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動乱・生きる理由
SIDE 教国
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「どう責任を取るおつもりですか? シャーマン枢機卿。あなたの発言のおかげで、我々に大きな損害が出てしまったが? しかも神聖騎士団は全滅ときた。あなたの首一つでは済みませんよ?」
「じゃかしい。お主とて、賛成しておったであろう。この後に及んでわしに責任をなすりつけようというのは、虫がよすぎるのではないか?」
「はて、なんのことやら」
醜い争いを繰り広げているのは、教国の枢機卿二人である。
教国は教皇を筆頭とし、その下に4人の枢機卿、16人の大司教、256人の司教によって運営されている。司教の下には多くの司祭もいるが、やはり権力を握るのは司教から上になる。
そして、国のトップたる教皇を4人枢機卿がサポートすることで、国としての決断を下す。
現在行われている会議は、さきの戦の損害についてのものである。一万という大軍を戦場に送り込み、帰ってきたのはそのわずか半分。責任の所在を問うなというのは無理がある。
おまけに送り出した神聖騎士団は全滅。総大将であり、神聖騎士団副団長のモーリアムとその副官のミアは生死不明ときた。
三大国の中でもっとも被害が少ないとはいえ、決して無視できない損害である。
「そもそも、シャーマン卿が帝国などと繋がりを持ったのがいけませんな。伝手がなければ、そもそも協力の話は出なかったからね」
「ふん、諸外国とのつながりを保つのが、教皇猊下から扱ったわしの役目。イブライド卿は教皇猊下のお言葉を軽んじると?」
「ものはいいようですな」
「……静まれ」
二人の枢機卿の争いを止めたのは、長い白髪を後ろでひとまとめにしている老人である。
武人としての覇気こそないものの、その眼には叡智が宿っていた。これも年の功ということだろう。
「「っは、失礼いたしました。教皇猊下」」
「うむ」
この老人こそが、神聖アルテミス教国の元首にして、アルテミス教の頂点である教皇その人である。
「イブライド卿。戦場への派兵を決定したのは私だ。文句があるなら私にいいたまえ」
「……いえ」
教皇にここまで言われると、さすがにイブライド枢機卿もこれ以上追及することはできなかった。
「では会議を続ける。イブライド卿」
「っは。では会議を再開いたします。此度の帝国、皇国の戦争ですが……結果は痛み分けというところでしょう。帝国軍3万はほぼ全滅、帝国皇帝は重傷を負わされ帰国。対して皇国は国兵が全滅、貴族兵も壊滅的なダメージを受けました」
「これを聞く限りじゃあ、帝国のほうがダメージは大きいように思えるが?」
「ええ。ですが……」
ここでイブライド枢機卿は言葉を区切る。そして、にやりと笑みを浮かべながら言い放つ。
「彼がやってくれましたよ」
「「おお!」」
ここで他の枢機卿から喜びの声が上がる。この言葉だけで、誰が何をやったのか察したようだ。
「そう、皇国皇帝と宰相の暗殺に成功しました。これで、皇国では権力争いが繰り広げられることでしょう。噂によると帝国でも跡継ぎ争いが起こっているようです。我々教国もダメージを受けたものの、結果からみれば独り勝ちですね」
イブライド枢機卿はまるで自分の手柄かのように誇らしげに語った。それに対して不機嫌そうなシャーマン枢機卿。
「それでよくもまあ、わしを責められたものよのう」
「それとこれとは別ですので」
「ふん」
朗報を聞いてもなお不機嫌そうなシャーマン枢機卿。それを不思議に思ったほかの枢機卿は尋ねる。
「シャーマン卿? どうなさいましたが? イブライド卿とて本気で貴公の責任を追及しようとは思っていませんよ」
