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帝位・勇気を紡ぐ者
第5話 勇者
しおりを挟むレオンハルトが領都ライネルに帰還し、連れ帰った少女を部屋で寝かせた。話を聞くにしても、まずは起きるのを待つ必要がある。
そして次の日の昼ごろ。
「っは!」
目を覚ますや否や、少女は素早く上体を起こし、あたりを見渡す。
綺麗に整えられた部屋。貴族の部屋というには質素すぎるが、平民の部屋というには高価な調度品が目立つ。お金持ちの商人が使用愛用していそうな宿屋、といった感じの部屋。
(私は、一体?)
少女は、現状の把握に努めようとする。
(っ! 刀! 私の刀は?)
そう思い少女は当たりを見渡す。そして、すぐそばに自分の刀を発見する。ベッドの横に丁寧に立てられた刀を見て、少女は安堵する。
(……少なくとも、あの国の兵士に捕まったわけではないようだ。でなければ、刀などとうに没収されているはずだ。しかし、だとしたらここは一体? ……あ!)
少女は思い出す。自分が倒れる寸前に、支えてくれたものがいた、と。
(彼は一体?)
そこへ思い至ったところで、扉が静かに開かれる。
少女は思わず身構えるが、入ってきたのは歳が近い紫色の髪を持つ少女だった。
この世界の侍女が纏う服装をしているがーー
(扉越しとはいえ、私が気づけなかった、だと?)
一層警戒心を強める少女だが、相手はというと
「あ、目を覚ましたんですね。すぐに食事を用意しますねぇ。あ、あとレオンハルト様にも知らせなきゃ」
そんな呑気なことを言って、去っていった。部屋に残されたのは、ポカーンとする黒髪の少女だけだった。
◆
黒髪の少女が目を覚ましたと報告を受けたレオンハルトは、彼女のいる部屋に足を運んだ。そこにはすでに、シリアとシリアが作った料理を美味しそうに頬張る黒髪の少女の姿があった。
レオンハルトの到着を確認したシリアは、すぐに立ち上がり礼をとる。
それに気づいた少女も、何かしらの行動をとったほうがいいのかと、視線を泳がせる。
「いや、構わない。ゆっくり食べてくれ。話はそこからだ」
レオンハルトの許しを得ると、少女は花を咲かせたような笑顔をみせ、再び料理に没頭した。
(思ったより表情が豊かそうだな)
少女の食べっぷりを見て、そんなことを考えるレオンハルトだった。
少女が食事を終えると、シリアは食器を片付ける。
「ご馳走様でした。すまない。飯までご馳走になって。その……美味かったぞ」
「うふふ、いえ、美味しそうに食べてもらえて、こちらも嬉しいですよ」
「貴殿もすまない。待たせてしまった」
「いや、いいさ。シリアも言っていたが、いい食べっぷりだったぞ」
「そ、それは、その、ここ1ヶ月、ろくに食事ができなかったもので」
「そうか。大変だな」
そんな会話を交わしている間に、シリアは皿を持って下がり、レオンハルトはベッドのそばにある椅子に、腰掛けた。
「さて、色々聞きたいことはあるが、まずはそちらの疑問に答えよう」
そう質問を促すレオンハルト。
「では、遠慮なく……ゴッホン。ここは一体どこなんだ?」
「ラインクール皇国北部、ライネル領領都、要塞都市ライネルにある俺の屋敷だ」
「……では、貴殿は一体何者だ?」
「この地を治める領主、レオンハルト・ライネルだ」
「りょ、領主!? し、失礼いたしました! 領主とはつゆ知らず、とんだご無礼を」
「いや、構わなん。他国の人間にまで敬われるほど偉くなったつもりはない。敬語もなして構わん」
「そ、そうか。貴族も色々いるのだな……というか、他国の人間って」
「ああ、教国からきた勇者様なんだろ? なら他国の人間で間違いはない」
「!!」
