に集まっていた。
ドバイラス伯爵、ローカム女伯爵、前アルハジオン子爵、テルメア子爵などの軍を率いる貴族たちに加えて、マルクス騎士団長やオリービア、シリア、リンシア、アリスたちもいた。
これからの展望について話すためである。
「ライネル子爵。まずは、我々を受け入れてくれたことに礼を言わせて欲しい。ありがとう」
最年長の前アルハジオン子爵がそう切り出す。
「いえ、当然のことをしたまでです」
「して、これからの計画を聞きたいのじゃが……」
「ドバイラスから聞いたわよ。帝都が危険だって。どういうことかしら」
そうレオンハルトに詰め寄るのはローカム女伯爵である。
「いえ、確固たる理由はありませんが、強いって言えば勘ですね」
「勘だけで、私たちをここに逃げ込ませたの? こんな砦まで用意して」
「勘といえど、馬鹿にできるものではありませんよ。しかし……そうですね。理由としは、裏切り者の存在が大きいですね」
「どういうことだ? 裏切り者はマーサラ侯爵だろ?」
と、テルメア子爵が疑問を口にする。
「ええ。裏切り者はマーサラ侯爵で間違いありません。帝国側の、ですが」
「「「っ!!」」」
「どういうことじゃ? まさか、帝国以外にも!?」
「教国かしら?」
「何を根拠にそんなことをーー」
ちょうど、裏切り者についての話の途中に、それが起こった。会議室の扉は、パタンと開き、その外にはひとりのダンピールがいた。
慌てふためいた様子で、部屋へ入ってきたダンピールはレオンハルト直属の諜報機関「朧月夜」の一員である。どんな状況でも冷静に対応できるように仕込まれた精鋭であるが、
「はぁはぁはぁ」
「どうした?」
「ほ、報告致します!」
何とか息を整えるダンピールの女性の口から放たれた言葉はーー
「皇帝陛下、宰相閣下のお二方が暗殺されました!」
「「「っは!??」」」
「皇国近衛騎士団は下手人を特定し、指名手配している模様」
「ばかな!?」
「下手人は誰だ!?」
「そ、それが…….」
口に出すのを憚れる様子の女性。そんな彼女の代わりに答えたのはレオンハルトである。
「麗剣・シュナイダーってところか」
「「「え?」」」
信じられない、といった顔の一同。会議室に沈黙の時が流れる。
それを破ったのは、いち早く状況を掴んだローカム女伯爵だった。
「ちょっと、君? ライネル子爵が言ったことは本当かしら?」
「は、はい。レオンハルト様のおっしゃる通り。下手人は麗剣・シュナイダーです!」
会議室は、更なる動揺に包まれることとなった。
◆
時を遡り、セベリス元帥が戦場に派遣された三日後のこと。
相変わらず皇城の執務室にいる皇帝と宰相。その二人は、深刻な表情で報告書を睨んでいた。
「本当か? これは」
「さて、わしにもその真偽は計りかねますゆえ」
「マーサラ侯が裏切り、か」
「裏で亜人狩りをしておったからのう。バレたらただでは済まんが、それだけで裏切るものか……」
「話の真偽はともかく、今すぐにマーサラ候を呼びもどさねば……宰相?」
「いえ、どうもすっきりせんのじゃよ。セベリスがいなくなった瞬間、このような報告書が上がってくるとは。うまくいきすぎとる」
「しかし、裏切り者は全て戦場にやった。今、皇都で手を回せるものなど……」
「いや……まさか!? いや、しかし……」
「宰相?」
「陛下、今すぐお逃げください! 奴が来まーー」
「中途半端な知恵をつけると早死にするよ、ってもう早死にって歳でもないか」
話の途中に、宰相の首がとんだ。血飛沫が部屋中に飛び散るが、下手人には一滴の返り血もついていない。返り血を全て避けたからである。それだけで、下手人の技量の高さが伺える。
「なぜ、お主が ……」
そう言っている皇帝も、心臓から剣が生えていた。
「なぜ、ねー。理由なんてないよ。任務だから、ただそれだけ、ってもう聞いてないか」
そう言って下手人は去っていこうとするが、
「ああ、そうだそうだ。元帥殿に手紙を出さないと。レオンハルトを殺せってね」
そういうと、血だらけの部屋から玉璽を取り出し、偽りの勅令をセベリスへ送った。
◆
「これはどういうことかな? プロポーズ? 悪いけど僕、そんな熱烈なプロポーズはノーセンキューなんだよね」
軽口を叩いている男はシュナイダー、現在皇帝殺しの大罪人として指名手配されている男だ。
そして、その男を取り囲んでいるのは、皇国近衛騎士団。三騎士や皇宣魔導士のような規格外を除けば、この国の武力の頂点である。
その頂点が、取り囲むだけで精一杯な男、それがシュナイダー。
「僕が何したっていうの? ナンパは2ヶ月ぐらい前にはやめたけど」
「麗剣・シュナイダー! 貴様には皇帝陛下、宰相閣下の暗殺の容疑がかかっている! 大人しく同行せよ!」
