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帝位・勇気を紡ぐ者
第9話 夜空の下
しおりを挟む夜がやってくる。皆が寝静まった時間帯、というには少し早い時間だが、それでも月は高々と昇っていた。
月明かりで照らされているライネル邸の庭。その中心に、刀を振るっている少女の姿があった。艶のある黒髪に、月のような白い肌、月下で舞う剣舞。まるで一枚の絵のような美しさを呈している。
やがて剣舞は止み、少女は汗を拭く。
パチパチパチ。
暗闇から拍手が響く。先ほどまで誰もいなかったはずの空間から、少女と同じく、黒髪黒目の青年が現れる。
「お見事」
「……あまり嚇かさないでくれ」
「出るタイミングを見計らったのだが、見事な剣だったのでな。見入ってしまった」
「そうか、それは……嬉しいな……それで、レオンハルトはなぜここに?」
「ああ、昼間に聞きそびれたことを聞こうと思ってな……勇者召喚についてだ」
「知ってることは全て話したつもりだが」
「一点だけ気になる事があってな……勇者は、召喚を拒めないのか?」
「……」
「……」
シオンは押し黙る。レオンハルトも言葉を続ける事なく、シオンの返事をまつ。そうなると、自然に沈黙が流れる。
「……レオンハルトは鋭いのだな。確かに、勇者は召喚を拒む事ができる」
「であれば、なぜこちらに来た?」
シオンは目を瞑り、決意したように語り出す。
「……人を、探している」
少女はそう言って天を仰ぐ。その視線の先にあるのは、月だ。月を見上げならがシオンはおもむろに語り出す。
「この剣は、叔母上から教わった剣だ。私の家は元々道場を開いていたのだが、時代が進むにつれて、門下生はどんどん減っていった。本当は、私の祖父の代で道場を畳む予定だった。だが、叔母上はそれを良しとしなかった。一族の剣を後世に伝えたいと言って、剣を習った。叔母上は天才だった。わずか3年で免許皆伝の許しが出たそうだ」
「……」
「そんな叔母上は私の憧れだった。子供の頃は、毎日強請るように剣を教わった。それでも叔母上には遠く及ばず、そしていつか叔母上を越えるのが、私の夢となった」
「……」
「だが、ある日、叔母上との買い物に出かけていき、それっきり帰ってこなかった。車にはねられようともびくともしない人だ。事故にあったとは考えにくい。しかし、叔母上は帰らなかった。5年間も」
「……」
「それでも、私は叔母上の帰還を信じ、剣を鍛え続けた。それと同時に、叔母上の行方も探った。そこで気づいたのは、かつても同様に、武道の達人が行方不明になっている現象があると。そしてある日、学校の帰り道でその声を聞いた。『どうか、我々をお救いください。救国の勇者様』と」
「……」
「その瞬間、私は直感した。叔母上はこの声に呼ばれたのだと。優しい人だから、きっと困った人を放って置けないのだと思う。この声に答えたのだろう、と。ならば、この声に従うと、叔母上にまた会えるのではないか、そう思った。だからーー」
「こっちへ来たのか」
「そうだ」
「その叔母上には会えたのか?」
「いや」
「そうか……その叔母上の名を聞いてもいいか?」
「ん? ああ、咲夜。如月咲夜だ」
「そうか。俺からも探しておこう」
「……感謝する」
「今日はもう遅い。早く部屋へ戻れ」
「わかった……レオンハルトは?」
「ああ、俺はもう少し月を見ていくよ」
「そうか……風邪、引かないようにな」
「はは、そうするよ」
そう言ってシオンは立ち去る。その足取りはゆっくりなものだった。シオンが去っていくのを確認したレオンハルトは、虚空に向かって話しかける。
「気配が消せてないぞ。バレバレだ」
「あちゃ~。バレちゃった。でも、シオンちゃんは気付いてなかったっぽいよ?」
「まだまだ未熟ということだ」
「レオ君が特別なだけだと思うけど?」
やってきたのはオリービアだった。おちゃらけた雰囲気でレオンハルトに話しかけるオリービア。しかし、その眼差しは真剣だった。
