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帝位・勇気を紡ぐ者
第10話 情
しおりを挟むラインクール皇国四大公爵領の一つ、シュヴァルツァー公爵領。その地を駆ける1頭の黒い馬。それの騎手もまた、全身黒尽くめである。その上にさらに黒いローブを纏い、見るからに怪しい一団である。
二人乗りでありながら、ものすごいスピードでかけるその馬は、とてもただの馬とは思えない。
夕日を背に駆ける二人の少年少女。レオンハルトとシオンである。
「スピードを上げるぞ。今日中にシュヴァルツァー邸に着きたい」
それに対しシオンは言葉を返すのではなく、わずかに首を縦に振る。シオンは乗馬に慣れていないため、馬上での会話を極力避けていた。
その僅かな仕草でも、レオンハルトにはちゃんと伝わる。今よりも一段と早いスピードで、シュヴァルツァーの土地を駆ける。
◆
シュヴァルツァー家は仮にも公爵家。その邸宅の警備は、当然の如く厳重である。
しかし、それは一般的な話。レオンハルトからみれば、ザルもいいところだ。よって、侵入は容易い。
(父上の執務室に灯りが灯っていたな。こんな時間まで起きているのか)
そう思いながら、レオンハルトは父であるラインハルトの執務室に直行した。
(懐かしいな。ちょっとした里帰りか?)
侵入している身とは思えない呑気な考えを浮かべている間に、執務室の前までやってくる。皇城などであれば、見張りの騎士もいるのだが、流石に公爵邸ではそこまでのことはしない。
そもそも、皇城と公爵邸では広さが違いすぎる。皇城の場合は、あまりにも広いため、皇帝の身に万が一が起こらないように用心しているのだ。
閑話休題。
レオンハルトたちは、執務室の前までやってきて。そっと、アイコンタクトを交わす。レオンハルトはドアノブに手をかけ、一気に部屋へ侵入した。
「なぁ!?」
「お静かに」
「れ、レオンハルトか?」
部屋へ入ると、やはりというべきか、ラインハルトが椅子に座っていた。昔と比べて、かなりやつれたラインハルトに驚くレオンハルト。
それに対し、ラインハルトはもっと驚いたが、さすがは公爵家当主。大きな声を出すことなく、気を鎮めた。
「お久しぶりです、父上……痩せましたね」
「……久しぶり、ではないわ、全く。帰るなちゃんと連絡をよこせ」
「時期が時期ですので」
「……まあ、それもそうだな」
短い挨拶を交わす親子。
「して、わざわざこんな真似までして、私に何のようだ?」
「ようならいくらでもありますが、そうですね、順序立てていきましょう」
改めて、ラインハルトに向き直るレオンハルト。
「帝位争いから引いていただけますか?」
「……やはりそれか」
椅子に腰掛けたまま、ラインハルトは目を瞑り、天を仰ぐ。
「私とて、内乱をよしとしているわけではない。なるべく平和な手段で国内を平定したい」
「であればーー」
「だが……ことの決定権は既に私の手にはない」
「なぜですか? シュヴァルツァー家が引くといえば、いくらリングヒル公爵家といえど無視できーー」
「そうではない」
レオンハルトの話をぶった斬るように、ラインハルトは言葉を放つ。その目や口調は、穏やかそのものだった。
「シュヴァルツァー家当主は、既に私ではない」
それを聞いたレオンハルトは、僅かに目を見開く。
「では」
「ああ、半年ほど前にテオハルトに譲った」
「ご病気ですか?」
「お前の目は誤魔化せんな。ああ、不治の病だ。持って3ヶ月ってところか」
「「……」」
レオンハルトは沈黙する。珍しいことだ。それだけ、ショックが大きいということだろう。だが、聞かなければならないことはまだある。
「そのテオは?」
「戦場に行った。レギウス殿下との戦争だ」
「そう、ですか……テオが帝位を諦めることは?」
「ない。私も説得しているが、中々折れてくれない」
「……」
再び沈黙するレオンハルト。事態は思った以上に深刻らしい。そのことに頭を悩ませているところで、今度はラインハルトが声をかける。その声は、ひどく穏やかなものだった。
「お前は、成長したな、レオンハルト。5年前とは見違えるようだ。一瞬わからなかったぞ」
「……ありがとう、ございます」
「オリービア皇女の帝争いへの参入は私も聞いている。お前は、皇帝になるつもりか?」
「そのつもりです」
「なぜ?」
レオンハルトは言葉をつまらせる。皇帝になると宣言したが、その理由を他人に告げることはまだなかった。
普通なら、皇帝を目指すのに理由など必要ない。誰しもが、皇帝になれるならなりたいと、心の底では考えているからだ。皇帝としての激務を知らないからこそ、人々は心のうちに憧れを抱く。
しかし、レオンハルトはその仕事の過酷さを知っている。皇帝を目指して得することなんて、ほんの僅かだ。
別にここで出鱈目を並べても構わない。国を豊かにしたいからとか、国を強くしたいからとか、心にもない虚言を並べることは容易い。
だが、ラインハルトはそんな事が聞きたいわけではない。これは、親子同士の雑談なのだ。
「……止めたい奴、いえ、助けたい奴がいるんです」