「わかっとるわい。わしが懸念しておるのは別の事じゃ……全く、皇帝なんぞを殺しよって。おかげで化け物が目を覚ましたわい」
「シャーマン卿、何を? 皇国皇帝の暗殺については合議したはずでは?」
「わしはその合議で、皇帝暗殺に反対じゃといったはずじゃが?」
「しかし、それは失敗した際の皇国の報復を危惧したのは?」
「あほぉ、わしが皇国なんぞを恐れるわけがなかろう! 全く主らは何もわかっておらん……あのまま皇帝が生きておれば、あの化け物が、レオンハルト・ライネルが皇帝にならずに済んだのだ! 藪蛇を突っつきおって」
「「「??」」」
枢機卿たちはポカーンとした顔で、何を言っているのだこいつは、と言わんばかりだ。静まり返る会議室。沈黙を破ったのは、最高権力者の教皇である。
「シャーマン卿よ。お主はそのレオンハルト・ライネルというものは危険だと?」
「っは」
「どれほどのものだ?」
「恐れながら……かの者の底を測る物差しは、この世に存在するとは思えませぬ。帝国皇帝ヘガンドウルムでさえ、物差しにすらなりますまい」
「「「っな!!」」」
「……それほどか」
シャーマン枢機卿は教国では外交を仰せつかっている。そのため、諸外国の貴族との接触は日常茶飯事。
そして彼は実際にレオンハルト・ライネルとヘガンドウルムの両方をこの目で見ている。ゆえに教皇もそれを軽んじることはできなった。
「ば、ばかな! ヘガンドウルム・ルドマリアは大陸最強とまで謳われた男ですよ! それを物差しにすらならないなど、と……シャーマン卿、手柄欲しさに教皇猊下にでたらめを吹き込むのはいかがなものでしょうか」
イブライド枢機卿はシャーマン枢機卿がでたらめを言っていると思っているようだ。
皇帝暗殺に反対したせいで、今回の計画の手柄を逃したがゆえに、自分の選択を正当化しようとしている。イブライド枢機卿にはそう見えたのだろう。
しかしシャーマン枢機卿はどこ吹く風である。
「お主が信じようが信じまいが、すでに起こってしまったことじゃ。もうわしらにはなにもできん」
「「「……」」」
シャーマン枢機卿の態度に、ほかの枢機卿は対応に困っていた。
そこで、会議室の扉がパタン、と開かれる。会議の場へ乱入したのは一人の司教である。息を切らした彼に、イブライド枢機卿は苦言を呈する。
「困るよ、君。今は会議中ですよ。報告なら後にしたまえ」
そういわれるが、司教は退出する素振りを見せない。何とか息を整えようとする。
それを見かねたイブライド枢機卿は、守護騎士たちに命令を下そうとするが、教皇がそれを阻む。
「よい。火急な要件であろう?」
「はぁ、はぁ、はぁ……は、はい! 報告致します。断界勇者シオンが脱走しました!」
「「「なあ!?」」」
――――――
勇者。それは神聖アルテミス教国に伝わる救世主のことであり、現代においては教国最高戦力でもある。
今よりもはるか昔に、それこそ神聖アルテミスが建国される前の話。
現在、アルテミス教の教祖として名を残すイーヴァン・アルテミス。彼は窮地に立たされていた。
ダンジョンの探索中に大勢の魔物に囲まれ、死を覚悟したそうだ。ダンジョンは地下深くにある。助けなどこない、そう思っていた。
しかし、そこへ雷が落ちる。ダンジョンは地下深くにある。雷など落ちるはずもなかった。まさに超常現象である。
迸る雷光は瞬く間に魔物たちを焼き尽くした。そして、それをもたらしたのは
『大丈夫ですか?』
黒髪の少年である。顔つきに幼さが残るものの、戦士としての覇気はそこら辺の傭兵をもはるかに上回るものだった。
のちにアルテミスはこう語った。
ーー私はあの日、神を見た。
その後、少年とアルテミスは友人として関係を続けることとなる。それこそ、アルテミスはが神聖アルテミス教国初代教皇となった後でも。
アルテミスは少年を勇者と称え、教皇と同等の権限を与えた。
