Re:征服者〜1000年後の世界で豚公子に転生した元皇帝が再び大陸を支配する〜

鴉真似≪アマネ≫

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帝位・勇気を紡ぐ者

プロローグ

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 ラインクール皇国南部。その中心都市にして、四大公爵家の一角であるレイフィス家が治める領地の領都であるグラハムにて。

 雄大にそびえ立つ屋敷の窓から、外を眺めるひとりの男がいた。年は二十台半ばほど。くすんだ金色の髪を右側に流している。体型は痩せ型であり、その端麗な顔にはメガネがかけられている。

 一見するだけで荒事は苦手であるとわかるこの男は、ラインクール皇国第一皇子にして、次期皇帝候補の一人、クリストファー皇子である。

 そんな彼は、窓の外を眺めながらため息をこぼす。

「おや? 悩み事ですか?」

 クリストファー皇子に声をかけたのは、銀髪をオールバックにした紳士である。年齢こそ若いものの、身から溢れ出る威風は只者ではないことを告げている。

 彼こそが、この領地の支配者であり、レイフィス公爵家当主、コンランド・レイフィスである。

「これが悩まずにいられるか。父上は殺され、兄弟同士は争う。中央には、未だ裏切り者が蔓延っている。こんな絶望的な状況、そうないだろう」
「ええ、全くもってその通りです。ですが、帝位争いから降りるつもりは?」
「もちろん、ない。あの二人に国を治めるだけの器量はない。世継ぎとして育てられた私と違って、あの二人は、父上に甘やかされてきた。周りの巧言に惑わされているに過ぎん。国を任せるには、不安が大き過ぎる」
「オリービア皇女の話はなさいませんので?」
「オリービアか……正直、私はあの妹が苦手だ。同じ母から生まれたからわかる。あれは私と母上とは違う世界の住人だ。果てしない向上心を持ちながら、その矛先はどこへ向かっているのかすらわからん。最近やっとマトモな顔をするようにはなったが……」
「そのオリービア皇女について、お知らせがございます」
「……」

 コンランドの言葉に、沈黙で返すクリストファー。続けろと言わんばかりだ。

「オリービア皇女が帝位争いへの参戦を宣言されました」
「……なんだと?」
「それと同時に、辺境貴族は一斉にオリービア皇女を支持すると発表。勢力こそ小さいものの、無視できるものではありません」
「……」

 沈黙するクリストファー。話を整理して、背後の因果関係を洗い出そうとしているのだろう。
 そして、長考の結果ーー

「わからん。なぜ今になって……」

 それに対して、コンランドはにっこりと笑みを浮かべる。それを見たクリストファーは、

「まだ何か隠しているな。話せ」

 まるで謎解きをさせるかのようなコンランドの態度に、多少なりともイラつきを覚える。それでも、コンランドはどこ吹く風である。

「ふふ……どうやら背後には、レオンハルト・ライネルの姿があるようですよ」
「ほう? わずか五百で一万の帝国軍を打ち破った、あの?」
「はい。そして、陛下がオリービア皇女の降嫁相手として名をあげていた、あの」
「なるほど、見えてきたな」

 情報が出揃ったことを確認するクリストファーは、再び長考に入る。そして、彼なりの結果を導き、そして決断を下す。

「コンランド、今予定している計画、全て取り消せ」
「おや、よろしいので?」
「ああ、オリービアが私ではなく、彼を皇帝として選んだ。ならば、見極めさせてもらうぞ。私が仕えるに値する主君か否か」
「殿下は皇族ですよ」
「せんなき事よ。私はもとより、人の上に立つのに辟易していたところだ。誰かが上に立ってくれるなら、それに越したことはない」
「妹に甘いですね。相変わらず」
「うるさい」

 とても主君と臣下との会話とは思えないが、この会話からこそ、二人の関係性が垣間見える。

 二人は幼少の頃より、友人として育ってきたのだから。


 ◆


 皇国東側にある地。この地は、戦火に巻き込まれることがしばしばある。なんぜ、大国であり、敵国でもある帝国と教国の両方と接しているのだから。

 先の大戦でも、ひどく影響を受けている。しかし、それゆえ、戦後の復興も早い。軍家が数多く存在する東部、それを纏め上げるものは、武勇に優れたものでなければならない。

 ゆえに、彼らが誰を皇帝へと推しているのかも、自ずとわかってくる。

「オリービアが帝位争いに参加するだとぉ?」

 皇帝譲りの金髪を短く切ろ揃え、天を突き刺すかのような髪型をしたこちらの青年は、皇国第二皇子、レギウスである。
 彼は第一皇子クリストファーと違い、生まれつき肉体に恵まれ、武勇にたける。とても皇族とは思えないその鋼の肉体は、彼の力の一端を示す。