「やだよ。君たちのボスに伝えな。僕に会いたかったらそっちから来いってね」
そう嘯くシュナイダーの背後には突如と、一人の男が現れた。
近衛騎士団長、護国の三騎士、正剣などの肩書きを持つアークである。
「私のことかな?」
そう言いながら、剣を振るう。が、その剣は空を切る。
「そうそう。悪いけど、死んでくれる?」
時憶魔法で、場所を移したシュナイダー。先ほどのふざけた印象はまるで見られない。シュナイダーは本気なのである。
◆
剣と剣がぶつかり合い、あたりが破壊されていく。それほどまでに、三騎士というのは規格外である。近衛騎士ですら、傍観者にはなり得ない。傍観をした瞬間、巻き込まれて、なますにされてしまう。
互いに超速で剣を振るうが、ぶつかる回数はそれほどでもない。二人とも回避を主とする戦闘タイルであるため、撃ち合うことを好まない。
しかし、三騎士が振るう剣だ。空振りだろうと、剣圧だけで、周囲を切り裂く。そのせいで、あたり一体は更地となっていた。
(剣技勝負はまずい)
そう判断したシュナイダーは魔法を発動する。一瞬でアークの間合いをでる。
先ほどまでいた敵が突如姿を消したことに、一瞬戸惑うアークだが、すぐにシュナイダーの魔法であると判断する。しかし、その一瞬をシュナイダーは突いていく。
自分から意識がそれたその一瞬。それを狙い撃ちするだけでのセンスを、シュナイダーは持ち合わせていた。その結果、アークの体にかすり傷を作ることに成功した。
振われたシュナイダーの剣は、あと少し早かったら、アークの首を跳ねていただろう。
「アーク! なぜ裏切った!」
いつになく、感情的なシュナイダー。
「裏切り者はお前だろ? 皇帝陛下と宰相閣下を殺しておいて、何をのうのうと」
「ふざけんなよ似非イケメン。そのツラ、切り刻んでやるよ」
そう言ったシュナイダーは再び姿を消した。今度は、アークの背後である。それはアークもわかっているのか、振り向きもせず、剣を振るう。
だがーーー
パチン!
「ぐはっ!?」
「僕の魔法は、僕と無機物にのみ作用する。剣も、無機物だよね。つまり、チェックメイトだ」
アークの心臓から一本の長剣が刺さっていた。そして、シュナイダーの手には、何も握られていない。自身に魔法を使い、アークの背後に回り込んだ後、剣に魔法を使った。
今アークがいる場所は、先ほど二人が剣戟を交わした場所であり、シュナイダーが魔法で記憶した場所もある。つまり、その場所には、無数の見えない剣が存在していた。
シュナイダーが魔法を発動させることで、かつてシュナイダーが振るった剣がそこに現れる。振るう人がいない剣でも、それは慣性に従い、動き続け、やがてアークの心臓にも届く。
言うは易く行うは難し。
かつて自分が振るっていた刃をすべて記憶し、そのうちの一振りを選び取って、それがピンポイントでアークの心臓に突き刺さる。針の穴に駱駝を通すほどの無謀な挑戦。それを成功させたシュナイダーという男。
「「アーク団長!?」」
遠くで見守っていた近衛騎士たちは、直ちに駆け寄ろうとする。
しかし、事態は急変した。
アークは心臓に剣が突き刺さったまま、剣を振るったのだ。
「なっ!」
流石のシュナイダーもこれには驚き、避けようとするが、それは間に合わない。アークの剣はシュナイダーの首をとらえる。
そして、一瞬後、シュナイダーの頭部が宙を舞い、自由落下にしたがって地面に引き寄せられる。
トン。
シュナイダーの首から上が吹き飛び、同時にその体は崩れ落ちる。
それをみて駆け寄った騎士は一瞬動きを止めるが、すぐにーー
「アーク団長!? ご無事ですか?」
「ええ、なんとかね」
そう言いつつ、心臓の剣を引き抜く。その胸は、まるで何もなかったかのようだった。さっきまで剣が突き刺さっていたにもかかわらず。
「さて、大罪人の処刑は済んだ。帰ろう」
「は、っは! 直ちにシュナイダーの死体を処分ーー」
「ああ、いいよ。ほっとけ」
「は、はい? しかしーー」
「俺はほっとけって言ったんだ。そのままカラスにでも食わせとけばいい」
「「「え?」」」
あまりにもアークらしくない発言に、騎士たちは動揺する。しかし、死闘の後だからなのか、アークはそれに気づかない。
「いたたた。ったく、やりやがったな、くそが……はあ、これで任務完了っと……はぁあ~なんで俺が……もうやだ、こんな世界。テレビもゲームも漫画もないし。はぁー」
三度のため息とともに、アークはそう零す。最後のアークのぼやきを聞くものはいなかった。
◆
しばらく時が経ち、血溜まりに寝そべる一人の男の死体が、ピクンと動いた。
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