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動乱・生きる理由
SIDE オリービア
しおりを挟む(うぅ~、きつい、つらい、逃げ出したい……自分からお願いしておいてなんだが、めちゃくちゃきつい)
それはオリービアがシュナイダーに修行を見てもらうようにお願いしてから、3日目のことだった。すでにオリービアは修行大変さに心が折れかけていた。
それでも、強くなりたい一心に訓練を続ける。今オリービアがやっているのは筋トレだ。魔力操作と並行して、シュナイダーはオリービアに強靭な体を作るように指導していた。
「はーい、休憩ー」
やっとシュナイダーから休憩の指示が出る。
「いやあ、皇女殿下はすごいですね~。ぶっちゃけ、ここまでついてこれるとは思いませんでしたよ」
「はぁ、はぁ、はぁ……ありがとう、ございます」
「これなら、すぐに次の段階に行けそうだね」
「つ、次の段階、ですか?」
「そう、次の段階。といっても、ただの実戦ですけどね」
「じ、実戦?」
オリービアの受難はまだまだ続きそうだ。
◆
学園で行われた武闘大会の直後のことである。
(なんで、レオ君、棄権したんだろう……私と戦うのが嫌になのかなぁ。あの日あんな態度とっちゃったから。サプライズで驚かそうと思ってあのあと一回も会ってないんだよね……やばい、どうしよう、嫌われた、どうしよう、どうしよう)
心ここにあらずといった様子のオリービア。そこへシュナイダーがやってくる。
「皇女殿下、武闘大会優勝、お祝い申し上げます」
「ありがとうございます……」
「おや、浮かない顔ですねぇ。レオくんのことが気がかりですか?」
「はい……なんで、棄権なんか」
「それについては、許してあげてください。皇族であらせられる皇女殿下ならすぐにお耳に入るでしょうが……帝国の侵攻です。数は3万」
「え?……じゃあレオ君は……」
「はい、陛下の勅命で参陣を命じられました」
「そう」
さすがは一国の皇女。帝国の侵攻と聞いても動揺することなく、逆に冷静に状況を分析した。
(嫌われたわけじゃないのかぁ~よかった~……でも、戦かぁ……うううぅぅ)
「心配いりませんよ」
「え?」
「レオくんが帝国如きにやられるはずありませんので。信じて待ちましょう」
「……はい!」
◆
シュナイダーはああ言っていたが、やはり心配なものは心配である。レオンハルトが皇都を出て3週間以上経過していても、その気持ちは変わらない。
(……よし! 行こう)
「アリス~出かけるよ~」
「どちらへ?」
「レオ君のとこ」
「……はい?」
◆
「殿下、お待ちください! 引き返しましょう。今ならまだ間に合います」
「やぁだ、行くったら行くぅ」
「そんな子供のような……」
「だってぇ」
「心配なのはわかりますが、彼ならきっと大丈夫です。シュナくん、ゴッホン、シュナイダー様と互角に渡り合ったほどの実力ですよ。帝国如きに遅れをとることはありません」
「だって~」
「聞き分けてください、殿下」
「ううぅぅうう」
今、オリービアとアリスは皇都の街道を進んでいた。ローブを深く被り顔を見せないようにはしている。レオンハルトが向かったという北の戦場へに行くために。当然アリスは窘める。
しかし、そこへ一人の怪しげな男が近づく。灰色の髪を伸ばしたガリガリな男である。アイリスとオリービアはほぼ同時に男の存在に気づき、アリスはオリービアを庇うために一歩前に出る。
「止まりなさい」
「……オリービア皇女殿下とお見受けする」
「「……」」
お忍びのはずだが、正体が知られてしまった。相手の狙いはわからないが、皇族を狙う輩はどの時代にも存在する。アリスが武器に手を伸ばそうとした瞬間、
「レオンハルト様から、皇女殿下の保護を仰せつかったものでございます」
「「え?」」
予想だにしていない言葉が飛び出る。
「れ、レオ君が?」
「はい」
「殿下、お下がりください。レオンハルト様の名を語る賊の可能性もございます」
オリービアはレオンハルトの名を出された途端警戒を解いたのに対し、アリスは一層警戒心を強めた。
「証拠を出せと言われると困りますが、うちのボスがレオンハルト様から手紙を預かっているのは確かです」
「……その手紙の内容は?」