しかし、少年はそれを嫌がり、姿をくらましてしまったという。だが、年に一度だけ、アルテミスの生誕祭を祝いに教国へやってくるという噂もある。
ここまでが、初代勇者と初代教皇の物語である。
故に、アルテミス教には勇者は不可侵な存在として伝えられてきた。しかし、現代では勇者の軍事利用を敢行する。それには、理由がった。
勇者召喚。
この手法が確立されて以来、勇者の在り方は大きく変わった。恐れ多くも、勇者を二種類にわけ、命名した。
転生勇者と召喚勇者。
意味は文字通り、転生によって生まれる天然ものの勇者と、人工的に呼び出される勇者。
どちらが勝るかということはないが、転生勇者のほうが希少なのは言うまでもないだろう。
現在のアルテミス教国には召喚勇者が6人、転生勇者が1人所属している。
勇者を好き勝手呼び出せるようになったとはいえ、勇者の数はそれほど多くない。それは、勇者召喚の儀式には綿密な準備を必要とし、成功率も高いとは言えないからである。
また、偶然勇者召喚悉く成功し、教国に20人以上在籍した時代では、勇者同士の関係が悪化し、危うく内乱に発展しかけた歴史があるもの原因である。
――――――
「行先はわかるか?」
「それについては目下捜索中でございます。ただし、西門でその姿が確認されたそうです」
「ふむ、西か。行先は皇国か? ……聖都マリアの守備を固めよ。皇国に行くなら必ず通るはずだ」
「っは!」
「聖女の身辺警護も怠るなよ。あと残りの勇者たちのケアもだ。行け」
「っは!」
教国でも一波乱起こりそうだ。
◆
教皇や枢機卿たちが会議を行う前日の夜、一人の少女が誰もいない夜道を進んでいた。顔はローブで隠され、よく見えない。しかし、腰に一本の刀を携えていた。
「この国ともおさらばか」
そんなことをつぶやきながら、神殿を振り返る。
「とは言ったものの、次はどこへ行こうか」
そんな独り言つぶやきながら、振り返る。そこで、とある人物をすれ違う。
小柄だが、歩き方からして武人の類だろう。その背中には、人間一人分ほどの大きな荷物が背負われていた。
◆
教皇が住まう教都、その中心に位置するのがアルテミス神殿である。白亜の巨大な柱がいくつも立ち並ひ、まさに神殿といった様相を呈している。
その神殿には教皇や枢機卿たちの他に、もう一つの集団が住んでいた。彼ら、彼女らの名は、勇者である。
「シオンちゃん、なんで逃げ出したんだろう?」
「レイカ、その言い方はやめろ。きっと彼女なりの理由があるはずだ」
そう会話を交わすのは、黒髪青年と茶髪の少女である。これぞ優等生といった様子の、顔立ちが端麗なその男の名は、「覚醒勇者ケイスケ」である。
そして、ケイスケと会話を交わす茶髪を短いボブに刈り揃えた少女の名は、「魔導勇者レイカ」である。
「シオンは、絶対俺がつれ戻す」
「またそんなこと言って。私たちいま、謹慎中だよ」
「まあじで納得いかね~。シオンのやつが逃げだしたからって、なんでオレらまで謹慎になんだよ」
そうぼやいたのは、2メートルはあるのではないかと思うほどの大男である。短髪で顔立ちはいかついが、先ほどの男女と同い年であることは見て取れる。彼の名は「覇拳勇者リョウタ」である。
「そう言うな、リョウタ。教会もいろいろ大変なのだろう」
「だからってよう」
「二人とも、喧嘩はいけませんよ。私たちは、この国を代表する勇者なんですから」
そう二人をたしなめたのは、黒髪を腰まで伸ばした、これまた容姿端麗な少女である。彼女の通り名は「聖癒勇者ハルカ」である。
「喧嘩じゃねーよ、ハルカ」
実はこの四人は幼馴染であり、同じ中学に通っている生徒である。よって、召喚されたばかりであるにもかかわらず、こうして打ち解けている。
「シオンさんのことは一旦おいておきましょう。私たちは、私たちの役目を果たすだけですので」
