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帝位・勇気を紡ぐ者
第4話 運命の導き
しおりを挟む「た、大変です! レギウス殿下が、クリストファー殿下、ケイシリア殿下の両殿下に宣戦布告しました!」
「「え?」」
侯爵を含む大勢の者が衝撃で脳が回らない時、レオンハルトだけは素早く行動を取る。
「侯爵。大変お世話になりました。我々はすぐに領内に戻り、準備を進めて参りますので、閣下もお気をつけて」
「お、おー」
「カーティア。オルア。行くぞ」
「了解」
「なんであんたそんなに落ち着いてるのよ」
そんなやりとりをしつつ、レオンハルトたちは颯爽と立ち去る。残されは侯爵と伝令の騎士はというと、ポカンとした顔をしており、侯爵夫人はそんな二人を見て愉快そうに笑っていた。
「なあ。あれは本当に15歳の少年か?」
「さあ、どうでしょう? ふふ」
危機が迫る状況こそ、その人の本性が見えるというが、こうした場でも、経験の差は如実に出るものである。
◆
帰りの馬車の中。レオンハルトとオリービアは泰然自若としているのに対して、カーティアはずっと不安そうにしていた。窓の外を眺めては、馬車の中に視線を落とす。その繰り返しである。
それを見かねたレオンハルトはーー
「いい加減落ち着け」
「……逆に何であんたはそんなに落ち着いてんのよ」
「今焦ってもどうにもならん。それに、レギウス皇子は我々など眼中にないだろうしな」
「だからってねー……レギウス皇子と他の皇族の方が争えば、皇国はただじゃすまないのよ?」
「まあな。だが、政治的に見れば、悪い部分ばかりとは限らない。レギウス皇子とケイシリア皇女が互いの勢力を削ってくれれば、我々は漁夫の利にありつけるわけだ」
「まだ、ケイシリア皇女と争うと決まったわけじゃないわ。クリストファー皇子の可能性だって」
「いや、それはない」
「何で?」
「クリストファー皇子の影響力は皇都にも及ぶ。先にぶつかるには危険すぎる相手だ。下手したら、正剣のアーク、もしくは皇宣魔導士あたりが出張ってきてもおかしくはない」
「それなら、後でも先でも変わらないじゃない?」
「いや、レギウス皇子がケイシリア皇女に勝てば、現在の最大勢力となる。そうなれば、中央といえど簡単に手出しは出来ず、様子を伺うこととなるだろう」
「じゃあ、レギウス皇子が勝ったらまずいんじゃ?」
「まあな。でもまあ、無理だろうな」
「何で?」
「勘」
「はぁ。またそれ?」
「ああ、ケイシリア皇女というより、シュヴァルツァーがな。嫌な感じだ」
「実家なんでしょ? 何をそんな毛嫌いすることがあるの?」
「別に毛嫌いしているわけではない。ただあそこはーー」
そう言いつつ、レオンハルトは窓の外を眺め、シュヴァルツァー領に視線を向ける。
「ーー懐かしい気配がする」
「何?」
「いや、何でもない」
そう言ったレオンハルトは口を閉ざす。これ以上語るつもりはないということなのだろう。窓から視線を逸らそうと首を回すが、突然ある点に注目する。
「あれは?」
まだこちらから遥か遠くにいるが、人らしき影が見える。それも一人ではない。複数の人影が目に入る。
ただの人影なら、レオンハルトもわざわざ視線を向けることはないだろう。しかし、その人影は戦っている素振りを見せていたのだ。
「レオ君? どうしたの?」
「あそこ、何やら争っているようだが」
「うーん……確かに、そう見えなくもない」
「少し、よっていくか。もうすでライネル領に入っている。うちの領内のトラブルなら、解決しておくに越したことはないからな」
そう言ってレオンハルトは御者に指示を出す。トラブルの現場と思しき場所へ直行せよと。
普通の御者なら嫌がるはずだが、この御者はレオンハルトの護衛としてつけられたライネル領の騎士である。レオンハルトの命令に否をいうはずもなく、スムーズに話が進んだ。
「……さて、何が起こっているのやら」
◆
(……まずい。数が多すぎる)
そう考えているのは、刀を杖にしてなお、立つのがやっとはほどにボロボロな少女である。少女は、この世界では珍しい黒髪黒目であり、その艶のある黒髪を後ろで一纏めにしている。
現在、彼女の置かれている状況は、お世辞にもいいものとは言えなかった。彼女自身は満身創痍で、今にも倒れそうだ。そして彼女を取り囲んでいるのは、黒マントを纏った怪しげな集団。その数、およそ20。
この程度の数なら、彼女も遅れを取ることはなかったが、残念ながら彼女はここまでの逃走劇で体力を使い果たしていた。それに、襲われたのは何もこれが初めてではないのだ。度重なる襲撃で彼女の精神は疲弊し、そして今、トドメが刺されようとしてた。
襲撃者の隊長格らしき男が言葉を発する。
「いい加減投降したらどうですか? 今戻るなら、変わるぬ待遇を約束するとあの方もおっしゃっている」
「……こ、断る。貴様らの犬に成り下がるつもりなどない!」
「勇ましいことだ。だが、もう長くは持たないだろう」
男の言葉通り、少女はすでに立っているのでやっとな状態。むしろ、倒れなかったことが奇跡である。
そして、奇跡は長持ちしないというのは、世のことわりである。
(あ、まず……意識が)
意識が飛びそうになり、足元も疎かになる。そのまま膝から崩れ落ち、前に向かって倒れようとした。
(叔母上……たすけーー)
「もう心配ない。安心して眠るといい」
(え?)