「……皇族の皆様、特にオリービア殿下の安全を確保せよ、と……全く、スラムのチンピラに皇族の護衛を頼むなど、無茶振りもいいところだ」
灰色髪の男からどことなく苦労人の雰囲気が滲みでる。そこでオリービアが気になることを尋ねる。
「それだけ? ここは皇都だよ? 危険なんて……それに、どうして父上にではなく、あなたたちに手紙を送ったの?」
「手紙を届けた奴曰く、北の方の情勢が急変したらしい。他国が戦争へ介入したため、皇都にも手が回っているのではないかという懸念だ。皇帝陛下は護国の三騎士が警護に当たるため、我々に依頼する必要はないらしい」
「「……」」
3人の間に沈黙が流れる。アリスは話の真偽を計り、灰色髪の男は相手の返事を待つ。そして、オリービアは決断を下す。
「……北に行くよ、アリス」
「「はい?」」
「お、お待ちを、殿下」
「そうだ。俺らはあんたの保護を任されてる。勝手に動かれては困る」
まさかの発言にアリスと灰色髪の男は動揺する。灰色髪の男に至っては動揺のあまり、敬語を忘れてしまうほどである。
「早く、急がないと!」
「で、殿下あ!」
「お、おい!」
(なんか、嫌な予感がする。レオ君、どうか、無事で)
灰色髪の男を置いて、オリービアとアリスは疾走する。取り残された灰色髪の男、隼は大きくため息をつく。
「はあ。全く、とんだお転婆皇女だ。誰に似たんだか……はあ、ボスにどやされる」
二度のため息とともに、頭をボリボリとかきながら、帰路へつく。
(せめて、他の皇族の護衛くらいは成功させねーと)
◆
オリービアの悪い予感は見事的中し、レオンハルトは一度命を落とすこととなる。しかし、その後何かしらの方法で復活を果たした。
意識を失ったレオンハルトを、シリアとリンシアとともにライネル領に送り届けると、
「ありがとうね。二人とも」
「いえ、好きでやってますので」
「……同じく」
「ふふ、そうだね。私も同じだね」
「「……」」
短い会話だけが交わされるが、なんとなく、このメンツならうまく行く、とそう思った。
◆
「皇帝陛下、宰相閣下のお二方が暗殺されました!」
足元が崩れ落ちる音がした。
その場でこそ動揺を隠していたものの、やはりショックは大きい。なんせ、この世界のオリービアにとっては父である存在なのだから。
夜深く、一人で屋上で座り込むオリービア。一人静かに、涙を流していた。やがて、泣き疲れたのか、オリービアはそのまま眠ってしまう。屋上という大変危険な場所で寝込むなど、とても皇女のすることではない。
しかし、彼女が落下する心配はなかった。暗闇の中から、一人の男が姿を表す。
レオンハルトである。その手には毛布があった。
「……風邪を引くぞ」
誰かに聞かせるわけでもなく、レオンハルトはそういう。そして、足を抱えて眠るオリービアに毛布をかけ、隣に座る。
実は、オリービアが屋上へやってきた時点でレオンハルトはすでにこの場にいた。
感傷に浸るオリービアの邪魔をしないために、そっと息を潜めていた。こういう場合、なんと声をかけるべきかわからない、というわけではないだろう。
むしろ、そっとしておくのが正解だと思った。故人を思うのは、親しかったものにしか許されない。よく知りもしないものが故人を語るのは、それこそ冒涜のように思えた。自身の経験から、レオンハルトはそう判断した。
たまにはこうして星空を眺めるのも悪くはない、そうレオンハルトは思った。
どれほど時間が経ったのだろうか、袖が引っ張られる感触がする。レオンハルトがそちらへ視線を向けると、そこには目を覚ましたオリービアの姿があった。
「……ありがとう」
「……ああ」
「……前世の両親はさ、あんな感じだから、亡くなったときは、そんなに悲しくなかったんだ。ひどい話だけど……でも、皇帝陛下は、父上は、ちゃんと私を見てくれてた……ちゃんと、愛してくれてた。皇帝の激務に追われながらも、ちゃんと父親をやってくれた……だから、私にとっての、初めてのお父さんだったんだ」
誰かに聞いて欲しいのか、それともただ気持ちを言葉にしたかったのか、オリービアは徐に語り出す。父との思い出を、涙を堪えることなく、感情のおもむくままに語った。
レオンハルトは、ただ耳を傾けるだけ。時折かたを貸す。ただそれだけだった。
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