「そんな理由で皇帝を目指すのか?」
「帝位は、目的ではなく手段ですから……いけませんか?」
「いや、十分だな。薄っぺらい甘言よりも遥かに」
ラインハルトは納得の表情を浮かべ、これまた穏やかに微笑む。
「さて、要件はこれだけか?」
「いえ、まだです。というよりこっちの方が本題です」
「ほう? 帝位争い以上に重大なことか?」
「いえ、完全な私用です」
「私用、ねー」
ラインハルトはわずかに目を細める。わざわざこんなことまでして聞きたい私用ならそれなりの予想も立つ。
「はい……父上、母上の話を聞かせてください」
「……聞いてどうする?」
「子が親の話を聞くのに理由はいりますか?」
「……いや、いらんな。何が聞きたい?」
「母上の名は?」
「サクヤ。サクヤ・キサラギだ」
「!!」
ここで動揺したのは、レオンハルトのそばにいる少女、シオンである。フードに隠した顔を僅かに外に出しながら、レオンハルトの顔を凝視する。
ある程度自分も関係すると思い、ついてきたが、まさかここでその名が出るとは。
一歩前へ出ようとするシオンだが、レオンハルトはそれ手で制する。
「あまり聞かない名前ですね」
「ああ、元教国の勇者だからな。お前も気付いているのではないか? 黒目黒髪なんて相当珍しいからな」
「まあ、そうですね。気付いたきっかけは別にありますが。まあ、それはいいとして、母上の勇者としての名は?」
「『神眼勇者サクヤ』だったかな?」
「ギフトの内容はご存じですか?」
「ちょっとした未来視って本人が言ってたな」
「そうですか。では……ギフトは遺伝しますか?」
ラインハルトは目を見開き、レオンハルトを凝視する。
「……お前、まさか……いや、遺伝するという話は聞かないな」
「そうですか。では最後に一つ、よろしいですか?」
「なんだ? まあ、なんとなく察しはつくが」
「ええ、母上の最後を教えてください」
「っなぁ!?」
これには、流石にシオンもたまらず声を出す。
「どういうことだ!? 叔母上は今どこにーー」
「落ち着いてきけ、シオン。お前の叔母上、サクヤ・キサラギは、15年前に亡くなっている」
「……っ」
目を見開きながら、口をあんぐりと開ける。衝撃の事実を受け止めきれずにいる。
「う、嘘だ……そんな」
「……」
この重い事実を受け止めるのには、時間が必要だろう。そうレオンハルトは思う。
一方、ラインハルトは、僅かに目を見開きながら、こう呟いた。
「……サクヤ?」
目の前の少女の姿を見て、今はなき妻の姿を思い浮かべる。手を伸ばせば届きそうなところに、彼女の姿が。そう思ったラインハルトは、虚空に手を伸ばす。
まばたき。
その瞬間、目の前に浮かぶ幻影は掻き消え、残るはレオンハルトの肩で涙する黒髪の少女の姿のみ。
「……サクヤの親族か」
「……」
レオンハルトは、僅かに首を縦に振る。それを見たラインハルトは、再び目を見開き、そして穏やかな顔に戻る。二人を見つめならが、ラインハルトは徐に語り出す。
「……サクヤは、もともと体が弱かった。強く見せているが、若い頃の無理が祟って、内臓はボロボロだ。おまけに教国の勇者として酷使されてきた。私と結婚したときは、既に長くはないと言われていた。それでも、私はサクヤと結婚することを決めていた。理由は、なんだったかな? 彼女の人柄に惹かれていたのかな? まあ、今となってはどうでもいい話だ。体が弱いサクヤだが、それでも子を授かる事ができた。そして生まれたのが、お前だ、レオンハルト」
ラインハルトの話を、シオンもレオンハルトも真剣に聞いている。
「だが、体の弱いサクヤは、その後すぐに亡くなった。私が看取った。サクヤの忘れ形見であるお前を、私は過剰なまでに甘やかしてしまったのかもしれない。テオハルトがお前に対して劣等感を感じているのは、そのせいかもしれない。父親としても、夫としても、失格だ……おっといけない、自分の話になってしまったか。これが、私が知るサクヤの最後だ」
「「……」」
押し黙る二人。何か話すわけでもなく、ただただ感情の整理をするだけ。それを、ラインハルトはゆっくりと見守った。
やがて、感情の整理をすませたのか、レオンハルトはいつもの顔つきに戻り、
「答えていただき、ありがとうございます。ここにきてよかった」
「そうか。本当なら、もっと語りたいところだが、時間がない。私の就寝時間になれば、使用人がくる。その前に去りなさい」
「そうします……父上、私についてくるつもりは?」
「ははは、流石に家をほったらかしにして、逃げるわけにもいかんよ。こんな体でもまだやれる事がある。それに、もう私には長旅に耐えられるだけの体は残っていない」
「そう、ですか……父上、父上は失格なんかじゃありませんよ。少なくとも、ちゃんと父親をしてくれた。テオもいつかわかってくれる」
ラインハルトは目を見開く。
「では」
そう言って、レオンハルトは意気消沈なシオンを連れで、屋敷を抜け出した。残されたラインハルトは、本日何度目かわからない笑みを見せていた。
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