「ああ、なんせ俺たちは、救国の勇者なんだから」
今代の召喚勇者は6人。断界勇者シオンとこの四人を除いて、最後に一人の勇者は、正義感に溢れた彼らを冷ややかな目で見ているだけだった。
「じゃかしい。お主とて、賛成しておったであろう。この後に及んでわしに責任をなすりつけようというのは、虫がよすぎるのではないか?」
「はて、なんのことやら」
醜い争いを繰り広げているのは、教国の枢機卿二人である。
教国は教皇を筆頭とし、その下に4人の枢機卿、16人の大司教、256人の司教によって運営されている。司教の下には多くの司祭もいるが、やはり権力を握るのは司教から上になる。
そして、国のトップたる教皇を4人枢機卿がサポートすることで、国としての決断を下す。
現在行われている会議は、さきの戦の損害についてのものである。一万という大軍を戦場に送り込み、帰ってきたのはそのわずか半分。責任の所在を問うなというのは無理がある。
おまけに送り出した神聖騎士団は全滅。総大将であり、神聖騎士団副団長のモーリアムとその副官のミアは生死不明ときた。
三大国の中でもっとも被害が少ないとはいえ、決して無視できない損害である。
「そもそも、シャーマン卿が帝国などと繋がりを持ったのがいけませんな。伝手がなければ、そもそも協力の話は出なかったからね」
「ふん、諸外国とのつながりを保つのが、教皇猊下から扱ったわしの役目。イブライド卿は教皇猊下のお言葉を軽んじると?」
「ものはいいようですな」
「……静まれ」
二人の枢機卿の争いを止めたのは、長い白髪を後ろでひとまとめにしている老人である。
武人としての覇気こそないものの、その眼には叡智が宿っていた。これも年の功ということだろう。
「「っは、失礼いたしました。教皇猊下」」
「うむ」
この老人こそが、神聖アルテミス教国の元首にして、アルテミス教の頂点である教皇その人である。
「イブライド卿。戦場への派兵を決定したのは私だ。文句があるなら私にいいたまえ」
「……いえ」
教皇にここまで言われると、さすがにイブライド枢機卿もこれ以上追及することはできなかった。
「では会議を続ける。イブライド卿」
「っは。では会議を再開いたします。此度の帝国、皇国の戦争ですが……結果は痛み分けというところでしょう。帝国軍3万はほぼ全滅、帝国皇帝は重傷を負わされ帰国。対して皇国は国兵が全滅、貴族兵も壊滅的なダメージを受けました」
「これを聞く限りじゃあ、帝国のほうがダメージは大きいように思えるが?」
「ええ。ですが……」
ここでイブライド枢機卿は言葉を区切る。そして、にやりと笑みを浮かべながら言い放つ。
「彼がやってくれましたよ」
「「おお!」」
ここで他の枢機卿から喜びの声が上がる。この言葉だけで、誰が何をやったのか察したようだ。
「そう、皇国皇帝と宰相の暗殺に成功しました。これで、皇国では権力争いが繰り広げられることでしょう。噂によると帝国でも跡継ぎ争いが起こっているようです。我々教国もダメージを受けたものの、結果からみれば独り勝ちですね」
イブライド枢機卿はまるで自分の手柄かのように誇らしげに語った。それに対して不機嫌そうなシャーマン枢機卿。
「それでよくもまあ、わしを責められたものよのう」
「それとこれとは別ですので」
「ふん」
朗報を聞いてもなお不機嫌そうなシャーマン枢機卿。それを不思議に思ったほかの枢機卿は尋ねる。
「シャーマン卿? どうなさいましたが? イブライド卿とて本気で貴公の責任を追及しようとは思っていませんよ」
「わかっとるわい。わしが懸念しておるのは別の事じゃ……全く、皇帝なんぞを殺しよって。おかげで化け物が目を覚ましたわい」
「シャーマン卿、何を? 皇国皇帝の暗殺については合議したはずでは?」
「わしはその合議で、皇帝暗殺に反対じゃといったはずじゃが?」
「しかし、それは失敗した際の皇国の報復を危惧したのは?」