それに対してレオンハルトは、背を向けたまま月を見つめていた。
「レオ君、なんであんなこと聞いたの? らしくないよ」
「らしくないとは?」
「普段のレオ君なら、必要以上に他人の過去を知ろうとしないはずだよ」
「なるほど、よく見ているな」
「当然! 1000年以上の付き合いだからね」
「1000年って、間はほとんどないだろ?」
「ムゥ、また屁理屈」
「どっちがだ、全く」
口ではそういうレオンハルトだが、その表情は微笑んでいた。そのまま月を見上げ、自分の毛先をつまみあげるような仕草をとるレオンハルト。
「この髪は、貴族階級では滅多に見かけない。そして、黒目黒髪ともなると、平民の中でもごく僅かだ。ならば、理由を気にするのは自然なことだろ?」
「……まさか……でも」
「そう、時間がズレている。だから、俺もまさかとは思うよ。サクヤという名を聞くまではな……世界を跨ぐ秘術があるのだ。時間の流れが違うこともあるのかもしれないな」
「サクヤ……聞き覚えはあるの?」
「……遥か昔の記憶だ。俺の覚え違いかもしれない。だが、もしそうだというのなら……」
「確かめるの? どうやって?」
「知っている人物ならいるだろ? ちょうどいい敵情視察にもなる」
「乗り込むの? 一人で?」
「ああ、一人の方が身軽だからな」
「はぁ……全く、仕方ない人」
「すまない。世話をかける」
「本当だよ。全く」
「領を頼む」
「早く帰ってきてね」
「努力しよう」
さすがは昔からの付き合いなだけはある。言葉足らずなその会話でも、意思疎通は果たせる。短い会話を交わしたレオンハルトとオリービア。
その場はこれで終わりとなり、それぞれ自分の部屋へと向かう。
しかしーー
『私は耳がいいから、多少距離が離れていても声が聞こえるのだ』
かつての彼女のこの発言を、レオンハルトは軽んじていた。
◆
その日の深夜。レオンハルトは軽く荷物をまとめ、出発しようとする。向かう先は、シュヴァルツァー領。敵情視察もあるが、主な目的はそれではない。
レオンハルトにとっては、確かめなければならない事があるからだ。
しかしーー
「部屋へ戻れと言ったはずだが?」
レオンハルトの背後にはシオンの姿が。
「私も連れていって欲しい」
「聞いてたのか?」
「聞こえたのだ。私は耳がいいからな」
「耳がいいって次元じゃないだろう、それ」
「とにかく、私も連れていって欲しい」
「今から向かう場所がどこか、わかるのか?」
「わからん」
「……」
シオンにジト目を向けるレオンハルト。なかなかの無鉄砲ぶりに、呆れずにはいられない。まあ、この無鉄砲さがあるから、ライネルまで来れたとも言えるが。
「わ、わからないが、私にとって重要なことだというのはわかる! 叔母上関係のことだろ?」
「……違う」
「なぜ目を逸らした」
「……勘のいい娘だ」
自分のことを棚に上げて、シオンの勘を褒めるレオンハルト。というより、レオンハルトの嘘が下手すぎたのだ。
しかし、レオンハルトは別に政治的なやりとりが苦手というわけではない。必要となればブラフも張るし、敵に情報を与えない術も持っている。
だが、こういったプライベートな場なら話は変わる。レオンハルトもシオンという少女に多少なりとも心を許している。そんな相手に嘘をつくのが心苦しい。
その感情が産んだのが、あのバレバレな嘘である。
「はぁ、放っておいてもついて来そうだな」
「無論だ!」
「自慢げにいうな、全く。仕方ない、連れていこう。ただし、俺の命令には従ってもらうよ」
「う、うむ! もちろんだ!」
嘘を見破るのは得意でも、こういった場ではすぐに考えを表情に出すのは、シオンの美徳の一つなのかもしれない。
こうして、レオンハルトとシオンの、短い短い二人旅が始まった。
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