 そして、彼は魔力回路をすでに開通しており、鍛え続ければ、護国の三騎士をも超える戦士になるとも言われている。

「はい。オリービア皇女が帝争いに参戦。そして同時に、北の国境を根城としている貴族たちは、オリービア皇女を支持すると宣言しました」

 レギウスの言葉に答えたのは、真っ赤な髪を靡かせた大男である。室内であるにも関わらず、彼は真紅の鎧をまとっていた。口周りには髭を生やしており、その姿を見て、真っ先に思い浮かべるのは、戦場を駆ける姿なのであろう。

 彼は、現在レギウスがいる屋敷の所有者にして、四大公爵家の一角であるバルフェウス公爵家当主、セオドリック・バルフェウスである。

「なんで今更? 勝ち目のねー戦を挑むほど馬鹿じゃねーと思ったが、見込み違いか」
「いずれにせよ、無視はできません」
「わあってる。俺様が蹴散らしてやるよ」
「あまり油断召されるな。足元を掬われかねませんぞ」
「あぁ? 俺がそんな間抜けな真似、するわけねーだろ? ちゃんと考えてある」

そこでレギウスは一旦言葉を区切る。

「父上を殺したシュナイダーは死刑。剛剣のセベリスは。アークは中央から動こうとしねー。つまりだ、現在の皇国で俺より強い奴はいねーってことだ。だったら話ははえー。敵地に乗り込んで、蹴散らす。単純な話だろ?」
「はぁ~」

 戦はとは、果たしてレギウスがいうような単純なものなのだろうか。セオドリックは考えずにはいられなかった。

「あの貧弱な兄に思い知らせてやる。俺こそが、真の皇帝なのだと」



 ◆


 西と北の公爵家からの支援が得られている第一皇女は現在、領内の視察を行っていた。街の子供たちと、ボール遊びをしていた。民と触れ合ってこその皇帝だと、そう思っているようだ。

 そのそばに控えているのは、髭を地面まで伸ばしている、まるで仙人のような老人である。その姿は、今はなき宰相を思い起こさせるものがある。しかし、宰相ほどのキツさはなく、まさに好々爺という風を装っている。

 しかし、そんな彼も公爵家の当主を務めている身。ただの好々爺であるはずがない。すでに歳であるにも関わらず、息子たちに家督を譲らずにいる理由は、シンプルにまだ自分は現役だと思っているからである。

「皇女殿下、そろそろ時間じゃ」
「はーい」

 間延びした返事を返す第一皇女ケイシリア。国が乱れているというのに随分と呑気なものだと、レオンハルトがこの場にいたらそう言わずにはいられなかっただろう。

「ルー爺、次いつ遊びに来れるかなぁ」
「殿下、これは遊びではなく視察じゃよ」
「ふーん、まあどっちでもいいや」
「ほほほ」

 まるでも孫を見るような眼差しを向けるルー爺こと、リングヒル公爵家当主、ルパート・リングヒル。

「ねーねー、ルー爺、とはいつになったら会えるの?」
「そうじゃのう、シュヴァルツァー家の事情にもよるじゃろうが、一週間後にはこちらに着くじゃろう」
「へー、楽しみ。テオくんと会うの久々だから」

 どこまでも呑気なお姫様と、それを甘やかす祖父の図がそこには出来上がっていた。




 シュヴァルツァー家次期当主、レオンハルトの弟、第一皇女ケイシリアの婚約者などなどの肩書きを持つテオハルト。ケイシリアが彼の噂をしているその時、彼は自身の屋敷で、とある男と面会していた。

「へー、面白い力だね」

 窓から指す僅かな光に照らされた室内。薄暗いその部屋は、悪巧みをするのにもってこいの場所だ。

 その一室の床に、屋敷の警備やテオハルトが呼び寄せた傭兵たちが、寝そべっていた。

 気を失っている者もいれば、命を失っている者もいる。しかし、あまりの惨状であるにも関わらず、テオハルトは動揺する素振りを見せなかった。

むしろ、これを成し遂げた一組の少年少女を褒め称えた。

「だろ? これで、あんたの傘下に入れてくれるのか?」
「ああ、約束は守るよ。今日から君たちは僕の配下だ」
「……ああ、ああ、これで、ようやく合法的にやつを、レオンハルトを殺せる! くくっくくく」

 狂気じみた笑みを浮かべる少年。その瞳には、憤怒の光が宿っていた。

(ふふふ、せいぜい利用させてもらうよ。レオンハルトを殺せればよし。失敗したとしても、こいつらの首を持ってレオンハルトの懐に入り込める。いいとこ取りじゃない)

 そして、少女の瞳には、強欲の色が映し出されていた。

「ええ、あの豚は愚かにも帝位争いへの参加を宣言した。自ら殺される理由を作るとは、つくづく愚かだよ。ははは」

 テオハルトは、笑みを浮かべる。その笑みに、嫉妬の種が花を咲かせようとしていた。

 貴族が住まう屋敷の一室であるにも関わらず、高貴なものとは思えぬ狂気が広がっていた。

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