「あほぉ、わしが皇国なんぞを恐れるわけがなかろう! 全く主らは何もわかっておらん……あのまま皇帝が生きておれば、あの化け物が、レオンハルト・ライネルが皇帝にならずに済んだのだ! 藪蛇を突っつきおって」
「「「??」」」
枢機卿たちはポカーンとした顔で、何を言っているのだこいつは、と言わんばかりだ。静まり返る会議室。沈黙を破ったのは、最高権力者の教皇である。
「シャーマン卿よ。お主はそのレオンハルト・ライネルというものは危険だと?」
「っは」
「どれほどのものだ?」
「恐れながら……かの者の底を測る物差しは、この世に存在するとは思えませぬ。帝国皇帝ヘガンドウルムでさえ、物差しにすらなりますまい」
「「「っな!!」」」
「……それほどか」
シャーマン枢機卿は教国では外交を仰せつかっている。そのため、諸外国の貴族との接触は日常茶飯事。
そして彼は実際にレオンハルト・ライネルとヘガンドウルムの両方をこの目で見ている。ゆえに教皇もそれを軽んじることはできなった。
「ば、ばかな! ヘガンドウルム・ルドマリアは大陸最強とまで謳われた男ですよ! それを物差しにすらならないなど、と……シャーマン卿、手柄欲しさに教皇猊下にでたらめを吹き込むのはいかがなものでしょうか」
イブライド枢機卿はシャーマン枢機卿がでたらめを言っていると思っているようだ。
皇帝暗殺に反対したせいで、今回の計画の手柄を逃したがゆえに、自分の選択を正当化しようとしている。イブライド枢機卿にはそう見えたのだろう。
しかしシャーマン枢機卿はどこ吹く風である。
「お主が信じようが信じまいが、すでに起こってしまったことじゃ。もうわしらにはなにもできん」
「「「……」」」
シャーマン枢機卿の態度に、ほかの枢機卿は対応に困っていた。
そこで、会議室の扉がパタン、と開かれる。会議の場へ乱入したのは一人の司教である。息を切らした彼に、イブライド枢機卿は苦言を呈する。
「困るよ、君。今は会議中ですよ。報告なら後にしたまえ」
そういわれるが、司教は退出する素振りを見せない。何とか息を整えようとする。
それを見かねたイブライド枢機卿は、守護騎士たちに命令を下そうとするが、教皇がそれを阻む。
「よい。火急な要件であろう?」
「はぁ、はぁ、はぁ……は、はい! 報告致します。断界勇者シオンが脱走しました!」
「「「なあ!?」」」
――――――
勇者。それは神聖アルテミス教国に伝わる救世主のことであり、現代においては教国最高戦力でもある。
今よりもはるか昔に、それこそ神聖アルテミスが建国される前の話。
現在、アルテミス教の教祖として名を残すイーヴァン・アルテミス。彼は窮地に立たされていた。
ダンジョンの探索中に大勢の魔物に囲まれ、死を覚悟したそうだ。ダンジョンは地下深くにある。助けなどこない、そう思っていた。
しかし、そこへ雷が落ちる。ダンジョンは地下深くにある。雷など落ちるはずもなかった。まさに超常現象である。
迸る雷光は瞬く間に魔物たちを焼き尽くした。そして、それをもたらしたのは
『大丈夫ですか?』
黒髪の少年である。顔つきに幼さが残るものの、戦士としての覇気はそこら辺の傭兵をもはるかに上回るものだった。
のちにアルテミスはこう語った。
ーー私はあの日、神を見た。
その後、少年とアルテミスは友人として関係を続けることとなる。それこそ、アルテミスはが神聖アルテミス教国初代教皇となった後でも。
アルテミスは少年を勇者と称え、教皇と同等の権限を与えた。
しかし、少年はそれを嫌がり、姿をくらましてしまったという。だが、年に一度だけ、アルテミスの生誕祭を祝いに教国へやってくるという噂もある。
ここまでが、初代勇者と初代教皇の物語である。
故に、アルテミス教には勇者は不可侵な存在として伝えられてきた。しかし、現代では勇者の軍事利用を敢行する。それには、理由がった。