なぜかわからないが、少女はその声に安堵を覚えた。体が地面につくことはない。その声の持ち主に支えられているからだ。そして、少女は声の指示する通り、眠りに着くこととなる。
◆
(間に合ったか……)
自身の肩に顎を乗せて、すやすやと寝息を立てる少女を見て、レオンハルトはそっと胸を撫で下ろす。
実を言うと、この場に駆け込んできたのはレオンハルト1人である。レオンハルトたちが、争っている人物たちを目視できる程度まで近づいたその時。少女は今にも倒れそうな雰囲気を醸し出していた。
仲裁のつもり来ていたが、どうやら思ったより大ごとだと気づいたレオンハルトは、1人で馬車から飛び降る。
陸跡魔闘術ーー歩跡・凩
凩を使って、超速で少女に近づこうとする。しかし、
(うお!? 速い! いつもの倍、いや三倍は速いのではないか? やはりこの体になってから、色々と変わったらしい。要研究だな)
レオンハルトは気づいていないが、その体になってから、思考も加速している。凩の速度に合わせて、自然と思考速度も増していた。
そして、襲撃者と思しき人物たちの合間を縫って、少女の元までたどり着く。少女が倒れる直前に、何とか彼女を受け止めることに成功した。
そっと少女を横に寝かせたレオンハルト。そのまま振り向き、襲撃者たちに向き直る。そこでやっと、襲撃者たちは反応した。
「なんだこいつ!」
「どっから現れやかった!」
彼らにとって、レオンハルトの速さはそれほどのものだったと言うことだ。戸惑う彼らを他所に、レオンハルトは徐に話しかける。
「お前たち、うちの領で何をしている? どう見ても真っ当な商売人には見えないが」
「「「……」」」
口を閉ざす襲撃者たち。レオンハルトの実力を測っているのだろう。しかし、1人の男がレオンハルトの言葉に反応する。
「うちの領? ……しまった! 隊長! ここはライネル領です!」
「何だと? ってことはこいつは……レオンハルト・ライネルか!」
ざわつきが、一気に広がる。
帝国皇帝との一騎打ちは、煉獄の炎に包まれていたため、結果は不明だが、あの帝国皇帝と戦って生き残ったというだけで相当な実力者であるとわかる。
そして、レオンハルト・ライネルと帝国皇帝の一騎討ちを知るものとなれば、限られてくる。
「ほう? 俺を知っているのか? ただの盗人というわけではないらしい」
「っぬ、お、落ち着け! 相手は1人だ。まとめてかかれええええ!」
そう言葉を発し、手を高く上げ、そして振り下ろす。しかし、その過程で多少マントが捲れ、中にある紋章がレオンハルトの目に止まってしまう。
「ほう? 教国兵、か。目的は……」
ボソッとそう零し、今寝ている少女に視線を向けるレオンハルト。周りにまでその言葉は届かない。
そして、レオンハルトがそう呟いているうちに、1人の兵士がレオンハルトに剣を突き出す。なかなか鋭い突きだが、レオンハルトには届かない。
レオンハルトはただ右足を引くだけ。それだけで、相手の剣は躱されてしまう。躱した瞬間、右手で相手の手を握り、そのまま左手で相手の肘を押し上げる。
「う、うわあああ腕があああ」
「戦いの最中に剣を手放すとは何事だ」
相手の剣を奪い取ったレオンハルトは、もう用はないとばかりに回し蹴りで相手を蹴り飛ばす。その蹴り飛ばした先には他の兵士もおり、そのまま共倒れとなる。
「「「……」」」
一瞬で2人をやられた教国兵は、一瞬何が起こったかわからないとする。その一瞬をレオンハルトが見逃すはずもなく、そこから先は、ただの教国の兵士が蹂躙されているだけであった。
◆
オリービアとカーティアを乗せた馬車が到着した時には、立っているものはレオンハルトただ1人となっていた。
右足である教国兵を踏みつけ、左手はリーダー格の男の胸ぐらを掴んでいた。その男の顔はパンパンに腫れており、何をされたか一目瞭然である。
馬車を降りるオリービアとカーティア。
「レオ君、大丈夫? うわー、死屍累々じゃん」
「相変わらず出鱈目ね、あんた」
そんな2人の到着を確認したレオンハルトは、顔についた返り血を拭き、左手にある男を離した。
「ああ、ついたか」
「ついたか、じゃないわよ。突然飛び出しちゃって」
「レオ君、その人たちは?」
「ああ、教国の兵士だ」
「「教国!?」」
「目的は勇者の奪還らしい。ほら、そこで寝てる黒髪の」
「勇者? ……へー、若いねー。同い年ぐらいかな?」
「らしいって、あんた。どうやってそんな情報を?」
「ほら、そこで寝てる男がいるだろ? 顔が腫れた」
「……何となくわかったわ」
顔をパンパンに腫らしたその男に、同情の視線を向けるカーティア。その間に、レオンハルトは御者の騎士に指示を出し、倒れている教国兵を縛り上げるように指示する。
それが済むと、オリービアからレオンハルトに話しかける。
「レオ君。この子、どうするの?」
「ほっとくわけにも行かんだろう。連れて帰るしかないな」
こうして、1人の勇者とレオンハルト・ライネルは運命の出会いを果たした。
応援ありがとうございます!
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