バレた、と少女は思った。一応素性を隠しているつもりでいたが、容易く身バレしてしまった。勇者ともなれば、利用しようとするものも現れる。助けてくれたものに対して失礼とは思うものの、警戒をせずにはいられなかった。
「そう怯えるな。別にどうこうするつもりはない」
「……」
「と言っても、まあ信じないだろうが……なあ、勇者はなぜ特別なんだ?」
「……え?」
「教国には勇者を利用しようとするものは、わんさかいる。教国でなくても、勇者を欲しがる国は沢山いる。それはなぜだ?」
「……私たちの持つギフトが欲しいから?」
「ギフトが欲しい、か。まあ、正解だろうが、もっとシンプルな答えがあるのではないか?」
「……つ、強いから?」
「そうだ。三大国の一つである教国の最高戦力、勇者。彼らが特別視されているのは、単に強いからだ。我々にはない力、ギフトと呼ばれる力があるから」
「……」
「であれば、俺がお前を利用する必要はないのではないか?」
「え? なぜ?」
「だって」
今まで抑え込んでいた武威をほんのわずかだが、この場で解き放つ。陸跡魔闘術を使わずとも、今のレオンハルトは魔力の塊。その圧は尋常なものではない。
「俺の方が強いから」
「っ!!」
教国の勇者を完全否定するような発言だが、少女は否定することはできなかった。強大すぎる魔力の圧を前にして、息をすることすら困難に思えるからだ。
(っ!! これほどの圧。叔母上よりも遥かに……)
しかし、圧力がのしかかるのも一瞬。その後、まるで引き潮かの如く、威圧が引いていった。
「今のでわかったと思うが、勇者だからと言ってここでは特別ではない。これぐらいのことなら、他にもできるやつはいる」
「い、今のを、他のものも……」
(ふむ。勇者と言ってもまだまだ若いな。経験を積んだ勇者は厄介だが、この娘はそうでもないか)
レオンハルトと少女の歳はそれほど変わらないのだが、前世の記憶を持つレオンハルトからしたら、彼女はまだまだ若い。まるで手のかかる妹でも見ているかのような眼差しを向けるレオンハルト。
自然と右手を伸ばし、ポンと少女の頭の上に乗せる。
ビク。
少女は初めこそびっくりしたものの、反発はしない。そのまま手を動かし、少女の頭を撫でるレオンハルト。
「ここには強い奴がいっぱいいる。教国が襲ってこようと、お前を守るだけの力はある。だから」
レオンハルトは少女を安心させるために、珍しく笑みを浮かべる。
「もう怯えなくてもよい」
「っあ」
気付かない間に、少女は涙を流していた。勇者といえど、元は15歳も満たない少女。それに、この世界に召喚されてまもない。それなのに、教国という強大な国に追いかけ回されて、心身ともに疲れているのだろう。
だからこそ、安心できる場所が欲しかったのかもしれない。
「うううぅうううぅう」
ここまできても、泣き声を我慢としようとする少女は、きっと我慢強い人なのだろう。しかし、我慢強いからといって、疲れないわけではないし、傷つかないわけでもない。他人の見えないところでいっぱい傷ついているはずだ。
他人の前で泣くのが嫌だというのならーー
(離れるか)
少女のそばにハンカチを置き、部屋から立ち去るレオンハルト。部屋の外を出た途端、
「「「女たらし」」」
ひそひそ声だが、見事にハモっている。
「……すまん」
こういう時は素直に謝るのが一番だと、レオンハルトは知っている。
謝られているはずのオリービア、リンシア、シリアはと言うと、げんなりしているレオンハルトを見て、ひそひそと笑うだけだった。
「話を聞かないのですか?」
シリアの問いに対して、レオンハルトは、
「ああ、今はいい。また次の機会にしよう」
感情を吐き出させる時間が必要だと、レオンハルトはそう判断した。
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