勇者召喚。
この手法が確立されて以来、勇者の在り方は大きく変わった。恐れ多くも、勇者を二種類にわけ、命名した。
転生勇者と召喚勇者。
意味は文字通り、転生によって生まれる天然ものの勇者と、人工的に呼び出される勇者。
どちらが勝るかということはないが、転生勇者のほうが希少なのは言うまでもないだろう。
現在のアルテミス教国には召喚勇者が6人、転生勇者が1人所属している。
勇者を好き勝手呼び出せるようになったとはいえ、勇者の数はそれほど多くない。それは、勇者召喚の儀式には綿密な準備を必要とし、成功率も高いとは言えないからである。
また、偶然勇者召喚悉く成功し、教国に20人以上在籍した時代では、勇者同士の関係が悪化し、危うく内乱に発展しかけた歴史があるもの原因である。
――――――
「行先はわかるか?」
「それについては目下捜索中でございます。ただし、西門でその姿が確認されたそうです」
「ふむ、西か。行先は皇国か? ……聖都マリアの守備を固めよ。皇国に行くなら必ず通るはずだ」
「っは!」
「聖女の身辺警護も怠るなよ。あと残りの勇者たちのケアもだ。行け」
「っは!」
教国でも一波乱起こりそうだ。
◆
教皇や枢機卿たちが会議を行う前日の夜、一人の少女が誰もいない夜道を進んでいた。顔はローブで隠され、よく見えない。しかし、腰に一本の刀を携えていた。
「この国ともおさらばか」
そんなことをつぶやきながら、神殿を振り返る。
「とは言ったものの、次はどこへ行こうか」
そんな独り言つぶやきながら、振り返る。そこで、とある人物をすれ違う。
小柄だが、歩き方からして武人の類だろう。その背中には、人間一人分ほどの大きな荷物が背負われていた。
◆
教皇が住まう教都、その中心に位置するのがアルテミス神殿である。白亜の巨大な柱がいくつも立ち並ひ、まさに神殿といった様相を呈している。
その神殿には教皇や枢機卿たちの他に、もう一つの集団が住んでいた。彼ら、彼女らの名は、勇者である。
「シオンちゃん、なんで逃げ出したんだろう?」
「レイカ、その言い方はやめろ。きっと彼女なりの理由があるはずだ」
そう会話を交わすのは、黒髪青年と茶髪の少女である。これぞ優等生といった様子の、顔立ちが端麗なその男の名は、「覚醒勇者ケイスケ」である。
そして、ケイスケと会話を交わす茶髪を短いボブに刈り揃えた少女の名は、「魔導勇者レイカ」である。
「シオンは、絶対俺がつれ戻す」
「またそんなこと言って。私たちいま、謹慎中だよ」
「まあじで納得いかね~。シオンのやつが逃げだしたからって、なんでオレらまで謹慎になんだよ」
そうぼやいたのは、2メートルはあるのではないかと思うほどの大男である。短髪で顔立ちはいかついが、先ほどの男女と同い年であることは見て取れる。彼の名は「覇拳勇者リョウタ」である。
「そう言うな、リョウタ。教会もいろいろ大変なのだろう」
「だからってよう」
「二人とも、喧嘩はいけませんよ。私たちは、この国を代表する勇者なんですから」
そう二人をたしなめたのは、黒髪を腰まで伸ばした、これまた容姿端麗な少女である。彼女の通り名は「聖癒勇者ハルカ」である。
「喧嘩じゃねーよ、ハルカ」
実はこの四人は幼馴染であり、同じ中学に通っている生徒である。よって、召喚されたばかりであるにもかかわらず、こうして打ち解けている。
「シオンさんのことは一旦おいておきましょう。私たちは、私たちの役目を果たすだけですので」
「ああ、なんせ俺たちは、救国の勇者なんだから」
今代の召喚勇者は6人。断界勇者シオンとこの四人を除いて、最後に一人の勇者は、正義感に溢れた彼らを冷ややかな目で見ているだけだった。
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